15 昼休みの尋問
「隊長、ちょっとお話したいことが」
昼休みの第五隊長執務室、騎士のイリスとラルフが手に昼食の紙袋を下げて訪ねてきた。
「なんだ、お前達も昼食か。俺もまだなんだ、そこに座れ」
「ありがとうございます」「あざっす」
ベルノルトは読みかけの書類から目線を外し、執務机の前にある応接セットへ部下のふたりを誘った。手にはリコが作った弁当を持っている。
「それで、話とはなんだ?」
「リコさんの事です」
「ブッ、ゲホッ」
「隊長、お茶っす」
ラルフにお茶をもらったベルノルトは、一口飲みフーッと息をついた。
「隊長、だいぶ思いが溢れ出ているようですね」
「な、なにを」
「ずいぶんと溺愛しているそうじゃないですか」
「溺愛ってなんすか?」
「リコさんを甘やかしまくってるらしいわ」
「なぜイリスがそんなことを――」
ベルノルトの目がウロウロと泳ぎまくっている。
「あら、リコさんから相談されたんですよ。私達はお友達ですからね」
「リコが? なんと言っていたんだ!」
「隊長から、子供かペットのように扱われているのが寂しいと」
「子供かペットだと? なぜそうなった! 俺はあれほど愛情表現をしているというのに!」
「あーうん、そうじゃないかと思いました」
イリスは呆れたような顔でベルノルトを見た。
「隊長は愛情表現のつもりでも、ぜんっぜん伝わっていないんですよね」
「嘘だろ……」
「風呂上がりのドライヤーにお姫様抱っこで部屋移動、あとは膝に抱っこで食べ物を口に入れるんでしたっけ?」
「うわ、デロ甘っすね」
「それの何が駄目なんだ?」
「リコさんは、大人の女性扱いをされていないと感じているみたいですよ。文化の違いもあるかもしれませんが、たしかに隊長のはただの甘やかしです。膝に乗せて給餌はやり過ぎ」
「リコの小さな口に食べ物を入れると、一生懸命モグモグと食べるんだ。それがかわいくて、かわいくて」
「いくらかわいくても、普通は大人にそんな事はしないでしょう? リコさんは大人の女性として接してもらいたいんですよ」
ベルノルトはガクリと肩を落とした。
「一番の楽しみだったのに……ハッ、この間膝に乗せようとして拒否られたのって、まさか!」
「それですよ」
「そういや、りんごの花のグレタおばさんが言ってたんすけど、リコさんは隊長が優しくしてくれるのは、騎士の仕事だからと思っているらしいっす」
「違う! なんでそうなるんだ!」
ベルノルトは頭をガシガシと掻きむしった。
「何かそれっぽい事を言った覚えはありませんか?」
「そんな事を言うわけが……いや、言ったな」
「いつですか?」
「たぶん、引き取った日。リコがやけに申し訳無さそうにするから『騎士の仕事の内だから気にするな』と」
「「それだ」」
ベルノルトはまた、しおしおのクマになってしまった。
「最初はそうだったけれど、今はリコが好きだから優しくしたくなるんだ」
「それをそのまま言えばいいんすよ」
「そ、そんな、リコに好きだなんて……言えないから態度で示してるんだ!」
「ヘタレめ」「ヘタレっすね」
「もし、リコに拒否されたらどうする? リコが居なくなったら俺はもう生きていけない……」
「大げさですね、大丈夫ですって。むしろ言わないともっと拗れますよ?」
「態度でわかれなんて、無理っすよ。特にリコさんは異世界から来た人なんすから」
「でも、でも」
「ヘタレクマめ」「クマのくせにヘタレっす」
喋りながらも食事を終えたラルフが、サンドイッチの包み紙を丸めながらベルノルトに聞く。
「隊長は子供みたいに甘やかしてるけど、もっとこう恋人らしい事はしたくならないんすか?」
「恋人らしい事ってなんだ?」
「だから〜、相手に触れたいとかキスしたいとか〜」
「ふぐっ、」
「リコさんの同意なしにいやらしい事をしたら、私が捕まえますからね」
イリスはジロリとベルノルトを睨んだ。ここは騎士団である。第五隊は魔物討伐が専門とはいえ、歴とした騎士なので犯罪者の逮捕もできるのだ。
「なんで目が泳いでいるんですか? ラルフ、容疑者確保!」
「えっ、隊長を?」
「不届き者は叩っ斬る!」
チャキっと剣を鞘から出そうとするイリスを、ラルフが必死に止める。
「このヘタレが手を出すなんて、できるわけ無いじゃないっすか!」
「じゃあなんで動揺してるのよ」
「さあ、吐くっす」
「お前はどっちの味方なんだ」
落ち着きを取り戻したベルノルトは、ひとつため息をついて話し出した。
「その、この前リコが酔っぱらった時に、額へ軽く口づけただけだ」
「おいこら! 花祭りの時か!」
「まあまあ、今どき子供でもそれくらいはするっす。隊長にしては頑張ったんじゃないっすか?」
「相手は酔っぱらっているけどね」
「リコが……俺の制服姿を格好いいだなんて、かわいい事を言うからつい」
「あら、リコさんがそんな事を?」
「ああ、この裾が長いところがいいんだと。似合っていると褒めてくれたんだ」
「ふむ、まあリコさんが好意的なら……」
イリスもおでこにチューの件は見逃すことにしたようだ。だがそう簡単に尋問は終わらない。
「まだあるならチャッチャと全部吐きなさい」
「えっ、まだあるんすか?」
「あの動揺はただ事じゃないわ。ほら、言ってみなさい」
「あー、これは人命救助だ。それは先に言っておく」
「グダグダ言い訳をしない! 早く言いなさい」
「ハイ! リコが熱を出した時、口移しで薬と水を飲ませました!」
「なにぃー?」
「どうどう、イリスさん落ち着くっす」
イリスの尋問に、素直に答えるベルノルト。もうどちらが上司かわからない。
「リコは熱のせいで、もう自分でグラスを持つことすらできなかったんだ。あれは仕方がなかった! ちゃんと飲ませる前に謝ったんだぞ」
「本当にそれだけか」
「すみません! 薬を飲ませた後にもう一回口移しで水を飲ませました!」
「二回目は、ちょっと下心があったんすね」
「……脱水症状になったらいけないからな」
ベルノルトはもっともらしいことを言いながらも、そっぽを向いている。
「他は?」
「寒いと震えていたから、朝まで抱きしめて眠りました!」
「このむっつりスケベクマめ!」「紛れもなくむっつりっす」
「くぅ、かわいかった」
「変なことはしていないでしょうね?」
「剣に誓って! それ以上なにもしていない!」
ジトリと目を細めるイリスに、ベルノルトは拳をドンと胸に当てると、騎士の誓いをしてみせた。
「いいでしょう、今回は信じます。そもそも隊長は順番がおかしいんですよ」
「そうそう、先に思いが通じ合っていれば、口移しくらいしても許されるんすよ」
「気持ちを伝えていないから、リコさんも混乱するんです。騎士の仕事で世話をしているに過ぎないのに、なんでこんなに甘やかすんだろう……ってね」
「まずは気持ちを伝える所からっすね」
一番難しいことをやれと言われたベルノルトは、またもしおしおのクマになっていた。




