自由かつ不平等
魔法は好き?
私は好きだ。
私は思案する。
凍えるような冬の寒さをどう凌ぐか。何も思いつかないこの怠惰な脳をどう目覚めさせるか。私は思案する。飢えに耐えながら。このダンボール製の家からどう進化するか。ついでに大学のことも———にしても寒い。
しんしんと降り積もる雪は私を蚕に仕立てあげている。
「おねぇさん。風邪引くよ」
顔についている雪は発言者の顔を隠した。
誰かが傘を差し出してくれたようだ。
「はうぁ」
間抜けな声が思わず出た。よだれも出ていた。トドメとばかりに腹の虫も鳴った。
印象回復はまだ間に合うだろうか。無理だろうか。
「…私に何か用?ここは貴方の私有地じゃないはず」
路上にいるホームレスにもプライドがある。髪を触り、できるだけクールな女を装った。クセのある髪がぴょんと指に反発する。ただし頭には雪が積もっていた。
「んふふ、いやぁ、用は無いんだけど。助言というかさ、真冬に路上は健康上よろしくないよって。おねぇさんまだ若いし、心配だなぁって」
暖かそうなコートとマフラーに包まれた彼はそう言った。“まだ若い”と言っているが、その甲高い声とハッキリとしていない滑舌からして、彼の方が自分よりもかなり年下だということが推測できた。
「ふむ、心配なのは貴方だよ。そうホームレスに話しかけるものじゃない。だがその心遣いはありがとう。心配せずとも私は天才だから風邪は引かないよ」
差し出された傘を手で押し返した。
「風邪引かないのは馬鹿じゃなかったっけ」
「馬鹿は引いても気付かないが、天才はそもそも引かないのだよ。あらゆる対策を知っているからね」
彼は納得したように頷いた。大人しく傘も引っ込める。
「おねぇさんは今どんな対策をしているの?」
「ダンボールと新聞紙で身を包み、体を丸めている」
「心細くない?」
「割と暖かい…ぶぇくしっ」
実は凍える寸前だ。体は正直なもので、くしゃみと鼻水で寒さを訴える。
「んふふ、やっぱり寒いんでしょ。うーん、おねぇさん良かったらさ、俺の家上がっていかない?」
驚きの申し出だった。
「あー、ただの善意、本当に。おねぇさんコートも無さそうだしこのままだと凍え死んじゃうからさ、見殺しにするのは気が引けちゃうよ」
言い方的に同居人は居ないようだ。だがこの国、カリルドには、多くはないが未成年でも一人暮らしをしている人は居る。
「いや、悪いよ。私と貴方は他人だから、そう簡単に家に上がるわけにはいかない」
上がらせたもらった方がいいが、やはりホームレスのプライドが顔を出す。ここ一週間で新たに生まれた顔だが、すでに自分に馴染んでいた。
(まぁ、別の理由もあるがな)
ここに長く住んでいるため、周囲に顔が割れていることが問題だ。目撃者が居たら終わる。幼童趣味を勘繰られたくはない。記事に出てしまう。
(断じて違う…勘弁してくれ)
「えー、明日死体にならないでよ?」
「保証はできないが最善を尽くすつもりだよ」
「…そしたら、マフラーを貸すよ。別に返さなくても良いけどね。昨日話した人が明日居なくなったとか、悲しいでしょ」
そう言って彼は自分の緑のマフラーを私にかけた。
「これは親切に、どうもありがとう」
「いえいえ、それじゃバイバイおねぇさん」
(暖かい…)
「そうだ、少年。私からも助言をしよう」
「?」
「見知らぬ人を家に招待してはいけないよ」
その人影が去ってから、顔をちゃんと見ておけば良かったと思った。今では声も思い出せない。名前もわからないので後でお礼をすることもできない。
◾️
「姉さん、それいつの話?」
色の濃いサングラスをかけた弟は頬杖をついて、アメジストの髪を触りながら言った。数十人の兄弟の中で、一番常識のある末弟は少し呆れているようだった。
季節は夏。家業は繁忙期を過ぎ、やっと取れた休暇。そして、久しぶりの家族との会話だった。
「あまり気にしたことのない観点だね。少なくとも、お前は産まれていなかったはず」
「16年以上前じゃんか!そりゃ声も忘れるよ!」
「いいや、アミージュ。忘れたの?フニア兄様は三十年経とうが、長兄だから知ってる私達の無知な時の発言を一言一句違わず、声帯模写で再現してくるんだよ」
「それはそれじゃない?現に僕は兄さんのように声を憶えておけないし、姉さんのように一言一句違ってないと確認することもできないよ」
「兄様にできて、私にできないはずがない」
「確かに姉さんはとても優秀だけど、かなり間抜けだよ。大成するには冷静さが足りないかもね」
姉が不満げになったのを察知してか、冗談だよ、と付け足す。
アミージュは街の街頭から映し出される広告を見た。そこには『あの魔法医、フニア・エンブル監修!”第六臓器“成長促進サプリ、発売中!』という文言が書かれていた。
「ボロ儲けらしいよ」
空になったティーカップの置かれているテーブルに、0を八つほど書いた。
「金に興味はさほどないね」
「ほら、兄さんにはできて、姉さんにはできないことだ」
やったらできる、と言おうとしたが、ここまでの成功は自信がないのでやめておいた。
「にしても、第六臓器とは…」
千年前に発見した、魔力を貯める器官のことだ。その以前からもそのような器官があることは、魔法を使う者なら誰しも自然と知覚できていたが、発見はしていなかった。“なんかあるなー”と思いつつ、解剖しても見つからなかった不可視の臓器である。
「兄さんは研究バカ。姉さんは魔法史バカ。他も一直線のバカがいっぱいだ。天才ってなんなんだか」
「それでいったらお前は石バカだ。人のことが言えないね」
話を切り替えたくなり、腕時計を見て何か他の話題を探そうとしていたが、そろそろ約束の時間が近づいていたことに気付いた。これ以上話を続けていたら遅刻する。危ない所だった。
「姉さん?」
「この後待ち合わせなんだ」
「んん、ドクターさん…だっけ。シュトウくんを迎えに来るんでしょ」
シュトウ———それは魔女であり、この国が認めた天才の名前。そんな彼の保護者が引き取りにくるのだという。わざわざ自分が出迎えに行く必要はないとも思うが、生家であるエンブル家はその保護者に恩があるらしく、なるべく丁重に扱わなければならないと聞いた。出迎えの一つや二つはやらねばなるまい。
「あ、そうだ姉さん最後に」
アミージュは席を立った所を呼び止めて言った。
「これ、“三型魔法不適合者”証明書、の落としもの。ここ来るとき拾ったんだよね。カリルドのところ寄るなら、ついでに持って行ってよ」