表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

 サクトが唐突に「俺は運が良かった」と呟いたのは、電車を降りた直後だった。

「運って、どんな風に?」

「例えばヤンチャな地域で無傷で過ごせたとか。あんなナリだったのに」

 サクトの出身学区は県の再開発地域で、特に中学在学中はひと学年が十クラスもあったとか。そこで肩まで伸ばした髪を後ろで括り、私服はお祖父さんの着物を拝借していたという。

「いっとき時代劇チャンネルにハマってさ、最初はお小遣いで浴衣を買って、半幅帯を貝の口で絞めて」

「本格的だった」

「髪はツーブロックで」

「出過ぎたクイだった!」

「教員の身内が裏から手を回してくれてたのか、なんて思った事もあったけど」

「仮にそうだったとしても、守り切れるとは限らないよ。サクトのキャラ勝ちだね」

「そうかなあ」「そうだよ」

 帰宅を急ぐ人波の一番後ろを歩き、長い階段を並んで降りた。


 私たちの出会いは地元の公立高校、二年生の理系クラス。迫力ある学年主任が担任する、学年の個性派メンバー勢揃いのカオスな教室だった。

 始業式の日、クラス名簿を見た私は冗談ではなく血の気がひいた。後でサクトに聞いたら、彼もあの時は「今年は終わった」と思ったそうだから、周囲の認識もそれに近かったと思う。

 それでも担任は上手くアクを掬い取り、学年末には一番愉快な集団に変換させていた。流石のベテラン先生だった。

 その中での私とサクトはボンヤリ天然枠……の筈だったのに、翌年サクトは模試判定Dランクの国立大学に現役合格の奇跡を果たし、卒業後も評判の良い企業にスルッとUターン就職。歩む道はかなりズレた。


 定期をかざして改札を通る。南口に出ると少し涼しい風が吹いている。

 隣を歩くサクトは、昔より背がグンと伸びている。腕や肩周りも昔と違う。私はたいして変わっていなくて、何をやっても平均で、人より倍は努力しないと、直ぐに日常から外れそうで。

「ヒサキはヒサキで、それでいいんよ」「何が?」

 何言ってんだろう。何処がいいんだろう。

 訝しむ私をサクトはさっくりスルーし、コインパーキングの白い国産車を指さす。先月一括購入したらしい、評判の良いピカピカの新車。

「乗ってけば。家まで送るよ」「いいの?」「いいよ」

 家族以外の人を乗せるのは初めてだと、田舎道をゆっくり走ってくれた。

 今日は定時あがりで待ち合わせて、お互いチェックしていたカジュアル洋食屋に出向いた。折角の割り勘なのに私だけ二杯呑んだ。

 藍色の山並が星空に溶ける。さっき食べた海鮮料理の感想を言い合う。

 昔から甘ったるいムード皆無の、いわゆる腐れ縁だ。連絡が途切れた時期も当然あって、それぞれが何なりあったぽい気配もなくはない。けど、いちいち報告し合う義務も無かった。

 家の前に着いた。築十八年の二階家屋だ。サクトはサイドブレーキを引くと、「そういえばお母さん元気?」と聞いた。




 思い付いた時になんとなく時間を共有する、丁度よい間柄。

「周囲に邪智られもせず、淡々と過ごして此処まできました」

 昼休み、お弁当仲間の派遣社員の小塚さんにサクトの話をすると、楽しそうに相槌を打ってくれた。

「若い〜二人とも可愛らしい〜」

「どちらもそうなろうとしなかった生粋の友人枠というか」

「距離感が絶妙だったんだね」

 微笑む小塚さんは既婚者だ。年齢はひと回り上の、私の二年目の秋に入社したお姉さん。きめ細やかな仕事ぶりで社長は何度も正社員にとスカウトしたけれど、小塚さんのご事情がそれを許さず、契約も来月でお仕舞いとなった。


 狭い営業所の昼食時、私たちは受付の横にある応接セットを使わせてもらっている。

 来客の殆どが社長室に直行する為、こちらの応接セットが本来の働きをする機会は殆ど無い。居心地もローテーブルは低くて食べにくく、使用後はとことん美しくしなければならない。しかも昼休み中の電話番もオマケについてくる。空いているのには理由があるのだった。


 社長は社長室、営業チームはほとんど出先で外食、フロアの先輩お姐様は特等の会議室。その他の男性社員は、ポツポツ自席で休憩中。

 ソファー組は小声でボソボソ話す。

「ところでヒサキさんってカレシが欲しいヒト?」

「そう聞かれると、どうかなあ」

「私が居るうちに進展はない? 面白い方に」

「ないですー。それより小塚さんが居なくなってしまう方がめっちゃツラいです!」

 小塚さんが入社された時、一番仲良しだったすぐ上の先輩が寿退職されたばかりだった。あの時はどんなに助けられたことか。

「ありがとうね。私も後ろ髪引かれてるよ。皆さん穏やかで良い人なんだもの」

 小塚さんは笑顔で言うと、使い捨てシートでローテーブルを丁寧に拭き、汚れていない裏面でソファーや足元の床も拭き清めた。


 お世辞が多々だろうけれど、小塚さんが褒めてくれるだけで、ここが良い会社にみえてくる。経営状態が景気に大きく左右されることもなく、給与は低めだけど安定で。

 サクトの会社はどうだろう。一般の知名度は低め、だけど知る人ぞ知る優良企業。その分大変な事も多いだろうから対価を安易には羨めないけれど、乗せてもらった新車の乗り心地の良かったこと。

 私なんて中古軽自動車ローンを今年ようやく完財したところで(比べて僻んでも仕方ない)。

 そういえば友人達の結婚式ラッシュで物入りで(ひとの幸せを祝えて光栄だ)。

 良くないなあ。どうしても考え方が即物的になる。

 今秋招待されている披露宴は中学時代の友人と、大学時代から同棲していたカップル。お式を挙げない友人もいて、そちらは共通の友人達でお祝いの支度中。

 久しぶりの仲間たちとやり取りをしながら、誰もが日々奮闘中なのだと思い至る。近況報告から知る、昇進したひと、異動するひと、転職してイチから学びなおすひとの話。

 私は奮闘しているかな。今後のキャリアだの人生設計云々と言われると……どうだろう。

 ひたすら生活に追われる毎日。延々と惑わされるせいで、大事な何かも見落としそう。

 ふとした瞬間に魔が刺すかもしれない。何かにかどわかされるかもしれない。






「新郎の御友人から繋がるお付き合い? たーのしいねえ!」

 さっそく小塚さんを面白がらせてしまった。

 先日出席した披露宴の二次会で、とある出席者と話が弾んだのだった。

「ふたつ上、市役所勤務。うん、悪くない悪くない」

「そうですか」

「連絡先交換したんでしょ。直ぐお誘いが来たんでしょ」

「そうですけど」

 躊躇しながらツナマヨ握りを頬張る。今朝寝坊したせいで慌てて握った分、残念に硬い。

「無責任に面白がってるわけじゃないよ。ヒサキさん、可愛いのに勿体ないなあって思ってるんだ」

「わぁ勿体ないお言葉きた」「ホントだって」

 小塚さんは苦笑いした。

「社会人になると出会い自体がグッと減るじゃない。ヒサキさんのんびりしてるから」「う」「友達関連の方なら身元も安心だし」「うーん……」

「ご縁はどう転がるかわからないし、チャンスの神様は前髪しかないそうだし」

 小塚さんは白魚のような、しかし生活力のある指でチョコの箱を差し出しながら、含蓄あるお言葉を投げかけた。

「お父様も公務員だったって前に聞いてたから、取っ付きやすいかとも思ったの。あ、遠慮しないで二粒取りなさいね」

 背中を押してくださったのだった。



 待ち合わせは日曜午後、リニューアルしたばかりの大型モールだ。中学生のようだけど、気楽さを突き詰めたらこんな風情になってしまった。

 市役所勤務の田中さんは中肉で身長はやや低めの、穏やかそうなお兄さんだ。

 本屋に併設されたカフェで軽くお茶してからのウインドウショッピング。生活の延長ぽくて、ますます学生くさい。

 それでも流行りのアウトドアショップやマウンテンバイクの品揃えがいい自転車屋、自動車会社のショールームも並んでいて、話題に困らなくてとても助かる。

 明るい吹き抜けには何台もの新車が並び、サクトが乗る車種も展示されていた。ぼんやり眺めていると、田中さんが「その車、燃費も良くて評判が良いんだよ」と、ディーラーのような台詞を言った。

「実は僕も検討中で」

「乗り心地よかったですよ。先日同級生が一括購入したんです」

「同級生さん豪勢だね」

「そうなんです豪勢なんです!」

「長く乗れる車種を一括って、スッキリしていていいね」

 そうかサクトってスッキリしているのか。と思ってしまったのがその日のハイライトなのってどうだろう?



 期間限定スムージーをご馳走してもらった話をしたら、小塚さんが嬉しそうな顔をした。

「楽しく過ごせたのね。よかった!」

「はい、お礼に唐揚げをお渡ししました」「唐揚げ?」

「催事場で九州フェアやってたんだけど、すごく美味しそうだったんです。私も家の夕食用に買いました」

 小塚さんがコケた。

「後はー……携帯料金の見直しの話をしました。自動車保険とかも」

「そっか、有意義な時間が過ごせてよかった」

 オイロケ皆無を察するフォローをいただいた。

 もう少し異性を感じさせる努力をすべきだったかな。でも私はそれなりに面白かったのだけれど。


 そもそも日常で手一杯なのがよろしくない。地域の公立校を経て、地元御用達の中堅私大に進学した生粋の田舎モノ。それでも片道一時間半の通学は思った以上にハードで、休みの日もフルタイム勤務の母の代わりに家事を片付け、大人しいサークルにそこそこ参加。休暇はバイトと自動車学校。奨学金返済は無理のないようにと長期で組んで、就職後は田舎必須の自動車ローンに青色吐息。

 地味。私ってめっちゃ地味。改めてオノレの彩りの無さにうなだれる。


「あー困りましたー」「何が?」

「私いま、余裕のあるひとの懐が眩しくて眩しくて」

「わかるわ。羽振りの良い話には特に嫉妬しがちだわ。SNSはしないに限るわ」

 小塚さんのリアルな相槌に深くうなづいたところで午後の就業になった。


 地方育ちの庶民ゆえ、不相応な贅沢には縁がない。今はたまたま昔馴染みが輝いて見えているだけ。

 そうだよ、周りに気を取られると碌な事がない。

 隣県に嫁いでいる五つ上の姉はとても優秀で、平凡な私は、周囲の無遠慮な比較に切なくなる事も多々あった。曲がらずここまで来た堅実な自分を褒めておきたい。

 もう少し矜持を大切にしよう。

 オノレを奮い立たせつつキーボードを叩いていたら携帯が小刻みに震えた。サクトからのメッセージだ。この間会ったばかりなのに、今回は随分と間が短い。

『今度の日曜日、ちょっとお付き合い願えないかな』

 なんだか丁寧な物言いだな?




 二週続けてのウインドウショッピングとなった。今回は大都会の真ん中で『留学帰りの友人へのプレゼント』を探すミッション。なんて華やかなんだろう。

 だのにその日のサクトは優柔不断だ。

 まずは「新生活に役立ちそうな家電を見たい」と、駅ビルに隣接した量販店をハシゴした。ピンとこなくて生活用品を物色する為にお洒落ビルをくまなく巡り、デパートのリビングフロアにも行った。結局決まらず「やっぱり本人に希望を聞いてから」と言い出した。リサーチ不足が甚だしい。

「この流れはギフトカードかな」

 うっかり疲れの滲んだ意見をこぼした私に、

「うわ、めっちゃ疲れさせて御免」

 取り敢えずお詫びのお茶をと、サクトは携帯でフロアマップをさくさく開く。


 足が棒のような時に限って、休憩スペースに余裕はなかった。

「私、別に何処でもいいんだよ」「そんな事言わないで」

 言うや否やサクトは、前方にある上質カフェに早足で向かいウェイティングリストに記入すると、私に向かって手招きをした。

 やっとテキパキ動くサクトを見た感じ。気乗りしない買い物なのか、今日のサクトは起動がひどく遅かった。さっきまでのノープランは雑だったな、と反芻していたら、

「あらこんな所で」

 店内から出てきた綺麗なお姉さまから声を掛けられる。サクトの職場関係とおぼしき気配だ。

 お邪魔したら悪いかと躊躇しつつ歩幅を狭めたら、さっきの手招きを見ていたのだろう、お姉さまは私に視線を移した。急いで頭を下げたけれど、無骨な学生風になってしまった。

 お姉さまはにっこり笑って優雅な会釈をし、サクトと一言ふたこと交わした後、颯爽と雑踏の中に消えていった。


「綺麗なひとだったなあ」

「カイシャのエースだよ。営業車とデスクがとんでもなく汚いけど、とんでもなく優秀で体力もめちゃくちゃ有ってさ」「へー」「海外出張もバリバリこなしてさ、三日寝なくても平気だって言ってた」「へー!」

 心身共に強靭だなんて羨ましすぎる。

 そうだ、小塚さんだって強靭だ。家事や通勤に時間が割かれているのに、常に冷静で、綺麗好きで、たおやかで。

 ああ、隣の芝生はなんて眩しいんだろう。

「お仕事出来るヒト、格好いいよねえ」

 あ。注文したカフェオレ美味しい。限定のシューアイスもアイスクリームにメレンゲが練り込まれて、果実ピールや砕いた胡桃も沢山入っていてすごーく美味しい。幸せおやつは気分があがる。

 お皿に気を取られながら呟いた無防備な台詞が気に障ったらしい。

「やっぱ世間的にはそっちがいいのか」

 直情的なボヤきが溢れる。ちょっと吐き捨てるようで、様子が変。

「どしたの?」無言。「シューアイス美味しいよ」また無言。

「なんかあったの?」「別に。稼げる方がいいのかなって」

「そりゃまあ世間的には」「ヒサキも即物的だなあ」

 ドキッとする。そうなんだよ、私、最近即物的なんだ。

 同時に少々ムッとしてしまう。てか私にそれ言う? サクトの方がうんと優秀なのに。

 サクトの方が恵まれてるのに、

「仕方ないよ。自分が要領よく出来る方じゃないもん。優秀なかたには憧れちゃうよ」

「要領は覚えるもんじゃないのか」

 なんでそんな言い方。オノレの不出来を指摘された気分。容量の無さをわらわれた気分。

 強ばる私を無視したサクトは、皿の上のシューアイスをナイフとフォークで器用にたいらげると、残っていたエスプレッソをクイっと片付けた。

「でも確かにそうだ。即物的って合理的って意味だ。プレゼントはやっぱギフトカードにするか」

 存外冷たく聞こえる声で言った。

「人混みのなか振り回してすまんかったね」

 取ってつけたような穏やかな声で言った。


 私の食べ終えたシューアイスの皿はサクトほど美しくなかった。食べ方までスマートなサクトはさぞかしおモテになるでしょう。そうだ、中学の時にお着物をたしなんでいたんだっけ。育ちの良いサクトはさぞかし。

「うん、お菓子ご馳走になったから良いよ」とかわせば良かったのだけれど、まるでこちらが悪いような雰囲気にみえるものだから、

(なに勝手に機嫌悪くなってんの!?)

 食器に散らばる胡桃のかけら。シュー皮の残骸。ドレッセの粉砂糖。私は愉快じゃない。面白くない。

「プレゼント、気の進まない相手?」

「いや、ちゃんと仲良いよ。離れててもずっと絡んでるし」

「だったらそんな投げやりにならなくても」

「別に投げやりじゃないし、もう、いいよ」

 何がもういいんだか。私に構わぬサクトは笑顔で言い放つ。

「疲れ過ぎないうちに引き上げようか。今日はお付き合いありがとう」

 注文表を持って立ち上がろうとするから、(笑顔で締めればそれで良いのかー)と、とても面白くなくなってきた。勝手に八つ当たりしておいて、自分だけ良い子になってそれで終了って。

(そうなの。じゃあいいですよ)我慢したくなくなってしまった。

「今日、私が空いていて良かったね」「うん?」

「サクトは今日も、運が良かったね」「どういう意味?」

 どうって。この間オレは運がいいって、自分で言ってたじゃん。そのまんまの意味だよ。

「サクトの都合の良い時に、いつも都合よく程よくノコノコ出てくる相手がいて、よかったね」

 笑顔で、でも穏やかに言ってやった。馬鹿みたいな私がいて良かったね、と。これは言うのは辞めたけど。

(そうか。私ってサクトの間に合わせ要因だったのか)

 ああ、気付いてしまった。気付いてしまったら、なんだかもう、どうにも頭にきてしまっていた。

 へなちょこの自分が悲しくなってしまった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ