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いきなり異世界に飛ばされましたが、私は幸せです~奥手なクマ系騎士隊長の無自覚溺愛生活〜  作者: 麻咲 塔子


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19 辺境の魔物

ベルノルト率いる王立騎士団第五隊は、間もなく辺境へと差し掛かろうとしていた。王都を出て三日目。道中は野営をし、危険な夜以外は休憩を入れつつずっと馬で走り通していた。


「砦が見えてきたぞ!」


先頭を走る騎士の声が聞こえる。他の騎士達も前を見ると、国境と魔物避けを兼ねた石造りの高い城壁が見えてきた。ここは辺境伯の領地なので、守りを固めるのも辺境騎士団だ。砦の向こう側は隣国となっており、整備された街道から外れると険しい山となっている。


隣国とは友好関係にあるので、もう何十年も戦争は起きていない。しかし、国境だけあって密輸をしようとするならず者などは後を絶たず、取り締まらなければならない。砦の周りにある森に魔物も出るので、辺境騎士団と言えば屈強な男達が集まっていることで有名だ。


その辺境騎士団から王立騎士団へ応援要請ということは、よっぽど魔物に手こずっているのだろう。第五隊の面々は先を急いだ。



◇◇◇◇


「バウム隊長、よく来てくれた! 数十年ぶりの魔物に手を焼いていたんだ。おまけに森にいる他の魔物まで騒がしい。大物の出現に逃げ出しているのかもしれないな」


辺境騎士団の団長が第五隊を出迎えた。こちらの団長も屈強な男達をまとめ上げるだけあって、ベルノルトに負けず劣らずワイルドで(たくま)しい。

着いたばかりだがゆっくり休む間もなく、ベルノルトは打ち合わせに入った。過去に何度か応援に来たことがあるので、団長とベルノルトは顔見知りである。


「それで、大型のシュランゲが出たと聞いているが」

「ああ、あんなに大きな蛇は見たことがない。体長十五メートルはあったな」

「そんなに……」

「他の魔物を丸呑みするようで、腹が膨れていた。あれが人襲ったら大変なことになるぞ」

「街の方は大丈夫なのか?」

「今のところはな。だが、森から少し離れた畑で作業をしていた農夫が、別の魔物に遭遇している。そんな所まで魔物が出ることなんて滅多にないのに」

「では、森の外に出てきた魔物も討伐した方がいいな」

「ああ、第五隊に頼んでいいか?」

「わかった。森の中はそちらの方が詳しいだろうから、森の外はうちがやろう」

「助かる」


方針が決まると、辺境騎士団と第五隊は連れ立って森へと向かった。


「俺達は森を探索してみる。森の周りに逃げ出した魔物を頼む」

「わかった。任せておけ」


騎士団長が合図をすると、辺境騎士団の騎士たちが後に続き森へと入って行った。


「俺達は二手に別れよう。イリス、隊の半分を連れて畑の方角へ行ってくれ」

「わかりました。行くぞ」

「ハッ!」


信頼のおける部下に指揮を任せ、ベルノルトは森の入口付近で残りの半分の騎士達と獲物を待ち構えた。


しばらくすると、ピーっという合図の笛が鳴った。どこかで魔物が出た合図だ。そう時間は掛からず遠くの方で獣の断末魔の叫びが聞こえ、ワーッという人の声が上がった。


「イリス達の組か」

「どうやら片が付いたみたいっすね」


ラルフは声が上がった方角を見ながら、呑気に言った。イリスは剣の腕も確かだが、実は弓の名手でもあった。遠くの魔物や空を飛ぶ鳥型の魔物まで、接近する前に矢で射ることができる。それが女性騎士で唯一第五隊に所属している所以(ゆえん)だ。



またもピーという高い音が鳴った。今度は森の中、しかもベルノルト達から近いところのようだ。ドスドスという大きな足音が聞こえてくる。


「こちらへ来るぞ、油断するな!」


ベルノルトの声に、皆が剣を構えた。ガサガサと茂みの中から飛び出してきたのは、猪型の魔物エーバーだった。猪と言っても、そこは魔物。牛ほどの大きさであった。

正面から当たれば、人の方が圧倒的に不利。跳ね飛ばされないようベルノルトはサッと横にかわすと、一気にエーバーの脇腹を斬りつけた。反対側から別の騎士も攻撃をしている。ピギーー! と断末魔を上げてエーバーだった物が煙を出しながら消えていった。そこに残された魔石は他の隊員が回収していく。


「隊長、やりましたね」

「森の中から合図の笛を鳴らしてくれたおかげだ。すべての魔物に合図があるとは限らん。気を付けていけ」

「「「ハッ!」」」


ベルノルト率いる第五隊は、森から逃げ出した魔物を狩って狩って狩りまくった。一度にこんな数の魔物に遭遇することも稀だが、どこから飛び出してこようと斬り伏せられるのは、日頃の訓練の賜物と言えよう。




「バウム隊長、そろそろ暗くなる。夜の森は更に危険だ、今日はここまでにしよう」


森から出てきた辺境騎士団の隊長が、森の入口付近で張っていたベルノルト達を促した。イリス達の組にも声を掛け、揃って辺境騎士団本部まで戻っていった。



団長執務室へ入ると、団長とベルノルトはお互いに首尾を確認する。


「シュランゲは見つかったのか?」

「どうやら、森の奥の洞窟に籠もっているようだ。しかもあいつは火を吹けるらしい。時折洞窟から火が吹き出していた」

「なんだと? それは厄介だな」

「ああ、あの火に恐れをなした他の魔物達が、森の外へ逃げ出しているようだ」

「獣の本能で分かるのだろう、あれが自分より強い者だと。森の外にもかなりの数の魔物が出てきたぞ。あの調子だと、人里まで行くのは時間の問題だな」

「やはりそうか……」

「明日は俺も一緒に森へ入ってもいいか? 状況を見たい」

「ああ、頼むよ。このままじゃ打つ手なしだ」


ふたりは明日の予定を打ち合わせ、解散となった。



◇◇◇◇


第五隊は滞在中、辺境騎士団の宿舎で寝泊まりすることになっている。先に食堂へ行っていたイリス達にベルノルトは合流した。


「隊長、お疲れ様です」

「ああ、お前達も。今日はどうだった?」


食事をしながら、別の場所で討伐に当たっていたイリスに尋ねる。


「かなりの数の魔物が逃げ出して来ましたね。大きいのも小さいのも」

「そうか、やはりな。明日は俺も森に入る。お前達は今日と同じで、森の外を頼む」

「わかりました。思ったより時間がかかりそうですね」

「ああ、どうやら火を吹くシュランゲらしい」

「はあ? そんなやつ聞いたことないっすよ!」

「明日はお前も俺についてこい」

「うへぇ……」


普段はチャラい男ラルフであるが、剣の腕は確かなのである。危険な相手だからこそ、ベルノルトも連れて行く部下にラルフを選んだ。


「これも経験よ。気を付けて行ってきなさい」

「へーい」


イリスに鼓舞されても、緊張感のないいつもの調子だ。ガチガチに緊張して足が動かなくなるより、これくらい図太い方が良いこともあるのだ。


「ハァ……」

「隊長、どうしたんですか? 元気がないですね」

「……リコの料理が食いたい」

「ん?」

「もう三日も食ってないんだぞ? 元気なんか出るわけないだろう!」


ベルノルトはヤケクソのように料理を流し込んでいた。


「まあ、リコさんの料理に比べたら騎士団の料理は大雑把っすもんね」

「リコ……もう三日も顔を見てない。ひとりで大丈夫だろうか」

「彼女は大人の女性ですよ。大丈夫に決まっているでしょう」

「どちらかと言うと、大丈夫じゃないのは隊長っすね」

「リコにヨシヨシしてもらいたい……」

「あんた、リコさんに何やらせてんだ」


すかさずイリスが突っ込んだが、ベルノルトはしおしおのクマのまま机に突っ伏した。そんなベルノルトを見て、恋とはこれほどに人を変えてしまうのかと他の隊員達も驚きを隠せなかった。


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