22 祝賀パレード
翌朝、パレードに合わせ、いつもより早めに朝食を済ませた。ベルノルトさんは『着替えてくる』と言い残すと、二階へ上がって行く。私が食器を片付けていると今度は洗面所の扉の開閉音がして、しばらくするとリビングへ入ってくるブーツの足音がした。
「ベルノルトさん、準備でき――ウッ」
「リコ? どうしたんだ。顔が真っ赤だぞ」
深い青の瞳が心配そうに私の顔をのぞき込む。だってだって、今日の制服がいつもと違うんだもん! 黒の詰襟は袖口や裾に金の縁取りがされていて、いつもよりなんだか豪華だし、胸には勲章みたいなものも着いてる。なにより、その片方の肩だけに掛けられたマント! 表は服と同じで黒いんだけど、裏側は真紅! なにそれ、格好良すぎるでしょう! この制服をデザインしたのは誰? 全力で褒め称えるわ!
いつもは無造作な髪も顎ひげも、今日は整えられているからか大人の色気が漂っている。
「か、か、か」
「か?」
「格好いいです! とっても似合ってます!」
「そ、そうか。そう言ってくれるのはリコだけだよ」
「嘘でしょう!? 誰が見たって格好いいですよ。そんなに素敵な制服を着こなせるなんて、その逞しい体があってのものじゃないですか! ベルノルトさん、凄く素敵です! あれ、どうしました?」
「鍛えていてよかった……」
両手で顔を隠して上を向いちゃった。大袈裟ではなく、本当に似合っているんだもの。
「その制服は正装なんですか?」
「ああ、めったに着ることはないが式典などはこれだな。あとは結婚式とか」
「そうなんですね……」
そっか、貴族の結婚式なんて平民の私は出席できないだろうから、今日見られてよかったな。
「そうだ、写真を撮ってもいいですか?」
「あのスマホとかいう道具か」
「はい、もうこんな機会はないだろうから……」
私は急いで二階へ上がり、クローゼットからスマホを取り出した。もう何か月も充電などしていないのに、電池は減っていない。地球じゃないからなんか違うのかなぁ。
リビングに戻ると、ベルノルトさんにカメラを向けた。
「ベルノルトさん、顔が硬いです」
「う、慣れていないんだ」
「じゃあ、何か楽しい事を思い浮かべてください」
「楽しいこと……」
すると、ベルノルトさんはなにかを思い浮かべ、ふわりと笑った。今だ! ふふ、連写で撮っちゃった。
ベルノルトさんの横に行き、撮った画像を見せてあげた。
「ほら、素敵な写真が撮れましたよ」
「お、おう。撮りすぎじゃないか?」
「そうですか? 格好いいからつい」
「うぐっ……リコ、ありがとう」
「パレード、頑張ってくださいね」
「ああ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
ベルノルトさんは私の頬をサラリと撫でると、マントをひるがえし騎士団へと向かった。
あと何回こうやって見送ることができるんだろう……
◇◇◇◇
りんごの花の店主夫婦から、一緒にパレードを観ようと誘われていた。
「パレードがあるから、どうせ客なんか誰も来やしないよ。店は休みにするよ」
元々客の半分は騎士団員だ。騎士団総出のイベントがあるのに、食べに来られるわけがない。
約束の時間に食堂へふたりを誘いに行った。
「大通りを通るらしいね。少し早いけど、行ってみようか」
「はい!」
三人で大通りに出ると、すでに大勢の人が通り沿いの歩道に集まっていた。こんなにたくさんの人達、いつもどこにいたんだろう。王都ってやっぱり都会なんだな。普段馬車が通っている道はパレードのため通行止めになっているらしく、馬も馬車も見当たらない。
「ちょっと出遅れたかね」
「まあ、馬に乗って通るだろうからここからでも見えるだろ」
グレタおばさんとヨハンおじさんがのんびりと話している間も、人は増え続けていた。沿道が人で埋まった頃、王宮の方角からファンファーレが響いた。
「おっ、始まったな」
「あれはパレードが始まる合図だよ」
グレタおばさんが教えてくれる。遠くの方で歓声が上がったのが聞こえた。きっと騎士団の人達が現れたんだわ。
軽快な音楽と共に揃いの制服を着た楽隊が行進してくるのが、私のいる場所からも小さく見えた。音楽が徐々に近付いてくる。私はもみくちゃにされながらも、パレードが来るのをドキドキしながら待った。
楽隊が通り過ぎると、その後ろには屋根のない馬車が馬に引かれて来た。その馬車の上には鈍く光る剣と、クッションの上に置かれた深い紫色の石が輝いていた。馬車の周りは、騎士達でガッチリ固められている。
「あれが魔物から出てきた魔石か。あんなでけーのは見たことねぇよ」
「ああ、魔物がどれだけ大物だったかわかるな」
周りにいた人達も驚いたような声を上げている。本当に大きいな。私が森で食べられそうになったオオカミみたいな魔物の魔石でも、鶏卵くらいしかなかったもの。でも馬車に乗っている魔石は、人の頭くらいある。大きさが桁違いよね。あのオオカミですら見たことがないほど大きかったのに、それよりも何倍も大きな魔物を倒したんだ……
次に通ったのは、馬に乗った騎士達。だけど、見慣れた王立騎士団の制服とは違うみたい。
「ありゃあ、辺境騎士団の騎士だな」
「そうなんですね!」
ヨハンおじさんが、この国の事情に疎い私に解説をしてくれた。ベルノルトさんも国王陛下へ謁見したって言ってたから、報告のために辺境騎士団からも騎士が来ていたのかもしれない。
「リコちゃん! 第五隊が来たよ! 私達に気付くかね」
「は、はい!」
グレタおばさんが興奮したように、私の肩を叩いた。こんなにもみくちゃになっているし、この国の平均身長より小さい私は、たぶん向こうからは見えないと思うけれど……
四十人くらいの騎士達が、馬に乗って通り過ぎていく。全員正装をしているみたい。マントも着けて、制服もいつもよりちょっと豪華だ。
「あっ、イリスさんとラルフさんだ」
真っ直ぐ前を向いて馬を歩かせているふたりは、こちらには気付いていないようだ。イリスさんは王子様みたいにキリッとして素敵だし、あのチャラいラルフさんまで凛々しく見える。
最後尾に目をやると、ひときわ豪華な制服を着た逞しい騎士の姿が見えた。ベルノルトさんだ!
ふぁ〜なんて格好いいんだろう。思わず見惚れてしまった。周りからは若い女性の歓声が上がる。
「クマの隊長さんって、あんなに格好よかったっけ?」
「もっと怖いイメージだったけど、凛々しくて素敵ね」
「なんせ英雄だもん、私はアリだわ」
ほら、もうこの国の女性もベルノルトさんが格好いいって気付いたのよ。これから結婚する貴族のお嬢様だって、もうベルノルトさんを怖がったりしないと思うよ。
「よかったね、ベルノルトさん」
私が小さく呟いた瞬間、ベルノルトさんがこちらを向いた。前にいた女性達がキャーー! と黄色い声を上げ、両手を振る。ベルノルトさんはふわりと笑うと、また前を向いて馬を歩かせて行ってしまった。
「私に笑いかけてくれたわ!」
「図々しいわね。私よ!」
「そんなわけないでしょ。私よ」
ベルノルトさんのファンサービスに、若い女性達が興奮している。
「そんなわけないじゃないか。ありゃ私達に気付いたんだよ」
「この人混みで気付きますかね?」
「隊長さんなら気付くね。なんたってリコちゃんがいるんだもの」
「小さくて埋もれてますけど」
「どこにいようと、リコちゃんならわかるんだよ」
グレタおばさんがニヤリと笑った。
黒髪が珍しいからかな? それなら可能性としてはあるな。私はパレードが見えなくなるまでベルノルトさんの背中を見つめていた。なんだかベルノルトさんが遠い人のように思えて、胸がきゅ~っと痛んだ。
◇◇◇◇
「隊長、今日は珍しくキャーキャー言われてたっすね。英雄になると、こうも違うのかー」
「そんなのはどうでもいい。リコしか見ていない」
「えっ、あの人混みからリコさんを見つけたんですか?」
「リコの声が聞こえた気がしたんだ。それで声の方を見たらリコがいた」
「さすがクマっすね。あのお祭り騒ぎの中から、たったひとりの声を聞き分けるなんて」
「私、全然見つけられなかったわ〜。あまりキョロキョロできないし」
「俺もっすよ。知り合いなんてひとりもわかんなかったっす」
「俺はリコならどこにいてもわかる。なんなら匂いでも嗅ぎ分けられる」
「うわ、ヘンタイ」「ヘンタイっすね」
「リコは俺を格好いいと言ってくれたぞ」
「まあ、その制服なら大体誰でも……」
「いや、俺の鍛えた体だから似合うと言ってくれた! 真っ赤になってぷるぷる震えてかわいかった……」
「「はよくっつけ」」
「そうだな、明日こそ想いを伝えるつもりだ」
「やっとですか! 長かったわー」
「遠回しは駄目っすよ。ストレートに言わないと伝わらないんで」
「わかってる。今度こそ――」




