6 隊長の恋煩い(1)
「俺は病気かもしれん」
「は? 隊長のどこがですか?」
「そんなツヤツヤした病人なんか見たことないっすよ」
昼休みの騎士団の食堂、ベルノルトは部下のイリスとラルフを誘って昼食をとっていた。イリスとラルフは日替わりランチ、ベルノルトは弁当持参だ。
「最近、心臓がギュッとすることがあるんだ。あとは急に顔に血が上ったり、夜もなかなか寝付けなかったりする」
「なにか原因に心当たりは?」
「わからん」
「たしかに、最近の隊長は少し様子が変っす。訓練では、何かを発散するかのように凄まじい打ち込みをしてるし、かと思えば中庭のベンチで弁当を持ってボーッとしてることもあるんすよ」
「ふむ……」
イリスは少し考え込んで、隊長に質問をした。
「その心臓がギュッとした時、誰かと一緒にいましたか?」
「リコだな」
「急に顔に血が上った時は?」
「それもリコだ」
「なかなか寝付けない時は、何を考えていましたか?」
「リコが隣の部屋で寝ているかと思うと、色々と考えてしまって……」
「「はぁ……」」
イリスとラルフは、やれやれと言いたそうな顔で目を合わせた。
「それは完全に恋煩いですね」
「隊長はリコさんに恋をしてるんすよ」
「は? こい? 恋ってあれか? 誰かを好きになるってやつ」
「その恋ですよ。気付かなかったんですか?」
「――今まで誰かを好きになったことなんかない」
ベルノルトは、その厳つい容姿のせいで若い女性からは遠巻きにされていた。そのため、女性とは恋に至るきっかけすらなかったのだ。もう半分諦めの境地で、一生仕事だけでいいとすら思っていたくらいだ。
「じゃあ、隊長の初恋っすね」
「これが、恋だなんて」
「認めてしまった方が楽ですよ。もしかしたら恋が叶うかもしれないですし」
「そうっすよ。好きならガンガンアプローチしていかないと」
ベルノルトは頭をガーンと殴られたような衝撃を受けた。この心臓が痛くて、顔が熱くなって、いつどんな時も彼女の事を考えてしまうのが恋なのかと。
「こんな俺でも、恋が叶うのか? 今まで女性に怖がられて話もしてもらえなかったんだぞ?」
「リコさんは怖がっているようには見えませんでしたけどね」
「そうっすね。自然体でした。これはかなり貴重な人なんじゃないっすか?」
「リコは、俺みたいにガタイのいい兄がふたりもいるそうだ」
「だからか! 隊長、本当にチャンスかもしれませんよ!」
「でも、いきなり好きだなんて言ったら引かれないか?」
いつもは決断の早いベルノルトが、ウジウジとしている。
「リコさんとは仲良くなれたんですか?」
「毎日食事を作ってくれて、家を掃除してくれて、洗濯までしてくれている。朝は笑顔でいってらっしゃいって送り出してくれるんだ。あの家には寝るためだけに帰っていたのに、今は終業時間が待ち遠しい。家には灯りが点っていて、リコがおかえりって迎えてくれるんだ」
「なにそれ、新婚さんじゃないっすか」
「し、新婚!?」
「リコさんは何と言ってるんですか?」
「俺は命の恩人だから、頑張って働くと」
「「あ〜」」
「それ、まだ男として意識されていないかも」
「ちゃんと好意を表に出したほうがいいっす」
「でも、でも、好きが溢れ出て襲ってしまったらどうするんだ!」
「ヘタレめ」「ヘタレっすね」
「リコが俺の寝間着を着ているのを見て、鼻血が出るかと思った。ダボダボの服を着てるリコがちっちゃくてかわいくて……俺が買った服を着てくれた時も、かわいすぎて倒れるかと思ったぞ。街で揚げ菓子を買い食いした時なんか、俺の口にあーんってしてくれて。くぅ~なんてかわいいんだ!」
「さっきからかわいいしか言ってないわね」
「でも、最初は子供だと思ってたんすよね」
「あれは……制服みたいな服を着ていただろ? だから、どこかの学校に通っている子供だと思ったんだ。小柄だったしな。だけどなんで間違えたんだろう。あの時の俺の目は節穴か? 年齢を聞いた途端、かわいい大人の女性にしか見えなくなってしまった」
「今日はよく喋るわね」
「いつもの五倍くらい喋ってるっす」
「うぅ、どうしたらいいんだ。リコがかわいすぎる」
そう言いながら、リコが作ったサンドイッチを食べ始めた。
「料理も上手いんだ。見たこともない異国の料理だけど、どれもこれも俺好みの味なんだよ。俺の体を心配して、野菜も摂れるように工夫してくれて」
「なにその素敵な嫁。私が欲しいです」
「やらん! リコは俺のだ!」
「まだ付き合ってないんすよね?」
「そうだった……」
シュンとしながらも、サンドイッチは離さない。
「リコは、自分は居候だから早く仕事を探して自立しないといけない、と思っているらしい」
「えっ、隊長の家から出て行くつもりなんですか?」
「ああ、だから家具もベッド以外はいらないと。うちに引き取る前からずっと申し訳なさそうにしていた」
「それマズイっすよ。一緒に住んでる間になんとかしないと」
「でもどうやって……?」
いつもの隊長然とした態度は消え去って、眉は下がり完全にしおしおのクマである。
「デートはしているんですか?」
「デート……?」
「してないんかい!」
「女性と付き合ったことがないんだ! いちから教えてくれ!」
涙目のクマがふたりに懇願する。
「馬で遠乗りなんてどうですか? 物理的にも距離が近くなりますし」
「み、密着するな」
ゴクリと喉を鳴らすクマ。目がキョドっている。
「まだいやらしいことはしちゃダメっすよ」
「そうそう、あくまでもふたりの距離を縮めるためです」
「わ、わかった」
「一緒にいて楽しいなー、でもドキドキするなーと意識してもらわないと」
「今のところ、男だと思われてないっすからね」
「――難しいな」
ベルノルトは腕を組み考え込んだ。
「兄達の写真を見せてもらったんだ。リコは兄にお姫様抱っこをされていた。あれは、俺もやりたい」
「いいですね、女子はドキドキしますよ」
「騎士にお姫様抱っこされたいって女の子は多いっすからね」
「あーでも、俺も緊張してできるかわからん! 子供かお年寄りにしかやったことがないんだ」
「ヘタレめ」「ヘタレっすね」
「とりあえず、デートに誘ってみたらどうですか?」
「ピクニックに行こうって言えばいいんすよ」
「あっ、リコさんを見つけたあの森の手前の辺りに、小川がありますよね?」
「それだ、たぶん今頃は花畑になってるっす」
「なるほど、いいな」
「隊長、リコさんほどの人はなかなかいませんよ。絶対に逃しちゃ駄目です」
「隊長がヘタレるなら俺が――」
「やらん!」
ベルノルトはフーフーと肩で息をしている。
「冗談っすよ。頑張ってください。応援してますから」
「また何かあったら相談してくださいよ。女だからわかることもありますし」
「ああ、ふたりともありがとう」
リコをお姫様抱っこする自分を想像して、また顔が赤くなるベルノルトであった。