4.回想シーンその4
「お話相手…ですか?」
「何も珍しいことではないのよ。御目の良い、才のある子女を手元に置くのは、貴族のステータスですもの」
御目の良い。才のある。
…私のどこを探しても、そんなものはないような気がする。私はまあ、日本人としては目鼻立ちがハッキリしているし、身長も163センチはあるので低い方ではない。しかし、女神様の側では御目汚しのような気がするのですが。あ、引き立て役にはなるか。
そしてただの女子高生でしかない私の特技は、せいぜい趣味止まりのピアノと素人にしては上手い絵を描くことぐらい。まあ、中学生の頃から美術部だったし。小学生時代の図工の頃から絵を書くのは好きだったしね。
「カトリーヌさん。残念ながら、私はそのどちらにも当てはまらないような気がします」
それだけ言うと、私はチーズクッキーを手にした。サクッ。
うん。このさっくり感といい、鼻に抜けるチーズの香りも言うこと無しです。
「ふふっ。そうかしら、貴女は中々見込みがあるわよ」
カトリーヌさんは口元だけで、にやりと笑ってみせた。同時に、ぐいと身をこちらに乗り出した。
きっちりと結い上げた後ろ髪とは別に、垂らしたままのサイドの銀髪がふわりと揺れる。
「私みたいな身元不明の怪しい人物が何人いようと、ステータスにはなりませんよ」
「出自など、後からどうとでもなってよ。どうにもならないのは…そうね。私の方だわ」
パチパチと暖炉では薪の爆ぜる音がして、火の粉が生まれてはすぐに消える。
私はそれを見ながら、カトリーヌさんが話を続けるのを待った。
「私が初めて嫁いだのは、16の時のことよ」
初めての結婚。初めて…。
「そして3度目に嫁いだのが、このフラセノーズ家よ。『伯爵未亡人』になったのは私が20歳の時。それ以来、影では死神付きの伯爵未亡人と呼ばれているらしいわね。まあ、本人に聞こえるように『影』でひそひそとね」
カトリーヌさんは暖炉を見ながら、淡々と語った。何でもないことのように。
いや、何でもない筈はない。口調だけ聞くと、そう聞こえるというだけだ。
「嫁いで1年と少しで、3人目の夫まで亡くなったのですもの。毒蛇を使ったとか、伯爵を亡き者にするために毎晩呪いをかけていたとか」
「……」
「普通ならば、次期伯爵を産んでいない私が『伯爵未亡人』としてフラセノーズ家に残るのは、考えられないこと」
カトリーヌさんはそれだけ言うと、こちらに視線を合わせた。
その美しい紫の瞳は、「悲しい」という言葉では言い表せない色をしているような気がした。
何か言わないと、と思うのに言葉は迷子になって何も出てこない。もはや、「本当ですか」もなにもないだろう。
「ええっと。『死神付き』って強そうですね。『悪魔』だったら、小悪党とも聞こえますけど」
…咄嗟に出た言葉がこれかい! ああ、私のばかばか!
シリアスな話しだったのに、カトリーヌさん呆れた顔になってるし。
「貴女は、これを聞いても何とも思わないのかしら?それとも、いきなりのことで反応が遅いのかしらね。貴女にも死神の呪いがかかるかも知れなくてよ」
後半の部分は、少しぞっとするような声でカトリーヌさんは囁いた。
あんたは、稲川淳二か。あ、心の中だけど女神様に突っ込みいれてしまった。
「カトリーヌさん。昔、読んだ本に書いてあったことの受け売りなんですけど。『呪い』というのは、その対象者が『自分はあいつに呪われてる』と自覚していないと、意味が無いそうですよ」
ティーカップに手をつける。中の紅茶はすっかり冷め切っていた。
私はそれを一息に飲み干して、音を立ててティーカップをソーサーに戻した。
「…それで、ちょっとしたことでも『これは呪いのせいだ』と思うようになったら、完璧です。悪いことばかり考えてる人って、不幸になりやすそうですもん」
「貴女の言いたいことが、見えてこないのだけれど?」
カトリーヌさんは怪訝な表情をしてみせた。
「だから!…私には呪いなんて効きませんよ。端から信じてないですもん。それに、私を助けてくれたのはカトリーヌさんでしょう?そのまま転がっていたら、間違いなく凍死ですよ。で、私を迎えに来た『死神』を追っ払ってくれたんですよ、カトリーヌさんは」
だんだん腹が立ってきた。何に対してムカムカしてるのかも分からないけど、なんか嫌だ。
もう紅茶はないので、チーズクッキーを一気に2枚手にして口に押し込んだ。
「ん。ぐっっは」
のどにつまった。
「ちょっ。ほら、これを飲みなさい」
カトリーヌさんのティーカップを受け取った私は、慌てて中の紅茶を飲んだ。
うわあ~。お約束をやってしまった。これは、笑ってごまかすしかない!
「カトリーヌさん。さっき、『のどにつまれ~』って呪ったでしょ。ひっどいな~」
「はあ?…ええ、そうよ」
カトリーヌさんは短く返事をすると、そっぽを向いてしまった。…今日は厄日です。さっきから、空回りばっかりです。質の悪い冗談ほど、人を不快にさせるものはない。
恐る恐るカトリーヌさんの顔を覗き込む。こそこそと上目遣いで。
「まったく。貴女は、お行儀の悪い子ね。これでは、家庭教師をすぐにでも探さないといけないわ」
女神様は「しょうがない子ね」と笑った。今まで見た中で、一番優しい笑顔だった。
ちょっと目が潤んでいたのは、私の気のせいではなかった。
これで、回想シーンは終了です。