君は見返り美人
君は見返り美人
平日のモーニングタイム
彼女は同じ時間に会計をすます
ブレンド珈琲とモーニングトースト
バターに追加でマーマレードを添える
ランチタイム前
少し来店が増えてきた頃
彼女は綺麗に食べ終えたお皿をそろえて
会計をする
ポイントが貯まったカード
利用はしない
僕の気持ちのように
ただただ積もっていく
カードとレシート、そしておつりをもらうと
まっすぐと出口へ向かう
遠ざかっていく彼女
振り返りはしないと分かってる
足早に店を出る
そんな背中を僕は見つめる
いつから彼女のことを気になっていたのだろう
モーニングの落ち着いた空気と静かな店内が
暖かな日差しのように僕たちを一つにくるんだ
僕は一介の店員で
彼女は一介のお客さんで
会計の机隔てて築かれた関係性は
彼女の食べるトーストよりずっと厚い
季節がめぐる
外の雰囲気ががらりと変わっても
彼女と僕の関係は相変わらずくるまれたまま
出口に飾られたツリーが
真っ白な彼女のコートとよく似合う
もうすぐ次の年が来る
今年は今日が最終で
彼女の姿を一目見れただけでも嬉しかったのに
出口に向かう真ん中で
彼女が急に振り返った
一瞬目があっただけで
彼女はまたすぐ背中を向けた
混雑してきた店内が
僕の心の中を見透かすかのように
騒がしくなった
スローモーションで何度も再生される彼女の姿
短い髪がかすかに揺れて
離れてても見えるその長いまつ毛
目が合ったその黒い瞳は
ブラックホールのようで
僕の全ては吸い込まれていった
平日のモーニングタイム
君はいつもの時間に店を出る
ゆっくりと去るその姿
君は時折振り返る
黒く澄んだその瞳は
変わらず僕の全てを吸い込んでいく
愛おしい君の一瞬を
その時感じたこの感情を
記憶だけに残したくなくて
形として残しておきたくて
絵なんて描けないのに筆を持った
白いキャンバスの中には
美しい君の姿が透写されている
菱川師宣はきっと
こんな風にあの絵を書いたのだろうか
僕にとって君は
君は見返り美人