27 貴族裁判
翌日、王宮からの呼び出しを受け、ベルノルトさんと共に向かうことになった。昨日の件で呼び出しなのは明白。だけど、王宮に着て行けるようなちゃんとした服なんて持っていないから、日本から着てきたパンツスーツを着ることにした。
「その服は、あの時の――」
「はい、こちらに飛ばされた時に着ていた服です。こういう時に何を着たらいいのか、わからないので……むこうでの仕事着ですが」
「ああ、それで大丈夫だ」
◇◇◇◇
歩いて十分ほどで王宮に着くと、話は通っていたようで近衛の白い制服を着た騎士様に案内される。てっきり会議室とか応接室みたいな部屋で事情を聞かれるのかと思っていたら、着いたのは大きな扉の前。なんか思ってたのと違う。
「ベルノルトさん、ここは」
「謁見の間だな」
「えっ、まさか謁見って」
「国王陛下だろうな」
「聞いてないです!」
コソコソと話しているうちに扉が開かれ、私達の名前が読み上げられた。
「騎士団第五隊ベルノルト・バウム隊長、並びにリコ・エトー嬢が到着されました」
大きな扉の向こう側は、白を基調とした空間が広がっていた。大きな柱や金の縁取りの装飾が、王のいる空間に相応しい雰囲気を醸し出している。側面の白い壁には、ところどころに肖像画のような絵画も掛けられていた。よく見たいのに、キョロキョロできないのが残念。
縦長い部屋の床は大理石。真ん中には、赤い絨毯が敷かれていた。ここ、歩いていいのかな……いいみたい。チリひとつない絨毯の上を、ベルノルトさんのうしろに付いて前に進んだ。
部屋の奥には三段ほど階段があり、その一番上の壇には、玉座に座り頬杖をついた人が見えた。きっとあの方が国王陛下だわ。いきなり顔を上げては失礼かもしれない。
階段の少し手前でベルノルトさんが片膝をつき、騎士の最敬礼をした。私は、どうしよう! よく漫画とかで見るスカートを摘んで腰を落とす挨拶をすればいいの? いや、私パンツスーツじゃん! そもそもちゃんとしたやり方を知らないし、この国の挨拶として合っているのかもわからない。だって王侯貴族と挨拶した事もないし! それなら日本の挨拶をするしかない。正座で床に手をついてお辞儀? いや、ここでやったらたぶん変だよね。
そんな事を一秒くらいの間に考えて、結局は立ったまま腰を折る日本の最敬礼をした。入社当時に叩き込まれたきっちり四十五度だ。
「ふたりとも面を上げよ」
「ハッ、ベルノルト・バウム仰せにより参りました。こちらは異世界よりの迷い人、リコ・エトーでございます」
立ち上がったベルノルトさんに紹介され、斜め下を向いていた目線を上げた。
「異世界の日本という国から参りました。リコ・エトウと申します。こちらの文化は勉強中でございますので、無作法がありましたらお許しください」
そう挨拶してから、もう一度丁寧にお辞儀をした。
「よい、そなたはこの国に来て間もない。いちいち咎めたりはせぬから安心してくれ」
三十半ばを少し過ぎたくらいかな。思っていたより若い王様でびっくりした。こう、白いあごひげがあるおじいさんみたいな人を想像していたもの。それにとても寛容だ。無礼者ー! とか言われなくてよかった。
「ありがとうございます」
許されたことで少し周りを見る余裕が出てきた。陛下のうしろには白い制服の近衛騎士が控えているが、階段の下には黒い騎士服の人が三人いるのに気付いた。あれは、昨日のドレッセル団長さんと副官のシュルツさん、第五副隊長のヘッセさんだ。見知った顔がいて少しホッとする。
その他にも真ん中の絨毯を挟んで反対側に、一目でお偉い人だと分かる方々がこちらを向いて椅子に座っていた。
「リコ、昨日は災難だったな。詳細はドレッセルから聞いた」
「騎士団の皆様が助けてくださったので、私は大丈夫でした」
「そうか。国民の模範となるはずの貴族が、犯罪に手を染めるなど許しがたい。我が国では、貴族の処遇は国王である私が直接決めることになっている。フォルケル伯爵とその娘を呼び出したから、証人としてそこで見ておれ」
「ハッ」「はい」
私にも椅子が用意され、お偉い方々とは反対側の端に座った。ベルノルトさんはドレッセル団長さん達と共に、私のうしろに立っている。
裁判的なことが今から始まるらしい。
「フォルケル伯爵、並びにエヴェリン・フォルケルを連れて参りました」
「入れ」
陛下の許可が下りると近衛騎士に先導され、でっぷり太った中年の男と、昨日と同じピンクのドレスのままのお嬢様が入ってきた。
「陛下、これはどういう事ですか? 娘も護衛も昨夜は帰ってこなかった。なぜエヴェリンが拘束されているのですか!」
「フォルケル、お前に発言を許していないぞ」
「ぐっ、」
挨拶もなく喚き始めた中年の男、あれがフォルケル伯爵か……
陛下の低い声にフォルケル伯爵は黙った。しかし、娘の方はそうはいかなかったらしい。
「お父様! いたわ、黒髪の女よ。平民のくせになぜそんなところにいるのよ! 厚かましい!」
こちらに飛び掛かって来そうな勢いだったが、ベルノルトさん達がとっさに私の周りを囲み、守ってくれた。お嬢様もうしろにいた近衛騎士に取り押さえられて、私のところまでは来られなかったけれど。
「厚かましいのはお前だ。ここをどこだと思っている」
「へ、陛下。失礼いたしました」
娘の無作法を親のフォルケル伯爵が詫びる。娘の方はあまり反省の色もなく、私の方を睨み付けたままだ。
「なぜ拘束されているか、騎士団から説明してもらおう。ドレッセル」
陛下の言葉にドレッセル団長が頷き、一歩前に出た。
「王立騎士団団長の私から説明させてもらう。昨日午後、フォルケル伯爵令嬢エヴェリンは街の食堂へ立ち入り、こちらのリコ・エトー嬢の誘拐を試みた。リコ嬢が騎士団の詰め所に助けを求めて逃げてきたために未遂に終わったが、その後も護衛達が捕まえようと足掻いていた。伯爵令嬢に無礼を働いたためと証言していたが、エヴェリンとリコ嬢は面識がないためそのような事実はない。エヴェリンに任意出頭を願い取調べた結果、ベルノルト・バウム第五隊長への横恋慕と婚約者であるリコ嬢への逆恨みゆえの犯行とわかった」
「は? うちの娘が横恋慕? 貴族の家の婿にしてやると言っているのに、平民など入る余地はないでしょう。どちらが横恋慕だ」
馬鹿馬鹿しいとでも言いたげな態度で、フォルケル伯爵は吐き捨てた。
その言葉を無視してドレッセル団長は続ける。
「リコ嬢を誘拐した後は、東の端にある戒律の厳しい修道院に入れるか、北の隣国にある高級娼館に売り飛ばすつもりだったと証言があった。これらは誘拐罪と人身売買罪、虚偽告訴罪に当たる」
「私がやったわけじゃないわ! やったのは護衛でしょ。それに女はそこにいるじゃない! 未遂だから関係ないわ」
「実行したのは護衛でも、その護衛に指示をしたのはエヴェリン・フォルケルだ。これは教唆罪に当たる。犯罪を唆しただけでも罪になると知らないのか?」
「えっ」
お嬢様は呆然としている。どうやら知らなかったみたい。
「ハハッ、うちの娘がそんなことをするはずがない。英雄からも、うちに婿入りするとよい返事を貰った。なぜ平民の女に構う必要がある」
「俺は婿入りするなど、一言も言った覚えはない。勝手なことを言わないでもらいたい」
「だがっ、娘がそう言って――」
「勘違いだ。昨日会うまで、名前すら知らなかった」
「祝賀会で挨拶もしたでしょう!? その時にうちの娘を一生守ると言っただろう!」
「国民全員を守ると言った。なぜそれが婿入りになるのだ」
「なっ、だがどう考えてもうちに婿入りする方が得だろう! 貴族になれるんだぞ?」
「愛する人と引き裂かれ、無理矢理貴族に婿入りさせられるなら、騎士団なんて辞めてやる」
ベルノルトさんはきっぱりと言い切った。嬉しいけれど、騎士団を辞めちゃ駄目です!
「辞められては困るなぁ」
やり取りをジッと聞いていた国王陛下が、のんびりした声で話に入ってきた。
「私はバウムと約束をしているんだ、辺境での功績に対して褒美をやると。その中にはそこのリコとの結婚も含まれている。フォルケル、お前は私を嘘つきにしようと言うのか?」
「めめめ、滅相もない」
「それにな、リコは異世界の知恵を我々に授けてくれたのだ。それがなければ魔物を討伐できず、多くの犠牲者が出ていたかもしれん。そんな恩人を拐かし、排除しようとしたお前達を私が許すとでも?」
「ぐっ、ただの平民かと思っていたのに……」
「たとえただの平民だろうが、お前達に民を売り飛ばす権利などない! 我が国は人身売買を禁じている。そのような者に我が国の貴族を名乗らせるわけにはいかぬ」
「陛下! これくらいのことでご冗談が過ぎますぞ」
「まだわからぬか!」
陛下の怒号が響き渡った。フォルケル親子がビクッと肩を震わせる。
「そういう、民を蔑ろにする意識が国を腐らせるのだ。もうよい、最後に選ばせてやる。娘よ、東の端にある戒律の厳しい修道院か、北の隣国にある高級娼館のどちらがいいか?」
「えっ」
「そこが卑しい性根を叩き直すのにピッタリなんだろう? お前が言い出したことだ。人身売買は違法だが、自ら行く分には止めはせぬ。さあ選べ。希望を聞いて選ばせてやるなど、優しいと思わぬか?」
陛下は、昨日取調べ室でお嬢様が言っていたセリフを並べた。報告が上がったのか、すべてご存知らしい。
「いや、いやです! お父様助けて!」
「あぁ、近衛騎士団への公務執行妨害もあったな。本来ならこれだけいくつも罪を重ねた貴族は、罪状を世間に詳らかにした上で鉱山で生涯労働だ。そちらにするか?」
「お待ちください! たかがそれだけで重すぎませんか?」
「あぁフォルケル、お前も貴族籍を剥奪の上、鉱山行きだ」
「は? 陛下、なぜです!?」
「それは私がお答えしましょう」
反対側に座っていたお偉い方々のうちのひとりが立ち上がり、手にした書類を読み上げる。
「あなたは大臣になりたいがゆえに、貴族院の者に賄賂を渡そうとした。他にも隣国の犯罪組織へ我が国の情報を流す、違法な品を密輸するなど複数の罪に問われている。皆薄々気付いているのですよ、そんな人に国防大臣なんてさせられるわけがない。下手をすれば国際問題だ」
「そういうことだ。見届人達もよいか?」
陛下の言葉に、他のお偉い方々も異議を唱えず頷いた。
「陛下、これは何かの陰謀です! 私が陛下を裏切るような真似など――」
「もうずっと前から裏取りをしていたのだ。言い訳は見苦しいぞ」
「ベルノルトさまぁ! エヴェリンを助けてくださいませ! すべてあなたのためを思ってのこと!」
「騎士が犯罪者を助けるわけがないだろう。リコを売り飛ばそうとしたことは忘れんぞ」
陛下が手をサッと振り合図をすると、近衛騎士達が暴れるフォルケル親子を拘束し、謁見の間から連れ出して行った。




