2.回想シーンその2
由香はいなかった。
だとしたら、この世界に来たのは私だけ?由香は電車に乗ったままだったのかも知れない。
それとも、誰かが由香だけ助けてくれたのかも。
でも、
私の近くに「ユカ」という名前の女の子が倒れていたかも知れない。
ただ女神様が気がつかなかっただけで。
「あの、フラセノーズさん。私が倒れていた場所に来る直前まで、同じ年頃の友人と一緒にいたんです。失礼ですが、本当に私以外の人は倒れていませんでしたか」
勢い込んで聞いたのはいいけれど、自分でもそれはなさそうだと感じた。
フラセノーズさんの第一印象は「冷たそうな雰囲気の人」だったけれど、会話を続ける内に別のものを感じ始めていたからだ。彼女は、こちらを威圧するような事は一言も言わない。そして、何故私が日本からこのノイゼス王国に来てしまったのか、私自身にも分らないことについて一応納得してくれた。
…私でも信じられないのだから、そこを追求しても仕方ないと思っただけかも知れない。
だけど返ってくる言葉や態度には、誠実さが感じられる。そうでなければ、そもそも私を助けてくれなかったよね。
「絶対とは言い切れない。でも、貴女以外の人が倒れた跡はなかったわ」
「そう、ですか」
その日は結局30分程話しただけで、フラセノーズさんは退出を告げた。
彼女が執事らしき初老の男性と部屋から出る直前、私はあわててフラセノーズさんを呼び止めた。
「待って下さい! あの。フラセノーズさん、助けて下さってありがとうございました。最悪、目を二度と覚まさなかったかも知れないのに、こんなによくしてもらって。それなのに、お礼を言うのが遅れてごめんなさい」
ベッドに座った状態のまま、出来るだけ丁寧に頭を下げた。自分でも無意識の内に、毛布をまたギュッと握っている事に気がつく。頭を上げた時、フラセノーズさんの表情が今までで一番柔らかく見えた。
「カトリーヌと呼びなさい。貴女は私の客人として滞在してもらうのだから、フラセノーズさんでは可笑しいわね」
カトリーヌさんはふっと微笑むと、部屋から出て行った。
…何というか、カトリーヌの花の顔はまるで女神様なのに、
その時は「姐御!」と呼びたくなってしまった。
そうそう、私は最初からこの国というか大陸共通語を理解できた。
よく異世界トリップ話では
「日本語お上手ですね」
「ニホン?○○○語だろ」
というパターンがあるけれど、私は違った。例えて言えば、突然英語が話せるようになってリスニングも完璧になった…みたいな感じが一番近いかなあ。
私は、この世界の大陸共通語のリスニングとスピーキングが最初から完璧だった。しかも、そのアクセントは貴族が話すお上品なものに近かった。それなのに読み書きの方はさっぱりだったので、異世界トリップ者か、記憶喪失(もしくは、そのフリ)か分らない謎の身元不明者と思われていたらしい(らしいが多いな)。その割と客人待遇。カトリーヌは何を考えていたのやら。
そう、普通なら異世界トリップ者は最初から大陸共通語は喋れません。
ちなみにこの世界では、異世界トリップ現象は珍しいことでもない。いかんせん、統計がないのでハッキリとはしないものの、国によっては数年に一度現れるほどだ。
場所はマチマチで、死亡者もいるそうだけれど水辺(海、川、滝)付近で発見されることが多い。そして私を含めた異世界トリップ者は「神の戻し子」と呼ばれる。
別の世界で生まれ育った私達は、本来ならこの世界で生を受けるはずであった存在なのだ。そのため、稀に神が他の世界で生まれ育った私達(異世界トリップ者)をこの世界に連れ戻すことがある。それが「神の戻し子」と呼ばれる所以だ。
…ただの伝承じゃん。大体、連れ戻すために死なせたらアウトじゃん。
説明のつかない現象を宗教で片付けてるだけじゃん。
……私が発見されたのは、水に関係ない街道脇。そして言葉がペラペラ。
ふっ。それじゃ、異世界トリップ者だなんてまさか思わないよね。
かえって怪しいかもね。うん。
次話で回想シーン終了します。