ひきこもりたい僕と、悪魔少女のお話
まだ残暑が厳しい時、僕たち家族は引っ越してきた。
僕は朝から自分の部屋の段ボールを片付けていた。
「よし。大体片付け終わったな」
すると、僕のお腹が鳴った。時計を見れば、もうお昼を過ぎていた。
「なんか食べる物あるかな……」
僕はキッチンに向かう途中、父さんの部屋が気になった。幸い、両親は挨拶まわりに出かけていていない。
「ちょっと入るだけならいいか」
僕はそっとドアを開けて中に入った。
「わぁー……本がいっぱいだ」
父さんの本棚にはぎっしりと本が並べられていた。僕が見ていると、1冊の本が目に留まった。
「何だろ、これ」
それは古い本だった。もしかしたら前の住人が忘れていった物かもしれない。だけど、僕は気になって本のページを開く。
中は難しい文でいっぱいだったが、1文だけ読めるところがあった。僕はそれを声に出す。
「ここに眠りし者よ、今こそその眠りを解き、我に従え?」
僕は本に書いてあった呪文らしき1文を読み上げた。すると、僕の足元に魔法陣が現れた。
「な、何これ!」
その魔法陣から煙が出てきて辺りを埋めつくした。
「げほっ、げほっ。やだ、ちょっと煙多すぎたかしら」
僕にはよく見えないが、誰かいるらしい。
「えぇーい! もうこの煙邪魔よ!」
その人物が風を起こしたので、視界がクリアになった。
「ふぅー。やっと楽になったわ。あら? なんか貧弱そうなご主人様ね」
なんだろう。ものすごく失礼なことを言われている気がする。僕が黙っていると、相手は勝手に話し始める。
「はじめまして、ご主人。あたしはミリア。悪魔よ」
ミリアという少女は、頭に角がありコウモリのような羽が生えていた。首や手足にはリングをつけている。僕は、立ち上がって歩き出しドアを開けた。
「はいはい。お帰りはこちらですよ」
「あー、どうもどうも。ってちがーう! なに帰らせようとしてるのよ!」
「いや、知らない人とは関わるなって言われてるので」
「あたしは人じゃなくて悪魔よ。ご主人が呼び出したんでしょ?」
「僕はこの本を読んだだけだよ」
「それ、悪魔を呼ぶ本よ」
「え、そうなの? 多分前の人が忘れていった物だと思うんだけど」
「あー……だからその思いが強くてあたしを呼べたのね。ご主人からは何も感じないもの」
確かに僕は何気なくこの本をとったけど、前の人はどんな思いだったのだろう。
「でも、困ったわね。出て来たからにはご主人の願いを叶えないといけないし」
「え、僕何も願い事なんてないよ」
「それは困るわ! 何か願いを言ってよ。決まり事なの!」
なんだ、その決まり事は。ないものはないのだ。
「願いって数に限りがあるんだろ?」
「もちろん3つだけよ。あ、ちなみに数を増やすとかはだめだから」
だよねー。でも、願い事なんてないしなー。そこで僕は思いつく。
「なら、ずっとひきこもれるようにしてよ」
「はぁ? それの何が面白いの?」
面白さなんて知らないよ。僕は静かにひきこもりたいんだ。
「ご主人、こんな可愛い悪魔がいるのに外に行かないなんて損ですよ!」
「はーい、じゃぁお帰りはこちらですー」
「だから帰らせようとするなっての!」
「だって面倒くさいし……」
「なんて無気力な人間なの! この世界にはこんなのしかいないのか!」
なんかまた失礼なことを言われているような気がする。
「とにかく、願い事は言ってもらうわよ。こっちもノルマなんだから」
ミリアは必死だった。なんだ、その会社みたいなルールは。
「ちゃんと考えなさいよ。さっきのひきこもりはなしよ」
「えー! 前の人はなんて物を忘れてくれたんだー!」
「いいじゃない。こんな可愛い子、他にいないでしょ?」
「僕はあまり女性を知らないので、ノーコメントで」
「何よ、そのリアクションは!」
僕はため息をついた。それは非日常な現実を受け入れている自分にだ。
「じゃぁ、パフェが食べたい。パソコン欲しい。好きな本を最終巻まで欲しい」
「却下!」
却下とかあるんかい。自分で3つとか言っておきながら、それはないだろう。
「なんだよ。ちゃんと考えて願い事言ったじゃないか」
「そんなありきたりな事、叶えられるもんですか」
「あ、さてはこれくらいの事も叶えられないから却下したんだろ?」
「そんな事あるわけないでしょ! あたしはこう見えて、けっこう上の階級なんだから!」
ミリアは叫んで指を上に向けた。
「見てなさい!」
すると、僕の前においしそうなパフェが出てきた。
「す、すごい! 魔法みたいだ」
「このくらい朝飯前よ。ていうか、悪魔だからね、あたし」
ミリアは呆れていたけど、僕は気にせずパフェを食べた。うん、おいしい。
「でもこれで、あと願い事2つだよね」
「何言ってるんですか、ご主人。今のは無しですよ」
こんな時だけご主人呼ばわりするな。しかし、僕は食べながら考える。
「だけど、やっぱり願い事したら魂取られちゃうんでしょ?」
「当たり前じゃない。それが目的なんだから」
僕は本のページを開く。
「えーっと、悪魔を滅する方法は……」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 存在自体をなくさないで! このご主人、恐ろしい子だわ……」
ミリアはすごく慌てていたが、コホンと咳払いをする。
「わかったわ、魂もいらない。願い事も1つでいいわ」
あれ、数が減っちゃった。ま、いいか。その方がこっちも気が楽だし。
「でも、ノルマは大丈夫なの?」
「あなたがそれを言いますか。あー……帰ったら怒られるんだろうなー……ご主人がだだをこねたせいでー」
ミリアはちらっと僕を見る。いや、そんな目で見られても困るんだが。しかも、だだなんてこねてないだろ。
「あーあ、どうしようかなー」
まだチラチラとこちらを見てくる。何が言いたいんだ。悪魔の気持ちを察しろという方がおかしい話である。
「……怒られたくないんだね」
「そりゃそうですよ。でも、こんな契約に縛られなくなれば、あたしはうれしいんですけどね」
そうか。やっとミリアの言いたいことがわかった気がする。
「ミリアは自由になりたいんだね」
「そう。でも、ご主人に願ってもらわないといけないの」
僕はうれしくなった。やっとこの面倒なことから解放されるのだから。
「じゃぁ、願い事は決まったよ! しかも1つだけでいいんだよね?」
「そ、そうだけど……」
「なら、ミリア! 君に命ずる。ミリアの契約を解いて自由の身となれ!」
すると、ミリアの体は光に包まれていく。手足についていたリングがどんどん外れていき、最後に首のリングが外れた。
「やったー! これであたしは自由の身だわ! じゃぁね、ご主人!」
そう言うと、ミリアは壁をすり抜けて外に行ってしまった。
「まぁ、いいか。これで静かにひきこもり生活を送れるよ……」
僕が自分の部屋に戻ると、なぜかミリアが漫画を読んでいた。
「あら、ご主人。さっきぶりー」
「……なんでいるんだよ」
「いやー、つい外に出てみたけど、ここの方が居心地いいから戻ってきちゃった」
僕は思いっきりズッコケた。
「おっ、ご主人いいズッコケですね」
「頼むからもう帰ってくれーっ!」
僕のひきこもり生活の夢は、見事に砕け散りましたとさ。
「ていうか、その漫画まだ見てないから、先に見るなよ」
「いいじゃないですか、ご主人。細かい事言うとモテませんよ」
「やかましい」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。