12 りんごの花祭り(2)
しばらく花を見ながら歩くと、食べ物の屋台がある一角に着いた。この辺りは人も多く、ずいぶん賑わっているみたい。
「リコ、お腹は減ってないか? なにか食べようか」
「そうですね、お昼は軽めにしたから」
「どうした、食欲が無いのか?」
あ、なんか心配させちゃった。眉を下げしおしおのクマになっている。
「違いますよー。夜の食べ歩きが楽しみで、あれこれ食べられるように昼食は軽めにしたんです」
「なんだ、そういうことか。だったら、色々買って半分こしよう」
「はい!」
しおれていたベルノルトさんの顔が、パアッと明るくなった。
「お勧めはなんですか?」
「うーん、基本的に肉が多いな」
「あー、やっぱり。家までお肉のいい匂いがしていました」
「フッ、そうか。じゃあ、あのソーセージはどうだ?」
「はい! 食べたいです」
ベルノルトさんはソーセージの屋台に行くと、一人前を注文してくれた。すると、一口サイズに切られたソーセージとフライドポテトが盛られ、ケチャップが掛かった物が出てきた。刺して食べる用の串も付いている。
「リコ、食べてみて」
「いただきます。あれ、カレーっぽい味がする」
「それは、上からスパイスがかかっているんだ。美味いか?」
「はい、とても美味しいです」
ベルノルトさんはふわりと笑うと、私の口元に串に刺したポテトを差し出した。私は遠慮なくパクリと食べた。ふふっ、変なの。ベルノルトさんは自分の口と私の口に交互に入れて、最初の一皿はあっという間に無くなった。
「次は何にする?」
「あれはなんですか?」
私は気になる屋台を指差した。鉄板の上で何か炒めているようね。
「ああ、マッシュルームだな。ニンニクが効いていて美味いぞ」
「じゃあそれ!」
一皿買うとまたも自分では食べさせてもらえず、ベルノルトさんから口に入れてもらった。
「ん、スパイスとニンニクの味が染みてます。美味しい」
「そうか」
「これ、お酒に合いそうですね」
「リコは酒が飲めるのか?」
「ん〜、あまり強くはないですけど、一杯くらいなら……ベルノルトさんは?」
「俺は酔ったことがないな」
「うわぁ、うわばみだ!」
「ウワバミ?」
「うわばみとは大蛇のことですね。日本では、大酒飲みのことを大蛇に例えるんです。古い神話では頭が八つもある悪さをする大蛇に、大好きなお酒をたくさん飲ませて、酔っ払ったところを神様が切り倒すんですよ」
「へえ、面白いな。蛇が酒飲みとは知らなかったよ」
ベルノルトさんはクスクスと笑って話を聞いてくれた。
「ベルノルトさん、家でも飲むところを見たことがないですね」
「そうだな、今度一緒に飲むか?」
「ふふっ、いいですね。今日は飲まないんですか?」
「飲んでもいいぞ。何がいい? ビールかワインか」
「飲みやすい甘めのワインがいいかな」
「わかった、見つけたら飲もうな」
またお店を冷やかしながらブラブラと歩いた。
美味しそうな物を見つけるたびにベルノルトさんが買ってくれて、自動的に私の口へと運ばれた。塊で焼いたお肉を薄切りにし、トロトロに溶けたチーズをかけた物。薄焼きのピザみたいな物や、小さなパンケーキにりんごジャムがかかった物など。
「自分で食べられますよ?」
「リコの手が汚れるから。ほら口を開けて」
「むぐ、おいひいれす」
子供じゃないんだから、甘やかしすぎだよー。丸いパンに挟んであるソーセージは、パンから大幅にはみ出るほど長かった。それを一口だけ味見させてもらうと、残りはベルノルトさんが三口で食べてしまった。さすがはクマ隊長。
甘い香りのする焼き菓子の屋台でケーキやクッキーをお土産に買うと、最後にお酒の屋台を見つけた。私は甘い白ワインをグラスで、ベルノルトさんはビールをジョッキで注文した。
「あっ、騎士服のままお酒を飲んで怒られませんか?」
「ん? 別に大丈夫だよ。毎年、騎士は交代で警備をするからな。交代した後に家族や恋人と待ち合わせて、祭りを楽しむ奴らはいっぱいるよ」
「それなら良かったです」
日本だったら絶対に怒られるやつだもんね。この国は大らかなのかな。
「じゃあ、かんぱーい」
立ち飲みスタイルのテーブルで、グラスワインとビールジョッキで乾杯をする。一口飲んでみると、ほんのり甘くて飲みやすいワインだった。ベルノルトさんは喉が乾いていたのか、一気に半分くらい飲んでしまった。
「あー、美味い!」
「ふふっ、仕事終わりのビールは美味しいですよね?」
「そうだな。リコと一緒ならなんでも美味いよ」
「うぐっ」
やだもう、この人は何を言ってるんだ。照れくさくなって、誤魔化すようにグラスのワインを一気に煽った。
「ちょっ、そんな飲み方をして大丈夫か?」
「へへ、大丈夫大丈夫。だって私大人だもん」
ちょっとフワフワするけどね。お酒を飲んだのは久しぶりだから、楽しいな。
「ふふっ、ふふっ」
「リコ? 酔ったのか?」
「たったのいっぱいですよ? よいませんよぉー」
「いや、酔ってる」
ベルノルトさんが、私の腰を支えるように腕を回した。私の視界が黒い騎士服でいっぱいになる。
「ベルノルトさん、この隊長の騎士服かっこいい」
「は?」
「だって、イリスさん達の制服とはちがうでしょ? 裾がながくてかっこいい」
「うぐっ、そ、そうか」
「すーっごく似合ってます。かっこいいです」
「俺、隊長やってて良かった……」
あれ? ベルノルトさんが片手で顔を覆って上を向いちゃった。どうした?
「バウム隊長、とリコさん?」
「なんだ、イリスか。お疲れさん」
「どうしたんですか?」
「あーイリスさんだ、こんばんは〜」
イリスさんが数人の騎士さんと一緒に現れた。警備中かな? 今日もキリッとして、素敵〜。
「えっと、酔ってます?」
「酔ってるんだ」「酔ってませんよぉ〜」
「あちゃー、完全に酔ってますね」
「一杯しか飲んでないんだがな。まさかこんなに弱いとは」
「ん〜よってないもん」
抗議のつもりで、ベルノルトさんのお腹に頭をグリグリしてやった。腹筋が引き締まってて悔しいぃー! このーマッチョめ!
「リコ、かわいい……」
「なに言ってんですか〜、子供あつかいしたらおこりますよ〜」
「隊長、もう連れて帰った方が――」
「そうだな。リコ、お菓子の袋をしっかり持ってろよ」
「ひゃあ!」
ベルノルトさんがいきなり私を抱っこした。急に視界が高くなって、変な声が出ちゃった。
「わ〜お姫様抱っこなんて兄以外の人から初めてしてもらった〜うふふ」
「隊長、念願の……」
「ああ、念願のだ……」
ネンガン? 何のこと?
「リコさん、気を付けて帰ってね」
「は〜い! イリスさんも頑張ってね〜」
「リコ、危ないから俺の首に掴まれ」
「は〜い」
「あの子凄いな。バウム隊長を怖がるどころか懐いてる」
「ああ、思いっきり甘えてたな。あんな隊長初めて見たよ。デレたクマだ」
騎士さん達の話す声が、ぼんやりと薄れていった。
◇◇◇◇
――リコ、――きだ、かわい――、おれの――
ん、温かくて気持ちいい。誰かが髪を撫でてくれてる……おでこに何か柔らかい物が……ふふっなんかジョリジョリする……
「くすぐったい、ふふっ」
「リコ、起きたのか?」
「ふぇっ?」
目を開けると、至近距離にベルノルトさんの顔があった。あ、瞳の色が深い青色できれいだな。
「きれい」
「え?」
「ベルノルトさんの瞳の色がきれいね」
「リコ!」
ふぐぅ! 苦しい、潰れる――
トントンとベルノルトさんの背中をタップした。
「ぷはぁ! 潰れるかと思った!」
「す、すまん。つい」
「あの、ここは?」
「家だよ。リビングのソファだ」
「えっと、お祭りに行ってませんでした?」
「リコがワインを飲んで酔っ払ったから連れて帰った」
あ〜、そうだった。一気飲みしちゃ駄目ってことね。反省。
「ベルノルトさん、ごめんなさい」
「謝らなくていい。酔っ払ったリコもかわいかった」
「ひぇ」
なに言ってるの!? そしてこの体勢はなに?
「あああの、私、なんで膝の上に抱っこされているんですか?」
「ん? 抱っこして帰って、そのまま座ったから?」
「えっと、もう大丈夫です……」
「もう少しだけ」
ベルノルトさんはそう言うと、私の頭を自分の胸に抱き込んだ。ひゃ~どうなってるの? こ、この胸筋凄い……フカフカだぁ……私より大きくて羨ましい。
しばらくするとベルノルトさんは満足したようで、手を緩めてくれた。ふと顔をあげると、何やら白いものが目に入る。
「あっ、ベルノルトさん、髪になにか付いていますよ……」
髪に手を伸ばして摘むと、一枚の白い花びらだった。
「りんごの花びら……」
『りんご並木を恋人と歩いて、頭にりんごの花びらが舞い降りたら、そのふたりはずっと幸せに暮らせるんだって』
グレタおばさんの声が、頭に響いた気がした。




