24 噂を蹴散らすには
たぶん、二十個以上さくらんぼを食べたな。もういいよって言う前に口に入れられちゃうの。まるでわんこ蕎麦ならぬ、わんこさくらんぼ。抱っこされていたから、顔に抱きついたらやっと止まった。
「これ以上は、お昼が入らなくなります」
「俺が全部食べるから大丈夫」
「どちらにしろ、もうさくらんぼは入りませんよ」
「じゃあ持って帰る分を穫ろうか」
「そうですね。グレタおばさん達にもお土産を持って行――あっ!」
そうだ、おばさんに部屋はもう必要ないって言わなきゃ。
「どうした?」
「えっと、ベルノルトさんが結婚するなら家を出なくちゃと思って、グレタおばさんの家に下宿させてもらう事にしていたんです」
「何!? 部屋も確保していたなんて、本当に俺は捨てられるところだったのか!」
「捨てるだなんてそんな――」
「危なかった……俺はもう、リコのいない家は寂しくて耐えられない」
またしおしおのクマになってしまった。私は抱っこされたまま、ベルノルトさんの頭をよしよしした。
「私はずっと、ベルノルトさんに大人の女性だと思われていないと感じていたんです。だからそんなふうに言ってもらえるなんて、想像もしていませんでした」
「俺はずっと、大人の女性としてリコが好きだったぞ。騎士の仕事だから面倒を見たんじゃない。好きだから甘やかしたかったんだ」
「そう……だったの?」
ずっと仕事だから面倒を見てくれているのかと思ってたのに、好きだからだったの?
「俺がはっきり言わないから不安にさせてしまったな。すまなかった。だから、リコにはもっと甘えてほしいんだ」
「十分良くしてもらっていますよ?」
「いーや、足りない。服だってたくさん買いたいし、家でも膝に乗せてかわいがりたい」
「ひぇっ」
「まずは今日のランチだな」
そう言うと、ベルノルトさんは私を地面に降ろした。いそいそとブランケットを敷くと、その上にドカッとあぐらをかきポンポンと膝を叩く。そこに座れと?
「リ〜コ〜」
「うっ、どうしても?」
「うん、おいで」
両手を広げて待機している。靴を脱いで恐る恐る近付くと、その逞しい腕にガシッと捕まってしまった。膝の上に横向きに座らせ、ギュッと抱きしめられる。
「ひゃあ!」
「ハァ、リコの匂いは落ち着く」
「匂いは嗅がないでーー!」
「いや、嗅ぐ」
このクマ、開き直ったよ。首の辺りをスンスンされてくすぐったい。
「ベルノルトさん! お昼を食べましょ! ね?」
「……うん」
匂いを嗅ぐのと、私のお弁当を食べるので葛藤したらしい。お弁当を広げても離してもらえず、また膝の上で食べ物を口に入れられる羽目になってしまった。
◇◇◇◇
帰り道は馬をゆっくり走らせたので、私は気になっている事を聞いてみた。
「あの、陛下からも縁談があったと言っていましたよね。私と結婚して大丈夫なんですか?」
「リコの話はしてある。問題ない」
「へ? 私の話を陛下に?」
「ああ、そもそも今回魔物を倒せたのはリコのおかげだからな」
「私、何もしていませんよ?」
「りんごの花祭りの時、リコの国の神話を聞かせてくれただろう? 覚えてるか」
「えっと、ヤマタノオロチの話ですかね。お酒が好きな大蛇の――」
ベルノルトさんがお酒に強いウワバミだって話から、ヤマタノオロチとスサノオノミコトの話に発展したんだった。
「あぁそれだよ。その神話のおかげで大蛇を倒せたんだ」
「辺境にいた魔物って、蛇だったんですか?」
「ああ、大蛇が洞窟に籠もって火を吹いていた。うかつに近付けず、どうしようもなくなった時にリコの話を思い出したんだ」
「じゃあ、蛇にお酒を飲ませたんですか?」
「ウイスキーとビールを樽ごと飲ませて、酔っ払ったところを切り倒したよ」
「わあ、日本の神話と同じだ! もしかしてあのパレードで見た剣は、蛇の尻尾から出てきました?」
「なぜわかるんだ」
「やっぱり! そこも同じですよ! 日本の神話の方も、切った尻尾から剣が出てくるんです」
「驚いたな、そんな所まで同じだなんて。リコから話を聞いたのは、偶然ではなく必然だったのかもな」
だったらあれも同じってこと……?
「どうした? 急に静かになって」
「その神様は、蛇を倒す代わりに食べられそうになっていた娘を嫁にもらうんです。ベルノルトさんも辺境伯のお嬢様と結婚とか――」
「ないない。辺境伯の長女は辺境騎士団の団長夫人だし、下の娘にも婚約者がいる」
「そうですか、よかった」
「たとえ勧められても、俺は断ってるよ。リコ以外はいらない」
ベルノルトさんは馬を走らせながらも、私の頭やこめかみにチュッとキスを落とした。器用だな?
「しかし、辺境伯に娘がいるなんてよく知っていたな」
「食堂で騎士の方が話しているのを聞いて……」
「――どこの隊の奴だ」
ひぇっ、声がいつもより一段低いよ。怒ってる、絶対怒ってるわ。
「あの、そこまでわかりません。客席には出ませんし、話したこともないので。ただの噂話だし、大丈夫ですから」
「わかった。こうなったらまとめて噂を蹴散らしてやろう」
「ひぃ〜〜」
ベルノルトさんは私をガシッと抱きしめると、王都へ向かって馬のスピードを上げた。
◇◇◇◇
うっ、街の人の視線が痛い。これはパレードの続きですか? ってくらい街の中を馬に乗ってゆっくり歩く。もちろん、バックハグで二人乗りだ。噂を蹴散らすって、更に別の噂で上書きするってことか……
「リコ、こっちを向いて?」
「なんですか? ひぇっ」
私が斜め後ろを向くと、頬にチューをされた! ここ、街中だよ……しかも昨日パレードしたばかりのベルノルトさんは、王都中に顔を知られている。歩道を歩いていた人達が、英雄の戯れにどよめいた。そりゃそうなるわ、昨日のキリッとしたパレードとは別人のようにベタベタの甘々なんだから。
「ついでに、このまま一緒に騎士団まで馬を預けに行こう」
「私もですか?」
「もちろん! これで貴族に婿入りなんて噂は消し飛ぶ」
それはそうでしょうけど、バカップルみたいで居たたまれない。私は緊張で固まり、ベルノルトさんはノリノリでバカップル振りを見せつけながら、騎士団へと向かった。
「お疲れ様です、バウム隊長」
「ああ、馬を預けに戻った」
「あの、そちらの方は?」
「俺の婚約者だ」
「こっ、婚約者!?」
騎士団の門で警備中の騎士達も、突然の婚約者発言に声が裏返っていた。すみませんね、驚かせてしまって。ベルノルトさんは平然とした様子で、私の背中にピッタリ密着している。
「ど、どうぞお通りください」
「あ、ありがとうございます」
初対面の騎士さん相手にオドオドしてしまったけれど、無事騎士団の敷地に入ることができた。
「あれ? 隊長今日は休みじゃなかったすか?」
「ラルフか。デート帰りに馬を預けに寄っただけだ」
「うわっ、リコさんもいたんすね。隊長のデカい体に隠れて見えなかったっす」
「ラルフさん、こんにちは」
第五隊の詰め所近くに来ると、仕事中のラルフさんに声を掛けられた。顔見知りに会えて少しホッとする。馬から降りて、ラルフさんにお土産のカゴを渡した。
「あの、これさっき穫ってきたばかりなんです。皆さんでどうぞ」
「わっ、さくらんぼだ。今年はまだ食べていないから嬉しいっす。ありがとう」
ラルフさんは早速さくらんぼを口に入れて、モゴモゴとしゃべる。
「で、その隊長の態度にツッコミを入れた方がいいっすか?」
そうよね……だって馬から降りても、うしろにくっついたままなんだもの。
「ん゛ん、お前とイリスのおかげで上手くいった」
「マジすか? ちょっと待って! イリスさーーん!」
ラルフさんが叫びながら、詰め所の中に走っていった。かと思ったら、すぐに引き返してきた。イリスさんだけかと思ったら、他の騎士達もゾロゾロと付いてきている。
「隊長! リコさん! 上手くいったって?」
「ああ、プロポーズを受けてくれた」
「「「オオーー!」」」
厳つい男達の野太い声が上がった。
「良かったですね隊長〜」
「ずっと片思いしてたもんな〜」
「こっちがやきもきしてたぜ」
「だな。あの辺境での落ち込みっぷりは見ていられなかったぞ」
「俺は厳ついクマでも結婚できるって、希望が持てた」
「まさか、あの時助けた迷い人と結婚するだなんてな」
騎士達が好き勝手に話しているけど、どの声も隊長であるベルノルトさんを心配してくれていたのがわかる。
「おめでとう、リコさん」
「イリスさん、ありがとう」
「ね? 引っ越しなんて必要なかったでしょ?」
「イリスさんは知っていたのね」
「まあ、知ってたけど私の口からは言えないじゃない?」
イリスさんがいたずらっぽい顔でウィンクをした。ベルノルトさんの気持ちを知っているだけに、私の的外れな悩み相談に頭を抱えていたのね。
「またいつでも相談に乗るからね。リコさんに無体なことをしたらすぐに絞めてやる」
「心強いわ。お願いします」
「おい、なんてことをお願いしているんだ?」
ベルノルトさんが焦ったように、話に入ってきた。
「リコさんを泣かせなかったらいいだけですよ」
「泣かせるわけがないだろう!」
そこに他の騎士達も入ってくる。
「辺境でシュランゲを倒せたのも、彼女のお陰ですもんね」
「ああ、魔物に酒を飲ませるなんて、俺達じゃ思い付きもしなかったぜ」
「隊長だけでなく俺達まで勲章を貰えたんだぜ。あんなパレードまでしてもらってさ」
「平民の俺達に勲章だなんて、みんな感謝してるんだ」
「だから、隊長に泣かされたら俺の所へ――」
「リコは俺の婚約者だ!」
「「「アハハハ!」」」
こうして、騎士団内にもベルノルトさんには迷い人の婚約者がいると周知された。それはすぐに王宮各所にも広がり、街でもバカップルの目撃情報が拡散されていったらしい。
「英雄は黒髪の女の子にベタ惚れだって」




