9.兄上と私
私とカトリーヌの平穏な生活に、突如としてミッシェルさんが加わった。そうなる以前は、カトリーヌの執務のお手伝いとして手紙の代筆(もう読み書きはバッチリ☆)や簡単な書類の作成をしていたけれど、今はお休みしている。そして暇になると厨房に顔を出したり、庭仕事を勝手に手伝ったりもしてたけれど…それもお休みだ。カトリーヌに禁止された訳ではないけど、ねえ?言われなくとも察すれば分かるってもんだ。
その代わり「金髪紫瞳のイケメン子爵ミッシェル氏」とよく話すよになった。ちなみにイケメンは私が「神の戻し子(異世界トリッパー)」であり、形ばかりの養子縁組でダントン家の養女になった経緯は知っている…かどうかは不明。
「こちらは、本当にのどかだね。…しかし、カトリーヌは仕事熱心だな。毎日忙しくしているようだけれど、それで何の楽しみがあるものか」
応接間にて、優雅に紅茶を飲みながら話すイケメンこと、ミッシェルさんはかなり実感のこもった口調で言った。子爵領の経営を弟君に一任して、自分は「社交」の名の下に王都で夜遊び三昧の人が言うことは、流石に違うな。だったら、何故ユーグに来たんだと言いたい。しかしそんな想いはぐっと飲み込んで、私はにこやかに返答することにした。
「余暇を楽しむことは、大切ですわね」
「そうだよ。カトリーヌは賑やかな場所は嫌いなようだけれど、エリカ嬢はこちらの暮らしは退屈ではないのかな。マルセルや王都の方が面白いと思いませんか」
サラリと揺れる金髪、穏やかでありながら魅惑的な紫の瞳、立派な体躯を持つ彼はさも当たり前そうに言った。うん、まあね。だから、何でユーグに来たのさ。そういえばミッシェルさんがこの屋敷に滞在してから、かれこれ3日ほど経ったけれど来訪の理由は特に聞いていない。病気のため静養する目的で来た…というのでもなさそうだし。ここは水を向けてみますか。
「田舎には田舎の良さがありますわ。それにユーグには、ジュデ(薬草)の研究に来られる方達もいらっしゃいますもの」
「ほう。エリカ嬢はそういった者達と交流があるのですか?」
「いえ、一度お話を聞いたことがあるだけです。私ではなくて…ミッシェルさんがジュデに興味がおありなのではないかと思いまして」
「私が?」と微笑を浮かべると、ミッシェルさんはティーカップに眼線を落とした。その後こちらに向き直った時、一瞬だったけれど確かにこちらを探るような眼をしていた。