虻
背丈の高い草が風に揺らされながら横に靡いている。
月は下弦。
黄金色に光っている。
「姉様!姉様!どうして私は姉様のようになれないのですか?」
蝿に近い顔立ちの黄色と焦げたような黒色の体が悲しさを抱いている。
近くで流れる川の音は、激しく唸り声をあげている。
空に浮かぶ星たちは、心を無くしたかのように鈍い光を放っている。
「虻、それは当たり前だよ。お前は私とは違う」
薄く輝く黄色と黒色の体にふんわりと綿毛を纏った体が虻の方へ振り向いた。
「姉様、、、それはあんまりです。確かに私は姉様のように美しい見た目ではありません。針も持っていません。ですが、ですが姉様と同じなのです」
川の唸り声は増していく。
星の光は虻を照らし、星は蒼鉛色の空を泳ぐ。
「どうか認めてください。私は姉様と同じです」
蜂は呆れ顔をしている。
「虻、いい加減にしてくれないか。お前は蜂としては認められない。もうお帰り」
虻は体をぶるっと震わせた。
「嫌です、、、嫌です。帰りません。姉様が認めてくださらないのならここを一歩も動きません」
「そうか、ならそこで飢え死ぬだけだ。そこに居続けたって何も変わりはしないよ」
虻は目に涙を浮かべた。
「この世に本物なんてあるのですか?偽物なんてあるのですか?いくら姉様の真似をしても姉様になれなかった。私だって、、、私だって姉様のようになりたいのに」
虻の目からはたまった涙が溢れた。
蜂は虻の傍に寄った。
「虻、確かにこの世に本物なんて存在しない。本物というのはきっと、誰かが最初についた嘘だろうからね。私になろうとしなくていい。お前はお前でこの世にたった一つの存在だろ。ほら、分かったかい?」
「なら、私は、、、」
川の唸り声はもう聞こえなくなっていた。
星たちは自身の思いを爆ぜ、鋭く輝いている。
その光は黄色の体を優しく照らした。
「私は私で居ていいのだ」
揺れる影は一つ。
現代では、「自分」という存在の中のアイデンティティを「誰か」という不純物と比べて偽ってしまうことが世の中には溢れている。
そう。小さな世界でも同じだ。
そこで大事なのは、「自分」という存在は誰かに言われて形作られるものではない。
「自分」という存在は「自分」という存在が研磨し、探究し、彩り、つくっていくのだ。