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むじょうだったら  作者: ロヒ
序章
7/16

さらば過去(1)

そこには暖かい家がある。私の家だ。

なんの変哲もない天幕の下で私たちは遊牧民のように暮らしている。丈夫さを優先させた布地を何枚も重ねて、テントの家は暖かさを保っていた。


オレンジのランプは常に揺らいで、私たちの影を新たな土地に映していた。

それを見るのは嫌いじゃない。


私たちは自由であり、協調性のない集団だ。

あちらへ移り住めば言い争って、こちらに移ればまた争う。それ以前にも争うし、人の入れ替わりもまた激しい。隣人の顔がコロコロと入れ替わるのは、五歳の誕生日でやっと慣れることができた。


私たちは常に集団だ。グループ内で番を作り、家族という地域を作り、一蓮托生で協力し合う。大所帯なものだから、うまくいかないことのほうが多いが大きな事件は起こった試しがない。それは幸運だろう。


色々なところへ渡り歩くのは楽しいし、家族は優しいし、集団で孤立しているわけでもないので、特技の一つや二つを当然に持っている私はこの生活に満足していた。


十五歳も間近というところで、私は自分のルーツについて知った。


元々可愛らしい種族というのは分かっていたが、それ以外にも色々ミックスになっているようだ。もはや私が成長したときに、どんな種族の特徴が現れるのか、予測できないのだと父は言った。


それを言われた日、その日は私が高熱を出して寝込んでいる日だった。そして集団が大移動を始める日だった。無法者だとも言われる私たちにも、必ず守らなければならないルールがある。


移動中、もしくは直前の病人の即時切り捨て。


父は続けて言った。次の土地に着くまでに二週間掛かるが耐えられるか、と。そこにならしっかりとした薬があるようだ。自由時間も移動し終えるまで無いので、どこかへこっそりと寄ることはできない。

死ぬか耐えるかの二択だった。


私は頷いた。朦朧とした意識で自分の背より大きいリュックを背負い、真っ赤な顔を大きめの帽子とマフラーで隠した。咳もなるべく出さないように。体調が悪いことを悟られないように振る舞った。

ここがもし寒い土地でなければ誤魔化せなかっただろう。今だけは、鬱陶しかった豪雪に感謝して鉛のような足をあげた。


やっと次の土地に着けば、基本的に争いが始まりはずだった。しかし今回は調停ができたようだ。私たちの噂はどうやら世界中に広がっているようで、この土地の人たちはなるべく関わらない方針でいるようだった。


いつもであれば退屈な新天地だったが、今回ばかりは早く訪れる自由時間に感謝した。父は急いで薬売りのところへ出向き、解熱剤を私に与えた。

それは信じられないほど苦かったが、今まで飲んだどの薬よりも効きが良かった。


私が熱を出したのはこれで初めてではない。前にも出したときは引っ越しが終了した後のことだった。そのことを私の友人は知っているので、時折見舞いに来ては少し馬鹿にして帰って行った。律儀にお菓子を持ってきてくれるあたり、彼女は優しい。


翌日、熱は治った。移動中に死ぬと思ったことは何度もあったが、その苦痛が嘘のように消えて無くなった。父が言うには偶然この地に来ていた、エルフの薬売りから買ったのだと言う。大慌ての父から、私の病状を聞き出し、適切な薬を売ってくれたそうだ。


何て優秀なエルフなのだろうか。あの種族は人格破綻者が魔女に次いで多いが、どんな物事にも例外があるらしい。


一度お礼でもと思ったが、もうすでに出て行っているのだそう。代わりに見舞いに来てくれた友人に挨拶とお礼のお菓子を渡そうと家から出た。


前の土地は雪国で歩くことも億劫だったが、打って変わってここは森の中のようだった。テントも自分で立てたはずだが記憶がない。


凛とした空気に青々とした木々はとてもよく似合う。雪国でこそないが、高緯度の土地なので吐く息は白い。しかしずっと火照っていた体には心地よい空気だった。


興味本位で、目についた木の根元まで行ってみればその巨大さに感嘆した。今にも朽ちてしまいそうな表皮だと言うのに感じる生命力は凄まじい。木と共に生きている苔も、まるで葉であるかのように存在感を増して、至る所に生えていた。


少し離れたところに私たちの集団のテントがある。巨大なキノコのようで、大変愉快だ。私はここに住まうかもしれない巨大生物について空想した。


私はその場所がひどく気に入った。だからその場所に座り、木々と共に太陽の光を存分に味わおうとした。


大人の足音が聞こえたので、そちらを見やれば知らない人がいた。

ただし、影に潜むように全身は黒く、顔は見えず、手にはタオルを持っていた。


それを私の口元へ近付ける。


私は男の顎を蹴った。争いは好まないからしてこなかったが、争いができるような教育は受けている。そして私は控えめに言ってセンスが良い方だった。

一撃で男は昏倒し、タオルを手放した。


私はそれを確認せず、とにかくテントの方へ走って行った。大声を出しながら、必死に走った。


母はちょうどテントから出てきたところのようで、私の形相に驚き、緊急事態を察知した。どうやらテントへの襲撃はなかったようだ。


だとすれば、ただの人攫いだろうか。


私の証言から大人たちは話し合い、この土地では女子供は中心のテントで、その周囲のテントで男が生活をすることになった。必ず一人での外出はせずに、大人と出かけることなど、小さい子供にはよく言い聞かせた。


その晩、私は友人と同じテントで眠りについた。ここでは私が大人役だ。なぜなら私は集団の中で一番強い人だからだ。歳の近い友達数十名と、共に眠った。

風の音が響くテントの外に気を配りながら眠った。


無事に夜を越せたことに私は安堵した。自分が思っていたより怖がっていたらしい。友人たちは快眠だったようで、少し疲れている私の肩を叩いた。


大人を数人連れて水場へ向かう。大所帯では清潔は守らなければならない。集団感染などしてしまった暁には私たちの歴史は幕下ろしになってしまう。


朝の冷たい水は好きだ。透明感のある水面に映る、黒い男たちを見て思った。


十人も黒い人は居た。本当に捕まえる気なのだと理解した。


既に私たちは囲まれていて、数人の子たちは捉えられていた。口にはタオルを当てがっており、乱暴に抱えられた彼女たちは気を失っていた。


保護の責任を果たすため、大人たちは直ちに攻撃した。頭を蹴り、腹を殴り、こちらは三人しか居なかったが十人の鎮圧には十分だった。私は冷たい水でようやく覚ますことができた意識を、地に伸びた黒い人たちに向ける。


顔を隠す帽子とバンダナを撮ろうとしたとき、目の前の男は目を覚まして呪文を唱えた。

当然、私は唱え終える前に相手の目を潰したが、どうやら相手は魔法具を使っていたらしく魔法が中断されることはなかった。


一体何の魔法だったのか皆目見当も付かなかったが、私が次に目を覚ました時は君の悪いほど真っ白い部屋の中にいた。


周りには何もない。強いて言えば正面の、私の背丈では到底届かなそうな壁に長方形の小さい穴が空いているところ。窓もなく扉も照明もないのにこの部屋は明るい。

気が狂いそうなほど清潔だった。


そして私は過去に聞いた話を繋ぎ合わせて、理解した。

ここは奴隷の管理施設だ。今から私は売られるのだ。


私の猫の耳と尻尾はふわりと揺れた。

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