忘却された私の何か
ぱ、と目が覚めた。
反射的に起き上がり、本能的に辺りを見回す。
(私はベッドで寝ていたらしい)
パイプの枠組みに白いシーツ。隣には大仰な機械と点滴。点滴の管は自分の腕と繋がっていた。
(病気?怪我?)
全くもってわからない。少なくとも、今ある体の痛みは長く眠っていたからだろうと推測できる。外傷はないが、意識が朦朧としている。
(消毒の匂い…病院かな)
だがここにあるのは自分の寝ていたベッドだけだ。以外にも大きい部屋なのでスペースがかなり余っている。
真っ白い部屋。自然と視線は前を向いた。正面の茶色い扉がとても目立っている。
この部屋のことは大体わかった。
だが、大前提がわからない。
「私は誰だ…?」
名前、過去、ここに至る経緯。全てを彼女は忘れていた。
足をずらし、ベッドから立ち上がろうとする。力の入りづらさをみるに眠っていたのは数日の話ではないだろう。軽くその場で足踏みをし、少しづつゆっくりと歩き出す。すると扉の近くに大きい鏡が置いてあるのを発見した。
鏡に映る自分は随分と小柄だった。蛍光灯の光を反射するぐらいには髪にツヤがある。誰かが手入れしてくれていたのだろう。
興味深く、鏡に映る自分を眺めた。白い髪を青い目が見つめる。
「っ!痛った…」
突如、頭が痛み出した。脳味噌ごと握りつぶされるような痛みだ。頭を抱えて白い床にうずくまる。
「私は、何か、やるべき…ことが…うっ!」
鏡の前でうずくまっていると、自分の目が違和感を捉えたのか、床から鏡のフレームへと目線を移した。
茶色い、木製のフレーム。装飾も何もなく、ただのシンプルな縁のように見えた。
「何か埋まってる…」
右端の側面。普段は見ないような、それこそ床に這いつくばらないと見えないような位置にそれはあった。
無理矢理何かを埋め込んだような跡だ。
小さい指で中を掻く。ガリ、と音がして何かが取れた。
(白い…カプセル)
使命感に襲われて必死にカプセルを開けた。
中にはくしゃくしゃな紙が入っている。小指の先と同じサイズ。とても小さいが、自分は目が良いのだろう。ハッキリと書かれている文字を見ることができた。
“信じるな ヒトエ”
少ない情報。紙の大きさからして、それを書くのが限界だったのだろう。
(これは、一体誰が…ヒトエ?)
頭痛は治らない。更に酷くなる。だが幸運にも睡魔が自分を連れ去ってくれるようだ。
とんとん、と扉の外から足音が聞こえた。足音から、なんとなくだが一人の子供を想像した。どんどん足音は大きくなる。きっと部屋に入ってくるつもりだろう。
本能的に、私はカプセルと紙を力強く手で握り締めて隠した。