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むじょうだったら  作者: ロヒ
カリルド永久中立共和国
3/4

自由かつ不平等


魔法は好き?

私は好きだ。



私は思案する。

凍えるような冬の寒さをどう凌ぐか。何も思いつかないこの怠惰な脳をどう目覚めさせるか。私は思案する。飢えに耐えながら。このダンボール製の家からどう進化するか。ついでに大学のことも———にしても寒い。


しんしんと降り積もる雪は私を蚕に仕立てあげている。


「おねぇさん。風邪引くよ」


顔についている雪は発言者の顔を隠した。

誰かが傘を差し出してくれたようだ。


「はうぁ」


間抜けな声が思わず出た。よだれも出ていた。トドメとばかりに腹の虫も鳴った。


印象回復はまだ間に合うだろうか。無理だろうか。


「…私に何か用?ここは貴方の私有地じゃないはず」


路上にいるホームレスにもプライドがある。髪を触り、できるだけクールな女を装った。クセのある髪がぴょんと指に反発する。ただし頭には雪が積もっていた。


「んふふ、いやぁ、用は無いんだけど。助言というかさ、真冬に路上は健康上よろしくないよって。おねぇさんまだ若いし、心配だなぁって」


暖かそうなコートとマフラーに包まれた彼はそう言った。“まだ若い”と言っているが、その甲高い声とハッキリとしていない滑舌からして、彼の方が自分よりもかなり年下だということが推測できた。


「ふむ、心配なのは貴方だよ。そうホームレスに話しかけるものじゃない。だがその心遣いはありがとう。心配せずとも私は天才だから風邪は引かないよ」


差し出された傘を手で押し返した。


「風邪引かないのは馬鹿じゃなかったっけ」

「馬鹿は引いても気付かないが、天才はそもそも引かないのだよ。あらゆる対策を知っているからね」


彼は納得したように頷いた。大人しく傘も引っ込める。


「おねぇさんは今どんな対策をしているの?」

「ダンボールと新聞紙で身を包み、体を丸めている」

「心細くない?」

「割と暖かい…ぶぇくしっ」


実は凍える寸前だ。体は正直なもので、くしゃみと鼻水で寒さを訴える。


「んふふ、やっぱり寒いんでしょ。うーん、おねぇさん良かったらさ、俺の家上がっていかない?」


驚きの申し出だった。


「あー、ただの善意、本当に。おねぇさんコートも無さそうだしこのままだと凍え死んじゃうからさ、見殺しにするのは気が引けちゃうよ」


言い方的に同居人は居ないようだ。だがこの国、カリルドには、多くはないが未成年でも一人暮らしをしている人は居る。


「いや、悪いよ。私と貴方は他人だから、そう簡単に家に上がるわけにはいかない」


上がらせたもらった方がいいが、やはりホームレスのプライドが顔を出す。ここ一週間で新たに生まれた顔だが、すでに自分に馴染んでいた。


(まぁ、別の理由もあるがな)


ここに長く住んでいるため、周囲に顔が割れていることが問題だ。目撃者が居たら終わる。幼童趣味を勘繰られたくはない。記事に出てしまう。


(断じて違う…勘弁してくれ)


「えー、明日死体にならないでよ?」

「保証はできないが最善を尽くすつもりだよ」

「…そしたら、マフラーを貸すよ。別に返さなくても良いけどね。昨日話した人が明日居なくなったとか、悲しいでしょ」


そう言って彼は自分の緑のマフラーを私にかけた。


「これは親切に、どうもありがとう」

「いえいえ、それじゃバイバイおねぇさん」


(暖かい…)


「そうだ、少年。私からも助言をしよう」

「?」

「見知らぬ人を家に招待してはいけないよ」


その人影が去ってから、顔をちゃんと見ておけば良かったと思った。今では声も思い出せない。名前もわからないので後でお礼をすることもできない。


◾️


「姉さん、それいつの話?」


色の濃いサングラスをかけた弟は頬杖をついて、アメジストの髪を触りながら言った。数十人の兄弟の中で、一番常識のある末弟は少し呆れているようだった。


季節は夏。家業は繁忙期を過ぎ、やっと取れた休暇。そして、久しぶりの家族との会話だった。


「あまり気にしたことのない観点だね。少なくとも、お前は産まれていなかったはず」

「16年以上前じゃんか!そりゃ声も忘れるよ!」

「いいや、アミージュ。忘れたの?フニア兄様は三十年経とうが、長兄だから知ってる私達の無知な時の発言を一言一句違わず、声帯模写で再現してくるんだよ」

「それはそれじゃない?現に僕は兄さんのように声を憶えておけないし、姉さんのように一言一句違ってないと確認することもできないよ」

「兄様にできて、私にできないはずがない」

「確かに姉さんはとても優秀だけど、かなり間抜けだよ。大成するには冷静さが足りないかもね」


姉が不満げになったのを察知してか、冗談だよ、と付け足す。


アミージュは街の街頭から映し出される広告を見た。そこには『あの魔法医、フニア・エンブル監修!”第六臓器“成長促進サプリ、発売中!』という文言が書かれていた。


「ボロ儲けらしいよ」


空になったティーカップの置かれているテーブルに、0を八つほど書いた。


「金に興味はさほどないね」

「ほら、兄さんにはできて、姉さんにはできないことだ」


やったらできる、と言おうとしたが、ここまでの成功は自信がないのでやめておいた。


「にしても、第六臓器とは…」


千年前に発見した、魔力を貯める器官のことだ。その以前からもそのような器官があることは、魔法を使う者なら誰しも自然と知覚できていたが、発見はしていなかった。“なんかあるなー”と思いつつ、解剖しても見つからなかった不可視の臓器である。


「兄さんは研究バカ。姉さんは魔法史バカ。他も一直線のバカがいっぱいだ。天才ってなんなんだか」

「それでいったらお前は石バカだ。人のことが言えないね」


話を切り替えたくなり、腕時計を見て何か他の話題を探そうとしていたが、そろそろ約束の時間が近づいていたことに気付いた。これ以上話を続けていたら遅刻する。危ない所だった。


「姉さん?」

「この後待ち合わせなんだ」

「んん、ドクターさん…だっけ。()()()()くんを迎えに来るんでしょ」


シュトウ———それは魔女であり、この国が認めた天才の名前。そんな彼の保護者が引き取りにくるのだという。わざわざ自分が出迎えに行く必要はないとも思うが、生家であるエンブル家はその保護者に恩があるらしく、なるべく丁重に扱わなければならないと聞いた。出迎えの一つや二つはやらねばなるまい。


「あ、そうだ姉さん最後に」


アミージュは席を立った所を呼び止めて言った。


「これ、“三型魔法不適合者”証明書、の落としもの。ここ来るとき拾ったんだよね。カリルドのところ寄るなら、ついでに持って行ってよ」

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