カリルド家
「ドクター様、この先に《カリルド》の“統治者”、サラ・カリルドがお待ちです」
そう言ってスーツの女性はドクターのボディチェックをし始めた。色々手順を省いているのは、ドクターがサラの旧友ということを知っているからだろう。検査も形式的なものに過ぎない。
魔法を使うための杖も、検査こそするが回収されることはなかった。
(そもそも彼女に魔法で敵わないからね…あってもなくても同じだ)
「失礼、この瓶の中身は何でしょう」
女性はドクターの懐に入っていた、小瓶を取り出して尋ねた。ガラスを通して見る中身は金色に輝いている。不思議なことに蓋であるコルクにはストローが刺してあった。
まるで何か生き物を飼っているかのようだ。
「僕らの“仲間”の一人だよ。瓶から出すことはしない」
「ドクター様との一対一の話をしたいと仰せですので」
女性は小瓶を回収した。武器よりもそんな小さい生物の方が気になるらしい。
「…はい。お待たせいたしました」
女性は深々と礼をし、目の前の巨大な扉の先へ行くよう促した。
この建物は《カリルド》のどこにあるのかも分からないほど、魔法で秘匿されているがどこからそのスペースを捻り出したかと思うほどに広い。
音が響きまくる、だだっ広いコンクリートの箱だ。
天井も高い。
にも関わらず、巨大な扉は天井から床までの高さがある。
「サラ、久しいねー」
ドクターは久々に会った同級生に声を掛けるかのように、躊躇わずそんな扉を開けて入って行った。
「内装何も変えてないんだ」
中は図書館のようだった。
全てのスペースに棚が設置され、全ての棚に本が入っている。この世の知恵がここに全てあると言っても差し支えない。
それでも知恵の置き場が足りないのか、至る所で本が浮いていた。
「あ…」
奥に鎮座するこれまた巨大な椅子には一人の老婆が座っていた。人というよりも老木に近い風貌だ。
ドクターを見るなり、彼女は震えて指を指しだした。
「あ?」
そんな本を避けようともせずドクターは進むが、本の方が避けてくれているので当たることはなかった。
彼らの方が賢い。
ドクターがやっと、彼女の正面にあるお客様用の座席に着いたところでサラは言葉を発した。
「あたしばっかり老けてる…!」
「……だろうね。魔女」
悲壮感あふれる老人の叫びに、若々しいエルフは同情した。
「おまえが若いままだなんて最悪よ!生まれ変わったら、エルフになってやる!」
「はっ、老人になったね。どんな時でも顔がしわしわ。腰も曲がってる。キャンディステッキみたいだ」
「あたしも若いうちに仙術を習えばよかったわ」
「樹齢139年の木がなんか喋ってる。研究機関に連絡でも入れてやろうかな」
樹齢139年———そう。サラは139歳だ。
種族は魔女。しかも純潔。他の種族の血は一切混じっていない。
寿命約80年の短命種だ。
「僕は君のお願いを聞く必要は無いと思っているから、今回は国から何を言われても無視するつもりだったんだ。どうせ面倒ごとだから」
「ほう、ならばなぜ来たの?」
サラはヨレた皮膚を吊り上げて笑って見せた。
「何で君が生きてるのか気になった。どうやって生き延びてる?」
魔女は、短命種だ。
139歳まではどうやっても生きられない。
◾️
がちゃり、と扉を開けてドクターは出てきた。2時間ほどだっただろうか。彼は気分が良いようでニコニコと笑っていた。
「おや、待っていたの?」
「お見送りまでが私の業務です。駐車場までご案内します」
そう言って地面にチョークの先端をつけると、あたりは光り、眩しさから目を瞑ると次に目を開けた時は多くの高級車が並ぶ駐車場に着いた。
「君って魔法使えるんだ」
「カリルド家の三女ですから。ゲストが不便を感じないよう、最低限は」
ドクターは聞きはしたが、答えまでちゃんと聞くわけではない。すでに興味は立ち並ぶ高級車…そのうちの黒い車体に白い家紋が入れられている物に移っていた。
「あの車の家紋って」
「《カリルド》に現在滞在している、“サウスアニマ家”です」
「…だから大学はクルーミネを呼んだのか?」
「私はカリルドの人間ですので。大学については何も」
(結局、サラは本当に《白亜城》を目指すのかとかしか聞かなかったし…今回本当に僕らを招きたかったのはカリルドじゃなくて、エンブルだね)
「他の業務がありますので私はこれで失礼致します。どうか《カリルド》をお楽しみください」
女性は立ち去り、背を向けたところで懐からカードを取り出してどこかへ向かおうとしたが、ドクターに引き止められた。
「その手に持っているのは何?エンブルの長女から渡されてたヤツだよね」
「…個人情報です」
ドクターはまともな人格を持っていない。それはエルフという種族だからというのもあるだろう。とにかく好奇心に従うタイプだった。
「“三型魔力不適合者“証明証じゃないか」
だからドクターは勝手に覗き見た。女性の表情が苦いのは仕方がないだろう。
「普通の顔の青年だ」
「落としものですので。どこの部署に渡せばいいのか思案していました」
「とりあえず警察に報告しておけばいいでしょ。街中で彼を見つけたら知らせるよ」
◾️
「あ、クランさん。クルーミネちゃんは大丈夫そうですか?」
「嫌な人。貴方も彼女の状態を知っていたんでしょうに。体調は万全じゃないけれどもう行くみたいよ」
「そうですか。一波乱無いといいんですけどね」
「あの子が“二型魔力不適合者”だから?」
「…魔法に対するコンプレックスのある人が降りていい国ではないでしょう。俺はもう少し体調を崩していても良かったと思っていますよ。嫌な人なので」
「もうお昼時ですか。夜更かししちゃったな」
「ふふ、夜行性は大変ね」
「一度意識したらあくびが止まりませんよ。俺はもう部屋に戻りますね。お疲れ様です」
「あ、最後に」
フィンガーは廊下の前で立ち止まった。驚き半分、納得もしているような顔で続きを促す。
「貴方はやっぱりドクターの味方なの?もう旅は始まった。身の振り方を決めなきゃならないわ」
「クランさんはどうなんですか」
「クルーミネちゃんの味方」
ドクターはいろんな人からよく思われていない。仕事はできるが、性格で評価がとんでもなく差し引かれる。
クランもクルーミネもドクターのことが嫌いだった。それでも“仲間”として加わっているのは、水神の死者蘇生に興味があるからだ。
少なくとも周りにはそう言っている。
“仲間”の中では珍しく、ハッキリとした出自を持つ二人は、フィンガーやシュトウなどの昔からドクターと行動を共にしている人にあまり気を許していない。
曲がりなりにも表社会にいた人と、暗がりで気付かれずに生活を送っていた人が分かりあうことはない。
寿命の差、種族の差、考えの差は深い溝となっていた。
「で、貴方は?」
それでも彼女達は大人だ。旅を壊さないように、嫌悪感を出さないようにしている。
「…“園長先生”の味方です。俺を拾ってドクターに売った人。クランさんに言ったことありましたっけ」
「いいえ。それに恨んでる人を聞いたわけじゃないわ」
「俺を売ったことは重要じゃありません。それ以上に命の恩人ですし、俺が自由になることがあったら、あの人に命を賭けても良いと思っています」
表に存在がバレたらヤバいフィンガーが自由になれることはないだろう。それも彼は分かっているはずなのに、誓いのように誠実に、有り得ない想定を話した。
やはり彼の考えはよく分からない、とクランは顔を顰めた。
すると標準設定の電話音が鳴り響く。フィンガーの携帯から鳴っているようだった。
「あ、電話です。失礼します」
「…」
クランは通話相手が誰だか気になったが、彼女は大人だ。人のプライバシーだと理解し、自分も自室へ戻ろうとした。
しかし、フィンガーは答える。
「ドクターからの電話ですよ。あの人、心配性なんです。ヒトエちゃんがいない場所なら、誓約書の内容に違反してないので、話しても問題ないんですけどね」
誓約書はヒトエに関することのほかに、ドクターの素性に関すること、フィンガーの過去の話の禁止も含まれていた。
ドクターの素性に関すること以外は———魔法を使った強制力のある誓約書の仕様上、多少緩くする必要があり———ヒトエの前で聞かない、言わないという条件がある。
フィンガーは今、どちらに抵触したのだろうか。




