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いきなり異世界に飛ばされましたが、私は幸せです~奥手なクマ系騎士隊長の無自覚溺愛生活〜  作者: 麻咲 塔子


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21 王都帰還

ベルノルトさんが遠征に行ってから十日が経った。食堂でお客さんの噂話をこっそり聞いていると、どうやら北の辺境へ魔物退治に行っているみたい。ここは第五隊以外の騎士さんもお客さんとして来ているから、噂話とはいえ信憑性は高い。


「そろそろ第五隊が帰ってくるみたいだな」


その言葉が調理場まで聞こえてきて、ドキリと心臓が鳴った。ベルノルトさん、怪我はしてないかな。


「どうやら、とんでもない魔物を討伐したらしいぞ」

「バウム隊長の手柄らしいな」

「ああ、これは褒美が出るんじゃないか?」

「そりゃ出るだろ。伝説級の魔物だぞ? 爵位くらい貰えるかもな」

「それより、貴族から婿入りの申し出が殺到しそうだな」

「たしか辺境伯のところも、お嬢様がいたはずだよ」

「ああ、なんてったって英雄様だ。欲しがる貴族はいくらでもいるだろ」



えっ、ベルノルトさんが貴族のお嬢様と結婚するの……? じゃあもう――


「ほらあんた達、早く食べないと昼休みが終わるんじゃないかい?」

「やべ、喋りすぎた」


騎士達はガツガツと食べ終えると、急いで騎士団の詰め所へ戻って行った。


「リコちゃん、大丈夫かい?」

「え?」

「なんか思い詰めたような顔をしているけど」

「あのっ、私、ひとりで住める部屋を探しているんです。グレタおばさん、どこか心当たりはありませんか?」

「さっきの騎士達の話を気にしてるのかい? そんなの――」

「いえ! 前から考えていたんです。そろそろ自立しなきゃって」


だって、貴族に婿入りなんて大出世だもの。一旗揚げたくて騎士になったと言っていたし、ベルノルトさんに断る理由がない。だけど、私がいつまでも居座っていたらベルノルトさんも言い出しにくいよね。


「隊長さんが、リコちゃんに出ていけなんて言うわけがないだろ?」

「ええ、だからです。ベルノルトさんの足枷(あしかせ)になりたくないから」

「そういう意味じゃなくて……」

「貴族に婿入りするなら、こんな迷い人の世話をしているなんて相手のお嬢様もお嫌でしょう」

「う〜ん、それはないと思うけど……わかった! うちの二階はどうだい? 嫁に行った娘の部屋がそのままなんだよ。ベッドもタンスもあるからさ」

「本当ですか?」

「ああ、いざと言うときは使っていいから、勝手にどこかへ引っ越したり先走るんじゃないよ。いいね?」

「はい! ありがとうございます」


よかった、ひとまず部屋は見つかった。ベルノルトさんが帰ってきたら、今までのお礼をして引っ越そう。ベルノルトさんも婿入りしたらあの家にはもう入れないな。庭のりんごの実を、一緒に収穫するって楽しみにしていたのに……もうそれも叶わない。


いやいや、私のワガママでこんなことを言っちゃ駄目よね。

ベルノルトさんは、家族を欲しがっていたもの。誰よりも幸せになって欲しい――





その二日後、第五隊は王都へ帰還した。……と言っても、すぐには帰れないらしい。騎士団での報告や、国王陛下への謁見(えっけん)など忙しいみたい。『二日後に帰宅する』と、ベルノルトさんからの短い手紙が届けられた。


街では、第五隊の話題で持ちきりだった。物凄く大きな魔物をベルノルトさんの機転で討伐できたこと。国王陛下から褒美を授けられるとともに、祝賀パレードがあるらしいということ。伝説級の魔物を討伐した英雄に相応しい、貴族のお嬢様を伴侶にするらしいということ……


やっぱりあの騎士さん達の話は本当だったんだ。



◇◇◇◇


「ベルノルト・バウム第五隊長、面を上げよ」

「ハッ!」


ここは王宮内にある謁見の間。王立騎士団に所属していようと、王族に謁見することなど近衛騎士でもない限り滅多にない。ベルノルトもブレンターノ国王陛下に謁見するのは、第五隊長に任命された時以来である。

(ひざまず)いたままベルノルトが顔を上げると、国王陛下が声を掛けた。


「辺境での討伐、ご苦労であった。それが例の魔物から出てきたという、剣と魔石か」

「はい、こちらです」


ベルノルトは立ち上がると、陛下の側仕えの者に剣と魔石を渡す。側仕えは陛下の御前にそれらを運んだ。


「これほど大きな魔石は見たことがない。余程大きな魔物だったのだな」

「はい、見たことがないほど大きなシュランゲにございました。他の魔物を丸呑みしていたようなので、魔石も大きくなったのかもしれません」


この魔物から出た剣や卵の殻などは、今後のために専門機関で調査されると決まっている。


「そうか。討伐はそなたの機転で上手くいったと聞いておる」

「いえ、私の考えではないのです。ある迷い人の女性が教えてくれました」

「なに、迷い人が?」


そこでベルノルトは、リコから聞いた日本の神話を話して聞かせた。


「ほう、面白いな。異世界の神話が我が国でも役に立ったとはな」

「はい、今回の討伐は第五隊だけの手柄ではありません。辺境騎士団と彼女のおかげでもあります」

「そのようだな。辺境騎士団へも後ほど褒美を取らす。して、そなたの褒美はなにがいいか。まだ伴侶はいないのであったな。英雄であれば、どこか貴族の娘でも(めと)らすことはできるぞ?」

「陛下、その必要はございません。私には心に決めた人がおります」

「なに、まことか? では別の褒美がよいな」

「そのことでお願いがございます」

「なんだ、言ってみよ」


ベルノルトはある願い事を国王陛下に話した。


「なんだ、そのような事でよいのか? 欲がないな」

「私にとっては一番の望みであります」

「相手は了承しておるのか?」

「うっ、いえ、それがまだ……」

「ハッハッハ! どんな魔物も恐れず突進していく英雄が、たったひとりの女性に弱いとはな。いったい、どのような女傑なんだ?」

「女傑など……私にとっては、異世界から現れた小さくてかわいらしい唯一の女性です」

「ククッ、顔が真っ赤ではないか。わかった、そなた達が上手くいったらその望みを叶えよう。シュランゲ以外にも、多くの魔物を討伐した第五隊には別に褒美を取らす」

「ハッ、光栄にございます」

「祝賀パレード、楽しみにしておるぞ」


国王陛下はいかにも愉快そうに笑いながら、謁見の間から去っていった。



◇◇◇◇


「リコ、ただいま!」

「えっ、ベルノルトさん? 帰るのは明日って」

「早く帰りたくて全部片付けてきた」

「お、おかえりなさい」

「はあ、リコ……ただいま」


約二週間ぶりに帰ってきたベルノルトさんは、リビングに入ってきた途端私をギュッと抱きしめた。あの、苦しい……しかも肩の辺りで鼻をスンスンしている気がする。

トントンと背中をタップすると、やっと腕を緩めてくれた。


「お怪我はありませんか?」

「ああ、大丈夫だ。早くリコに会いたかった。リコの料理も恋しかった」


そんなに? よっぽど日本の洋食が気に入ったんだなぁ。


「夕食は何か食べましたか?」

「いや、早く帰りたかったからまだなんだ」

「じゃあ簡単な物でよければ、作りましょうか?」

「いいのか? リコの料理ならなんでも美味しいから任せるよ」


何があったかな。私の夕食は余り物で済ませちゃったし。冷蔵庫をのぞくと、キャベツと豚肉が残っていた。あ、この間買ったソースであれにしよう。


キャベツをたっぷり千切りにする。卵を溶いて小麦粉を入れ、コンソメスープで溶く。本当は出汁とか鰹節とかあればいいんだけど、まあ無いから仕方がない。小麦粉の生地にキャベツを混ぜて、熱したフライパンに入れた。フライパンの大きさに広げて、上に豚肉の薄切りを載せる。そろそろいいかな? 焼き目がついたらひっくり返す。


この間ベルノルトさんと買ったウスターソースっぽいゾーセは、思ったよりスパイシー過ぎたから、トマトピューレと砂糖を加えて少し甘めでとろみのあるソースにアレンジした。食堂でも揚げ物に合うって好評なのよ。

焼けた物をお皿に載せて、ソースとマヨネーズを掛けて出来上がり。


「ベルノルトさん、どうぞ」

「これは何だろう。またリコの国の料理か?」

「はい、お好み焼きっていう料理です。お口に合うといいんですが」

「とてもいい匂いだ」


ベルノルトさんは、ナイフとフォークでお好み焼きを切って口に入れた。ふふっ、お好み焼きなのに変な感じね。


「うん、美味いな! これはあのゾーセか?」

「トマトピューレを加えて甘くしましたけど、元はゾーセです」

「食べたことがない味だが、凄く美味い。パンケーキよりもボリュームがあっていいな」

「それはよかったです。今度食堂でも作ってみようかな」

「む、また客が増えてしまうじゃないか」

「それはいいことでは?」

「俺の分が無くなる」

「ふふっ、大丈夫ですよ」


私が引っ越しても、食べに来てくれるのかな……貴族に婿入りしたら、庶民の食堂なんて来られないよね。


「明日は祝賀パレードがあるから、準備で朝は早いんだ。リコも観に来てくれるか?」

「はい、ベルノルトさんのお祝いですもの」

「それと、次の日は休みなんだ。またあの桜の木まで行かないか」

「えっ、馬で行ったあの花畑の?」

「ああ、そろそろさくらんぼの季節だからな」

「そうか、あの木はさくらんぼが生るんだった。でもベルノルトさんはお忙しいんじゃ――」

「二週間休みなしだったからな。全部片付けてもぎ取ってきた。だめか?」


本当は引っ越しのために片付けをしようと思っていたけれど、そんな悲しそうな目をされたら言い出しにくい。それにふたりで遠出するのも最後かもしれないし。ベルノルトさんとの最後の思い出に、出掛けても許してもらえるかな……


「わかりました。楽しみにしていますね」

「ああ、俺も楽しみだ」


ベルノルトさんはふわりと笑った。


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