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口先の勇者  作者: 漆黒のマーブル
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闇の中の闇3

 慰霊碑から少し離れた、比較的に綺麗な場所にある石を椅子代わりに座って一休憩する。

 そのお陰もあってか、動かず静かにしたら傷からの出血もすぐ止まり、その血もしばらくするとやがて乾き始めた。

 なんだこの回復力! もしかしたら10代だと名乗っても信じる人がいるんじゃない? と思ったけど、軽く手足を動いたところ、既に筋肉痛が俺を襲ってくるので俺ももう年だなと、考え直した。

 それはさておき、今の俺にはラゼに与えられた課題がある。だからまだ本調子じゃないとはいえ、このまま何もせずとも許されるほど悠長なことを言ってられない。

 「これからどうすればいい?」

 俺は今後の対策を練るためにひとまず組織の状況について確認することにした。

 とはいえ今の俺にはあまりにも無知すぎる。フィリにとっての『前提』すらわからない俺があれこれ聞いたところで余計混乱するだけだろう。

 だから仕事でちょっとずつ組織のことを知ることにした。

 「どうしよっか」

 足が使えないので先輩に尋ねるしかないけど、俺の疑問はすぐ疑問に返された。

 どうやら言葉を省略しすぎてこちらの意図が伝わらないみたい。俺はもうちょっと詳しく説明することにした。

 「えっと、そういう意味じゃなくて、仕事の方でなにをすればいいって話」

 「?」

 それでも眉をひそめるフィリの様子を見る限りまったく伝わらなかった...まあまだほんの7、8歳の子供だからな。ぼんやりしたものを聞いても答えられないか。

 このままでは埒が明かない。俺はより具体的な質問をすることにした。

 「そうだな、まずはこの組織のメンバー達が普段どんなことをするのか、教えてくれる?」

 「えっとね、大きく三つの仕事に分けてるって、ラゼが言ってた」

 それに首を傾げながらもやっと答えられてくれるフィリにひとまずほっと胸を撫でおろす。

 「三つ?」

 問い返すとフィリは急に地面でうつ伏せになった。

 「うん。街の方へ出て、こう、カサコソっと巡回してうっかり屋さんを見つけるの」

 そのまままるでトカゲのように四肢を小刻みに動いて、前へ後ろへと動いて見せた。

 いや精一杯体を張って説明してくれるのはありがたいけどさ。なんだその動きキモイんだけど...

 「それでシュっと色んなものを盗るの」

 呆れるとフィリは今度、頭を左右に向きながら素早く手を伸ばしては戻った。

 その独特な説明はさておき、話を要約するとー

 「泥棒ってことか」

 「うん」

 頷くフィリ。

 あらかじめ予想はしてるのでこういう汚れ仕事をしてると聞かされても特に驚かなかったけど、一つだけ気になることがある。

 「けどさ、この国の人はみんな警戒心強いし、実際ターゲットになれそうな人そんなにいなくないか?」

 そう。兵士が言ってた、金持ちなら侵入されないように徹底的に対策するって。それに他の住民の警戒心も強い。というよりそもそも向こうも似たようなことしてるから果たしてそう上手くターゲットを見つけられるだろうか。

 顎を手にやる俺に、フィリはそのあまりにも似合わない仕草に死んだ顔になって、よろよろとちょっと後ろへ引いた。

 「うーん。でも夜になるとふらふらと歩きながら踊る人が多いから」

 そのあんまりの反応を受けて危うく涙という塩を傷に垂れそうになったけど、どうやらそれは俺に対するリアクションではないみたいで事なきを得た。

 「酔っ払いか」

 首肯するフィリ。それに俺も兵士にボコられた日のことを思い出した。

 そういえばあの日、多くのくそ兵士も酒が入ってるんだっけ? 本職を忘れて、くだらない遊びやら芸を披露するやら、おおよそ正常な判断力を失ってまで飲んでいる。

 そう、酒とは世界さえ超えられるほどの魅力がある。そして酒の前では人は無力なのだ。

 だから酔った人達を前にフィリ達の仕事も捗るだろう。

 「あと外から来た人も基本うっかり屋さんだよ」

 けどどうやらそれだけでは収入源として足りないみたいだ。だからそこでもう一つ、狙うターゲットがいる。

 それは俺のような余所者だ。

 にしてもみんな救いの手を求めるためにこの国へやってきたのに、まさか入国して一安心したその隙を狙って身ぐるみはがされるとはな。

 門衛のおっさんが言ったようにみんな色々あるのに、さらに追い打ちを掛けられるとは、残酷過ぎるぜ。

 ...それが今後の俺だと考えると気が重くなる。

 それでもと、俺は無理やりその重い空気を呑み込んで、その上で更にフィリに問いかけた。

 「俺のような国の外から来る人って割と多い感じなの?」

 「前まではネズミのようにたまにしか見かけないけど、最近はゴキブリみたいにわらわらと多くなったよ」

 その比喩はよく分からないけど、そこそこの速さで手を自分の方に押し寄せるそのジェスチャーを見る限りそれなりに人の出入りが多いみたいだな、この国。

 「なるほど。ならそれなりに安定の収入を得られるか」

 非常に心苦しいことではあるが、そのお陰で心の中にあるわだかまりが一つ消えた。

 しかし勝手に納得する俺の独り言に、フィリは先ほどのように首をかしげてクエスチョンを頭の上に浮かんだ。

 「窃盗の他にはなにをするの?」

 それに構うことなく俺は更に話を進めた。

 「べたっと人気の少ない建物の影に隠れながら、物資を持ってる誰かが通り過ぎるのをじっと待つの」

 俺の質問にフィリの顔にある疑惑は一瞬にして吹き飛ばされて、すぐ体を丸めて相変わらず癖の強い説明の仕方を持って引き続き俺に答えてくれた。子供ってのは目移りが早いから助かるぜ。

 「そして目標の人が現れたらぱっと影から飛び出して、相手が驚いている間に武器を突き出すと同時に、その動きを封じて、持ってるものを差し出すよう命令する」

 大袈裟に両手を上げた状態で俺の目の前までジャンプして、拳を突き出すフィリ。おっと怖い怖い。不釣り合いな言葉を使ってるから更にかわっ、いや怖く感じるな。

 「命令って...要はカツアゲだな」

 「うん」

 確認すると、それがフィリの言いたいことと一致してるので、フィリは一仕事を終えた感じていつの間に額に浮かんだ汗を腕て拭きながら満足げな息を吐いた。どうやらこの説明はそこそこの重労働になるらしい。

 頑張って解説してくれるフィリの健気な姿をほほえましく眺めながらふとある疑問が頭によぎった。

 「...しかしなぜ人気の少ないところに人が通るの?」

 「多分貴族や金持ちの人に商談を持ちかけるか、注文した品を渡しに来るからじゃない?」

 「貴族?」

 『自由』なこの世界とあまり連想できない単語に思わず聞き返す。

 「うん。広い農地を持ってる人と、軍団に所属してる人の家のことだよ」

 「あー、そういうことか」

 そういえばゲームの中の貴族ってこう、本を読みながらティーを嗜み、たまには花を愛でるのような優雅に暮らすイメージではなく、騎士とか将軍とか割と暴力的なのが多いよね。

 「裕福の人達は彼らの持ってる畑の管理や、体の鍛錬などで忙しいらしくて、ほとんど外出しないみたい。だから受け渡しとか全部こちらから出向かわなければならないよ」

 けどどうやら雰囲気こそ違えと、どちらも引きこもりであることに違いないみたい。

 「なるほど。貴族の買い物の仕方は分かった。けどさ、商売なら街の方でやってるじゃない。ならわざわざ売り込むに行く必要なくないか?」

 引きこもりってのはわざわざこちらから足を運ばないと会えないし、めんどくさい性格をしてる。そんな人を相手に成功するかどうか分からない商談を持ちかけることはもちろん、わざわざ時間をさいて数人相手のような小規模な商売をする価値は果たしてあるだろうか。

 というか貴族なんだから欲しい品があれば使用人などを遣わせろっつの。

 「普通の人に売りつけても全然利益が生まれないよ。ただの素材なら交換することになるだけだし、料理や武器のような加工したものでも多くで精々使った素材の三倍くらいのものにしか貰えない」

 「少なっ! そんなんで生計が立てられるの?」

 職人というからには当然自分で食材を生産することができない。元金がないのでおそらく料理をするには他人の支援を受けなければならないだろう。

 当然援助する人も慈善事業じゃないので売りさばいた一定の利益をスポンサーに還元することになる。なので最終的に手元に残るものなんぞたかが知れている。

 しかも売上によっては生活維持すら厳しい状況になることもあるので、果たしてこんなことを続ける意味はあるだろうか。

 「けど裕福な人達が買ってくれたら話が違う。もし気に入ってくれたらこんなサイズの料理でも一袋の果実をくれるし、特に収穫時期になると一箱の食料をくれることもある。太っ腹!」

 なるほど、彼らは俺達を相手に商売をしてるんじゃない。素材を提供してくれるスポンサー、そして利益を生む貴族たちのためだけに制作するというわけか。

 だから貧乏かつ他人である俺にあんなに態度が冷たいのか...と色々納得する

 「まああいつらからすれば素材となるものが死ぬほど持ってるからな。税を払ってもそれらを処理しきることができず、だからこんなところでそれらを消耗するしかないだろう」

 「そんなに余ってるのなら私たちにわければいいのに」

 「無理だろうな」

 妄想中に悪いけど、変な期待をさせないためにも俺はきっぱりとそれを否定した。

 「なんで!?」

 それにちょっと怒るように頬を膨らませるフィリ。

 「プライドが許せないからだ。確かに分けても彼らにとって痛くもかゆくもないだろう。けど弱者が飢えていないと、可哀想じゃないと己がいる優れた環境を引き立たせることができない。もっと必死になって機嫌を取らないと優越感が薄れていく。彼らはそれがいやだからな。多分」

 「なにそれ。意味わからない」

 「確かに、貴族の考えなんざ俺達にはわからないよな」

 本当、誰もか羨望な視線を送ってるはずなのに、わざわざその力を示すために他人を蹴り落して、傷つけることで優越感を得られるとか理解できない。

 ...なんだかいやなことを思い出させたな。

 その悪い記憶を忘れるために、そしてお互いの気分を切り替えるべく俺は一つ、ため息をついた。

 「それで、その貴族とカツアゲにどんな関係があるの?」

 「えっとね、貴族達が住んでいる住宅街の方ではあまり人が近寄らないよ」

 それにフィリも一瞬にして抱えた不満を忘れて、俺の素朴な疑問についての解説に集中してくれた。どんなに嫌なことでもすぐ忘れられるその鳥頭、まじで羨ましいぜ。

 「避けてるってこと?」

 「うん。だってあんなところでうろうろしたらなにかよかぬことを企んでいると勘違いされる可能性がある。もし彼らの機嫌を損ねたら大変なことになるよ」

 確かに不審者が近くに居たら快く思わないだろう。そして貴族を怒らせたら―

 「殴られるみたいな?」

 「うん。だから用事がないならあんなところには近寄らない」

 貴族の中には兵士も居る。そうじゃなくとも凄腕の人が多そうだから迂闊なことはできない。

 「けどそのお陰で人目も付けにくいから、カツアゲはしやすい」

 それは逆にカツアゲに遭うとして、なりふり構わず騒き出しても助っ人を呼ぶことが出来ないことを意味する。まさにカツアゲをするには最適な場所というわけだ。しかしー

 「なるほど。しかしお前らずっとあそこにいるだろう、大丈夫なのか?」

 こっちもそのリスクを背負うことになる。

 「うん。誰にも気づかれぬ場所を把握してるから」

 「それは頼もしい」

 しかし常に危険と隣り合わせるフィリ達はそれを一番小さく抑える方法を知っている。その上リスクとリターンに比べれば、それはもはや気にするほどのことではないらしい。

 なら俺も変に気にしないでおこう。

 「それで、最後の一つはなんだ?」

 「拠点に蓄えている物資を見張るのと、怪我した人を看病する人」

 「怪我って、失脚した時の?」

 「そう」

 まあこういう仕事だから怪我なんてしょっちゅうあるからな。いや、それだけじゃないー

 ふと頭の中にある嫌な予感が浮かんだ。俺は恐る恐るとしながらもフィリにそのことについて確かめる。 

 「...ちなみにそのまま殺された人は?」 

 そう。俺が窃盗とカツアゲをされた時、彼らは証拠を隠滅するために俺に襲い掛かった。

 失敗しそうになると相手を殺そうとしたら、返り討ちをするにはそれと同等或いはそれ以上のことをすることになるじゃないのか?

 「ないよ」

 幸い、俺が想像した最悪で許容しがたい未来は訪れなかった。 

 「だってそうならないようにラゼがカバーしてくれるから」

 しかしそれは相手にも人の血が流れているからではない。それを防ぐために動く人が居るからだ。

 「ラゼが?」

 問い返すと、フィリは急に体操でも始まったのか、ブリーチでもするのかのように仰け反って、手で自分の額に当てた。

 「そうだよ。実は私たちが仕事をする間、ラゼはずっと建物の上に待機してるの」

 つられた俺も上の方を見る。そこには周りの建物よりも遥に高い、半壊しされたボロボロの監視塔の姿があった。

 「そこで私たちのことを見守って、もしなにか危険が状況になったらすぐ駆けつけてくれるの」

 そういえば最初にラゼと会った時も、彼女は空から飛び降りたな。

 なぜ空から人が降ってきたのとずっと疑問を覚えたけど、そういうことだったのか。

 「付きっ切りってことか? けど見た感じこの組織にはそれなりの人数があるよな。その全員の面倒を見ることのは流石にできないじゃないのか?」

 とはいえいくら高い所は見晴らしがいいからって、目に見えるすべてのものを掌握できるとは思わない。派手なことならまだしも、人目を避けてこそこそなにかをやってるやつの、さらにその詳細を知ることは不可能に思う。

 「そんなことないよ。ラゼの目とてもいいから城壁の端から端まで、途中で視線を邪魔するものさえいなければどんなことを起きたのかを把握することができるよ」

 「いやいや化け物かよ!」

 まるでおとぎ作り話のような奇想天外な内容に思わずツッコミを入れる。それにフィリまるで自分のことを褒められたみたいにへへっと嬉しそうな顔になった。

 その様子から見るにどうやらその話は本当みたいだな...

 そうか...薄々そうじゃないかと思ったけど、あいつ人間やめたのか...など、若干引いてる俺を他所に、フィリは更に自慢げに勝手にラゼの凄さについて語り出した。

 「ふふーん、凄いでしょう! だから私たちがピンチになっても簡単にその状況を覆すことができるよ! この前だってターゲットが助っ人を呼んで、10人ほどの人に囲まれたことあるけど、ラゼがやってくるなり一瞬で全員を倒して、メンバー達を抱えてあの場から離れたことがある」

 聞いた感じ、ラゼはまるで子供たちにとってのヒーローみたいだな。まあやってることは悪そのものだけど。

 「とはいえ気づくまで、駆けつけるまでにはそれなりの時間が必要なので大怪我を追わせられることもある」

 それでも、ヒーローが味方をしてるからって調子に乗るわけにはいかないと、フィリは実に先輩らしく最後に俺にそう注意した。

 「結局はしくじらないことが一番だな」

 追い打ちをかけると、フィリは一度頷いてから俺から視線を外して、そのまま立ち上がった。

 「それがうちの普段のお仕事の内容だよ」

 そういってフィリは満足げな顔になって、体を張って説明した疲れをほこすために『んー』と、力いっぱい背筋を伸ばした。

 対して俺は話を聞いてもなお煮え切らない気持ちのままだった。

 この組織は一応ちゃんと組織として機能してるけど、話を聞いた限りでも問題点はいくつかある。

 しかしそれらを改善することは果たしてラゼに仲間だと納得させることができるだろうか。

 わからない...彼女の行動原理があまりにも謎に満ち溢れているから。しかも今の話で更にラゼについての疑問が増えた気がする。

 だから俺は、理想のための第一歩としてもう少し彼女のことについて踏み込むことにした。

 「それにしてもラゼってなにものなの」

 思い切ってラゼについて聞いてみる。

 「ふぇ?」

 それにフィリは意外そうな、そして意味わからなそうな呆けた顔で俺を見上げた。

 しかしそれに怯むことなく俺は更に掘り下げることにした。

 「だってこうも規格外の強さを持ってるのに、軍団の人のようにその力に溺れることなく、むしろ弱者のために力を使う。それかちょっと信じられないというか」

 ちょっと失礼なことを言ってるので気分を損ねてないかと、内心ドキドキしたけどー

 「確かに、私たちも最初は怪しんでた」

 しばらく考える素振りをしたあと、俺の言いたいことを理解してるようにフィリは一つ頷いてくれた。

 「けどすぐ受け入れたよ」

 けどそれは完全同意という意味ではない。確かにフィリ達は俺と同じ心境を抱えてるけど、俺が想像したとは全く違う答えを出した。

 「それはなんで」

 なぜそんな結論を下したのかと、思わず聞き返す。

 「強い人が味方にしてくれるのなら断る理由ないでしょう。私たちにはなにも失うものないから」

 それは非常にシンプルなものであり、この世の真理であった。

 しかしそれだけじゃないみたい。

 「それに事情を聞いたら納得できる話なので」

 確かに力を持つ『強者』、それだけで頼りたくなり、共に行動する理由になれる。

 けどそれだけではピンチな時共に立ち向かい、『家』に返ってきた時にじゃれ合いをするほどの、裏切られる心配を一切していない『信頼』と『安心』は生まれられないはずだ。

 だからそうなるためのなにかがあるはずだ。

 「どんな話なの?」

 「噂から聞いただけなので詳しいことは分からないけど」

 聞くとフィリは一度そう前置きをしてから、今までにないほど真剣な顔つきになった。

 そのただならぬ気配を感じで、俺も自然と座り直し、無理のない程度で背筋を伸ばす。

 「実はラゼも外からやって来た人らしい」

 「なに?」

 外だと...いやラゼのことだからまさかこの国に逃げ伸びるわけないから、果たしてこの情報はなにを意味するのか。

 いまいち要領を掴めていないけど、そんな俺を他所にフィリは勝手に話を進んだ。

 「しかも外でもちょっと名を知られてる凄い人らしい。それで戦争が始まると聞きつけて、この国の軍団に入ろうとした」

 なるほどそういうことか。どうやらラゼは一般人とは全く真逆の理由でこの国に来たらしい。しかしちょっと考えれば納得できる話。

 「あれほどの強さを持ってるのなら当然の選択だな」

 頷くフィリ。しかしすぐため息をついた。

 「けど女、ただそれだけの理由で追い返されたみたい」

 「は?」

 ラゼほどの実力者なら軍団の人も喜んでラゼを歓迎することだろう。そう思ったのに、あまりにも予想外の展開に一瞬なにを言ってるのか、その内容が理解できなかった。

 「女は戦力にならない。子供を生む以外に価値はないって」 

 「男尊女卑か...」

 時代遅れの考えではあるけど、しかしある程度理解できるものでもある。

 女ってのは多感な生き物なので周りのことに影響されて優柔不断になることもある。それにフィリが言った通り万が一妊娠でもしたらまともに仕事などできるはずなく、じっとしてるだけでも周りの人に迷惑を掛けることになる。とはいえー

 「もちろんそれで納得できるはずない。兵士達をボコボコして、軍団の本拠点に乗り込んで一番偉い将軍に直談判を持ちかけたみたいだけど、結果は同じ」

 本当にできる女は、普通の男の何百人よりも優れる。 

 「充分実力を証明できると思うけどな」

 なら、強い人なら尊敬し、重用すべきじゃないだろうか。この『自由』な国ならなおさら。

 「それが逆に気に食わないみたい」

 なのに変なプライドに邪魔されてそれが認められない。

 ったく貴族といい、むさ苦しい男といいなんで他の人と仲良くできないんだろうな。こうした方がお互い幸せになれて、もっと尊敬されるはずなのに。

 「それでもしばらくは粘ってるみたいだけどー」

 聞いてるこっちですらため息を吐きたくなるほどの待遇なのに、それでも当時のラゼの心は折れることなく、めげずにアタックをし続けた。

 その根性の強さも彼女の強さの理由の一つになるだろう。けどそれだけじゃあの規格外の強さを説明できないー

 「その間兵士が私たちのような子供を殴るのをはじめ、店のものを堂々と奪い、住民達を侮辱するところを見たらしい」

 「普通のことじゃないか」

 「でもラゼはそれが許せないみたい。だから軍団に入るのをやめた」

 外で育てたからこそ見えてくるものがある。

 もしずっとこの国に住んでいるなら、そんな理不尽なことでさえ当たり前のことだと受け入れてくれるだろう。ラゼと俺のような余所者だからこそ、それが如何に異常なことだと察することができる。

 それでも、所詮は自分とは無関係なことだと、そう思い外から来た多くの人は見て見ぬふりをする。いや、実力のあるものはむしろ自分の力を示すがためにそれに加担すうかもしれない。

 国中に暴れまわったら、それを止めることのできない大勢の住民よりも優れることを証明できるからな。

 なのにそれを是とせず怒りを覚えてしまうのは、ラゼの人柄のよさを伺える。

 「正義感の強い人だな」

 そしてそれこそが、ラゼの強さのもう一つの秘密だと、俺は思う。

 「ラゼは言ってた、こんな世界絶対間違ってるって。だからそれを正すためにこの組織を作り上げた」

 その心に身をまかせて、この理不尽と対抗するためにこうして組織を作り上げたというわけか。

 「なるほどな」

 フィリの話を聞いて俺はようやくわかった気がする。ラゼという人物と、その考えについて。

 ようやく見えてきた。これからどうするべきなのかを。そのための第一歩をー

 「ん? あれは...」

 そんな時、突然視界の隅に現れる人影があった。

 人気の少ないところとはいえそれ自体は別に不思議でもなんでもないけど、三つに分けたそれらの物体は視界の中で不規則で酷く独特な動きをしてる。

 なんとなく正体が気になって目で追うと、俺につられてフィリも『?』と、首をかしげながらそちらに顔を向ける。

 「ふーちゃんとはーくんときーくんだ」

 瞬間、よくわからんことを叫び出して、フィリはその場から駆け出した。

 「え、ちょ」

 突然の行動に混乱しながらも反射的にフィリを呼び止める。けど時はすでに遅し。

 相手の正体が判明していない以上、俺達に危害を加える可能性があることを否めない。なのにガキってのはなんでこう、周りのことを気にせず興味があるものに真っすぐなんだ? 

 ため息をつく。未だに悲鳴をあげている体を気合いで起こさせて、フィリの後を追った。

 「こんちー」

 やがて三人の元にたどり着くと、フィリは心なしか嬉しそうな顔で手をあげて、三人に色々と省略しすぎた謎の挨拶を掛けた。

 「お」

 「フィリじゃないか」

 「こんちーだよ」

 それに三人は一瞬びっくりしたけど、フィリの姿を確認するとほっと胸を撫でおろして、同じく嬉しそうに挨拶を返した。

 その平和な光景に、三人の正体は子供であるところから見ると、おそらく彼らはうちの組織のメンバーだろうと、俺も安堵なため息をつく。

 同時にこれはショタと幼女と仲良くできるチャンスなのでは!? と、便乗するように俺も勇気を出して一歩前へと、みんなに挨拶した。

 「よっ」

 遅れてやってきた俺は優しく、そして爽やかな笑顔を作るよう心かけて、なるべく自然に軽く手をあげながら声をかけてみた。

 「げっ。てめぇも居るんかよ」

 「最悪だ...」

 「...」

 しかし俺の出現に三人は露骨に嫌な顔になって、俺を警戒するように後ろずさった。

 いやまあこうなるとは予想はしてたけど、それにしてもなんだこの待遇の差は...ひどすぎる。

 とはいえこれから世話になる先輩と考えるとーここで引き下がるわけにはいかなく、俺はめげずに声を掛けることにした。

 「こんなところでなにしてるの?」

 「お前には関係ない」

 俺の問いかけにガキ共はすぐそっぽを向いた。

 「それくらい教えてくれてもいいじゃないか。な、先輩達」

 なので先を回って、彼らの機嫌をとるべく手をこすりながら、笑顔も忘れず意味もなく三人を持ち上げた。

 「っち。へらへらしやがって、気持ち悪い」

 けどそれがかえって逆効果になるみたい。嫌がるところか今度は敵意を剥き出しにして、俺に無遠慮な言葉をぶつけた。

 「...そんなに嫌がることないだろう。傷つくわ」

 そのあまりの無慈悲さに、流石に心に来るものがある。

 一瞬で撃沈された俺はこれ以上声を掛けるメンタルがあるはずなく、ただこれ以上傷が広がらないために四人からちょっと離れたところで体操座りをするしかなかった。

 「あー、もう! なんなのこいつ!」

 しばらく落ち込むと、三人の中の一人が急に怒気を含む声を上げて、なにを思うかつけつけとこちらに近づいた。

 なんだなんだ! おしっこか?! と思ったけど、どうやら拗ねてる俺の姿を見かねて、俺の希望通り声を掛けてくれるらしい。

 「ったく。見ればわかるだろ。カツアゲの準備に向かってる途中なのよ」

 ふ、ふん! こんなんで俺のメンタルが回復できると思うなよ!

 「ってことはこの辺りに潜伏するの?」

 俺は恐る恐ると、変な期待をしないことを心掛けてもう一度、相手の反応を伺いながら話しかけてみることにした。 

 「そうだよ」

 それに未だに不機嫌ながらも一応受け答えはしてくれるみたい。

 それに折れかけた心と共に立ち上がり、すっかり元気を取り戻した俺はメンバー達と距離を縮めるべく更に言葉をまくし立てようとした。その矢先ー

 「これでいいだろう」

 「俺達は仕事で忙しいんだ」

 どうやら元の状態に戻れたのは俺だけではないらしい。まあ元から俺のことを良く思っていないので、こうして言葉を交わしてくれるだけましか。

 けどそう思ってるのは俺だけだ。

 「喧嘩はだめ!」

 「フィリ...」

 一方的に責められているこの状況は傍からみたらただの不仲に映るだろう、俺達の仲を取り持つようにフィリが間に入った。

 「こいつに肩入れするのか」

 なぜフィリがこんなことをするのかわからない。しかし俺の望む方向へ物事を運ぶその行動に、当然三人は快く思うはずがなく、その真意を確かめるために三人は圧のある視線でフィリにそう問い質した。

 その圧力を一身に受けて、フィリは怯みながらもなんとか言葉を振り絞った。

 「えっと...実はラゼに誠のことを任されたの。先輩として組織のことを色々教えてあげてって。だから、その...」

 出された答えを聞くと三人も一気に警戒を解き、今度はフィリに同情するような、哀れみのような視線を送った。

 対して俺は今まで親切に俺と話してくれるフィリの態度も、俺の前に出てくれることもただの使命感によるものだと知りちょっと悲しくなった。

 「全く一体なにを考えてるんだラゼのやつ。こんないやな役を押し付けるなんて」

 「大変だったな...」

 軽く肩を叩いてフィリを励む三人。俺の心も慰めてよ先輩!

 「別に喧嘩はしてない。けど必要以上に仲良くするつもりもない。それだけだ」

 「本当に?」

 「ああ」

 そしてフィリの立場を理解してる今、俺を当たるのはフィリを困らせるだけだと思い、三人は彼女を安心させるために優しくそう諭した。 

 「それよりフィリ。手が空いてるのなら俺らと一緒に仕事しにいこうぜ」

 更にフィリを苦痛から解放すべく、すべての元凶である俺から引き離そうとしてくれた。まさに模範的な先輩だな。

 けどその好意を素直に受け入れることができず、フィリはちらっと遠慮したようにこちらを見る。

 おそらくラゼに俺のことを任されたので、もし何が要望や質問があればこちらを優先すべきと思い、先に俺に確認を取るだろう。

 「こいつとなんかあったの?」

 けどフィリの態度に気づいたけど、心まで読めていない先輩達はまるでフィリを庇うように俺とフィリの間に壁を作るように横に広がり、あくまでも俺のことを完全無視し、フィリに事情を尋ねた。

 まずいな...今俺のやるべきことはこの組織について知ること。そのためには仕事で直接身をもって知るのが一番手っ取り早いけど、当然仕事ってのは基本一人でできるものではなく、誰かと協力する必要があるんだ。

 なのに一度は話してくれたとはいえそれだけ。こいつらと仲良く出来る気が全然しない。

 このままだと仕事にも支障が出るし、目的を達成するのは難しそうだ。なら、普通の方法がだめなら多少強引な方法、強い刺激を与えた方がまだその可能性がある。

 その分リスクも高いけど、既に俺の好感度は0なのでこれ以上下がることはないだろう。ということで俺は早速かまを掛けることにした。

 「いや、フィリと一緒にちょっと『休憩』してるだけだ」

 「休憩だぁ?」

 言葉を詰まるフィリの代わりに背後でちょっと大きめな声で答えてやると、三人はゆっくりとこちらに振り返りながら聞き返した。

 それは俺に確認を求めるものではない。言葉の意味を理解するために復唱してるんだ。

 「随分といい御身分ですね」

 やがて俺の言葉を呑み込むと、三人とも険しい顔つきになり、皮肉じみた言葉を俺にかけた。

 「...どういう意味だ」

 そのことを内心にやりと笑いながらも、俺は努めて冷静な顔になり、とぼけた顔で三人に問い返した。

 「確かにお前は大怪我をしている。けど今も、さっき紹介された時もまともに動けるじゃないか」

 「動けるのなら仕事に取り込むべきだ。俺達のような人はね、動かないと食料を手に入れられない。そしてほんの少しでも立ち止まればそのチャンスは他の人に略奪される」

 そう、俺は知っている。こいつらの置かれる厳しい環境を。そしてそれと対抗するために必死にもがいている姿勢を。

 「なのにつらいという理由だけで仕事をやめて、こんなところで呑気に休憩をするんだ?」

 なのに、同じ状況に居るのに、仲間になりたいとほざいたのにそのやり方を否定し、馬鹿にするかのような行動を俺は取っている。そんなことを知ったらそりゃ怒るよな。

 実にブラック企業の先輩らしいことを言ってるなこいつらの怒りの正体は俺に対する失望?  侮辱を感じてるから? 自分への言い聞かせ? どっちにしろ好都合だ。

 「確かにお前らのいう通りだ」

 俺はしっかりと先輩達の思いをこの身で受け止める。

 さてこれで布石の配置は終わったことだし、あとはー

 「けど実際問題、動くにもどうすればいいのかわからない」

 俺は自分の思う方向へ物事が運ぶように反論をはじめた。

 「そんなのいくらでもやりようがあるだろ」

 「俺はお前らと違い、体が大きいんだ。その上ドがつく素人。なら迂闊に行動しても失敗に終わり、かえって相手の警戒心を高まるだけじゃないか」

 もしこいつらのいう通りなりふり構わず行動を起せば、結果的に失敗に終わるところかいつらにも影響を与えるというわけだ。

 俺の言いたいことをこいつらにも理解できるはず。だからこれ以上気安く俺を責め立てる言葉が出てこず、押し黙った。

 「そこで、だ。良かったら実際に仕事を教えてくれないか?」

 それを好機だと思い、俺はここで本題を切り出すことにした。

 「なに?」

 「さっきフィリから組織の大まかな仕事の内容を聞かされたけど、細かいまでは分からない。なので組織ならではの掟や注意事項があれば教えてほしい」

 意図的に省略した部分をやっと明かすと共に要望をぶつける。

 もし最初にこのことを説明するのなら、きっと三人は口頭で説明されたのならもういいだろうとか、適当な理由をつけて相手をしてくれないだろう。

 しかしあえてその部分だけを隠すとほら、言い争ってるとはいえこうして言葉をぶつけあえる状況を作ることができる。そしてー

 言葉が通じるのなら、話ができるのなら、言葉の刃を使って望む未来を勝ち取ることができる。

 「なんでそんなことをしなければならない」

 「大体人が多い方がいいってもんじゃない。今のお前ならむしろ仕事の邪魔だ」

 こちらの提案に対し、三人は当然否定するだろう。しかしこいつらは気付いているだろうかー

 さっき自分たちが言った言葉が、その考えが俺の言葉に力を与えることを。

 先輩面をしてる故に、フィリの立場を困らせる一方的な拒否が封じられることを。

 「弱くても死ぬ気で行動すべき。先輩が教えたことじゃないか」

 そんな彼の『考え』と、後輩への『思い』を利用して、それらを俺の剣に包む『オーラ』へと変換する。

 その剣を握り、三人に向かって横一文字に斬り掛かる。

 オーラによって三人の心が揺さぶり、自分の言葉への責任感とフィリの先輩としてのプライド、そういう感情(弱点)が露わになる。

 そこを目掛けて俺は更に言葉の本体を叩きつける。

 「...」

 俺の言葉に対してなにを言ってもそれは自分を否定することに繋がる。だからこそ三人の心を深く突き刺さって、『負い目』というダメージを与えることができる。

 結局、三人はばつの悪そうに顔を逸らし、押し黙るしかなかった。

 それでも致命傷にはならない。なので俺はとどめを刺すべく更にもう一本、剣を生成した。

 「もちろん今の俺が足手まといなのは重々承知している。だから邪魔するつもりはない。ただ近くで仕事をするときの手順、そしてコツを学ぶために見学するだけだ」

 それに申し訳なさそうな態度で剣に力を与えて、三人に振り下ろす。

 本来なら彼ら自信の言葉を持って、彼らを責めてもいい状況だけど、しかし俺はまるでこちらにこそ非がある態度をとった。

 それは或いは皮肉だと感じるかもしれない。それでもフィリの前で自滅したその無様な姿を、俺の提案を受け入れることでさっきまでの面子を取り戻すことができる。

 「くそ! わかったよ。連れて行ってやるよ」

 「ただ勝手に行動は絶対にするな。それが守れないとお前も殺す」

 俺の言葉は三人の中にある『俺に対する排撃』の気持ちを消滅し、代わりに『先輩としてのプライド』を優先するという思いに変わった。

 とはいえ俺に対する不満が完全に消えたわけじゃない。肯定するにもどうしても自分に対する苛立ちを俺にぶつけるように乱暴な言葉になる。

 もちろんこれまでに彼らに鍛えられた俺はその程度のことで不快に思うはずもなく、むしろ快く承諾した。

 「わかった」

 それに三人はなぜか苦虫を噛み潰した顔になって、と思いきや急に乱暴に自分の髪を搔き、アフロ頭にさせてからそのまま無言で歩き出した。

 なにあれ気分転換? よくわからんがとりあえず俺はフィリと一緒にその後をつく。

 しばらくそうしていても俺のことを追い返す気配を感じないのでひとまず胸を撫でおろす。

 そして遅れを取らないように、迷惑を掛けないように精一杯その不規則な動きを真似したけどー

 ところでその動き、意味あるの?

 そんなことを思いながら俺達は仕事場へと向かった。


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