桜舞う邂逅
四月七日、始業式から三日が経った午後のことだった。
私は窓際の席で頬杖をつき、校庭の桜を眺めていた。満開の花が風に揺れるたび、薄紅色の花びらがひらひらと舞い踊る。新学期特有の浮ついた空気に、私一人だけが取り残されているような気分だった。
「クラス替えで親友の理恵とも離ればなれになっちゃったし、受験生なのに全然実感湧かないなあ」
そんなことを考えていると、教室の扉がそっと開いた。担任の田中先生が入ってきて、その後ろに見知らぬ男子生徒が続く。
瞬間、私の心臓が小さく跳ねた。
「みなさん、転校生を紹介します」
その人は、春の陽だまりのような優しさを纏っていた。髪は少し長めで、風でふわりと揺れている。色白で華奢な体つき。でも一番印象的だったのは、その瞳だった。深い茶色の瞳に、まるで秘密を抱えているような影がさしている。
「佐藤拓也です。父の転勤でこちらに参りました。よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする彼の声は、少し掠れていて、なぜだか儚げに聞こえた。私は無意識に身を乗り出していた。
なに、この気持ち。胸の奥で小鳥が羽ばたいているみたい。
席は私の前の列、廊下側だった。横顔を盗み見ると、長いまつげが頬に影を落としている。時々小さく咳をするのが気になったけれど、きっと新しい環境で緊張しているのだろうと思った。
授業中、彼がノートを取る手元をじっと見つめてしまう自分がいた。綺麗な字だった。丁寧で、でもどこか急いでいるような。まるで時間が足りないとでも言うように。
放課後、私は足早に文芸部の部室に向かった。廊下を歩きながら、さっきから胸がざわざわしている。
「恋なんて、もう諦めてたのに」
中学時代に想いを寄せた先輩に振られてから、私は恋愛から距離を置いていた。受験もあるし、将来は小説家になりたいという夢もある。恋愛なんて時間の無駄だと思っていた。なのに、なぜ彼を見た瞬間に、こんなに心が騒ぐのだろう。
部室に着いて、いつものように原稿用紙を広げる。でも全然集中できない。ペンを握る手が震えているのに気づいて、深くため息をついた。
コンコン。
遠慮がちなノックの音。
「どうぞ」
扉が開くと、そこに立っていたのは拓也だった。
「失礼します。文芸部に入部したいのですが」
え?まさか彼が?
「あ、あの、佐藤くん、だったよね?」
「はい。えーっと...」
「桜井美咲です。3年A組の」
「そうでした。よろしくお願いします、桜井さん」
彼が微笑むと、夕日が差し込む部室がさらに暖かく感じられた。私の頬が熱くなっているのがわかる。
「文芸部って、他に部員はいないんですか?」
「今は私一人なの。前の部長が卒業しちゃって」
寂しそうに言う私に、彼は優しく首を振った。
「一人じゃありませんよ。僕がいます」
その言葉に、私の胸は高鳴った。まるで「君は一人じゃない」と言ってもらったみたいで、今まで感じていた孤独感が少しだけ和らいだ。