踊る砂漠に歌う炎
ところで今年の踊り子は決まったの、なんて言う。
ああそうだとも、アンタが居たらすでに決まっていた頃だったよ。きっとアタシは露天の準備でもしていたさ。祭気分で多少のぼったくりもバレやしないからな。大儲けにはいい機会さ。去年アンタも串焼きを食べてただろ?アホ面でがっついていたのをよく覚えてる。本番前の腹ごしらえだなんで言って3本も食べてたな。
昔は一緒に踊っていたが、今じゃアンタみたく大勢の馬鹿どもの前で踊るだなんて考えられない。
惨めだ。惨めが過ぎるんだ。
熱いライトも軋む舞台もアタシには相応しくない。
もし今のアンタが半透明じゃなかったら、ぶん殴っていたよ。
失敗したら、全部アンタのせいだぞ。
遺書なんかで踊り子にアタシを推薦しやがって。
「アタシはアンタと遊べない。って、いっつも言ってんじゃんか!!寄るな、触んな!アンタは神聖な踊り子サマだろうがよぉ!」
少女は自身の小汚い一張羅が破けないように必死だった。同世代の、自分より背の低いガキがこれまた必死に引っ張る。決して離してやるものか、と涙ぐんでいた。
「ねぇ!遊ぼうよ、ぼくもう一人は飽きちゃったよ。踊り子なんて、大したやつじゃないんだよ、きみしかぼくの近くに来てくれないんだよぉ」
「そら、アンタの食器を片付ける下女だかんな!」
「他の人喋ってくれないんだよぉ〜」
それはそうだろう。
なぜなら我らが”海の民“の踊り子なのだから。たとえ男だろうが、儀式ができれば問題ない。彼が選ばれた理由はアタシたちの中で一番ダンスが上手かったからだ。形式上、彼の見た目は女の子。少々の罪悪感はあるが毎度付き合っていたらキリがない。
「ほら、どいたどいた。あんまり遅いとアタシが上司に怒られんだよ。それともアンタが庇ってくれんのかい?」
そんなことはしないだろう。わかってて言った。
なぜなら彼はとても臆病なのだから。
現に黙って手の力を緩めた。それを見逃すアタシではない。多少強引に独房のような部屋を出ようとした。
「———ねぇぼくが!臆病じゃ、なかったら。ドゥオは一緒に遊んでくれる?」
必死に涙を止めようとしているその姿を見て、さすがに外に出ようとする足を止めた。当たり前だろう。小さい女の子を泣かせている気分になる。
「…考えてやる」
それは無理だと思っていた。だがそれがドゥオにできる最大限の優しさだった。彼がたとえ勇気を持ったとしても、単なる下女と種族の象徴である踊り子が共に遊ぶことはない。
(アタシが…海の民として産まれていれば、もっと自由だったかな)
格子窓のある重い扉を開けて鍵を閉めた。回収した木をくり抜いて作った食事プレートは、綺麗にカスひとつ残さず食べられていて几帳面だなと思う。彼のひとつひとつの動作がきっと丁寧なのだ。
(アタシにゃ程遠いわ)
身分も、所作も、性格も、顔も、頭も、天と地ほどの差がある。
数年後、彼が儀式のペアダンサーにドゥオを選んだその時までは、本当に無理だと思っていたのだ。
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「ドゥオー!ねぇねぇ、見て見て。めっちゃ綺麗な貝殻!」
「あー見たよはいはい。それより族長呼んでたぞ。用件はあれだ、ペア変えろっていつものやつだ」
「あは、じゃあ行かなくていいね」
「行けってば。怒られんのアタシ」
「いいよ〜庇うよ〜」
海辺で笑いながらそんなことを言われる日が来るなんて思ってもいなかった。ペアに選ばれてから生活は一変。ボロ衣の一張羅は捨てても問題なくなり、質の良い服が何着も与えられた。その分、毎日が月一である、儀式の練習に当てられるが全く苦ではない。
ダンスが好きだからというのもある。
「ねぇドゥオ、この間さ、族長の孫が『キアとドゥオの儀式は見てて楽しいね』って言ってくれたんだよ!嬉しいよね!早く族長あの子になんないかなぁ。でも、その両親は駄目だよね。だってドゥオをペアに選んだとき、あなたの食事だけ丁寧なことに腐ったやつにしてたんだもの」
キアの話が好きだからというのもある。大して面白い話ではないが。彼の周りで流れる緩やかな時間はリラックスに丁度いい。少なくとも下女として一生を過ごすよりかは充実している。
「…そうだな。本当にそうだ」
リラックスし過ぎてあまり話を聞いていなかった。確か族長の話をしていたと思うが、大抵彼が話すのは批判的な意見だ。同意しておけば問題ない。それがドゥオの本心でもある。
キアの話と波の音に耳を傾けながら目を瞑った。
「…オ…ぼ…とはあ……す…なの。こ……とに…」
断片的な声が聞こえた。
前を向いたが、正面にはキアがいなかった。
「ね、…聞いてる?」
「聞いてた。村長のやだねって話だろ」
「……もう…」
声は後ろから聞こえた。もう波と戯れるのはやめにしたらしい。いつの間にか地平線の向こうには太陽が沈んでいた。
(完全に寝てたな。もう戻らなきゃな)
そう思って立ちあがろうとしたが、雪のような白さの手に頬をつねられる。キアはまだ外に居たいのだろう。珍しく拗ねたような表情をしていた。言いたいことはあるが、
視界に入るのは褐色の自分とは違う、陶器のような美しい肌だ。
「アンタってなんの種族の血が入ってるんだっけか」
「んー三世代前に吸血鬼、あとは人狼と人魚といくつか…。急にどうしたの?」
どれも特徴ある種族だが、そのどれもがキアに反映されていなかった。一番彼に近い種族は人間だ。これだから遺伝子とは不思議でならない。
「アタシは何由来かってな」
「…また誰かに何か言われたの?そういうときすぐ言ってって何度も言ってるよね?」
「悪いって」
キアは本当に立派になった。今じゃ情けなくなるほどよく庇われている。あの遺伝子の組み合わせでいくと、確実に彼は長命種に分類されることになるだろうが、実際はどうなのだろうか。長命種にしては成長も普通な気がした。特段遅いわけではない。
そして自分はどうなのだろうかと思う。
(短命種だったら嫌だなぁ)
そんなことを思った。
その三日後、アタシは踊り子を辞めた。
理由なんて色々ある。その後に露天商になった。そこそこの生活で、キアも仲直りした後はよく来てくれていた。
三年後にもなれば、キアは死んだ。
遺書を残して。やっと仲直りできた年だった。
自殺だった。
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(懐かしいこと思い出したな)
どうやら寝ていたようだった。顔に被せていたタオルをどかすと、煙の匂いが当たりを漂った。そうだ今は仕事中だったと思い出す。
「オイ、ドゥオ!客さん来てんぞ、寝てんじゃねーよ。オレが取っちゃうぜ」
「あぁはいはい。起きたから。ザクリおじさん、火の番あんがとね」
「大丈夫だ。牛串一本貰えればな」
「アンタやっぱしそれが狙いか」
ザクリは膨れている腹をこれみよがしに叩いて、先ほどまで焼いていた牛串を取って、自分の店へ戻って行った。あの人は元々装飾品を扱う商人だ。めぼしい客がいないとみるや否や火の番にかこつけてタダ飯を貰いに来た。時々そういうことをする。
「こんちは。お嬢さん達。悪いね、最近は眠くて仕方ないんだ」
正面には黒髪の少女と、後ろに保護者のような糸目の男がいた。
串を売り始めて四年。商売人の勘が告げていた。コイツらはボンボンだと。
「アンタら旅の者だろう。海の民に出会うだなんて運がいいのか悪いのか…ところでどうだい?アタシんとこの串焼きは絶品だよ。一年前の踊り子は絶賛さ」