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むじょうだったら  作者: ロヒ
序章
2/4

改めて初めまして(1)

「ちょっと、ドクター!何やってるんですかもう!意識のない女の子の手を無理矢理開こうとするなんて野蛮です!野蛮!」


いつも静かな病室には二人の人影があった。


「いやいや、これには深い訳が…ぐぅぅっ、堅っった。こいつ本当に気ぃ失ってる?万力にも程があるんじゃない?」

「もー!」


ドクターの腕を引っ張るも、びくともしないので扉の外に助けを求めようとした。そして幸運なことに廊下には頼りになる、姉的存在がこちらへ向かっていた。


「クランさん!この人止めてくださいよ!」


部屋に入ってきたと同時に、子犬のようにクランへと飛びつく。


「あらー。どうしたのアメちゃん。ヒトエちゃんが起きたって聞いたから来たのだけれど…」


彼女はそれに動じず、ただ微笑んで頭を撫でた。もちろん状況把握も忘れてはいない。自然と視界は正面のベッドへ———子供の病人の手にしがみつく、大人の医者が視界に入ってしまった。


ついつい、塵を見るような目で見てしまう。


「…あら、ドクター。もうヒトエちゃん目覚めてるわよ」


実際起きている。本人に自覚があるかはわからないが、ヒトエは汚物を見るような目でドクターのことを見ていた。


ドクターと呼ばれる、耳の長い白髪の男はこちらを見てから、そっと手を離す。


「はは…いつから起きてた」


彼は誤魔化すように柔和な笑みを浮かべたが、印象回復は不可能だった。


「そこの子の声で起きました」


“野蛮”と声を荒げていた、右半分の顔が変色している少女を指差した。


「も〜“そこの子”なんてよそよそしいよ、ヒトエ。いつも私のことはアメって呼んでるでしょ。まさか、私をからかってるんだ!」


(アメ?)


どう考えても知らない人だ。だが向こうからしてみれば『ヒトエ』という名の『私』の知人らしい。


(私の名前はヒトエ?だとしたら———)


「にしても起きてよかったあぁぁぁ!!!」


思考に耽る暇もない。


「うわ」


アメはドクターを押し除け、勢いよくベッドへと飛び込む。既にシーツが彼女の鼻水と涙で変色していた。


「えっと…ドクター?これは…」

「君らしくもない。何ぼさっとしてるんだ。一緒に喜んだらどう?」


助け舟を求めたつもりだが、ドクターに助ける気はなかった。だが意地悪ではないだろう。


彼の言うヒトエは、アメと共に喜ぶような子らしい。


「ヒトエちゃん、もしかしてまだ体調が良くないの?ま、仕方ないわよねぇ。なにせ三ヶ月も眠っていたのだもの」


クランと呼ばれた女性は、自前の狐の耳を少し揺らす。狐の獣人なのだろう。


「三ヶ月…」

「いや、クラン。彼女は健康だよ、僕は腐っても医者だ。さっき診た。でも記憶の混濁はよくあることだから、すぐ治るよ」

「腐っても、って…医者の自負としてどうなの?」

「ところで、君が強く握りしめている拳を開けてみて欲しいんだけど」


ヒトエの右手を指差した。


(…)


「———はい、どうぞ」

「…爪の跡酷いねぇ」


ヒトエの白い肌には真っ赤な爪痕以外、何もなかった。


「無意識に手に汗握っていたんじゃないんですかね」

「はは、にしては力強い」


ここで手を離して、追求をやめた。


ドクターは白衣の胸ポケットに引っ掛けてあったボールペンを指で回し始め、白衣のポケットからメモ帳を取り出す。


「ヒトエ、自分の素性を話してみろ」


アメもクランも黙ってヒトエの言葉を待った。


(とりあえず推測できる限りのことを話してみようか)


「私は…ヒトエという名前らしいですね」

「らしい?」

「きっと私は女で、なりは子供ですが成人しているでしょう」

「ん?そんな自分のことを天気予報みたいな…」

「種族は人間。きみ達のご期待に添えず申し訳ありませんが、今の私に分かることはこれだけです」

「…これは」

「記憶喪失、でしょうね。どう思われますか、ドクター?」


ドクターは手のひらで口元を押さえて、思案顔になる。アメは口をポカンと開けて黙ってしまった。


(やはり急には受け入れられないか…どう話を持っていけばいいのか)


沈黙の中、最初に口を開けたのはクランだった。


「…わかったわ。なら、自己紹介をするべきね。初めまして、ヒトエちゃん。私はクラン。《大月》出身の“狐族”よ。あなたとはとても仲良くさせてもらっていたわ」


ツヤツヤとした黄金色の髪にピンと伸びた獣の耳が生えてる。正面からでもわかるほどの立派な尻尾を持っていた。淑女然とした立ち姿は、彼女の育ちの良さが滲み出ている。


「また仲良くしてね」


白く、細長い手を差し出した。


「ありがとうございます。よろしくお願いします。クランさん」


ヒトエもそれに習い、握手をする。


(柔軟性のある人だ。すぐに記憶喪失を受け入れた)


素直に彼女の対応に感心してしていると、視界に小さい手のひらが入ってきた。


「はい、はーい!わ、私も挨拶する!」


先ほどのアメ、という少女だ。


「私アメ!どこ出身かはちょっとわかんないけど、”アンデット“だよ!あなたの友達、だった!」


先ほどまで大泣きしていたのに、今では涙が退き、元気いっぱいに自己紹介をした。


右半分の顔が黒く変色しており、よくよく見ると皮膚がところどころツギハギだった。セミロングの髪は大部分が焦茶色だが、シミのようにピンクも混ざっている。


クランと同じように簡単な自己紹介だったが、わからないことがあった。


「アンデット、ってなんですか?」


文脈から孤族のような人の種族ということはわかるが、残念ながらヒトエの頭はアンデットという種族のことを覚えていなかった。


その疑問にはドクターが答える。


「俗称はゾンビ。一回死んで、生き返った人のことを指す種族だよ」

「うん!ドクターに身体ツギハギしてもらったの」

「ゾンビ…」


その名称にはなぜか覚えがあった。腐った肉体に人を襲う凶暴性を持った生き物だ。


「ゾンビと違うところは、人を襲わないし襲うことでの繁殖ができないってこと。大きな違いはフィクションかリアルかって感じかな」


朗らかにアメは受け答えをしているが、ヒトエには一度死んだ人ということを受け入れ切れていない。


とりあえず、なぜか脳裏にすでにあるゾンビのイメージと、アンデットであるアメは全く違っていた。ということは全くの別物。所詮は俗称ということだ。


「次は僕。ドクターだ。本名じゃないが、そう呼べ。種族は見ての通り”エルフ“。ここの医者兼先導者兼雇い主だ」

「あ、そういえば、ここってなんなんですか?」


病院の個室しては広過ぎるし、何より生活感がある。ドクター以外、医療知識がまるでなさそうなのもそう思う理由の一つだ。


「薄々そうじゃないかと思っていたが、それも覚えてないか…一度どこまで覚えているのか聞く必要があるな…はーぁ」


(デカいため息つかれちゃった)


「ドクター、聞かれているわよ」


クランが肘で小突く。


「はいはい。ここは、まー旅団だし冒険団かもしれないな。最終的な目的地へ向かうため、僕が君達を集めた。仲間のようなものさ」


(仲間)


実感がまるでないが、心がざわつく響きだった。


「君を含めて10名がこの車に乗車する予定だ」


そしてここは車内だったようだ。


「ここが私たちのお家だよ!」


アメは自慢げだ。


「……こんな部屋がある通り、魔法で色々細工している、違法車だけどね」


対してドクターは乾いた笑いをするのみだ。


ヒトエが眠っていた部屋は十分な広さがある。扉の外から人の足音が聞こえてきたことを考えると、当然そこそこの長さの廊下があると思っていいだろう。多分この部屋と同じような広さの部屋がいくつか———少なくとも人数分はあるはずだ。


(思っていたより改造しているな。一体どんな魔法だ?いくつか組み合わせていることには間違いないんだろうけど)


少なくとも、この組織とどこぞの国の警官は仲良くすることはできないだろう。秒でお縄にかけられる。


「目的はなんでしょう?」


人数を集めて法を破ってまですることが果たしてあるのだろうか。何もわからないヒトエにとっては予想もつけられなかった。



「もちろん———水神探索さ」



ドクターは意地の悪そうな顔で笑う。



「僕の大切なひとを蘇らせたいんだ」



疑いたくなる笑顔とは裏腹に、その声色は真剣そのものでひどく共感を覚えた。


何も覚えていないというのに不思議な感覚だ。


(人を蘇らせる水神様…)


ヒトエの頭に残った記憶には神様の情報が含まれていた。それもなぜか明確に。


「僕らはこれから大小様々な国を渡り、北上を続ける。この旅の終点は《白亜城》。北の大地に浮かぶ、巨大な円形の島国だ」


地理もざっくりとだが覚えている。頭に浮かぶ《白亜城》を見て頷いた。


「そこに水神様がいるって情報があるの。ドクターがどこからかそんな話を手に入れてきたのよ。…あぁ、勘違いしないで欲しいんだけれど、私たちはみんなそれぞれ目的を持ってドクターに協力しているの。全員が全員死者を蘇らせたいわけじゃないわ」

「死者の復活もいろんな国際法に触れますもんね」


ヒトエは納得した。そしてクランを尊敬した。

彼女は旅の道中で摘発されても、最も罪の重い死者の復活の容疑だけは回避しようとしている。いざとなればドクターに全て責任転嫁しそうだ。


「…ヒトエちゃんって変なとこ覚えてんだね。私だったらそんな退屈なの、真っ先に忘れちゃうよ」

「んー、君の記憶喪失の範囲とか、色々検査とかしないといけないけど、まずは身支度、そして体力の回復かな」


そう言われて自分が簡素な患者服を着ていることに気づく。三ヶ月も寝ていたのであれば、体力も当然落ちているだろう。


「服とか、ヒトエちゃんの私物全部あのクローゼットの中だよ。えへへ、一緒にリハビリしよーね」


アメの指差した方向には白いクローゼットが置いてあった。壁に同化しているように、全く目立たない。


(全然気付かなかった…我ながら注意力が散漫だ。それとも、三ヶ月の起き抜けはこんなものか?)


「あ!いっぱい眠ってたんだから、起こすの手伝ったほうがいいよね…」

「いや、大丈夫だ」


ヒトエが答える代わりにドクターが答えた。医者の判断としてこれはいいのだろうか。正直あまり体に力が入っていなかった。だがしかし、わざわざ言う気にもなれない。


「えーでも」

「いいから」

「アメちゃん、医者の言うことに従っておきましょうか。そろそろ私たちも出ましょう」

「はぁい」

「ドクターも」

「はいはい」


気怠けに二人に連れられ、扉の方へ歩いていく。


「細かいことはまた後で。十分後に食事を誰かしらに届けさせる。それまで頭の中を整理しているといい」


アメもクランもすでに廊下へ出たあとで、ドクターは医者らしいことを言った。


「あとひとつだけ」


体の不自由さを訴えることはしないが、ヒトエはまだ聞かなければならないことがある。


「私はなんで三ヶ月も眠っていたんですか?」

「移動中に急に倒れた。原因不明だよ」


ドクターは至って普通に受け答えをした。そして普通に廊下へと出る。


広い部屋にはヒトエだけが残された。


◾️


廊下の外でドクターは言う。


「チッ、結局何を握りしめてたんだか」


誰にも聞かれていないのが、彼の運の良さを示していた。

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