7.カトリーヌの兄その2
砦コンビが帰るのを見送った後、カトリーヌと私は応接間に戻った。なんとなく人心地ついたような気もするが、メインのミッシェルさんはまだ屋敷に到着していない。
「キャティー。ブランジュ指揮官は何の御用でこちらへ来たんですか」
あまり詮索するのもどうかと思ったけれど、やはり聞いてみることにした。私は気になることをそのままにしておくタイプではないし、カトリーヌにも以前「言いたいことがある時は、ハッキリとおっしゃい」と言われたことがある。
「ジュデの生育状況や、警備のことについての報告よ。…とはいっても、それは口実でただのご機嫌伺いね」
「ああ、やっぱりですか」
そうだろうと思った。深刻な話であれば応接間でのんびり話すわけがないしね。
「ここのところ領主館が慌しいから、その訳を聞きに来られたんですね」
私がそう言うと、カトリーヌは「そうね」と頷いた。
「ミッシェルさんの屋敷から届く荷物、マルセルや王都の屋敷から取り寄せたドレスや小物類、滞在に入り用そうなものを新しく求めましたものね。出入りも多くなって当然。…でも、キャティー。私のドレスはこんなに必要なかった気がするのですけど」
「まあ、エリカ。『お客様』が来るということは、人と会う機会が増えるのよ?着飾ることも淑女のたしなみでしてよ」
カトリーヌは「お客様」と強調しながら答えた。…しかしブランジュ指揮官を始めとして、いつもラフな格好で会っている私としては、今さらという気もする。ユーグは田舎だから多少は許されるとも思うんだけどなあ。そういう気持ちを込めて、カトリーヌをじっと見つめる。
「ミッシェル一人が来るわけではないのよ。他家の召使の手前も…それに、後からお客様も増えるかも知れないのですもの」
それだけ言うとカトリーヌは「ふう」とため息を吐いて、頬に手を当てた。私はそんな彼女を見て、不思議な心持ちになった。フラセノーズ家の女神様は、一見冷たい印象の美女だ。なんというか氷の女王みたいな?でもそんなのは彼女の一面でしかない。そう、カトリーヌはとても思いやりのある一面もある。なんというか、彼女は特に気に入った人間(私だ)を、猫可愛がりしたりする。あからさまな程だ。
いやいや、そうではなくて。…カトリーヌは有能な領主でもあるし、一家の女主人としても頼りがいのある人だ。使用人の人たちに対しても、身分の別がハッキリとした国の人にしては思いやりがある。
そんな彼女が、ここまで実の兄の来訪に関して頭を悩ますとは。
「あの、キャティー。ミッシェルさんは妹ではなく、領主のあなたに御用があって滞在されるのですか」
少し遠慮気味に訊ねると、カトリーヌは微妙に眉間に皺を寄せた。
「分らないわ。でも、あの兄が何の用も無しに私を訪ねることがあるかしら。必ず何かあってよ」
嫌そうな顔をしながら、カトリーヌは答えた。ふうん、実の兄とはいえ苦手なんだなあ。実の兄だからこそ、というのもあるのかなあ。
同意を求めるような視線を感じたけれど、私はそれには応えなかった。そして少し考えながら、窓の外の景色の方に目をやった。
「日も傾いてきましたね。そろそろ、おいでかも知れません。…まあ、腹を括るしかないですよ」
曖昧な笑みとともに返答をすると、女神様も仕方なさそうに「そうね」と頷いた。そしてドレスを召し変える旨を言い残して、応接間から退室したのだった。
さてさて、どうなりますことやら。
次話で登場…と前回書きましたが、またまたやってしまいました(汗)。
本当に次こそは出ますので。