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むじょうだったら  作者: ロヒ
ポラリニッド帝国
14/16

剣を掲げる聖譚曲

限りない明日を手に入れたい!


美味しいパン。

面白いサーカス。

柔らかいベッド。

護ってくれる人。


どれもこれも生活には欠かせない。そのため、どれもこれもに生産者がいる。


奴隷は馬車馬のように働き、人参のように自由の権利を目の前にぶら下げられる。それで走れてしまうものだから、人とは浅はかで仕方ない。


でも、その自由はすでにあたしの手中にある。ここまで来たら勝ったも同然。あたしは競技場の剣闘士としてあと1回優勝すれば良い。そうすれば金も名誉も市民権も手に入る。


そしてポラリニッド帝国から出るんだ。

二人で。

「あたし、あたし!大人になったらお馬さんになるの!」


幼い子供は草原を駆ける馬を見てこう言った。同然野生の馬ではなく、騎手がいる。大勢の観客も。要するに見せ物だ。


「騎手さんの方じゃなくて?」


母親は言った。彼女のマメだらけの手はぎゅっと子供の手を握っている。子供もそれに応えるように強く、強く握っていた。


「うん!馬、速い!ママも連れてったげる」


だってそしたら、この闘技場から逃げられるでしょ?そう、本気で思っていた。


ここは闘技場、奴隷が命と自由を賭けて戦う場所だ。母親は剣闘士で、子供はその子供。まだ幼いからという理由で戦いには出ていない。しかし、あと2年もすれば闘技場にエントリーするように国に言われるだろう。


目下、母親の目的は闘技場で優勝し、ポラリニッド帝国の市民権を手に入れることだった。


「そっか…でもママ、人間のあなたとここを出たいわ。…少し待っていて、もうすぐ出番だから。いつも通り彼と遊んでいるのよ」

「うん…がんばってね」


子供は母親が戦いに行っていることなど知らない。

知らないテイでいる。

お世辞にも綺麗とはいえない手のひらで撫でられて、ただただ素直に喜んだ。もう会えないだろうと内心思いながら喜んだ。


母親は歩く。剣を杖のようにして、片足で光の射す方へ向かっていく。


まぁ、何の意外性もなく死んでしまったわけだが。


◾️


「ルトリア!ちょっと待ちなよ。祝祭日だからって油断しすぎ!」

「平気だよラテンス。兵隊も花輪を被って浮かれてる!“旦那サマ”だって昼から酒さ!」


母を亡くしてからというもの、ルトリアはひとりぼっちになった。若すぎて闘技場に出場するのは味気なく、かといって労働させても、子供だからいかんせん効率が悪い。無理に入れるぐらいなら、腐るほどいる大人の奴隷を使う。


ルトリアの使い道は限られた。しかし幸運なタイミングだった。とある貴族が子供の奴隷を大量購入していったのだ。


現在の“旦那サマ”に売られて早3年。ルトリアは新たな友達ができた。最新であり、最初の友達だ。


「…本当に、ここから逃げれるの…?」


ラテンスはお屋敷の使用人。奴隷ではなく、れっきとした労働者だ。それでも扱いは悪いらしく、天涯孤独と言って孤独を感じていたそうで今回の逃亡に協力してくれた。


協力してくれなくても、絶対に連れて行ったが。


「逃れる!」


通気性の良いワンピースの裾を持って飛び跳ねた。

このルートは仲の良くなった警備員の偉い人に聞いたのだ。無論、途中までしかそのルートは使わないが、そこから先はまた別の人から聞いたルートを使う。

奴らをカチ合わせられるように動けば良い。


ラテンスは不安そうに後ろをちらちらと見ている。その様子では、彼女の遅い足では本当に逃げきれなそうなので、ルトリアは手を握った。


「大丈夫、ほらもうすぐ外が見えてくる———」

「…ごめんなさい、私貴方を裏切るの。そういう予定なの」

「え?」


人気の少ない路地を通り、油っこい機械の迷路を抜けたその先に、外へと繋がる隠し通路があると教えられた。実際にあったのだ。嘘はつかれていないのだ。


問題なのは光り輝くその道の先に、見覚えのある馬車が止まっていること。


「ラテンス、私はそんな冗談を信じないよ」


冷や汗をかきながらそう言った。


黒い馬二頭が、赤と黒の馬車を引いていた。その屋根には旗が付いている。“旦那サマ”の、ウェストポール家の御印だった。

その周囲には鎧を身につけた騎士たちが数十人いる。


「…はぁ……」


馬車から出てくるなり“旦那サマ”はルトリアの目の前で深くため息を吐いた。しかし仮面を付けているので表情は窺い知ることができない。


真っ赤な貴族の服装に不似合いな仮面の奥で、確かに“旦那サマ”はルトリアを見ている。


「だ、旦那様」


怯えるラテンスをルトリアは庇うように後ろへ下げる。愚かな真似だと思う。でもラテンスが怯えているのだ。


「…本当にごめんね」


ラテンスは震えながらルトリアの頭を殴った。

とことこ、と“旦那サマ”の方へ向かう。


「がっ!」


思ってもみなかった行動に、反応しきれずルトリアは地面に強く叩きつけられる。浮かれていない“旦那サマ”の兵隊たちは迅速にルトリアを拘束した。

やはり有力貴族の兵隊は有能だ。


その中で一際背の高い隊長は告げる。


「お前の協力者達は処罰された。脱走した奴隷の処罰は分かるな?」


知っている。闘技場だ。

ルトリアは立派な大人。運動能力は良い。成長してから体が悪くなることもなかった。十分参加条件を満たすだろう。


ルトリアにとっては、何にせよ都合が良い。

勝てば自由な明日が手に入るのだから。


「はっ!闘技場でも何でも行ってやる!」


ルトリアの威勢の良さに隊長は大笑いした。

惨めなのは知っている。顎は地べたに這いつくばって、ボロ布は土埃と血に汚れた。


しかし、裏切られてもなお、ルトリアはラテンスのことを諦めない。


彼女が馬車に乗る瞬間、涙を浮かべているところを見た。歯を食いしばるところを見た。顔に皺を寄せ、全身を力ませていた。


(あの子はやりたくてやったんじゃない!!)


ルトリアは信じている。


「…勝てるわけないだろう」


初めて“旦那サマ”の声を聞いた。三年の付き合いがあるが、聞いたことがあるのはため息ぐらいだったので、意外だ。奴隷の逃亡程度で声を発するだなんて。


「…勝ってやるさ、最後まで」


ルトリアは母親の時と同様に、分かってて意気込んだ。剣など振るったことはない。しかし決めたのだ。あの子は守ると。


()()()()()()であるラテンスだけは———

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