11.イケメンは疲れる
当たり障りのない会話を続けていると、ノックと共に誰かが入ってきた。使用人らしく目立たない黒の上下を着ているけれど、質感は悪くない。一見して執事か秘書だとわかる彼は、慇懃に頭を下げると口を開いた。
「お話し中のところ、大変失礼いたします」
「無粋だな、クレマン。急ぎの用か」
「はっ」
金髪イケメンのお付きの人その1―――赤味の強い茶髪に青い瞳のクレマンは、それ以上は何も言わずにクリーム色の封筒を差し出した。ちなみにこの国では、黄色や黒の封筒は「急ぎの用なので、すぐに開封すべし」の意味だ。黒というと葬儀を連想するかもしれないけれど、特に忌みごととは限らないのである。そしてミッシェルさんは微かに眉間にしわを寄せると、封書をしっかりと受け取った。
さて、私は退散すべきかな。
「そろそろ、私は退室させていただきますね。用事を思い出しましたので」
「ああ、そうですか。それでは先ほどの話の続きはまた後でね、エリカ嬢」
私が立ち上がるより先に席を立つと、ミッシェルさんはこちら手を差し出した。そして部屋まで送って行こうと申し出てくれたけれど、それは丁重にお断りした。なので、エスコートは応接間の扉の前で終了した。あー、なんか疲れたな。
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トン、トトトンとノックした後に、一応と思って「エリカです」と言うと「どうぞ」と短く返答があった。ひょいとドアを開けて部屋に入ると、部屋の主は執務机で書きものをしていた。
「お仕事中でしたか、キャティー?」
「いいえ、後はサインをするだけ…終わったわ」
ペンを置くと、カトリーヌはふうとため息をついた。執務机には、他にもいくつかの書類が置かれている。決して少なくはない量だ。パソコンがあればねえ。
「私は殿方のお話し相手よりも、書類整理の方が向いてますよ」
「私達、とても気が合うみたいね」
お互いにふうっとため息を一つ吐いた。やれやれと首を動かすと「お座りなさい」とソファーを勧められたので、乱暴にボスッっと座った。一瞬だけ咎めるような視線を感じたけれど、別に気にしない。キャティーの前だけで許される無作法だもんね。
「ねえ、エリカ。あの方は何故、こちらの屋敷にまでわざわざ来訪したのでしょうね」
意外だな。ミッシェルさんから聞いてなかったのかな?…と私の顔にでも書いてあったのか「貴女も知らないのね」とキャティー。
「何か悪いことでもしたんじゃないですか。誰かを…いえ、なんでも」
「女性を騙すような真似なら、いつものことでしょうね」