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最後の春に君と  作者: 美咲
第二章
2/6

言葉を紡ぐ日々


拓也が文芸部に入ってから、放課後が楽しみになった。


毎日4時になると、私は心躍らせて部室に向かう。彼はいつも私より少し遅れて来るのだけれど、その数分間がもどかしくて仕方がない。


「お疲れさまです」


扉を開けて彼が現れると、部室の空気が一変する。まるで陽だまりが広がるように、全てが柔らかく輝いて見える。


「今日は何を書くんですか?」


「恋愛小説を書いてるの。でも、なかなかうまくいかなくて」


実際は、彼のことばかり考えてしまって、全然筆が進まなかった。主人公の女の子の気持ちを書こうとすると、自分の今の心境とかぶってしまう。


「恋愛小説...。桜井さんって、恋愛経験豊富なんですか?」


「そ、そんなことないよ!」


慌てて否定する私を見て、彼はくすりと笑った。その笑い声がとても優しくて、私の心はますます彼に惹かれていく。


「僕は恋愛小説、苦手なんです」


「どうして?」


「現実味がないというか...永遠の愛とか、ずっと一緒にいようとか、そういう約束って、誰にもできないと思うから」


彼の横顔に、一瞬深い影が差した。なぜだか胸が痛くなる。


「でも、一瞬一瞬を大切にする恋愛なら素敵だと思います。今この瞬間の気持ちを、精一杯伝え合うような」


「今この瞬間...」


私は彼の言葉を反芻する。確かに未来のことなんて誰にもわからない。でも今、この部室で彼と過ごしている時間は、確実に私のものだ。


「桜井さんの原稿、読ませてもらってもいいですか?」


「え?でも、まだ全然だめで...」


「構いません」


彼が読んでいる間、私は心臓が止まりそうなほど緊張していた。自分の書いた恋愛小説を、好きになりかけている人に読まれるなんて。まるで心の中を覗かれているみたい。


「すごくいいですね。主人公の女の子の気持ちが痛いほど伝わってきます」


「本当?」


「ええ。特にこの部分」


彼が指さしたのは、主人公が男の子に恋をして、毎日が色づいて見えるようになったという描写だった。


「実体験みたいに生き生きしてます」


ドキッ。まさか気づかれた?


「そ、そんなことないよ。想像で書いただけ」


でも彼は意味深に微笑んでいた。


その日から、彼は自分の作品も見せてくれるようになった。彼の文章は繊細で美しくて、でもどこか切ない。まるで命の重さを知っているかのような深みがあった。


「佐藤くんって、なんでこんなに心に響く文章が書けるの?」


「僕は...時間の大切さを人より知ってるのかもしれません」


また、あの影のある表情。私は踏み込んで聞くことができなかった。でも、彼の書く文章を読むたび、この人ともっと深く知り合いたいという気持ちが募っていく。


五月の終わり頃、彼が珍しく体調を崩して学校を休んだ。


「風邪でしょうか?最近疲れやすそうでしたし」


心配で心配で、授業中も彼のことばかり考えていた。明日は来るかな。大丈夫かな。


翌日、彼が元気に登校してきた時は、本当にほっとした。


「心配しました」


「ありがとうございます。桜井さんに心配してもらえて、嬉しいです」


その言葉に、私の頬はりんごのように赤くなった。もう隠せない。私は彼を好きになっている。確実に、間違いなく。


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