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3.回想シーンその3

私がカトリーヌの屋敷でお世話になって10日目(だったかな?)のことだった。




その日はたまたま、朝早く目が覚めた。二度寝してもいいのだけれど、珍しく瞼は重くならない。

そこで推定年齢30代後半、強面メイド頭のダフネさんが起こしに来る前に、私はベッドから出ることにした。

カーテンをシャッと開くと、目に飛び込んできたのは一面の銀世界だった。


「わあっ。雪がこんなに積もってる」

 

 雪、雪だ! これなら雪だるまも雪合戦もできそうではないですか。人型なんかも良いかも知れない。しっかし、一晩で5~6センチ(目算)も積もるなんてすごいなあ。

 よし、早速外に出てみようかな。

 うん?雪かきしてる人が4…5人か。へえ、門に続く道の部分は雪かき終わってる。ふうん。


 私のテンションは雪を見ていっきに上がり、雪かき隊を見て下がった。

日本のじめじめした夏から冬のノイゼス王国へ。

着るものはひらひらしたドレスで、中世ヨーロッパかヴィクトリア朝の趣がある。まるでRPGか小説の物語の中のようで。

 カトリーヌさんは良い人で、私の為にドレスやら何やら当面必要な物は揃えてくれた。一日中、受験勉強もせずに絵を描いたりピアノを弾いても怒る人はいない。

 

 その代わり、家族はいない。友達もいない。受験勉強もする必要がない。

 誰からも必要とされてない。


 今まであまり考えないようにしていたことが、頭の中にどんどん浮かんでくる。もしかしたら、もう日本には戻れないのかな。っていうか戻る方法ってあるの? 

 嫌な考えばかりが、浮かんでは消える。私はそれを振り払うように装飾の少ないドレスに着替えてから、しっかりとコートを着込んだ。




 おおおっ!雪だ~!!


「あれ、お嬢さん。おはようございます」

 上気した頬でひょいと帽子を取りながら挨拶した男の人(執事さんと同じくらい)が一人。かなり薄着だけど、寒くはなさそう。彼の体からは湯気が立ち上っている。

「おはようございます。精が出ますね」

ニッコリスマイル。私のスマイルはゼロ円です。

「いやあ、お元気になられて良かった。お嬢さんが倒れていたのを見た時は、本当に驚いちまいましたからね」

男の人は朗らかにそう言うと、流れ落ちてきた汗を手の甲でグイッと拭う。ついでに、スコップを置いた。ん?この人はもしかして、

「御者さんですか?その節はありがとうございました」

間違いない。私はペコリと頭を下げる。すると少し慌てた声が聞こえた。

「夫人のお客さんが頭を下げるなんて、とんでもない。それに、お嬢さんを屋敷にお連れなさることを決めたのは夫人だからね」

最後の方の言葉は、どこかしら自慢気に聞こえた。夫人…。カトリーヌさんのことか。あの人は使用人から見ても良い人なのかな。


「でも、ありがとうございます。私、エリカ・カンザキと申します」

「こいつはご丁寧に。おれはこの屋敷の御者を務めてるトーマスですよ、お嬢さん」


ニコニコと人の良さそうな顔をしたトーマスさん。私達が話しているのに気が付いたのか、その奥の方で雪かきをしていた人達(若いメイドさんや、いかにも雪かきのために呼ばれましたって人)に会釈をした。どうも「夫人の客人」というのは、使用人には頭を下げてはいけないらしい。私も会釈を返したら、怪訝な顔をされてしまった。

と、その時


「お嬢様!」

強面メイド・ダフネさんの声が聞こえた。まずい。この声の調子は怒られそう。

「まあ、病み上がりの体で。早くお部屋にお戻りを」

コートも着ずにズンズンと歩いてきたダフネさんの声は、とても冷たい。私が外にいる姿を見て、そのまま出てきたのだろう。その割とダフネさんの栗色の髪は、きっちりと結いあげられている。って起きたばかりのはずはないか。でも、適当にしばっただけの私とはえらい違いだ。

「それに、トーマス!お嬢様を引き止めるような真似をして、一体どういうつもりですか。お前はいますぐ自分の仕事をなさい」

ギロリという音のしそうな目でトーマスさんを睨む。その薄い水色の瞳は…「仕事を増やすな」と言ってるような気がした。自分が睨まれたわけじゃないけど、怖いしトーマスさんに申し訳ない。私が話しかけたのがいけないのに。

「はい、すみません。すぐにっ!」

トーマスさんは早口で言うと、脇に置いたスコップをさっと取り上げて、また雪かきを始めた。

ダフネさんから屋敷に入るようにもう一度促され、私は足をそちらに向けた。それを確認したダフネさんは、さっさと歩き始める。

私も屋敷に一歩足を踏み出してから、後ろを振り返った。すると顔を上げたトーマスさんと目が合った。声を出さずに「ごめんなさい」と口を動かしたら、トーマスさんも「大丈夫」と私の真似をした。


 私はほっとしながら、急いでダフネさんの後を追った。同じ水色の瞳でも、トーマスさんとダフネさんとでは違って見え…いや、私が悪いですね。サクサクと歩きながら、お屋敷を見上げた。

 私はカトリーヌさんのお客ということになっていても、身元不明の人物だし。勝手に出歩かれても困るよね。だけれども、お客さんだから粗末な扱いは出来ない。


 ああ。朝から卑屈な気分になってる。ちゃんと良くしてもらってるのに。

 

 急に寒気を感じて、コートの袖をギュッと握り締めた。




                      ☆☆☆



 外ではまたチラホラと雪が降って、すごく寒そうだ。一方私とカトリーヌさんはというと、中庭に面した談話室で午後のティータイムを過ごしていた。暖炉の側にいるので寒くないし、紅茶にたっぷりと入ったショウガとハチミツはいかにも体に良さそうだ。そして、お茶請けにはチーズクッキーや果物の砂糖漬けが用意されている。

 私の朝食と夕食、そしてこの3時のおやつ時間はカトリーヌさんと一緒だ。最初こそ「いったい何を女神様と話せばいいんだろう」と頭を抱えたけれど、今は慣れてきた。時々カトリーヌさんは「ふうん」という表情で私の話に相槌を打ったり、怪訝な表情で説明を求めてくる。逆に私がこの国や生活習慣について訊くと、要点をついて理解しやすく話してくれる。

 

 お茶もお菓子も美味しい。でも、私は日本に、家族の所に帰れるのかな。今更ながら、カトリーヌさんに甘えすぎてるような…。ここでの生活に慣れて良いわけがない。私はここの家の人間じゃないんだから。


 どうもぼんやりし過ぎていたようだ。カトリーヌさんの視線がこちらに向いていたのに、気がつかなかった。

「貴女、どうかなさって?」

「え、あ。何のお話でしたっけ」

 慌てたように問い返す私に、カトリーヌさんはいつもの「ふうん」という表情をして見せた。


「今日のお菓子はあまり出来が良くないようね。作り直させましょうか」 

「ええっ。いえ、美味しいですよ。とっても」

そうかしらと言うように首を傾げると、カトリーヌさんは上品な手つきでティーカップを手にした。その側で控えているメイドさん達(2、3人。ダフネさん以外の10代後半から20代くらいの人達)は、いつでも用を足せるようにスタンバイをしている。私が「はい」と言ったら、この美味しいチーズクッキーは下げられる運命にあったのか。


「いつもなら、もっと口にするでしょう。それとも何かあったのかしら」

それだけ言うと、カトリーヌさんはティーカップを軽く持ち上げた。「ぬるいから入れ替えて」の合図だ。すかさず、一番若いメイドのマリアがカップを手にする。その後、速やかに新しく入れ替えられた紅茶は女主人の元へと恭しく捧げられた。すると、女主人は

「サラ、ここはもういいわ」

「かしこまりました」

泣き黒子(ぼくろ)の一番年かさのメイドさんが答える。そうか、あの人はサラっていうのか。また一人名前を覚えたぞ。

 メイドさん達が退出するのを見届けると、カトリーヌさんはカップに向けていた視線をこちらに戻した。そして、「何か言いたいことがあるのでしょう?」と一言。


「私。どうしたら良いのか分からなくて」

 少し迷ったけれど、率直に今思っていることを伝えることにした。

「以前、『神の戻し子』のお話を聞きました。その、『神の戻し子』の中に元の世界へ帰れた人達はいたんでしょうか」

「…分からないわ。一説によると、元の世界に帰った者がいないことから尚更『戻し子』というそうよ。でも、それだって確かではないでしょうね」

 

 カトリーヌさんの言葉は、私の胸に残酷なまでに響いた。彼女が悪くないのは分かってる。カトリーヌさんは「確かではない」と言った。異世界トリップ自体がイレギュラーなんだから、戻ることだって出来るかもしれない。でも、出来ないかもしれない。そもそも、方法なんか分からない。

 私はあふれ出しそうになった感情をぐっとこらえて、落ち着くために紅茶を一口飲んだ。


「カトリーヌさん。今まで、本当に良くして下さってありがとうございました」

「当たり前のことだわ」


カトリーヌさんはどこかそっけない口調で答えた。それはそうだろう。すごく厚かましい人間だと思われているのは間違いない。私は居住まいを正した。


「そのお話が事実なら、私はこの国で生活する方法を考えないといけません。あの…ご迷惑だとは思うのですが…。こちらのお屋敷で働かせてもらうことはできないでしょうか」


 最後の方は何だか、早口で丁寧さには欠けるお願いの仕方だった。顔が熱い。

 そんな私を見て、カトリーヌさんは目を丸くした。


「貴女が使用人の真似を出来るとは思わないけれど。それに人手は足りているわ」

「そうですか…」

 ああ、そう世の中うまくいくわけないか。それに身元不明の人物よりも、出自の明らかな人の方が良いに決まってるよね。


「あの。仕事先が決まるまで、こちらに住まわせてもらえないですかっ。食器洗いでも洗濯でもお手伝いしますから、お願いします」

 ガバッと頭を下げる。そして頭を上げると、今度こそカトリーヌさんはあきれた表情をしていた。

 うっ。これは駄目かもしれない。もう胸はバクハツしそうにドキドキしている。


「いいわよ」

「え、本当ですか!?」 

「そうではないわ。だから、別に何もしなくてもいいと言ったのよ」

 

 カトリーヌさんはつまらなそうな表情で答えた。


「何もって。でも、そういうわけには…」

「私の話し相手になってくれれば、それで結構よ」


 女神様は優しいだけではなく、太っ腹だった。





予想外に長くなったので、次話まで回想シーン続きます(汗)。

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