秋風とともに
九月に入ると、拓也の様子が明らかに変わった。
最初に気づいたのは、階段を上る時だった。二階の部室に向かう途中、彼は何度も立ち止まって息を整えている。
「大丈夫?」
「ああ、ちょっと疲れてるだけ」
そう言って微笑むけれど、その笑顔は日に日に薄くなっていく。頬もこけて、顔色も青白い。
「最近ちゃんと食べてる?」
部室で心配そうに聞くと、彼は「食欲がなくて」と苦笑いした。
私の中で不安が膨らんでいく。まさか、深刻な病気なのでは?でも聞くのが怖くて、ただ彼の側にいることしかできなかった。
ある日の体育の時間、彼は保健室に行って戻ってこなかった。授業後、急いで保健室に向かうと、ベッドで横になっている彼を発見した。
「拓也!」
駆け寄ると、彼はゆっくりと目を開けた。
「美咲...」
「どうしたの?何があったの?」
涙が溢れそうになるのを必死にこらえる。彼の手を握ると、氷のように冷たかった。
「少し貧血で倒れただけ。心配しないで」
でも、保健の先生の表情は深刻だった。
「佐藤くん、やはり一度病院で詳しく検査を受けた方が...」
「大丈夫です」
彼は起き上がろうとして、また顔をゆがめた。
その時、私は決心した。
「拓也、お願いだから本当のことを話して」
彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「何か隠してるでしょう?私には話せないこと?」
長い沈黙の後、彼は深くため息をついた。
「美咲を悲しませたくなかった」
「悲しませたくないって、何を?」
「僕は...心臓に病気があるんだ」
私の世界が、音を立てて崩れていく。
「生まれつきの病気で、医者からは、あまり長くないかもしれないって言われてる」
「嘘」
かすれた声しか出なかった。
「嘘だと言って」
涙が頬を伝って落ちていく。彼の手をさらに強く握りしめた。
「なぜ、もっと早く教えてくれなかったの」
「君を巻き込みたくなかった。でも、美咲を好きになってしまった。君の笑顔を見ていたくて、最後まで学校に通いたいんだ」
最後まで、という言葉が胸に突き刺さる。
「最後って、そんな言い方しないで」
「ごめん」
彼は私の涙を指で拭ってくれた。
「でも、美咲に出会えて本当によかった。君がいるから、毎日が輝いて見える」
私は彼の胸に顔を埋めて泣いた。どうして、こんなに愛しい人を失わなければならないの。どうして、私たちの時間には限りがあるの。
でも、泣いている場合じゃない。彼が「最後まで学校に通いたい」と言うなら、私は彼を支えよう。一緒にいられる時間を、精一杯大切にしよう。
顔を上げると、彼は心配そうに私を見つめていた。
「怖くなった?」
「怖いよ。あなたを失うのが怖い」
正直に答えると、彼は少し驚いたような顔をした。
「でも、逃げない。あなたと一緒にいたい、最後まで」
「美咲...」
彼の瞳にも涙が浮かんでいた。
十月の文化祭に向けて、私たちは協力して一つの作品を書くことにした。タイトルは「永遠の一瞬」。限りある時間の中で愛し合う二人の物語。
「これって、私たちの話?」
原稿を読みながら聞くと、彼は「そうかもしれないね」と答えた。
文化祭当日、私たちは体育館のステージで作品を朗読した。私が女性の部分を、拓也が男性の部分を読む。
「時間は有限だから美しいのかもしれない。永遠なんてなくても、この瞬間に全ての愛を込めることができるから」
彼の声が会場に響く。観客席の人たちが静かに涙を流しているのが見えた。
朗読が終わって、拍手に包まれた時、彼は私の手を握りしめた。
「美咲、ありがとう。君と一緒に書けて本当によかった」
「私もよ。私たちの物語を、みんなに聞いてもらえて」
でも、彼の手の力は前よりずっと弱くなっていた。




