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むじょうだったら  作者: ロヒ
序章
5/16

旅の会議

「まずひとつ、今回の国の出入国方法はイレギュラーだ」


リビングに戻ったヒトエは、人を堕落させそうなビーズクッションで眠りこけていた。

しかし運転席から戻ってきたドクターの、自分へ向けた開口一番で目が覚める。


ヒトエの他にリビングにいるのはクラン、アメ、フィンガーのみだった。面子が変わった様子はない。


「あら、ドクター。他の方を待つべきなんじゃない?」


あまりにも人数が足りていないので、クランが抗議の声を上げる。ヒトエも同感だ。

全員で十人。今は五人しかいない。


「別にいいだろ。彼らは今回車内待機だから」

「そうなの。()()()()()()()()は今回行くのかと思っていたのだけど…」


めんどくさそうに首を掻くドクターに、車内待機という言葉になぜか納得したようなクラン。正直何も状況を理解できていない。


「あ、彼女はまた別」

「あらそう?」


アメは分かっているのかいないのか、ただお菓子を頬張っていた。


(それにさらっと知らない人の名前が出てきた。それが“仲間”の一人なんだろうな)


寝起きの少しぼうっとした頭で、“クルーミネちゃん”について考えを巡らせていると、ソファーにいたフィンガーが近くに来て腰を下ろした。


「クルーミネちゃんはね、“人間”の女の子だよ。クランさんと仲が良いんだ。彼女、少し《カリルド》とご縁があるから、クランさんも行くと思っていたんじゃないかな」


この人は本当に細かいところまで気が回る。小さい声で疑問に思っていたことを補足してくれた。


(人間…てことは私と同じ種族か)


「クルーミネちゃんは体調が優れないからずっと部屋で横になってる」

「どうりで出てこないわけですね」


リビングから伸びる二つのうち、一つの廊下の先を眺めた。


それはヒトエが眠っていた部屋のある方向で、加えてドアプレートのある部屋を見た方向でもある。


確かにドアプレートの中には“クルーミネ”と書かれた、質素なデザインの物があったはずだ。


「それで———」

「ちょっとそこ!今から僕が説明するよ。君らせっかちばっかりだな」


ドクターは人に何かを教えてあげるのが好きなようだ。フィンガーは言葉を途切れさせ、ヒトエから少し離れて「はいはい」と答えた。


「話を戻そう…あぁ、入国方法の話だったか。色々聞きたいことがあるだろうけど、一旦話を聞くこと。いいね?」

「はーい!」

「よし、返事がいい奴は嫌いじゃない。では話そう。まず僕らは《カリルド》の正面口から諸々の検査を終え、入国許可を貰った後に()()()()()の者に迎えに来てもらう」


(エンブル家?)


何もピンとこないヒトエと違い、クランやフィンガーは驚いているようだった。先ほどドクターが“一旦話を聞け”と言わなかったら絶対に突っかかっていただろう空気感。


最悪!でも、やった!でもなく、なんで?という雰囲気だ。


「いつもであれば、入国さえしてしまえばあとは楽ちんなんだけど、今回は長期滞在をしなければならない。そしてまたいつもであれば、旅団として普通に入国するんだけど今回はエンブル家を通す。理由は三つね。


一つ、《カリルド》の“統治者”が僕を呼び出ししている。エンブルがそことのパイプだから関わることになるんだ。エンブルにしてみれば僕らは接待をしなければいけないお客、だね。


二つ、これは()()()()()()()()()からの要請だ。クルーミネにちょっと手伝って欲しいことがあるってさ。これの手引き。


三つ、これが一番重要。僕らの“仲間”であり、現在あちらの大学にいる“魔女(ウィッチ)”の()()()()を迎えに行く。どうしても大学内部のことになると、エンブルが居ないと手続きに時間がかかるからね。

ってわけで、エンブル家が僕らに関わる理由は以上だよ」


(エンブルは大学を経営している家なのか…?それからシュトウさん…)


フィンガーからまた人物について解説をもらいたいが、案外ドクターには逆らえないようで黙って次の話を聞こうとしていた。


車内では力関係が割とはっきりしているようだ。感覚としては職場に近い———記憶が無いのにそう思う。


「はい次。入国者について。いつもはご存知の通り、数名が次の国に必要な物資を買い込み、一日二日でぱっぱと出るけど、さっきも言った通り《カリルド》は長期滞在になる。具体的な日数は分からないが、その分滞在費はエンブルが出してくれるよ。

でも、一つ目の理由で出したように()()()()()()()()()()()()()()()()。車の点検は僕しかできないように設定してるから、出発は少なくとも僕が帰ってきてからだ。

フィンガーは除外として、買い出しは各々相談してやって。基本的には自由時間だから」


フィンガーを除外する理由は彼が吸血鬼だからだろう。日に当たると死ぬという性質上、国で出歩くことはできない。


(…車の点検、ほかの人もできるようにしたらいいのに)


「最後。ヒトエ、アメは入国次第、大学の方に行ってシュトウを回収してきて。適当に観光でもなんでもしてくればいいさ。あとはなんか適当に。以上、会議終了、何か質問は?」


細かいところは人任せなドクターの説明だったが、他の人たちは特になんとも思っていなさそうだった。いつもこんな感じなのだろう。なんなら記憶喪失のヒトエがいる関係で、いつもより丁寧にしているかもしれない。

ちょうどアメの食べていたスナック菓子が無くなったところで、クランは口を開いた。


「滞在日数の大体の目安を教えて?じゃなきゃご飯も注文が難しいわ」

「最低…二月?」

「そんなに長いの!?」

「本当どうなるかわかんないんだよね」


ごもっともな質問に対して、先行きが不透明な回答を出した。

ドクターの顔はヒトエについて質問した時にする、どちらともいえない、明らかに隠している表情と違い、呆れているような表情だった。その感情の向ける先は《カリルド》の“統治者”なのだろう。


(なんだか嫌々そうだ。国トップとはあまり仲がいいわけではないのか。一体なんの繋がりなんだろうな)


エルフのように長生きしていれば、一国のトップと交流する機会もあるのだろうか。

…まぁ多分ないだろう。

エルフは社交的なわけではない。


(“仲間”の経歴は全員特殊そうだもんな)


エンブルのことや、国のことなど分からないことが多いが、知らないのはヒトエだけのようなので後でまとめて聞こうと思った。


「お小遣いちょーだい!」

「いつも通り自分の金でやりくりしてくれ。給料は払ってるんだから」


「クルーミネちゃん体調悪いみたいなんですけど、大丈夫なんですか?」

「大丈夫じゃないけど、まぁ、平気でしょ。…一体どこであんなタチの悪いヤツもらってきたんだか」


「…それって風邪じゃないってこと?私はそう聞いていたのだけど」

「おっと失礼。君の追及は面倒だからね」


他の人が質問…本題から外れた言い争いをしている間に考える必要があるのはその“仲間”についてだ。


シュトウ、クルーミネ。その二人の名前は初めて聞く。それぞれ魔女と人間で短命族だ。

一体どんな人物なのだろうか。

間違いなく二人もドクターとの契約でヒトエについては教えることができないのだろうが、それにも抜け道があるだろう。契約なんて紙の上の約束でしかなく、それを強制させる魔法なんてありしないのだから。


ヒトエにとって都合のいい性格は、例えばアメのような人だ。彼女は性格上ポロッと言ってしまいそうだ。仲のいい人なら特に。

アメのような幼い性格であれば聞きやすそうだし、そうでなければあまり期待はできない。


(フィンガーさんとクランさんは口を割りそうにないから、アメには二人がいないときに聞こう)


少し心が痛むが仕方がない。全てドクターが悪いのだ。


「はい!ドクター、私シュトウって人知らないんだけど、どんな人?」


そんなアメは勢いよく手を上げてシュトウについて尋ねていた。彼女も知らない人物らしい。


「あ、あいつが大学行ってからアメは加わったんだっけか。ごめんごめん、まーでも見たら分かるよ。緑の長い髪に、金の目、ガキの頭。そして何より天才だ」

「ガキの頭で天才?バカなの?頭良いの?」

「間違いなく頭が良い。でも“うんこ”とかで笑うタイプのガキ」

「あはは!!」

「こっちもガキだったか…」


腹を抱えて笑うアメを横目に、ヒトエは頼れる人物に相談した。


「フィンガーさん、シュトウさんって歳はいくつなんですか?」


魔女は人間とは違う種族だが、寿命は大体同じぐらいで、八十前後が寿命とされている———これもヒトエには分かる知識みたいだ———大学に()()()()()からには二十代なのだろうが世には飛び級制度もある。


ガイドブックに記されていた《才知の全て、魔法の国》という文言は誇張だろうが、そんな表現をされる国の大学に通い、なによりドクターに天才と評される人物のことが気になった。


気軽な質問ですぐに返ってくると思っていたが、フィンガーは動きを止めて悩み出した。


「歳…歳ね…」

「分からないんですか…?」

「…これは、嘘じゃないんだけど」

「疑ってないですよ」

「シュトウは三十歳だよ」

「へー」


まぁそんなこともあるだろうと思い、思ったより歳行っているなとも思ったヒトエだったが、あることに気が付いた。


(いや待て、三十歳は“うんこ”というワードで笑えるのか?)


個人差がある。あるのだろう。でも三十の大台に乗り、青年からは少し遠ざかった歳で果たして笑うのだろうか。


「…言いたいことは分かるよ。でも…うん…会えば分かるよ…!」


謎の励ましも含んだその言葉で事実は明らかだ。どうやらシュトウは少々残念な三十歳らしい。


「彼、好奇心強めだから気を付けてね…!」


(不安でしかないから、クルーミネさんが良い人でありますように)


「ヒトエ、君はまた助手席ね」

「えぇ」

「僕だって嫌だ。でも無知な君に《カリルド》の事前情報をある程度教えなきゃならない。あそこは法律破ったら、たとえ関係者でも裁かれる」


(当たり前だけど…この世界の治安じゃ珍しい)


リビングにあった新聞やら小型テレビのニュースやらに一通り目を通して、世界についておさらいしておいた。どうやら今の世界は混乱期のようだ。


分からないことだらけだろうと思ってみたが、不思議なことに()()()()()()()。社会情勢、眠っていたという二ヶ月前のニュース、戦争の現状、未だ未知の北方の土地。見たら全て思い出したのだ。


そのトリガーになったのは国名だったり、人名だったり、物の名前だったり。


ヒトエの()()()()()()()()()()()()()()だった。


少なくとも新聞やニュースで得られる情報の中ではそれが多かったという話。

現に《カリルド》のことは聞いても分からない。


「《カリルド》、エンブル、大学…何かピンと来たなら言うことはなにもないんだけどね」


来ないことを知っていてそういうドクターはやはり性格が悪い。医者だからと言って人格までいいとは限らないと学んだ。

もうこの人物に期待はできなさそうだ。

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