3 小さなかわいいお家
隊長さんのお家は、小さな一軒家が連なっている中のひとつだった。玄関は通りに面している。白い壁にオレンジ色の瓦屋根。3階建て……いや、一番上は屋根裏部屋かも。玄関先に花のプランターが置かれている家もあって、絵本の中の町並みのようにかわいらしいお家が並んでいた。
「とってもかわいいお家ですねー」
「そうか? この辺はみんなこんな感じだよ。似ているから間違えないようにな」
どうぞと促されて中に入った。玄関から入るとすぐに左側の階段が目に入る。その階段脇の廊下を進むと、扉の向こうはリビングダイニングのようだ。ふたり掛けのテーブルセットと、部屋の真ん中には大きなソファがある。ソファの前の壁際には、薪ストーブがあった。
「すまない、ちょっと片付けるな」
隊長さんは買ってきた夕食をテーブルに置くと、イスの背に掛けられていた服を丸めて廊下に出ていった。物が少なくて殺風景な部屋ね。リビングの大きなテラス窓からは裏庭が見えた。
「わぁ、お庭がある!」
「ああ、昼間はこの窓のおかげで結構明るいんだ」
戻ってきた隊長さんが隣で教えてくれる。お庭は手付かずで、花壇には何も植えられていない。葉っぱのない木が一本だけ生えていた。
「荷物はここに置いて。手を洗って夕食にしよう」
階段脇の廊下に扉がふたつある。ひとつはトイレで、もうひとつの扉を開くと洗面所とお風呂場になっていた。ちゃんと家にお風呂がある。中世っぽい町並みだったからどうなのかなと思っていたら、なんと洗濯機まである! 意外と、と言っては失礼かもしれないけど、現代日本と同じくらい便利なのかもしれない。
「何か珍しい物でもあったか?」
「あ、いえ。洗濯機があるんだなと思って」
「リコの国にもあるか?」
「はい、見た目はとても似ていますね」
「そうか、リコの国にも魔石があるんだな」
「魔石?」
一緒にリビングに戻りながら聞いた。
「さっきヴォルフを倒した時に見てないか? 赤い石があっただろう」
「あぁ! 騎士さんが回収していたやつ」
「それが魔石だ。魔物からも採れるが、鉱山でも採掘されている。この国の道具は大体魔石で動いているんだ」
へ〜、すんごく電気を貯めておける電池みたいなものかな?
ダイニングの奥にある部屋はキッチンらしい。ここもあまり物がないけど、冷蔵庫やオーブンもあるみたい。戸棚からお皿とカトラリーを取ってダイニングに戻った。
「私の国では電気という力で動くんです。だから魔石は初めて見ました。もしかして魔法も使えたりしますか?」
「いや、魔法はないな。おとぎ話の中の話だ」
そっかー、異世界だからあるかなと思ったのに少し残念。
「腹が減っているだろう。食べようか」
「はい!」
隊長さんが買い置きのパンを切ってくれて、お惣菜と一緒に食べた。
「リコは何でも美味しそうに食べるんだな」
「だって本当に美味しいですもん。隊長さんも体が大きいから沢山食べるんですね」
「あ、ああ。そうだな」
どうしたのかな? 隊長さんが考え込んでしまった。
「リコ、その隊長さんっていうの、なんだか仕事中みたいだから名前で呼んでくれないか? 俺の名はベルノルトだ」
「ベルノルト、さん?」
「ああ、それでいい」
名前を呼んだだけなのに、そんなに嬉しそうにされるなんて。この国の女の子は、なんでこの人を怖がるんだろう。大きなクマさんみたいでかわいいのに。
「リコ、もう食べなくていいのか?」
「はい、お腹いっぱいです」
「そうか」
残りは明日の朝に回すことにした。ちょっと欲張って買いすぎたかな。
お皿を一緒に洗いながら、家のことを聞いてみた。
「この家におひとりで住まれているんですか?」
「ああ、一般の騎士は寮があるが、隊長副隊長クラスになると一軒家を貸してもらえるんだ。ここもそのひとつだ」
「ひとりには広いですよね」
「まあ、な。俺くらいの歳だと結婚して家庭があるやつがほとんどだから……」
「ベルノルトさんっていくつですか?」
「俺か? 三十だが」
「なるほど」
私も結婚していないから人の事は言えないんだけど、こちらでは珍しいのかしら? 日本だと三十歳くらいで結婚していない人はゴロゴロいるもんね。
「その、リコは? 元の世界に夫はいなかったのか?」
「夫どころか恋人もいませんでしたよー。気付いたら職場と家を往復する毎日でしたし」
「そうか、俺と同じだな」
うん、だから家族や友人と会えなくなったのは寂しいけれど、恋人と離れ離れに……なんて心配はない。一度、大学時代に告白された人と付き合ったものの、わずか一か月でフラれて、それきり枯れた生活をしている。あはは。
「先に風呂を使ってくれ。その間にシーツを交換してくる」
「あ、」
「どうした?」
「寝間着を買うのを忘れました」
「お、俺のでも良ければ――」
ベルノルトさんは、前開きのシャツタイプの寝間着を貸してくれた。やっぱり大きい。ズボンはいらないかもしれない。シャツワンピースみたいに着て、袖は腕まくりすることにした。
お風呂場はホテルみたいに洗面所とバスタブが同じ空間にある。タオルを収納する棚や洗濯機も置けるくらいには広い。お湯に浸かるというより、シャワーを浴びるという感じかな。石けんを使って体と髪を洗った。さすがにトリートメントはなさそうだ。ロングじゃなくてよかったー。
「お先にお風呂を使わせてもらって、ありがとうございました」
「んぐっ!」
どうしたのかな、ベルノルトさんが鼻を押さえて赤くなってる。スッピンだから? 私、化粧を落としてもそんなに変わらないんだよね。
「か、髪を乾かさないと」
「そうですね、ドライヤーとかあるんですか?」
「こっちだ」
洗面所の棚の中に、日本のドライヤーとほぼ同じような形の道具があった。違うのはコンセントに差し込まなくてもいい所かな。魔石って便利ね。全てコードレスだもん。
乾かし終わると、ベルノルトさんが二階へ案内してくれた。扉が三つあるうちのひとつを開けた。
「ここが空き部屋なんだ。あとふたつは俺の部屋と物置きになっている。家具はまだないから明日また見に行こう」
「騎士団のお仕事は大丈夫なんですか?」
「ちょうど非番なんだ」
「あの私、家具を揃えていただかなくてもいいですよ?」
だって、いつか自分で部屋を探さないといけないし。そこまでお世話になるわけにはいかない。
「ど、どうして?」
「ベッドだけあれば……なんならふとんか寝袋でもいいです」
「リコを床でなんか寝かせられない。今日は俺のベッドを使ってくれ」
そう言うと、隣の部屋に連れて行かれた。ここ、ベルノルトさんの寝室?
「ベルノルトさんはどこで寝るんですか?」
「俺はソファでいい」
「いえ、それなら私がソファで寝ますよ! ベルノルトさんは大きいからソファからはみ出ちゃう」
「騎士は座ってでも寝られるように訓練している。心配するな」
「でも……」
私の頭をポンポンとすると、ベルノルトさんは優しく言った。
「今日は疲れているはずだ。なんせ遠い所から来たんだからな。ゆっくり休め、おやすみ」
「ありがとうございます。おやすみなさい」
申し訳なかったけど、お言葉に甘えることにした。たしかに私も疲れている。
ひとりになると気が張っていたのがプツンと切れたように、眠りに落ちた。