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「ん……」
視界が暗い。まだ夜なのかな……あれ? 身動きが取れないんだけど? まるで拘束されているかのような――
デジャヴ! 前にもこんなことがあった気がする!
なんとか拘束から抜け出そうともがくと、おでこにジョリジョリとしたものが擦り付けられる。
「ひえっ!」
「ん、リコ……?」
頭上からベルノルトさんの声がする。さっきのジョリジョリは……顎ひげ?
「ベルノルトさん、離してください!」
「嫌だ」
「ぐぇっ」
ベルノルトさんの背中をタップすると、駄々っ子のように拒否され、さっきより強く抱きしめられる。マッチョなのを自覚してほしい。つ、潰れるから。
私のカエルのような声を聞いて、やっと腕が緩められた。
「おはよう、リコ」
「お、おはようございます」
頭、おでこ、鼻と順にベルノルトさんの唇が降りてきて、最後に唇にチュッと軽く口付けられた。朝から甘すぎる!
「リコと一緒に目覚めるなんて、幸せ過ぎるだろ」
ハァと甘いため息を漏らし、私を見詰めるベルノルトさん。
「あの、なんで私がベルノルトさんのベッドで寝ているんですかね?」
腕を緩めてもらったことで、周りの景色が見えるようになった。ここは私の寝室じゃなくて、ベルノルトさんの部屋だ。
「ん? 昨日ケーキで酔っ払ったリコが、俺の服にしがみついて離れなかったんだ。だから仕方なく――」
「えっ、ごめんなさい!」
よく見ると、ふたりとも寝間着ではなく昨日の服のままだ。
「うん、仕方ない仕方ない。酔ってたからな」
そう言いながら、私の首元に顔を埋めて鼻をスンスンさせている。
「全然仕方なくなさそうじゃないですか! お風呂に入っていないのに嗅いじゃ駄目!」
「なぜだ。リコはいつだっていい匂いだぞ」
「やだ、ちょっと変態チックです!」
ベルノルトさんは、ガーンとショックを受けたような顔をして固まった。その隙にベッドから抜け出し、急いでシャワーを浴びるために一階へと降りた。今日もふたりとも仕事だもん、急いで準備しないとね。
シャワーを終えても、リビングにベルノルトさんの姿がない。二階へ戻りまだベッドの上で固まっていたベルノルトさんを見つけ、頬をペチペチすると我に返ったように動き出した。こういうところが、かわいいのよね。
◇◇◇◇
その二日後、イリスさんが家に遊びに来てくれた。いつものようにカフェやランチに行きたいと思っていたんだけれど、
『またよからぬことを企む輩がいないとは言いきれない。今回はイリスに来てもらえ』
と、ベルノルトさんから言われたからだ。イリスさんにも同じように伝えてもらったところ、快諾してもらえたと言うのでおうちでランチを準備した。
「それにしても、とんでもない事件に巻き込まれちゃったわね。ん〜何これ美味しっ!」
イリスさんは深刻そうな顔をしたり、びっくりした顔をしたり忙しい。
「よかった。それはミートソースと言うの。こっちではあまり長いパスタは食べないのね」
「ええ、ほとんどショートパスタね。サラダやスープに入れるくらいで、こうやってメインにしたのは初めてかも。このソースも美味しいわ」
「トマト缶とゾーセで味付けしたの。お口に合ったならよかった」
以前、王宮の向こう側で買ったウスターソースみたいなゾーセ、あれを使ってなんちゃってミートソースを作ってみたら、意外と美味しくできたのだ。あの食料品店には輸入の食材も色々と置いてあったので、連れて行ってもらった時にスパゲティの乾麺も見つけて買っておいた。
ベルノルトさんにもミートソースは好評だったので、イリスさんにも作ってみたの。
「リコさんの料理は野菜が多いから、隊長なんて肌がツヤツヤしてるわよ」
「え〜そんな大げさよ」
今日のメニューはミートソーススパゲティに生野菜サラダ、野菜のコンソメスープだ。そんなに大したものじゃない。こちらの人は芋ばっかりだから、生野菜が出てきただけでそう感じるのかな。
「話が逸れちゃったわ。今日、例の貴族様の件が発表されるみたいよ」
「そうなんだ。思ったより早いのね」
「言い逃れの余地もないもの。娘のやらかしは好都合だったらしいわ。騎士団だけじゃなく、貴族院の方でも伯爵の悪事の証拠は固めていて、あとはいつ捕まえるかって秒読みだったみたい」
隣国の密輸組織とも通じていたらしいし、あのお嬢様が隣国に売り飛ばすって発想になったのも頷ける。
「あのお嬢様、近衛騎士団でもやりたい放題だったらしいわ。婚約者がいる騎士にもお構いなしにアタックしていたと聞いて、第五でもみんなドン引きしてたわよ」
「うわぁ……」
「父親の伯爵も黒い噂がある人だったし、近衛は誰も相手にしなかったみたいだけどね」
貴族ばかりの近衛騎士に、婚約者がいても構わないって突撃するくらいだもの、平民の私なんてどうにでもなると思ったんだろうな。
「まあ、バウム隊長なら引っ掛かるはずがないわ」
「そう?」
「そうよー! なんせリコさんは初恋の君なんだから!」
「えぇ? 初恋?」
いま初恋って言った? えっと、ベルノルトさんもいい大人なんですけど?
「間違いなく初恋よ。隊長は強面で厳ついから、女性とあまり縁がなかったんだって。そこに現れたのが、厳つい隊長を怖がらないリコさんよ。しかも、健気で優しくてかわいい上に料理まで上手いとくれば、好きにならないわけがないでしょう!」
「イリスさん、褒め過ぎじゃ……私、向こうでも全然モテなかったのに」
「いんや! 絶対モテてたね。リコさんが鈍感で気付かなかっただけよ」
「鈍感……?」
たしかに、ベルノルトさんの気持ちに全く気付いていなかったわ。う〜ん、職場の同期や後輩から食事に誘われることはあったけど、モテるという程ではない気がする。
「身に覚えがある?」
「どうかな。勘違いしていたら恥ずかしいので、みんな友達として接していたし」
「でも私としては、リコさんが恋人のいない状態でこっちに来てくれてよかったわ。向こうに未練があったら、隊長とは恋人にならなかったでしょ?」
「それは、そうかも」
「ね? ふたりは出会う運命だったの! そして隊長の初恋は成就したのよ〜」
イリスさんは立ち上がって胸の前で手を組み、目をキラキラさせている。どこを見てるのかな? 目線は斜め上だ。えっと、天井しかないな。
「イリスさん、意外とロマンチスト?」
「えっ、そう? 女子はみんな好きでしょ? 恋愛小説とか」
話が尽きないので、イリスさんがお土産に持ってきてくれたケーキを食べながら、続きを話すことにした。
「こちらではどんな小説が流行ってるの?」
「そうねー、身分差を乗り越えた純愛とか、片想いのじれじれするやつもいいわね」
「へ〜、面白そう。向こうでもそういう恋愛小説は人気があったな。ヒーローが騎士の話も人気があったのよ」
通勤中によく見ていたネット小説でも、そういうお話はいっぱい読んだ。
「そうなんだ! リコさんの国にも騎士はいるの?」
「ううん、騎士はいないの。だけど、異世界の騎士と恋に落ちる話は人気があったよ」
「わあ、まるでリコさんみたいね」
「おぉ! 本当だ」
「ねえ、私の親戚に恋愛小説を書いている子がいるの。よかったらふたりの話を聞かせてやってくれない?」
「私達の話なんて、面白くもなんとも――」
「面白いわよー。リコさんの国の小説の話も聞かせて欲しいわ。あの子、最近スランプ気味みたいだから」
「えっと、ベルノルトさんが良いのなら」
「任せて! 隊長には私から話しておくから!」
「お、おう」
日本の恋愛小説の話はまだしも、私達の話なんて需要があるのかな?




