18 昼休みのお説教
昼休みの鐘が鳴ると、騎士団第五隊長の執務室にノックが響いた。書類を持ったまま少しぼんやりしていたベルノルトは、慌てて返事をする。
「どうぞ」
「失礼します」「失礼するっす」
「なんだ、お前達か。また昼食を食いに来たのか」
「ええ、それも半分。もう半分はお説教に来ました」
「説教? 何かしたか?」
ベルノルトは顔にハテナマークを浮かべながら、応接セットのソファにふたりを促した。自身もリコの弁当を抱えて腰掛ける。
「むしろ何もしていないのが問題といいますか」
「なんだ、はっきり言え」
「リコさんが、一人暮らしの部屋を探していますよ」
「ブッ、はあ!? まだそんなことを考えていたのか?」
「この間、リコさんに気持ちを伝えるように言ったっすよね? あれはどうしたんすか?」
「いやまぁ、その、」
「ちゃんと単刀直入に言いましたか?」
「遠回しには言ってる。それより、なんでリコが一人暮らしなんだ! もう出ていく気はなくなったと思っていたのに」
ハァ……と、部下のふたりはため息をついた。
「ちゃんと言わないと拗れるって言ったでしょう!」
「うぅっ」
「いいですか? リコさんは、隊長が家族を持つのに自分は邪魔だと思っているんです」
「家族になりたい相手なんて、リコしかいない!」
「なんでそれを本人に言わないんですか!」
「言ったぞ! あの家で家族が増えたらいいなって」
身を乗り出し、フーフーと興奮したように言うベルノルト。
「それ、『誰と』って言いましたか?」
「い、いや……」
「あ〜あ、やっぱり言ってないんすね」
「だが、俺に『いいお父さんになりそうだ』って言ってくれたぞ」
「ただの客観的な意見じゃないっすか。ふたりの子供とか言ってたんすか?」
「言ってない……」
またしおしおのクマの出来上がりだ。
「だいたい、告白もされていない相手と家族を作る話になんてなりませんよ」
「じゃあどういうことだ?」
「『隊長と別の女性が家族になる』って思われていますよ」
「嘘だろ……てっきりリコも、俺と家族になりたいと思ってくれているのかと」
「リコさんは隊長が家族を望んでいるならと、邪魔にならないよう一人暮らしの部屋を探すつもりなんです」
「どこをどうやったらそうなる? 他の女の影なんかないだろう!?」
「そんなの、リコさんにわかるわけがないでしょう。それに彼女は異様に自己評価が低いんです。隊長から女性として好かれているなんて、これっぽっちも思っていないんですよ」
ベルノルトはうう〜と唸り頭を抱えた。
「この間も、迷子にならないかと子供扱いしませんでした?」
「は?」
「じゃあ、手を繋ごうとしてソワソワしました?」
「……した」
「それも、迷子の心配をされたと思っていますよ」
「むしろ下心いっぱいだったのに!」
「むっつりめ」「むっつりっす」
部下達はジト目で上司を見る。
「リコさん、向こうにいた時もあまり恋愛経験がなさそうですよ。だから、自分はモテないと思い込んでいる節がありますね」
「あんなにかわいいのに、もったいないっすね」
「モテないんじゃなくて、どちらかと言うと好かれているのに気付かなくて、相手が脈ナシと諦めたパターンが多そうなのよね」
「ああ、鈍感っぽいっすもんね」
「だからなんだ! 恋愛経験なんて多けりゃいいってもんでもないだろう」
「「あ〜」」
イリスとラルフは目を合わせてハモった。
「そうなんですけど、隊長も恋愛初心者でしょう? だからお互い空回りしてるというか」
「そっすねー。ちゃんと告白しないから上手くいかないんすよ」
「ぐぅ」
ベルノルトはもう言い返す言葉もなく、うなだれてしまった。
「早く誤解を解かないと、今度こそ出て行かれますよ」
「そんなの嫌だ!」
「駄々を捏ねても仕方ないでしょう。なんでいてほしいのか、ちゃんと言わないと」
「また遠回しは駄目っすよ。好きだから一緒にいたいって言わないと伝わらないっす」
「彼女、鈍感だからまた変な誤解をしますよ」
「なんなら、プロポーズするくらいでちょうどいいかもしれないっすね」
「プ、プロポーズって、そんないきなり――」
「それくらい本気なんだってわかってもらわないと! 結婚相手として見ているって伝われば、誤解のしようがないじゃないですか」
「たしかにそうだな」
ベルノルトは顎に手を当てると、ジョリジョリとひげを撫でた。
「早い方がいいですよ。リコさん、グレタおばさんにも借りられる部屋を知らないか聞くって言っていましたから」
「なに!? どうしよう」
「今日帰ったらすぐにでも言うっす!」
「そ、そうだな。よし、プロポーズプロポーズ……花でも贈った方がいいか?」
「そうですね。たまにはいい事言うじゃないですかー」
その時、慌ただしいノックと共に第五隊の騎士が入ってきた。
「隊長! 大変です!」
「どうした!」
先程までとは打って変わって、ベルノルトは騎士の顔になり立ち上がった。
「北の辺境騎士団から緊急連絡が入りまして、辺境の森に大型の魔物が出たそうです」
「なんだと? それで、あちらはなんと」
「第五隊に応援要請が入りました! 大至急来てほしいと」
「わかった! すぐに他の奴らにも準備をするよう知らせろ」
「はいっ!」
騎士が走り去ると、イリスとラルフもすぐに立ち上がった。
「北の砦までは馬でも三日掛かります。急がなくては」
「ああ、お前達も準備を」
「「ハッ!」」
こうして副隊長と一部隊員を残し、一時間後には第五隊のほとんどの隊員が騎士団の門前に馬で集まった。そこには王立騎士団のドレッセル団長も見送りに出ていた。
「バウム、あの後また辺境騎士団から団用魔石通信で連絡があってな。大型の魔物とはシュランゲだそうだ」
「なに、大蛇ってことですか?」
「ああ、そんな魔物はここ数十年出てきていない。十分注意してかかれ」
「はっ!」
ベルノルト率いる第五隊は、家族に連絡をする間もなく出発する事となった。
王都の街中を馬に乗った第五隊が走り抜ける。王都周辺の守りのために残した十数名を除いても、約四十名ほどの騎馬隊だ。馬の大群が駆ける音に、何事かと王都の人達も家の窓や店から顔をのぞかせた。
「おい、ありゃ第五隊だな」
「クマの隊長がいらしたぞ。王都の外に魔物が出たのか」
大通りに買い物に出ていたリコにも、馬の駆ける音が聞こえた。
「えっ、なんなの?」
振り返ると、騎馬の騎士達がこちらに向かって近づいているのが見える。
「リコ! 遠征に行ってくるぞーー」
「ベルノルトさん!?」
「一週間はかかるわーー」
「心配いらないっすーー」
「イリスさんにラルフさんも。皆さん気を付けて!」
リコの声が届いたのかわからないが、そのまま馬は止まることもなく走り抜けて行った。




