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6.カトリーヌの兄

時間という概念は不思議だ。まったく進まないように感じることもあれば、流れ落ちる滝の如く進んでしまう事もある。


―――ミッシェルさん襲来予告後、使用人達は忙しく立ち働いた。急に客人が来ることが知らされたのだ。女主人のカトリーヌから「特に気をつけて準備をするように」と直々の言葉を頂戴したメイドのフィオナ(王都の屋敷で働くダフネの妹)と執事のヨーサムの忙しさは並ではない。

 使用人達を指揮して「お客様」の為の準備や、そのために次々と届く荷物をさばきつつ、カトリーヌや私の世話までしなければならないのだ。しかも人員は十分ではないときたもんだ。合掌。



そして、ミッシェルさん襲来予定当日の午後。



「いつもの私じゃないみたい」


 私が着ているのは、青い小花模様のオーバードレスだ。このドレスはハイウェストで、その部分にも青い小花模様の大きなリボンがある。アンダードレスは白で、フリルがたくさんついている。そして髪型は横髪だけを垂らして結い上げ、リボンを付けた。ドレスが甘めなので、化粧はすっきりめだ。

普段は飾り気のないドレスを着て、髪もポニーテール&ノーメイク(ユーグ限定)の私にしては上出来だ。


「お似合いですよ、お嬢様。とても可憐なご様子ですわ」

「ありがとう、マリア」


「きゃ~。カワイ~☆」と言わんばかりの口調で、私付きのメイドのマリアが褒めてくれた。

 たまには着飾るのもいいかも知れない。けど、この青い小花の刺繍たっぷりのドレスは…一体いくらしたんだろう?何事も人の手によって作られるこの世界だ。思わず天を仰ぎみたくなるような値段に違いない。う~ん。いいのかなあ。


「せっかくお嬢様の為にお作りしたドレスなのですから、着ないとそちらの方がもったいないですよ。まだまだ袖を通されていないものが、たっぷりあるのですから」


 私の気持ちを見透かすようにマリアが一言。そして、少し前に私の部屋に運びこまれたドレスを片付け始めた。一人では大変そうなので「手伝うわ」と声をかけると、苦笑交じりで「とんでもありません」と返答があった。確かに、ここで「ありがとうございます」と言って手伝わせたら職務怠慢かな。


「そういえば、お嬢様。先ほど、砦からお客様がお見えでしたよ」

「お客様?公務で直接報告するようなことがあったのかしら」


 ふと手近にあったソファに座って考える。


 ここユーグは、フラセノーズ伯領の中でも小さな村だ。この領主館に近い村と周辺の小さな集落を集めても、人口は500人に満たない。そんな地域ではあるが、ユーグから馬車を走らせて1~2時間程の場所に砦が置かれている。この砦には常から兵が詰めている。その数は約200名。軍隊で言えば、中隊規模だ。ちなみに、砦の兵の多くはユーグ周辺の村や、フラセノーズ伯領の他の町出身者を占めている。

 この小さなユーグに砦が置かれているのには、理由がある。ひとつは、有事の際(戦争)に隣接するガルド男爵領の砦―――「東の国境警備」の中継地としての役割だ。

 

 そしてもうひとつが、ここユーグは「ジュデ」の産地だということ。ジュデとは、80年前に効能が確立された抗炎症作用、創傷治癒の促進作用、殺菌作用を持つ薬草のことだ。このジュデはかなりデリケートな薬草で、ユーグ以外の他地域で栽培しても中々育たないか、育っても効能が今ひとつ…ということが多い。これは、ユーグの土地や水がなせる技なのだろうか。そういえば、ユーグには温泉が湧いている場所があるけど、それも影響しているのかも知れない。

 そんな理由からジュデを狙って盗賊がたびたび現れ、ジュデの畑が荒らされることがあった。それを取り締まる目的のため、砦が置かれた―――これがもう一つの理由だ。まあ、それだけ貴重かつ高価な薬草だってことね。この世界(国)では万能薬という位置づけだし。ある程度の量が確保できないと、人命に関わる。

 そんな重要な地域ということもあり、小さなユーグにも領主館が置かれているのだ。そして毎年(私は2回目)一定期間滞在して、公務を執るのだそうだ。またその際には砦から兵が交代で来て、警備を行うのが慣例だ。


 と、考えがなんだか逸れちゃったな。そうそう、砦からお客様って誰だろう。


「ねえ、マリア。そのお客様って、ブランジュ指揮官のこと?」

「私は見ていませんので、分りません。でも、まだ応接間にいらっしゃるかも知れませんね」

 そう言いながら、マリアはドレスの最後の一着をクローゼットにしまい込んだ。お片付け終了。


「ふうん。では、ちょっと御挨拶してこようかしら。」

「はい、お嬢様」



                     ☆☆☆


 執事のヨーサムに確認してもらい、入室の許可が出たので応接間に足を踏み入れた。

 カトリーヌの前のソファに座っていた客人は、ブランジュ(中隊長、中尉)指揮官と彼の従卒のブライアンさん(将校の身の回りの世話をする人、秘書のようなもの)だった。


「御機嫌よう。お客様がお見えとのことでしたので、御挨拶を申し上げようと思いましたの。ブランジュ指揮官殿とブライアンさんでしたのね」


 お嬢様っぽくオホホと挨拶をしながら、カトリーヌの隣のソファに腰をかけた。そんな私の姿を、2人はまるで珍しいものでも見たような顔で眺めた。まあ、確かに珍しいかも。普段は質素だから。

 カトリーヌはというと、にこりと私に微笑みかけてくれた。

 

「まあ、可愛い。綺麗に支度をしたのね」

「ふふっ。ありがとうございます、キャティー」


 ちらりと2人の方を見ると、彼らは私に挨拶の口上を交代で言った。私の芝居がかった口ぶりが受けたのか、ブランジュ指揮官の口元は笑っていた。ブライアンさんは…なんかぼーっとしてるな。ふん?


「あの、その。よくお似合いですね」

 取って付けたように私を褒めたのがブライアン・セヴェールだ。赤みがかった金髪に碧の瞳を持つ、どことなくクリスマスな彼は御年18。そんな彼は実は良いところの御坊ちゃん(次男…いや三男かも)らしく、そのせいか少し頼りなく見えることが多い。…口喧嘩をしたら、絶対に勝てそうだ。子供の頃は女の子に虐められたクチなんじゃないだろうか。その割とこちらの基準でも2、3歳は老けてみえる。私の主観だともっと上だ。まるで年下には見えない。そして、今日はなんだか顔が少し赤いかな?そしてちょっと挙動不審だ。マイナス5点。


「今日は誰かお客でも来られるのですか。エリカ嬢のこんな麗しいお姿は、久しぶりだ」

 

 アドルフ・ルイ・ブランジュ指揮官が片眉を上げながら言った。

 30代半ばの焦げ茶の髪とお揃いの瞳を持つ彼は、言わずと知れた愛妻家だ。彼の奥方(一度だけ会ったことがある)は金髪碧眼の美女で、彼と同い年なのにかなり若く見える人だ。結婚して10年以上は経つのに、今だにラブラブらしい。そんなヤンデレ指揮官だが、顔は強面だ。右のこめかみに走った傷が、なおさら彼の顔を怖く見せている。その割と私やカトリーヌ(後はユーグの女性や子供)に対しては穏やかだ。だけれど、砦の兵に対しては見た目通りの厳しさかもね。


「今日から私の兄の、ミッシェル・ドゥ・オリヴェイラがこちらに滞在する予定ですの」


「ああ、それでですか。カトリーヌ様の」とブランジュ指揮官が、何故かブライアンさんの方に向って目くばせをした。するとブライアンさんは、ぎょっとした顔をしてみせた。…なにか激しく勘違いされたような気がする。それとも、全然違う意味なのかな。分からない。

 

 その後少しの間4人で雑談をすると、2人は砦に帰って行った。カトリーヌが「近いうちに紹介する」と言っていたから、お茶の時間か食事にでも招待するのかも知れない。

 

 さて、少しだけ日も傾いてきたかな。電話が無いと何時に着くか分らないから、不便だなあ。

 もしミッシェルさんが夕方になっても着かなければ、夕食は確実に遅れるな。それだけは嫌だ。

盛り込み過ぎて、ミッシェル出せませんでした。


次回に登場させます。でも、題名は「カトリーヌの兄」で。

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