改めて初めまして(2)
さて、準備は済んだ。そして意外にも体は動いた。多少体は音を鳴らしていたが、少し屈伸すれば問題なく動くようだ。なんて健康体。
元々身なりはある程度整っていたので、恐らく、というか間違いなくあのドクターの指示でアメやクランなどの“仲間”が世話をしてくれたのだろう。
用意してあったのは、シンプルすぎる白一色のワンピース。嫌いではないが、自分はこんなものを好んで着ていたのだろうか。だとすればどんなに面白味のない趣味なのだ。
髪も白ければ肌も白く服も白いヒトエは、白い病人室から出て行き、温かみのある木材の廊下に出て行った。
(ええっと、確かアメ達は右側に行ったよな…行ってみよう)
ヒトエは暖色の電球が照らす廊下をきょろきょろと見てからそう判断した。もちろん、廊下が見える窓なんてものは無かったので足音での判断だ。
(部屋がいっぱいある。ドアプレートがかかっているし、誰かの部屋なんだろうな)
どんどんと進んで行き、今度は寒色系の光に照らされた、大きな部屋に行き着いた。
ここにドアはなく、リビングと言っていい空間だった。その広さを見ればここは本当に車内なのか疑いたくなる。
テレビにテーブルにソファーにキッチンに。様々な家具が揃っていた。ところどころ本や何かしらの物品が散らかっている所を見るに、多くの人がここを利用していることがわかる。溜まり場なのだろう。
そして案の定、アメはそこにいた。
「わ!ヒトエ!」
アメはソファーに座ってテレビを見ていたが、かけだしてヒトエに抱きついた。
「今クランさんはね、お風呂でいないの。でもでも、フィンガーさん、居るよ!」
「ヒトエちゃん…!目が覚めたんだね、良かった。聞いたよ、記憶喪失なんだって?」
コアラのように引っ付くアメを支えながら、ヒトエはソファーに座っていたもう一人の人物を見た。
彼が立ち上がると、その桃色の柔らかい髪は彼の血色の悪い顔にかかる。沈んだ夕日のような瞳孔がヒトエを心配そうに見ていた。
「ええと、お名前を尋ねても?」
「あっ!ごめんね。俺はフィンガー・フォアエンス。前の貴方にはフィンガーさんって呼ばれてたよ……何も俺のこと、覚えて…ない?」
背がずっと高いというのに、わざわざ少し屈んで上目遣いをしてきた。あざとい。
「申し訳ありません」
「…しょうがないね」
フィンガーはそう言いながらも寂しそうな顔をした。
「じゃあ俺のこと、言っておかないとだ」
「?」
「俺の種族は“吸血鬼”。間違っても俺の前で血を流さないでね。それから日の元に出れないから、車内で閉まってるカーテンはそのままにしておいて」
吸血鬼、それは人の血を吸い、半永久的な時を生きれる種族———絶滅危惧種のはずだ。
それが、こんなところに?
「…記憶喪失って聞いてたけど、記憶にムラがある感じかな」
「はい、とにかくよろしくお願いします」
「こちらこそ。怖いだろうけど、普通に話しかけてくれると嬉しいな。夜の間は基本ここでテレビ見てるから」
クランにしたように、フィンガーとも丁寧に握手をした。背が高いからか、かなり手が大きい。見た目にそぐわず、かなり筋肉質のようだった。
「エルフに孤族にアンデットに吸血鬼…」
この三つの種族に共通するものと言えば、“人に危害を加える側”だ。それが大衆的なイメージであれ、実態であれ、なんであれ。ヒトエも同じように連想した。
「あはは、映画的に言うのであれば悪役側が多いよね。安心して、危害は加えないし、正義側もちゃんと居るから」
「ドクターにアメにクランさんにフィンガーさん…“仲間”は私を抜いて九人でしたっけ」
「そうだよー」
アメはやっとヒトエから離れ、ポケットから取り出した飴玉を舐め始めた。
「えっとね、会ってないのはね、まだ車内に居ないからだよ」
「居ない?」
「ああ、一人は車内にいるけど、他の四人はね、少し別の場所で仕事してるんだ。でも次の国に着いたら、全員とまではいかなくても…三人は合流するよ」
(うん。フィンガーさんの受け答えは安心できる)
「あの、フィンガーさんは私が倒れた時のこと教えてくれますか?」
「———ドクターが言ってないなら、言えない。ごめんね」
「アメは?」
「私たち全員、機密保持なんたら…ドクターと契約したの。だから言えない」
二人の表情は固く、目線からも申し訳なさが伝わって来た。
「しょうがないですね…」
目覚めてから、しょうがないことばっかりだ。今はどうしようもなく分からないことだらけだが、いつか全て分かる時が来るのだろうか。
この水神探索の———死者復活を目指す旅路において、ヒトエは目下の最優先課題として記憶を取り戻すことにした。
早く思い出さなければならない。
あのカプセルに入っていた手紙の意味は、いつになったら分かるのだろうか。




