7 お花畑へ遠乗り
「ピクニックですか?」
「ああ、あの森より手前の辺りに小川があるんだ。今その周りが花畑になっているらしい」
「素敵! じゃあ私お弁当を作りますね」
「俺の馬は普段騎士団に預けている。小川まで馬で遠乗りをしよう」
「また馬に乗せてくれるんですか! 楽しみです」
馬に乗るのはこの国に飛ばされてきた日以来だな。あの日は楽しむ余裕もなかったけど、乗馬なんて日本ではする機会がなかったから、本当に嬉しい!
ベルノルトさんもお仕事で大変でしょうに、休みの日まで遠乗りに連れて行ってくれるなんて、本当に良い人だなー。
この国に住んでみてわかったことは、日本で言う電化製品みたいなものは発達していること。全て魔石で動いているそうだ。だけど、車はないらしい。移動手段は馬か馬車。私も車の運転免許なら持っているのになぁ。馬はさすがにひとりでは乗れない。まあ、王都から出ることなんて無さそうだから、困ってはいないんだけどね。
現代日本と変わらないところもあれば、古いところもある不思議な国だな。
◇◇◇◇
ピクニックの日、私は朝から張り切ってお弁当を作った。前は一人暮らしだったから、ひとり分を作ってひとりで食べても楽しくなかったんだよねー。ベルノルトさんは、いつも美味い美味いと食べてくれるから、私も作り甲斐がある。
調味料がないから和食は作れないけれど、なんちゃって洋食はベルノルトさんの口には合っているみたい。
「リコ、準備はできたか? 騎士団から馬を連れてくるよ」
「はーい、大丈夫です」
お弁当よし、飲み物も水筒に入れた。敷物代わりのブランケットもある。小さな川があるって言っていたから、タオルも持っていこうかな。足だけでも入ってみたいし。
「荷物はこれか?」
「はい、乗りますか?」
「大丈夫だ。さあリコも乗って」
今日のために、ベルノルトさんはズボンとブーツを買ってくれたのだ。前回はパンツスーツだったけれど、さすがにスカートで横乗りは怖いと言うと『また一緒に馬に乗ってどこかへ行きたいから』と、服屋と靴屋へ連れて行ってくれた。またどこかに連れて行ってくれるんだ。嬉しい……
ベルノルトさんに支えてもらい、馬に跨った。うん、やっぱり横乗りよりこちらの方が安定している気がする。私の後ろにベルノルトさんが乗ってきた。
「ひょえっ」
「この方が危なくないから」
ベルノルトさんはそう言うと、左腕を私のお腹に回し、右手だけで手綱を握っている。お、お腹に手が……思わず変な声を上げちゃったじゃない。
心なしか前回より密着している気がする……こんなに鍛えた体の人にポヨポヨのお腹を触られるなんて、恥ずかしすぎるでしょ! 腹筋しとくんだったなぁ。また走るの始めようかな。
そんなことを考えていたら、いつの間にか城壁の外に出ていた。
「馬に乗ると視線が高くなりますね」
「そうだな、こいつは特に大きいから」
「そうなんですか?」
「俺の体が大きいから、馬も大きいやつにしたんだ。普段はおとなしいが、魔物が出たら突っ込んで行くだけの度胸はあるよ」
「へえ、君凄いんだね」
手を伸ばしてたてがみを撫でると『ふひん』と返事をしたように聞こえた。
しばらく街道を走っていた馬は、途中から草原を突っ切るように走り出した。本当はもっと速く走れるらしいけど、今日は少しゆっくりめだって。いや、十分速いよ?
ベルノルトさんが支えてくれているから、なんとか大丈夫だけれど。というか、ほぼ抱きしめられているよね? 恥ずかしくて頬が熱くなる、でも嫌じゃない。この広い胸に包まれると、温かくてなんだか安心する。私はベルノルトさんの胸に体を預けた。
「リコ、もうすぐ着くよ」
「わあ、お花が咲いてる!」
野原の中に、木が一本生えていた。その近くには小川が流れている。川幅もそんなに広くなさそうだな、一メートルあるかないかくらい。それにあの木、真っ白なお花が満開だわ。
「あれはなんの木ですか?」
「ああ、さくらんぼかな」
「桜なんだ!」
日本の桜は淡いピンクが多いイメージよね、だけどこの国の桜は白なのね。
「私の国、日本の人は桜が大好きなんです。花見と言って、桜が咲くと木の下で宴会をするんですよ」
「へえ、それは楽しそうだな」
「はい! 色もピンク色できれいなんですよ。公園や学校に行けば、たいてい桜がありますね」
「そうか。じゃあ、今日はふたりで花見だな」
後ろを見上げると、嬉しそうなベルノルトさんの顔が見えた。目が合うと優しく微笑んでくれたので、私も嬉しくなって笑い返した。
「うぐっ」
「どうかしましたか?」
「なんでもない」
一瞬息が詰まったような音がしたけれど、大丈夫かな?
桜の木のそばまで行くと、馬はゆっくり足を止めた。ベルノルトさんが先に降りて、私を支え降ろしてくれ――ない! 片手で抱っこしたまま、馬の手綱を引いて歩く。
「ベルノルトさん? あの私歩けますよ?」
「うん? うん」
なんだその中途半端な返事は。ベルノルトさんが長身だから、ものすごく高いんですけど! ちょっと怖いので首に手を回した。また子供扱いされてるな。
「かわいい……」
「え?」
「い、いや、軽いなと思って」
木の下まで来ると、やっと降ろしてくれた。はあ、久しぶりの地面。
馬を木に繋ぎ、荷物を下ろした。ブランケットを取り出し、草の上に敷く。
「とってもきれいな所ですねぇ」
「ああ、気持ちがいいな」
ふたりで、ん〜と腕を上げ伸びをした。空気もきれいで水もサラサラ流れている。桜も満開なのに、誰もいないから貸し切りよ!
「桜もきれいですが、野原もお花でいっぱいですね。私、こんなお花畑に来たのは初めてです」
「リコの国にはないのか?」
「探せばあるのかもしれないけど、私のいた街にはなかったです」
荷物はブランケットの上に置いて、野原を歩いた。白、黄、オレンジ、赤、所々に青い花もある。私は赤い花を一輪摘んで、ベルノルトさんの胸ポケットに差した。
「ふふっ、似合ってますよ」
「こんなクマみたいな男に花が似合うか?」
「似合う似合う」
「からかっているな?」
キャーっと、追いかけっこになった。だが私も元陸上部。本気で走ってみるか。
「リコ、速いよ」
「捕まりませんよー」
その辺をぐるぐると走り回った。すると軌道を読まれて、正面から捕まってしまった。ボスンと抱きしめられると、そのまま草の上にふたりで倒れ込む。
「アハハ! 楽しいです! 追いかけっこなんていつぶりかな」
「ハハッ! 初めて会った時も思ったが、リコは足が速すぎるよ」
「あら、ベルノルトさんだって訓練で走るでしょう?」
「せいぜいジョギングだ。第五はあまり人間との追いかけっこはしないからな」
そりゃそうか。ベルノルトさんが上半身を起こし、近くにあったオレンジ色の花を摘んだ。
「リコにも花をあげる」
そう言うと、私の髪を耳にかけそこに花を差した。
「ありがとう、ございます」
なんか照れるーー! お花なんて初めてもらっちゃった。
「お弁当、食べましょうか」
「ああ」
やだもう、なんでそんな優しい目で見てくるのよ!
私はサッと立ち上がり、まだ座ったままのベルノルトさんを引っ張り起こした。
「重いー」
「さすがにリコには無理だな」
ベルノルトさんはクスクスと笑うと、立ち上がり一緒に歩き出した。なぜか手は繋いだままだ。あれぇ?
木の下まで戻ると、お弁当の包みを開いた。
「今日も美味そうだな。これは花?」
「はい、ハムで作ったんです。食べられますよ」
ハムに切り目を入れて、クルクルと巻いたのだ。ピンクの花みたいでいいでしょう?
「あとは、焼いたソーセージとたまごサンド。こっちは焼いたチキンとレタスのサンドイッチ。こっちはハムとチーズとレタスのサンド。これはフルーツサンドです」
「フルーツサンド?」
「甘いものが好きって言っていたでしょう? これは甘いクリームとフルーツで作ったサンドイッチです。いちごとオレンジが入ってますよ」
「凄いな! 甘いサンドイッチなんて見たことがないよ」
この国はどっしりとしたパンが多いけれど、なるべく柔らかいパンを買ってきてスライスして作ったのだ。美味しく出来てるといいけど。
「うん、美味いな! リコが作るものは全部美味い」
「ふふ、そうですか」
「これからも、ずっと食べたい……」
「ありがとうございます。お茶もどうぞ」
そんなに気に入ってくれたんだ。少しは恩返しになってるかなー。ベルノルトさんは全部残さず食べてくれた。見ていて気持ちがいい。
お昼を食べ終わると、目の前の川が気になってくる。
「川って入れますかね」
「入ってみたいのか?」
「はい! 気持ち良さそうですから。足だけでもいいので」
「わかった。その代わり手は繋いでおくからな。リコが流されたら大変だ」
こんな小さな川で流されるかな? まあたしかに水を舐めたら駄目よね。うん、騎士様の言う事は聞いておこう。
「はい、わかりました」
「ゴホっ、ん」
靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾はまくった。ふたりで手を繋いで川に入る。深さは足首くらいまでしかないけれど、冷たくて気持ちがいい。川底は丸い砂利のようになっている。
「気持ちがいいですねー」
「へ? ああ、気持ちがいいな」
ベルノルトさんはギュッと手を握った。さすがに転けないから大丈夫なのにな。
しばらく川の中を歩いた。ここから見る景色はずっと忘れないだろうな。本当にきれい。
「あ、そうだ! スマホを持っているんだった」
ブランケットの上に置いたカバンからスマホを取り出し、ベルノルトさんにしゃがんでもらう。
「撮りますよー」
ふたりで並んで記念写真を撮った。桜を背にしていい感じ。ベルノルトさんの顔は相変わらず固い。
「リコ、暗くなる前に帰ろうか」
「はい!」
荷物をまとめて馬に乗った。帰りもベルノルトさんの腕はポヨポヨのお腹を抱きしめている。もう、今日から絶対腹筋をする!
「リコがあんなに桜の木を喜ぶとは思わなかったな」
「嬉しかったです。やっぱり私の国の人間は、桜を見ると心が踊るんですよ」
「そうか。うちの庭でも花見は出来るぞ」
「えっ、あの木も花が咲くんですか?」
「ああ、あれはりんごの木だ。さくらんぼの後にりんごは咲くんだ」
「じゃあ、りんごも生る?」
「ちょっと酸っぱいけどな、毎年生るぞ」
「わ〜楽しみです!」
帰りも楽しくおしゃべりしていたので、あっという間に家に着いた気がした。