8 隊長の恋煩い(2)
「バウム隊長、昨日の休日はピクニックだったんですよね?」
「どうなったのか、さっさと吐くっす」
午前中の訓練終わり、ベルノルトは部下のイリスとラルフに捕まった。そのままズルズルと見学用のベンチまで連行される。
「ああ、聞いてくれるか。予定通りリコと馬に乗って、花畑のある小川まで行った」
「それでそれで?」
「本当に密着したんすか?」
「……した。馬が揺れると危ないからと言って、ずっとお腹を抱きしめて行った」
「うわ、むっつりめ」「むっつりっすね」
イリスとラルフは、自分達が遠乗りを勧めたにもかかわらず、本当に密着したベルノルトに引いている。
「だが、リコは全然嫌がっていなかったぞ」
「「ほんとですかぁ〜?」」
「俺の胸に、体を預けてくれた……」
「「ヒュ〜〜!」」
「そして俺を振り返り、にっこり笑ってくれたんだっ! もう息が止まりそうなほどかわいかった!」
ベルノルトはあの時のリコを思い出し、上を向いて悶えている。
「それが本当なら、いい感じですね」
「本当だとも! あそこには、さくらんぼの木が一本あるだろう? その木を見て故郷の話もしてくれたんだ。なんでも、リコの国では春に桜の花を見る宴をするんだと」
「へぇ、じゃあふたりで宴をしたんすか?」
「ああ、リコの手作り弁当でな。俺が以前甘い物が好きだと言ったから、フルーツサンドという甘いサンドイッチまで作ってくれたんだ。美味かった……」
「え〜それ私も食べたかったです」
「ずるい〜俺も〜」
「やらん! 全部残さず俺が食った」
ベルノルトはリコが絡むと大人げない。
「ところで、お姫様抱っこはしたんですか?」
「それなぁ、どういうタイミングでやればいいか全くわからんかった。だが、片手抱っこはやったぞ」
「それ、こういうやつっすか?」
ラルフが立って片手を曲げ、人を抱えるような格好をしてみせた。
「それだ」
「ちょっ、子供にやるやつじゃないっすか」
「駄目だったか?」
ベルノルトは、ガバリとラルフの方へ身を乗り出して言った。
「いや、近い近い。まあ、駄目ってわけではないけど、お姫様抱っこほどのトキメキはないっすねー」
「そうか……首に手を回してくれたから、結構いいかと思ったんだが」
「それ、高くて怖かったんじゃ……」
さすがはイリス、女子の気持ちはお見通しだ。
「リコは花畑を思いのほか喜んでくれてな。俺の胸に花を一輪挿してくれて、似合うって――」
「そんなわけないっす」
「うるさい。それはリコの戯れだったから、そこからは楽しい追いかけっこだよ」
「わあ、か弱い女子にクマが襲いかかったんですね」
「いや、それがなかなか捕まらなくてな」
「そうだった。彼女めちゃくちゃ足が速いんすよね」
「ああ、やっと捕まえた時には思わず抱きしめてしまった」
それを聞いたイリスは、心配そうな顔をして言った。
「えっ……潰してないですよね?」
「クマの馬鹿力はハンパないっすからね」
「そんなわけないだろう! 大事なリコを潰すわけがない」
ベルノルトは遠くを見つめ、自分の体を抱きしめ呟く。
「リコは小さくて柔らかかった……」
「まあ、普段ムキムキの男どもに囲まれていたら、どんな人でも大抵柔らかいっすよ」
「お前らと比べるな! リコはな、手もちっちゃくて柔らかいんだ」
「なるほど、どさくさ紛れに手まで握ったんですね?」
「……」
ベルノルトは目を泳がせて黙り込んだ。イリスから肘でつつかれ、先を促される。
「リコが川に入りたいって言うから、『流されたら大変だ』って手を繋いだ」
「はあ? あんな浅くて小さい川で流されますか?」
「リコは疑いもせず、素直に手を繋いだよ。あんなに騙されやすくて、大丈夫か? 俺は心配だ!」
「何言ってるんですか、今のところ一番危ないのは隊長ですよ!」
「正直、川のことはどうでもよかった。リコの手の感触しか頭に残っていない」
己の手を見つめ、ニギニギとするベルノルト。
「むっつりっすね」「むっつりクマめ」
「でもまあ、奥手の隊長にしては頑張ったんじゃないですかね?」
「そっすね。何もできないヘタレだと思ってましたけど、結構グイグイいってるし」
「ヘタレは余計だ」
「次はどこでデートをするつもりなんですか?」
「次は、うちの庭でりんごの花見だな」
「そういや、もうすぐ『りんごの花祭り』っすね。あれには行かないんすか?」
「そうですよ、会場は隊長の家の裏手でしょう? お店も沢山出ますし」
「だが、当日は会場の警備に第五隊も駆り出されているだろう」
「「あ〜」」
普段は魔物討伐が専門の第五隊も、イベントなどでは会場の警備に回されるのだ。祭りは人出も多く、王都警備の隊だけでは回らないからだ。
「わかりました。なんとか隊長の時間を作れるようにやり繰りしましょう」
「もうこんなチャンスは二度とないかもしれないっすから」
「隊長の俺が抜けてもいいのかねぇ」
「他の隊もいますし、なんとかなりますよ。朝から夕方まで警備の任務をこなして、夜はリコさんとデートしてください」
「それなら誰からも文句は言われないっす。隊長はいつも最初から最後まで仕事をしてるけど、みんな毎年そうやってるんすよ。むしろ夜の方がロマンチックでいいっすよ」
「昼間に警備をしながら、お店の下見をするといいですよ。夜のデートのためにね」
毎年、夜はりんごの花がライトアップされるのだ。祭りが終わった後も、密かに人気のデートコースになっている。
「俺はいい部下を持ったな」
「でしょう? じゃあ今日のランチは隊長の奢りってことで」
「俺はデザートも付けて欲しいっす」
「わかったわかった、好きなだけ食え」
「「いやっほーい」」
こうして優秀な部下たちの全力応援のおかげで、次のデートもなんとかなりそうなベルノルトであった。