13 突然の発熱
それから数日は、何事もなかったかのように普通の日々が過ぎた。
「リコちゃん、あんた体調が悪いんじゃないのかい? 顔が赤いよ」
「ん〜大した事はないんですけど、ちょっとフラフラします」
食堂りんごの花の仕込みを手伝っていたら、グレタおばさんから心配そうに声を掛けられた。おばさんは私のおでこに手を当てる。
「ほら、ちょっと熱があるよ。今日はもういいから、帰って休みなさいな」
「リコちゃん、無理しちゃいけないよ。また元気な時に手伝ってくれ」
ヨハンおじさんからも言われてしまった。そこまでつらくもないんだけど、心配されているから素直に聞いておこう。
「すみません、じゃあお言葉に甘えて今日は帰らせてもらいます」
おばさんは、賄い用のスープまで持たせてくれた。ありがたい。
すぐ近所の家に帰ると、スープのお鍋をキッチンに置き、二階の自室でベッドに潜り込んだ。
◇◇◇◇
「――コ、リコ」
あれ、もう夕方……? 少し薄暗くなっている。
「んっ、洗濯物を取り込まないと」
「俺が入れておいた。珍しいな、こんな時間に寝ているなんて」
「おかえりなさいベルノルトさん。ちょっとフラフラするから横になっていたんです」
「なに!? 大丈夫か?」
ベルノルトさんは、私の前髪を上げると自分のおでこを当てた。ち、近い……深い青の瞳が間近にあって落ち着かない。
「少し熱があるな。医者を呼んでくる」
「いえ、大した事ありませんから。寝たら治ります」
「だが――」
「ちょっと疲れが出ただけですよ。ごめんなさい、夕食もまだ作っていないんです」
「そんな事は気にするな。リコは何か食べられそうか?」
そういえば、お昼も食べていなかったわ。
「あの、キッチンにグレタおばさんのスープがあるんです」
「わかった、温めて持ってくるから待っててくれ!」
そう言うと、慌てたように下へ降りて行った。ゆっくりでいいですよ〜。なんかまだフワフワしている。午前中より熱が上がっているのかもしれない。
「リコ!」
ぼんやり考えていると、扉を開けてベルノルトさんが入ってきた。手にはスープ皿が載ったお盆を持っている。あぁ、いい匂いがする。トマトスープかな。
「美味しそうな匂い」
「食べられそうか?」
ベルノルトさんは私の背中にクッションを当て、膝にお盆を置きスプーンを持たせてくれた。
「熱いからな。気を付けて」
「はい、いただきます」
フーフーと冷ましてから口に入れた。美味しい……だけど次の手がなかなか動かない。
「リコ、俺が食べさせる」
そう言うと、ベルノルトさんはノシッとベッドに上がった。ふぇ? なぜかバックハグをされているわ。
「ほら、俺にもたれていいから。あーんして」
「あー」
素直に甘えさせてもらった。本当にだるかったから、恥ずかしいとかいう感情もどこかへ行ってしまったみたい。ベルノルトさんは、スープをフーフーしてから私の口に運んでくれる。それを何度が繰り返すと、スープ皿は空になった。
「美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ゆっくり休んで。後でまた様子を見に来るな」
「ありがとう……」
お腹が満たされた私は、また眠りに落ちていった……
◇◇◇◇
――ん、なんか寒気がする。汗をかいたのかな。そんなことを考えていると、カチャと扉が開く音がした。
「リコ、寝てるか」
「あの、ベルノルトさん、ちょっと寒いです」
「それはいかん。汗をかいたか」
ベルノルトさんがタオルで首の汗を拭ってくれる。
「すまん、服を脱がせていいか? 汗で濡れているから、寝間着に着替えよう」
「はい……」
上半身を抱え起こされる。ワンピースのボタンを外されると、子供のようにバンザイをして脱がされた。
「んんっ、なるべく見ないようにするから、汗を拭くぞ」
ベルノルトさんは、前から抱きしめるような格好で背中の汗を拭いてくれた。気持ちいい……
頭からズボッとワンピース型の寝間着を被せられ、ボタンも留めてくれた。ハァハァさっきよりつらい。
「リコ、常備していた解熱剤だ。飲んでくれ」
お水……手が震えてグラスを上手く掴めない。
「リコ、すまない。薬を飲ませたいだけだから」
「んむ、ゴクン」
何かが唇に触れ、口の中に薬と水が入ってきた。あれぇ?
「もう少し水を」
また水が口に入ってくる。なんでこんなにベルノルトさんの顔が近いの……
「リコ、まだ寒いか?」
「寒い……」
ふわりと何かに包まれた気がした。暖かくて安心する……
◇◇◇◇
「ん……」
視界が暗い。まだ夜なのかな……あれ? 身動きが取れないんだけど? まるで拘束されているかのような――
「起きたのか」
「んぐっ」
頭の上からベルノルトさんの声がした。そっと上を向くと、きれいな深い青の瞳が見える。
「えっ、ベルノルトさん?」
「熱は下がっているようだな」
ベルノルトさんは私の前髪を上げると、おでこを当てて体温の確認をする。至近距離で目が合った。もう片方の腕は私の腰をガッチリとホールドしたままだ。
「あの、なんでベルノルトさんが私のベッドに?」
「覚えてないのか?」
「ええと、スープを飲ませてくれたところは覚えてますけど」
「熱でものすごく汗をかいていたんだ。服は着替えさせたが、まだ寒いと言っていたからな。この部屋には暖炉もないし、俺が温めた」
「ひぇっ」
温めたって何!? 服を着替えさせたって、たしかに寝間着になっているけど……
「み、見ました?」
「なるべく見ないようにした」
てことは、ちょっとは見たんじゃないの! スポーツブラ的なやつは着けたままだけど、この貧相なAカップがバレちゃった! そうでなくても大人扱いされていないのに、こんなのを見られたらますます子供だと思われちゃう……
「リコ?」
「やだ、恥ずかしいぃ」
顔を両手で隠して、イモ虫みたいに丸くなった。もう見ないでー!
「えっ、なんで恥ずかしいんだ? 病人なんだから気にすることはない」
「そうじゃなくてぇー」
なんでキョトンとしてるのよ! そうか、何とも思われていないんだ。そうだよね、こんなつるペタの体なんか見ても……ハハハ。
「リコ、いい匂いがする」
「ひぃ〜」
ちょっ、なんでクンクン嗅いでるのよ! こんな貧相な体をいつまで抱きしめてるの?
「私っ、お風呂に入ってない!」
「昨日、俺が汗を拭いたから大丈夫だよ」
「ひぃ〜」
汗まで拭かれてたの? 嘘だと言ってーー!
「リコ、熱が下がってよかった」
ベルノルトさんは私の顔を見てふわりと笑った。私、まだお礼を言ってなかった。
「あの、看病してくれてありがとうございました」
「うん」
「えっと、もう大丈夫ですよ」
「うん」
「そろそろ離してもらえると……」
「やだ、心配だから今日は俺が全部世話をする」
「ひぃ〜」
むくりと起き上がったベルノルトさんは、私をお姫様抱っこすると一階にあるお風呂場まで連れて行ってくれた。お風呂の世話もすると言うベルノルトさんを丁重にお断りし、洗面所から追い出す。
シャワーを浴びた後は、ベルノルトさんからドライヤーを取り上げられ、髪を乾かされた。
なんだこれ? 子供かペットが世話をされているみたいだな?
「昨日、お惣菜も買ってきたんだ」
そう言うと、いそいそと皿に盛り付けパンを切り、テーブルにセットした。なぜか片側に二人分寄せて置かれている。
「リコ、どこに行くんだ?」
「向かい側に座ろうと思って……」
「俺がこちら側で食べさせるから問題ない」
ひょいと私を抱っこすると、膝に横向きで乗せられた。
「えっ、な、なに?」
「ほら、あーんして」
「むぐっ」
なぜかベルノルトさんの膝の上で、朝食を食べさせられています。私の背中に腕を回し、器用にテーブルでナイフとフォークを使っている。私がモグモグしてる間に、自分のお皿の分を口に入れて同時に食事をしている。
なんだこれ?
「これから食事はこのスタイルにしようかな……」
「ひぃ〜勘弁してください」
この日は、どこへ行くにもベルノルトさんのお姫様抱っこで移動した。トイレくらい歩いて行けるってば! 別の意味で熱が出そうになった。
「リコ、顔が赤いぞ。また熱が――」
「大丈夫ですっ!」




