凍える比良坂
ひゅ〜どろろ、って驚かしてみたいものだ。
あいつはどんな顔をして私を見るだろう。目が飛び出るほど驚くのであれば、きっと腹が千切れるまで私は笑ってしまうだろうし、怒髪天の怒りを見せたなら、多分私は素直に殴られてしまうだろう。
幽霊に手が出せるのかはさておき。
億が一にもあいつが泣いたら、私はどんな顔になるだろう。
そして確信した。これが私の未練だと。
であれば、一刻も早くあいつを見つけなければ。
なんてザマだ。
手にはハンマーがひとつ。真っ白な着物。髪はボサボサ。その陰鬱な赤毛はまるで血のようだった。
幽霊のような風貌の女はネオン街で立ち尽くしている。
「———なに、してたっけ」
とても良い匂いがした。夕飯時なのだろう、屋台も近くにあるので多くの人でここは賑わっていた。
ぼう、とその様子を眺めていると、どん、と後ろから何かがぶつかった。
当然だろう、ここは人で賑わっている。何もせずに立ち尽くす人を避けられるほどの道の隙間はありしない。人混みはカラフルで目が痛くなりそうだった。もっと静かな場所はないのだろうか。森や樹海などがいい。
「あぁそうだ。彼に会わなければ」
女が足を動かした。砂利の上を裸足で歩き始め、十歩目を踏むときには駆け出していた。
「どうやったら会える?」
ぶつぶつと一人で呟いていると、上から声をかけられた。
「フシミ、フシミ、そこの赤毛だよ。きみに話しかけるの」
「…どちら様で」
上にいたのは紛れもなく幽霊。宙に浮き、天冠を被り、白い服に、ニョロっとした下半身。全体的に半透明だ。
「あいつのこと、探してるんだろ?きみは私で私はきみだよ」
不思議なことに、彼もしくは彼女も赤毛に金色の瞳を持っていた。
慣れたような手つきで、胸元を触ってきたかと思えばそのままずるりと中に入っていく。
「!」
「落ち着きな、フシミ。私の名前はミカ。私たちは二人で一つの伏見三香になったんだから」
「あーーー」
フシミは納得した。そういえばそうだ。彼女は私だ。
「やーっと思い出したね?肉体の分際で勝手にほっつき歩きやがってさぁ。その肺も心臓もとっくに私の物だっていうのに」
実態とそうでないモノが入り混じり、彼女は再び一つとなった。そこに疑問はなく、ただ深い納得と安心感がある。
「早く行かなければ。やっと私はヨモツヒラサカから蘇ったのだから、あいつを見つけなければ。私の姿を見せなければ」
似た人格は混ざり合って一つの人格を形成した。少々雑で面倒見が良い。かつ、柔らかい雰囲気を持ち仕草は品を感じる。
「…再会したらどうしよう。私だと気付いてくれるかな。立派な羽ももうないというのにね」
ヨモツヒラサカから勝手に飛び出してきた彼女は走る。行き先はもう決まっているのだ。完全になったことで目的は明確化した———後方不注意もいいところ。
幽霊歴が長かったのが災いし、どん、と後ろから何かがぶつかった。その衝撃は耐え難いほどに重く、鈍い痛みが身体中に響いた。
ぶつかった相手は車である。
「あーれー!?」
幽霊はその衝撃でどこか遠くへ吹っ飛ばされた。
生者はその衝撃で数十メートル飛び、気を失った。
再び一人は二人に分たれることとなった。




