好奇心が猫を殺した(1)
「あれ、クルーミネさんは…」
今回の同行者はアメとクルーミネ。クルーミネがまだ車内から出ていなかった。
「それがね、クランさんからストップがかかっちゃって、まだ休むことにしたって」
(そこはドクターストップじゃないんだ…)
「お二人とも大丈夫ですか?」
「今行きます!」
エンブル家長女、ウィンはトンネルのような通路を出た後にヒトエ達を街へ連れ出した。
「改めまして、ようこそ《カリルド》へ。ここは西方の街、ライトフープです。大学のある街まではこの大通りを通って行きます」
ウィンは入り口で見た時と同じような街並みの先を指差した。正面には周囲よりも高い位置にある城のような建物が見えた。
やはり街のデザインは計算されているのだろう。どの方角から見てもこの構図は変わりそうになかった。
ウィンは明らかに案内に不慣れだ。その上敬語にも不慣れだ。会話が全体的に機械的であり、無理していることがしっかりと伝わる。
「大学のあるセントラルフープには、ここからでも車に乗って一時間程かかることになるのですが、ちょっと車の手配ができていない…できていませんので、ここで十分ほど待機していただく事になります」
ちらっとアメの方を見たが何を考えているか分からない。しかしアメも堅苦しいのは嫌いなタイプだろう。
(…言うか。距離を近付けるにはまず、親しみやすい態度だ)
「あのーウィンさん、私たちに敬語を使わなくて結構ですよ子供ですし」
「そう!…え」
アメは表情からは読み取れなかったが、予想通り敬語に思うところがあったらしい。頷いてくれた。
しかし、勢いのまま流されそうになったものの、ヒトエの自認が大人だと言っていたことを思い出し、今度は明らかな疑問を浮かべた。
「…アメだって敬語じゃない方がいいでしょ?」
(後で説明するから今は納得して)
ヒトエの心の声と眼力が通じたのか、アメは満面の笑みで、さっきの疑問など無かったかのように頷いた。
「うん!そうだよ、ウィンさん」
「そう?ならお言葉に甘えてしまうけれど。助かるよ。私は敬語も堅苦しいのも苦手なんだ」
(やっぱりか)
まだ車は来ないのかなと、車道に目を移した後、ヒトエは通りの人混みを眺めた。
等間隔で宙に浮く街頭代わりの暖かな光の近くで、なるべく通行人の邪魔にならないように、三人は道の端に寄っていたが、なぜだか多くの通行人がこちらを指差しているようだった。
「…私たち邪魔ですかね?」
そう言っているが、邪魔になっているとは全く思ってない。
明らかにあの人たちはウィンを見て騒いでいるようなので、ウィンにどう言うことなのかと尋ねたかったのだ。
「うん?あぁ、私はエンブルの人だからね。たとえコーヒーを溢しただけでも、何かと話題になってしまうんだ。学者として人前に出るし…多くの人に顔が割れてる」
「それであんなに人気が出るものなんですかね」
ヒトエは心からの感想で、普通に言ったつもりだったがウィンは目を丸くさせた。
「…ヒトエちゃんって案外皮肉屋なのかな」
「えっ」
「あ、だからと言ってどうということではないよ。そういう人はかなり好きだ。記憶喪失の人に初めて会ったからかな、少しヒトエの性格について考察してみたくなったんだ」
(それで出たのが皮肉屋か…これから初対面の人と会うのに、あまり好ましくない印象だなぁ。修正しないと)
「私も別に他意はないのですが、何でそうやって判断したんですか?」
「言葉遣いかな。遠回しで、事実を述べる感じが。単なる貴方の癖かもしれないけど」
癖であれば、本来のヒトエの人格を思い出す一助にもなるが、もしそうだとしたらだいぶ難のある性格だ。少なくともアメ、フィンガー、クランとの接触の感度は良好だったので、人当たりの良い、いい感じの振る舞いをしていたのかと思っていた。
それならヒトエの“仲間”は、思っていたよりもずっと優しいのかもしれない。
「まあ、ウィンちゃん!」
急に、頭にバンダナをつけた、健康的な笑顔を見せるおばちゃんがバスケットを抱えて小走りで駆け寄ってきた。
「飴屋のおばちゃん!久しぶりだね。調子はどう?」
ウィンのその反応を見るに知り合いのようだ。
「上々さ、お客様をお連れかい。なら嬢ちゃんたち、ウチの飴玉をあげるよ」
おばちゃんはバスケットから黄金色の丸い飴玉を取り出して、ヒトエとアメに一つずつ渡した。シワのある、暖かい手がヒトエの手に少し触れる。
目線を飴玉から移しておばちゃんを見れば、彼女はニカっと気の良い笑みを浮かべて見せた。
(…やっぱり私は少女にしか見えないか…自認は大人なんだけどな)
「白髪の嬢ちゃんたちはどこに行くんだい?」
「ウィンさんにエンブル大学まで連れて行ってもらうんです」
「そんなに小さいのに大学に…って、あたしとしたことが、エンブルはそういうとこじゃなかったね。才能さえあれば———」
「いえ、ただ人を迎えに行く用事で」
「あぁなるほど。こりゃ早とちりしちゃったわ」
そうこうしている間に近くに黒塗りの車が止まった。
「おばちゃん、車が来たからもう行くよ」
「邪魔して悪かったね。あたしはこの先の店で飴屋をやってるんだ。暇があったらまたおいで」
「はーい!」
アメはすでに口の中に飴玉を入れていた。その様子であれば、シュトウを迎えに行った後にすぐ行きそうだ。
高級車とだけあって車内は快適だった。ジュースが出てきたし、広いし、座り心地が良い。
助手席に座ったウィンは、そんな車にそわそわしているヒトエたちに声をかけた。
「そうそう、道中にガイドは必要かな?初心者だから、あまり期待はしないで欲しいけど、長く住んでいるからある程度のことは言えるよ」
「ガイドして欲しいです!そうですねー、ウィンさんは住んでどれくらいですかー?」
エンブル家の者である彼女にとって、その質問は歳を聞いているのと同じだが、特に意識していない様子だ。そうでなければ女性に歳は尋ねないだろう。
(しかし、だいぶ若いだろうな。噂のシュトウさんより下だろうけど)
少なくとも、そのハリとツヤのある見た目からは、三十代の息吹は感じられず、学生として見られることがままありそうだった。
「26だよ」
「お姉さんですね!」
「そう言う貴方はアンデットだよね?いくつかな」
「分かんないです!でも結構最近!シュトウさんが大学行ってからです。私がドクターのとこに行って…というか私が生まれたのは」
「最近か…そうなんだ…彼とは面識無いの?」
「ないです!ヒトエも」
ウィンはアメの発言に顎を触って考え始める。何か思うところがあるようだった。
(…シュトウさんが大学に行ったのって三年とか四年前か?いや、大学院とかあるんだっけ…そもそも今の夏の時期って卒業でも何でもない時期だな)
そうするとアメの歳は十歳未満になるだろう。しかしアンデットは、死んだ時の身体が蘇ってからも使われるそうだが、アメは歳の割に大きい。それだけが少し引っかかった。
(大きい図書館とかあるかな…もう少し各種族について調べたい)
「ヒトエはどうなのかな、歳いくつ?」
あまり思考に耽りやすいのも考えものだ。いつのまにか話題がこちらに振られていたことに慌てて気付く。
「12歳と聞きましたけど、記憶喪失なので細かいことは分かりません」
「!記憶喪失…病院は行ったの?」
「ドクターには診てもらってます」
(だいぶ怪しいけど)
「それは心配だね。私の兄が医者やってるんだけど、よければ紹介しようか」
「へぇ、脳外科とかですか?」
「いや内科。でも兄様だから大丈夫。あの人天才だから」
(天才かぁ)
『才知の全て、魔法の国』とガイドブックで謳われた《カリルド》に入ってから、その言葉を何度も聞いた。もっと言えば、入る前にドクターから教わった関連知識も、必ずと言っていいほど『才』という言葉に触れる。
大学の説明しかり、家名しかりだ。
そこまで言われるほどであれば、その天才に頼ってみるべきだとも思った。
どうせドクターには頼れないし、連絡機器に細工されるぐらいの監視があるのだ。現地の医者にかかるしか正確な自分の状態は分からない。
「じゃあ、お願いします」
「オーケー」
ウィンはジャケットからメモ帳を取り出して、ボールペンでサラサラとサインを書いてヒトエに渡した。
「フニア兄様は忙しいけど、これを見せれば対応してくれるから」
「…簡易的ですね。ありがとうございます」
貰ったメモを手荷物として持ってきたポシェットの中に入れる。入れたところで、自分の言った言葉が脳裏に蘇ってきた。
(…あれ、もしかしてこう言うところが皮肉っぽいのか?いやでも実際簡易だし…架線付きの用紙にサインしただけだし…)
どこにでもありそうな用紙に、この国の共用語である冠語で『ウィン・エンブル』と書かれてあった。筆記体で書かれていて読み難い。
言い難いが本人の字の上手さも影響しているであろう。それを覗くアメはどうやら読めないようだ。諦めて窓の外の観光を再開した。
助手席のウィンは難しい顔をしているヒトエを見て笑う。不思議と見透かされているようだ。もちろん、ウィンの字が下手だと推測していることを見透かしたわけではないだろう。
(私は人間ですから。学び、修正するんですよー。皮肉なんて友好的な会話に必要ないですからね)
前のヒトエがどう考えていたか分からないが、天才の定義について頭の良い人、という以外の線引きは存在しないと思っていた。しかしその考えは変わりそうだ。
少しの会話で相手のことを洞察できる。
テストで点を取れることはないが、これもまた天才なのだろう。なんて良い長所なのだろうか。
(どうやったら私もできるようになるかな?)
◾️
「ヒトエ、アメ見てごらん!ここが世界最高峰の魔法を学ぶ大学だ」
ウィンは運転手が開けた窓の先を指差して、城のような建物を指差した。
赤レンガの巨大な建物。槍のようにとんがった屋根は黒い。正面と思われる一際大きい建物を前面にして、いくつもの塔が密集して成立している城だった。塔の数は分からない。
街の計算され尽くした美しさからは一変、大学は直線的な樹海のようだった。
なにしろ一部の塔は明らかに、職人の手ではない手で増築されている。結合部分が錆びた鉄なのが良い証拠だろう。それに、赤レンガの格式高い建築様式の大学に、もくもくとガス漂う工場の煙突をつけるデザイナーが存在するはずもない。
遠くからではこの自由さを視認できなかったので、入国ゲート同様の魔法が使われているのだろう。
止められなかったのか、止められないと判断したのかは謎だ。
「ウィンさんもここ出身ですか?」
「うん。うちの家系は基本そうだね」
「大学側に連絡したからシュトウくんが居るはずなだけど…」
正面口には誰も居ない。
「うん…時間を守るタイプじゃないからね。待ってる間、車を出て周りを見てみたらどうかな。車内は退屈でしょう」
「そうします。ウィンさんはシュトウさんと面識があるんですか?」
「彼はかなり目立つ。残念ながら在学時期が被ることはなかったけど、そもそも大学内で有名だ」
「…悪名でじゃないですよね」
「あっはは、魔女に対して警戒してるね。うん…まぁこれだけ爆発音が響いていたらそう思うよね」
入国時、遠目に見た光や音は綺麗だと思ってしまっていたが、そんなことはない。考えが足りていなかった。
遠くなら本当に良かった。
「でも安心して欲しい。日常茶飯事だよ」
朗らかにウィンは言うが、乗っている車の横で、ロケットのようななにかが通りすがった。どこかに着弾したかと思えば、とんでもない轟音があたりに響き渡る。
(とんでもない大学だ…)
間違いなくここは、平和な国の一番の危険地帯だった。《カリルド》は自然的な美しい街並みを持つが、全て手ずから作られている国だ。
正直当たり前だが、その精度が異常のように思えた。
国の構成全てに人の考えが———天才の考えが入り込んでいるような気がした。
(ここの全部を知れるかな?)
ヒトエは、カリルド大学の土台となる石壁のような巨大な段差に触れ、この国の過剰な魔力を感じ取った。




