10 ランチのためなら
「まだランチはやっているか!」
バンッと勢いよく店の扉が開けられた。
「あら、隊長さん。ギリギリセーフだね」
「ハァハァ、隊長速すぎますよ」
「やっと追い付いたっす」
ここは、食堂りんごの花。ランチタイムも終わろうかという時間に飛び込んで来たのは、騎士団第五隊長ベルノルト・バウムと、その部下イリスとラルフである。
「よかった……リコの初出勤なのに間に合わんかと思った。日替わりランチを三人分頼む」
「はいよ。日替わりみっつー」
グレタは奥へ注文を通した。
「それで走ってきたのかい?」
「ええ、早朝から北の町に魔物が出たって討伐要請があったんですよ」
「隊長ってばランチに間に合わせる為に、すんごい勢いで魔物を狩ってたっす」
「あれ、私達は行かなくてもよかったわね」
「ですね。シュトラウス型の魔物が群れで出たんすけど、早く帰りたい隊長がひとりで全部倒したんすよ」
シュトラウスとは、ダチョウのことである。地球のダチョウよりもひと回り大きく獰猛な鳥型の魔物だ。
「まあ! そんなものをひとりでやったのかい!」
「いつもなら、いくつかの班に分かれてみんなでやるんですけどね。今日は隊長がクマのような勢いで突進して行ったんですよ」
「あれは完全にクマっすね。俺らが馬から降りる間もなく、隊長が群れに突っ込んで終わりっす」
「あんな凄いの久しぶりに見ましたよ」
イリスとラルフとグレタおばさんがベルノルトの方を見ると、自分の話をされているにもかかわらず、全く耳に入っていない様子。厨房の方を見てソワソワとしていた。
「よっぽどリコさんのことが心配だったんですね」
「いや、リコさんの料理が食いたかっただけかもしれないっす」
「ふふっ。隊長さんたら、リコちゃんをここに連れてきた時になんて言ってたと思う?」
「「なんですか?」」
イリスとラルフは、グレタの方へ身を乗り出した。グレタは口元に手を当てコソコソと話す。
「『俺のリコを絶対に人前には出さないでくれ! 口説き落とす前に悪い虫がついたら困るんだ』って、懇願してたよ」
「「あー」」
「あの子が働きたいって気持ちは応援したいけど、外に出ていくのが不安だって複雑な顔をしていたよ」
「それで今日も大急ぎで仕事を片付けたんですね」
それを聞いたラルフはこともなげに言う。
「そんなに好きなら、早く自分のものにすりゃあいいのに」
「無理よヘタレだもの」「ありゃヘタレだね」
「なんか、見てる周りの方が焦れったいすね」
「おーい、日替わり三人分できたぞ」
奥の厨房から亭主の声がした。
「はいよ!」
グレタが料理を取りに向かった。
「おまちどうさま。今日のメインはスペアリブを焼いたものだよ。付け合わせはリコちゃん作だ」
「わ、なんか今日のは色合いが鮮やかですね」
「本当っすね。いつもは茶色いのに」
「あの子の国じゃ、料理の色合いもこだわるらしいよ」
「へぇ~」
イリスとラルフは興味深そうに料理を眺め、手を付けた。
「んっ、これただのマッシュポテトじゃないわ」
「それはポテトサラダらしいよ。うちの国のとは一味違うよね」
茹でたじゃがいもを潰し、ゆで玉子と炒めた角切りベーコンを入れ、マヨネーズと黒胡椒を効かせた大人のポテトサラダだ。
「美味しいわ! これだけを山盛り食べたいくらい」
「こっちはブロッコリーっすね。あ、ニンニクが効いてる」
ブロッコリーと切ったソーセージとキノコを、ニンニクとハーブソルトで炒めパンチを効かせた一品だ。シンプルな料理だが、いつもの付け合わせはイモと茹でただけのカリフラワーだったりするので、色味は格段に上がっている。
「美味い! やっぱりリコの料理は最高だ」
「あ、意識が戻ったみたいね」
「注文以来、上の空だったすもんね」
ベルノルトはバクバクと料理を食べ進めている。が、ピタッと一点を見つめ固まった。
「か、かわっ」
「え?」
イリス達がその目線の先を見ると、厨房の入口から黒髪の頭が出ている。
「あれ、隠れてるつもりっすか」
「ああ、隊長さんから表に出ないよう約束させられたって。でもお客の反応が気になるのかね、ああやって隠れてこっそりのぞいているんだよ」
「リコさーん!」
イリスが厨房に向かって呼びかけると、ビクッと頭が揺れた。リコは恐る恐る顔を出すと、パアッと顔をほころばせる。
「今は私達しか客はいないのよ。出てきたらいいじゃない」
「イリスさん! 食べに来てくれたんですね」
「俺もいるっす」
「ラルフさんも、ありがとうございます」
「リコ、俺もいるんだけど」
ベルノルトはイリス達に先を越されたのが面白くないらしく、拗ねている。
「ベルノルトさんも、お仕事お疲れ様です」
「リコ、今日の料理も美味かったよ。仕事はどうだ?」
「はい! メインはヨハンおじさんが作ってくれるので、私は補助的な感じですね」
「いやいや、このポテトサラダはなかなかのものよ。これだけでもテイクアウトしたいわ」
「また〜イリスさんってば褒め過ぎですよ」
リコは手を振りながら照れている。
「リコちゃん、それが本当なんだよ。他のお客さんからも同じ事を言われたからね」
「俺も毎日こんな料理が食いたいっす」
「駄目だ! 俺が食う分が無くなる」
リコは一瞬ポカンとすると、笑い出した。
「アハハ、ベルノルトさんの分はちゃんと家で作りますよ?」
「リコ……くぅっ」
「いやもう、新婚さんでしょ」「新婚さんよね」「はよくっつけ」
三人は後ろを向いて毒づいた。
「リコちゃん、今日のランチタイムはこの三人で終わりだから上がっていいよ」
「はい、ありがとうございます。お疲れさまでしたー」
「お疲れさん。また明日もよろしくね」
リコはエプロンを外すと、カバンを抱えて出てきた。
「皆さんは騎士団の詰所に戻られるんですよね?」
「ああ、お前らは先に行ってていいぞ。俺はリコを家まで送ってから戻る」
「へいへい、じゃあお先に行くっす。リコさんまたね」
ニマニマしながら、イリスとラルフは騎士団の方へ歩いて行った。
「あの、すぐそこですから大丈夫ですよ? ベルノルトさんもお仕事に――」
「いや、送る」
ベルノルトは強引にリコの手を取ると、家に向かって歩き出した。
「どうしたんですか?」
「リコの料理が……」
「ん? 料理?」
「みんなに知られてしまった!」
「え? 私が作ってるなんて誰も知らないですよね? そもそも知り合いなんて、いつも行く八百屋さんとかお肉屋さんとかお店の人くらいですし」
「だが、リコの料理に惚れてちょっかいを出すやつが出てくるかも……」
「大丈夫ですよー! みんな私の事は子供だと思ってるでしょ」
「いや、どう見てもかわいい大人の女性だ」
「か、かわ?」
自分が最初に子供と間違えたことは、無かったことにしたベルノルト。家の前に着くと、向かい合ってリコの肩に手を置いた。いつもはキリッとしている眉毛は、情けないほど下がっている。
「リコ、どこにも行かないでくれ」
「どうしたんですか、今日は寂しがりですね」
リコは背伸びをして、ベルノルトの茶色い髪をよしよしした。いや、おでこにしか届かなかったから、おでこにした。
「夕食を作って待っていますね」
「うん、わかった。すぐに仕事を終わらせて帰るからな!」
よしよしで急に元気を出し、手を振りながら騎士団の詰所へ走って行った。チョロいクマである。
「お店が忙しくなったら、家のご飯が無くなるって心配したのかな?」
相変わらず鈍感なリコであった。




