夏祭りの告白
七月に入ると、街は夏祭りの話題で持ちきりになった。
「佐藤くんは夏祭り、行かないんですか?」
部室で何気なく聞いてみた。本当は一緒に行きたくて仕方がなかったけれど、どう誘ったらいいのかわからなくて。
「一人で行くのもなあ...」
チャンス!
「じゃあ、もしよかったら、一緒に行きませんか?」
言ってしまってから、顔が火のように熱くなった。これって、デートのお誘い?
「本当ですか?ぜひお願いします」
彼の嬉しそうな顔を見て、私の心は飛び跳ねた。
祭りの前日、私は母の浴衣を借りた。薄いピンクに桜の柄の、上品な浴衣だった。
「美咲、その浴衣よく似合うわよ。初恋の人?」
母にからかわれて、私は真っ赤になった。
「べ、別に恋愛とかじゃないし!友達として行くだけ」
「ふーん」
母は意味深に笑っている。
当日の夕方、私は神社の入り口で彼を待っていた。浴衣を着るのは久しぶりで、歩きにくくて少し後悔していた。でも、きっと喜んでくれるはず。
「桜井さん」
振り返ると、白いシャツに紺のズボンという爽やかな格好の拓也がいた。
「綺麗ですね」
小さくつぶやかれた言葉に、私の心臓は激しく鼓動する。
「ありがとう」
一緒に境内を歩く。提灯の明かりが幻想的で、屋台から漂う匂いが食欲をそそる。でも私の意識は全て、隣を歩く彼に集中していた。
たこ焼きを買って、二人で分けて食べた。彼が「熱い」と言って舌を出すのがおかしくて、私は笑った。
「何か面白いことでも?」
「ううん、佐藤くんが可愛いなって思って」
あ。また失言。
「可愛いって...」
彼は苦笑いしている。
「男に可愛いはないでしょう」
「でも本当に可愛いんだもん」
私たちは縁日を楽しんだ。射的では彼が小さなぬいぐるみを取ってくれた。金魚すくいでは私が一匹も取れずに悔しがっていると、彼が三匹も取ってくれた。
「すごい!器用なのね」
「昔からこういうの、得意なんです」
でも、そう言いながら彼の顔は少し寂しそうだった。昔から、という言葉に、何か深い意味があるような気がした。
八時になると、花火が始まった。私たちは境内の石段に座って空を見上げる。
大輪の花が夜空に咲いては散り、咲いては散りを繰り返す。赤、青、金色、様々な色の光が夜を彩っている。
「綺麗」
つぶやくと、隣で彼も「ああ」と答えた。
でも次の瞬間、彼の声音が変わった。
「美咲」
え?下の名前で呼ばれた。振り返ると、彼の瞳に涙が光っているのが見えた。
「どうしたの?拓也」
私も自然と彼の下の名前で呼んでいた。
「君と過ごす時間が一番幸せなんだ」
その言葉とともに、彼はそっと私の頬に手を触れた。柔らかくて、でも少し冷たい手。
「私も...」
言いかけた時、彼の唇が私の唇に重なった。
花火の音が遠くに聞こえる。世界が彼だけで満たされていく。温かくて、甘くて、でもどこか切ないキス。
離れた時、私たちは見つめ合った。
「私も、拓也といる時が一番幸せ」
そう告白すると、彼は微笑んだ。でも、その笑顔はどこか悲しそうで、私の胸に不安がよぎった。
「拓也...?」
「ありがとう、美咲。今日は本当にありがとう」
どうして、まるでお別れのような口調なんだろう。
家に帰る道すがら、私は彼の横顔を盗み見ていた。街灯に照らされた彼の顔に、深い憂いが刻まれているのを見つけて、胸が締めつけられるような思いがした。
でも、私は何も聞かなかった。今夜の魔法を壊したくなくて。
家の前で別れる時、彼は私の手をそっと握った。
「今日は本当に楽しかった。美咲と一緒だったから」
「私も。また、二人で出かけましょうね」
「...ああ」
少しの間があった後の返事に、また胸がちくりと痛んだ。でも彼の手の温もりが嬉しくて、その不安を無理やり心の奥に押し込めた。




