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口先の勇者  作者: 漆黒のマーブル
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闇の中の闇

 深い暗闇の中に俺は居た。

 すべてを呑み込むほど真っ暗なその空間に、不思議と冷たさと、痛みだけは残された。

 いや、この苦しみは闇からのものじゃない。闇の外によるものだ。

 外? 外ってどこだろう。というかここはどこなんだ?

 一度気に始めたら止まらない。その答えを探すために気づけば俺の意識は暗闇から徐々に輪郭を作り、覚醒した。

 ゆっくりと目を開くとそこには闇を照らす優しい光ー日の出の光が当たりに広がった。

 黒と白、まるで正反対な二つな色を合わさったその光景は、とても不思議で綺麗で思わずみどれた。

 「いっってぇ!」

 だからもうちょっと近くで眺めようと、体を起こすべくお腹に力を入れた。するとずっとビリビリした痛みが一層激しくなって俺を襲ってくる。

 そのあまりにも強烈な痛みはいくらメンタルの強い俺でも耐えきることができず、バタバタゴロゴロと地面で悶えることでそのダメージを分散するしかなかった。

 大の大人がまるで赤ちゃんのように暴きまわる自分の姿はさぞかし恥ずかしくて滑稽なものだろう。それでも俺にはどうすることもできない。

 しばらくこうしてもがく苦しむとやがて痛みも大分落ち着いていて、暗闇から覚めた俺の意識もはっきりとしたものとなった。

 同時に俺の身になにかあったのかを思い出す。

 そうだ。俺はついに人間の国へとたどり着くことができて、そしてーそして俺は身をもってこの国の『自由』さを知り、絶望の淵へと叩き落とされた。

 いや意気消沈で意識混濁になったというよりそもそも俺は生きてるのか? あれほどの暴行は流石に現代っ子の俺にとっては過酷過ぎるからな。

 慌てて自分の体を確認する。血まみれな上に全身汚れているけど、一応感触はある。ならおそらく命だけは取り留められたのだろう。

 けど、果たしてそれはいいことだろうか。

 「これからどうするかな...」

 今この世界は混沌に落ちている。でも生命の危機を感じるのになにもできないことでも分かる通り、俺にはなんの異能も持てない。そんな俺が世界をどうにかできるわけない。

 そう。世界を救うどころか俺は自分自身の身を守ることすらままならないんだ。

 そんな俺がこの世界に存在する意味なんてあるだろうか。

 わからない。なぜ俺がこの世界に召喚されたのか。俺になにかできるのか。唯一分かるものがあるとすればー

 ずっと体内に響く軋む音にまぎれて、新たにぐぅーという音が体の奥底から伝わった。

 そうだな。いくら考えても答えなどでるはずない。ならあれこれ考えて気落ちをするより、今はとにかく体を動いた方がいいだろう。

 じゃないとせっかく生き延びたこの命を粗末にすることになりそうだ。

 エネルギー不足と痛みで力が入らない体を根性で起こす。

 幸い辺りに兵士の姿はなく、身なりを確認したところいくつかのサバイバルアイテムがなくなったけど、ポケットにある金はまだ健在なのでひとまずほっと一息をつく。

 体を引きずるようにメインストリートの方へと目指すとまだ朝というには早い時間だというのに、道中では既にちらほらと人影が見える。

 なのに活気を感じない。

 それは客をおびき寄せる声が聞こえず、慌てることなくただ淡々と開店の準備に勤しむをする人達のスタイルにもよるものでもだけど、なによりー

 昨日と同じ余所者である俺は住民達に避けられて、鋭くて厳しい視線をぶつけられた。

 まるで知り合いでしか受け付けないような露骨で嫌な雰囲気は今の俺にとって酷く居心地悪く、ともすれば被害妄想すらはじめた。いやー

 少し遠くで程よく膨らんでいる形のいい胸をしてる、スタイルもよくて端整な顔立ちをしてる美人がいる。

 彼女は他の人と同じちょっと引いた感じで、冷たい目でこちら見つめている。それが中々どうして悪くなくて、さっきまでの嫌な気持ちが一気に吹き飛ばされた。

 そのお陰で俺の気が一気に大きくなり、謎の感情に身を任せた俺は俺の雄々しさを見せるべく実に堂々と大股になって歩くことにした。

 ちらっ。

 次に群衆の視線をこの身で受けながらも嫌な顔一切せず、むしろ和らげな笑みでそれを返すことで、俺の包容力を表すことにする。

 ちらちらっ。

 最後に金持ちをアピールするために彼女のいる露店へ向かい、そこにある一番高そうな、おっとここでは高級なものがないだっけ? なら適当に色んなものを注文するしよう。もちろん、彼女へのプレゼントだ。

 「マスター、メニューに乗ってるもの全部二つずつください」

 美女をちら見しながらできるだけイケボを作ってオーナーに注文する。値段表を見る限りどの商品も普通な価格で、すべてを足しても俺の手持ちなら余裕で払える金額だ。

 「は? ふざけてるんのかお前。こっちは忙しいんだ。お前の相手をする暇なんてない、帰れ」

 なのにこっちの財布事情を知らないオーナーは相変わらず迷惑そうな顔で有無を言わせず俺を門前払いした。

 「金ならこちらを」

 対して俺はただ満面の笑みでそれを返して、冷やかしではなく本当に買い物をしに来たと証明するためにバカでもわかるように金が納めた袋を開けて見せた。

 「金ねぇ...」

 それに釣られて疑わしそうに袋を覗き込んたものの、それでもオーナーの態度は変わらなかった。

 「悪いが金は受け付けない」

 「...は、はあ? どういうことだ?」

 それところか理解不能な言葉を口に出して、今度こそ俺のことを追い払うとした。

 一応こうなることを想定したけど、あまりの理不尽に流石にクールな俺でも動揺せざるおえなかった。

 「言葉通りだよ。買い物がしたければ食材か素材を持ってこい」

 「そ、そんな! だって看板に3コイン一つって」

 「それか?」

 一体どういうことなのかとオーナーに問い詰めてみたものの、なんの悪びれた様子もなくただはぐらかされた。

 まさに取り付く島もない。

 いや余所者嫌いなのは分かるけど、ここまで全力拒否されるとは思わなかった。

 「お前...納得がいく答えがなければ引き下がらないぞ俺は!」

 今後の俺の生活に大きく響くその出来事に、もちろんこのまま素直に受け入れるわけない。

 既に美女のことなんざ頭から消えた俺は店の前に陣取って、凄い形相でオーナーのことを睨め付けたーちゃんと説明しないとここを離れないという意思を見せるために。

 オーナーにとってそれはただの迷惑行為になるだろう。それが俺の狙いで、俺は怯まずにただじっと彼を見つめる。

 「ったくしつこいなお前...」

 やがてどれくらいの時間が過ぎたのだろう、こちらの覚悟が伝えたからなのか、それでも根負けしたからなのかわからないけど、オーナーははあと深いため息をついた。

 「このまま放っておいたら他人の迷惑にもなるか。やれやれわかった、説明してやるよ」

 そして不機嫌な顔のまま一応こちらの要望に応えてくれた。

 それに俺も一旦引き下がって、オーナーの話に耳を傾けることにした。

 「そもそも誰が貴重な物資をこんな腹も膨らませないゴミに変えるというの。これの十倍くらい大きいなら話は別だけど」

 若干乱暴な口調で無駄など一切ない、要点だけをまとめた説明に俺は更に混乱した。

 そう、常識がまた覆された。まさか本当に彼の言う通り金が使えないのか?

 「いやいや、金は書かれた価値と同じものを交換できる変換アイテムだろう。ならー」

 「その価値は誰が判断するんだ」

 「それは...」

 確かに誰だろう。ある程度は政府機関によって管理されたとは聞いたことあるけど、結局のところ商売する人自ら商品の一つ一つを値付けする。だから同じ商品でも店によって価格がバラバラになる。

 「見ての通りこの国にいる人は多くの人は生きるの精一杯なのだ。お前さんは信じられないかもしれないが、少しでもその現状を緩和するために、簡単に多くの金を手に入れるために同じ種類のものを売る人達グループを結成して、通常より遥かに高い価格でそれを販売することにした」

 そしてそのことを付けこむ人が居た。

 「それを見た他の人達も当然、同じように利益を最大まで得るために同じことをする。結局誰が一番早く値上げする人がお得することになる」

 たった一滴の水で湖全体の表面を乱すことができるように、管理が行き届いていないところでそんなことをする人が一人でも居たら、特に今のような誰しも余裕がない状況の中では貪欲な人が全員それを真似することになるだろう。

 結果物価が凄まじい勢いで高騰することになり、誰もか損することだけになる。

 「捌いたものと手に入れるものの割が合わない。だから金なんて価値はない。そんなくだらないことで俺達が血汗を流してるものを奪われてたまるか。それに金なんて腕のいい職人ならいくらでも作れるだろう」

 だからみんな『金』というものを見限ることにした。

 「お前さんがどこから来たのかはしらんが、この国では金が流通していない。だからそれしか持てないお前さんは買い物などできない。諦めるんだな」

 そして二度とこのような人為的災害が発生ないように物々交換という一切の誤魔化しが効かない原始的な方法へと戻すことにした。

 オーナーの説明はこの世界において実にありえそうなほど生々しいことで、さっきまで理解不能な出来事が一瞬にして納得させられるほど筋が通っている。

 「というわけで帰れ」

 それでもやはりどこか信じたくない気持ちが大きくて、俺は突き放すオーナーの言葉を受けてひとまず下がってからも、更に5軒ほどの店を回って、その真偽を確かめた。

 けどやっぱりみんな同じ言葉しか返って来なかった。その事実に俺は大きなショックを受け、それは次第に怒りに変わって俺の腹の底から沸き上がった。

 怒りの先は当然、今の状況を作り出した元凶である大将だ。

 「大将! お前俺のこと騙したな!」

 俺は記憶頼りにすぐ大将の露店へ向かい、目当ての人物を見つけるなり俺は挨拶代わりに怒気を含む大きな声をぶつけた。

 「っち。生きておったか」

 俺の姿に大将は記憶とは大分違う、露骨なほどまでに嫌な顔をしてる。それに構わず俺は大将に問い詰めた。

 「お前、この国では金が使えないと知った上で俺と換金をした。そうだな」

 「だからなんだ」

 「お前...ついに本性を表したな」

 おそらく俺の態度でおおよその事情が察したのだろう。誤魔化しが効かないと思った大将はなんの悪びれる様子もなくあっさりと自分の否を認めた。

 「まさかわしがやさしいからこんなことをすると思ってないだろうか。利益がないのなら誰かキミのような厄介者の相手をする」

 いや、彼は自分の行いが否であることを思っていない。勝手に勘違いした俺こそが悪だと言っている。

 そのことは更に俺の怒りを増幅させた。 

 「厄介者だと...」

 「この国で土を持てないお前は当然食材を生産する術を持たない。力もなさそうだから素材を採掘することもできないし、戦力にもならない。なのにきちんと税を納めている俺達と同じ軍団の庇護が受けられるなんて、そんなの許されるわけないだろう!」

 段々と明かされた真実に、俺は怒りを通り越して自分でも驚くほどに脳が異常なまでに冷たくなった。

 あぁ、そうか、そりゃそうだよな。確かにここは異世界だけど、もう一つの現実でもある。

 「だからキミが少しでもこの国に貢献をもたらすように食材を騙し取った。言っておくがこれでも大分優しい方だからな。必要最低限の食材を残してやったから。他の人なら命を含むすべてのものを奪うなんて人もいる。まあせっかくの配慮も無駄に終わったけどな」

 そして冷静にいられるからこそ、見えてくるものもある。

 「それは本当にやさしさからのものだろうか」

 「...なに?」

 そう。淡々と並べた大将からの話に、どうしても一つ疑問を覚えざるおえなかった。

 それは明かされた真実の中に隠された、更なる残酷な現実だった。

 「お前はわざと全部盗まずにちょっとだけ残した。そうだな」

 「...なにを根拠に」

 指摘すると大将は分かりやすいほど顔を歪む。けどすぐ取り繕おうとした。

 もちろんそうはさせない。俺は言い訳で己の罪を和らげようとする大将の醜さを暴きだすために、既に俺の中に整理された一つの推理を述べた。

 「お前は元々俺からすべてを奪い取るつもりでいた。けど俺が換金する話を持ちかけたことで考えが変わった。なぜならその方が一番簡単かつ安全で俺から食材を取り上げることができるから」

 もしずっと腰あたりできつく縛り付けている袋に強盗を働いてもきっと簡単に引きはがせることができない。一旦引っかかって、それを何回にわけて力尽くで奪い取らなければならないことは簡単に予測ができる。

 その間に当然俺は全力で抵抗することになる。

 結果少なからずのダメージを負うことになって、最悪ふとした拍子で逃げられることになるかもしれない。

 けど換金する形でならそうなる心配は一切ない。金はこいつらにとってただのゴミなので実質ただで差し出すようなもの。お互いが納得できる形でならより順調に、そして安全にほしいものを手に入れられるだろう。

 「けどリスクがないわけじゃない。それが今のように真実を知って、復讐しに来る可能性があるからだ」

 現に俺はこうして怒り心頭になって、大将の元を訪れた。

 「だからあえて全部奪わなかった。例え僅かの食材でも、切羽詰まったこの環境下においてそれを奪う人が必ず現れるとお前は知ってる。そして願わくばそのまま俺の命をも奪ってくれれば、お前にとって一番楽でリスクの少ない方法で最大の利益を得ることができる」

 そう、大将は俺に慈悲を与えたから俺からすべてを奪わなかったわけじゃない。他の人に後処理をさせた方が自分にとってのリターンが多いと思った故の行動だ。

 「...どうやら思ったより頭がいいみたいだな」

 俺の推理をずっと黙って聞いた大将は、流石に誤魔化し切ることができないと思い、ついに観念した。

 「その通り。俺はキミを他の泥棒と引き合わせるように働きかけた。まあ結局ほとんどがキミ自ら頭を突っ込むことになったけどな」

 「やはりそうか...!」

 「けど真実を知ったからってなんになる。こうなった以上どの道キミはこの場で死ぬことになる」

 けどそれは一瞬。己の醜さが露見されたにも関わらず大将には全く反省する色が伺えず、むしろ尚それを掻き消そうと唯一その事実を知ってる人物である俺の顔面目掛けに拳を振り落して、殺すことで口を封じようとした。

 「っ!」

 けど一介の料理人と兵士のパンチには雲泥の差がある。短期間でそれを何度も受けたことがある俺の体は自ずと進化し、反射神経だけで直撃を免れることができて、顔をかすむだけで済んだ。

 「死ね!」

 手応えがないことを感じ取った大将はすぐさま二発目の拳を繰り出した。けど一発目が外れた反動もあって硬直時間が予想以上に長く、大将のパンチがこちらに近づくより先に俺は後退することに成功した。

 とはいえ人を殴った経験がさほどない俺に、大将を倒すのは難しい。なのでそのままカウンターをかますではなく、俺は更に何歩か後ろに下がって、どこかへと逃げた。

 幸い最初こそ俺のあとをつけたものの、自分の店からあまり離れたくないからなのか大将はすぐ追いかけるのをやめた。だから逃げ伸びるまではそんなに難しくなかった。

 やがて一息つくところまで来ると緊張の糸が切れて、あたりが小汚い路地裏であるにも関わらず、俺はまるで地面に倒れ込むように崩れ落ちた。

 そしてもう一度思う。  

 さっきは命の危機を感じで思わず逃げたけど、果たしてそれは正しい選択だろうか。

 この世界で俺はなんの異能も持ち合わせていない。なにか大きなことを成し遂げることができないであろうと察した俺は理想を捨て、ただ生き延びることだけを考えた。

 なのに人狼の時もそうだけど、兵士の暴行に今の大将の過激な行動。この世界はまるで俺のことを拒絶するかのように何度も俺の命を奪おうとした。それらはまるでー

 俺がこの世界に召喚されたのはなにかの手違いだと言ってるようだ。そして今世界は異端である俺の存在を消そうとしている。

 全くもって理不尽だ。けどー

 死んだら元の世界に戻れるかどうかわからないけど、少なくともこのもう一つの理不尽から、苦しみから解放することができる。

 「動くな」

 そんな俺の願いを聞き取ったように既に満身創痍である俺の前に三つの黒い影が立ちふさがった。

 「持ってるものを全部渡せ!」

 乱暴な口ぶりにこちらに向けて突きつける鈍い光。どうやらこいつらは大将が言ってた凶悪泥棒であり、この世界の調律者だ。

 これからこいつらが俺になにをするかは分かる。だから俺も一刻も早くこの身の苦痛を断ち切るべく、なんの抵抗もせずただその行為を受け入れようとした。

 「...」

 最後にせめて自分の死にゆくざまをこの目に焼き付けようと、俺は今一度三人のことを見上げる。するとそこには信じられない光景が広がった。

 そう、俺を殺し掛かってきたのは何処からどう見ても十歳もない子供達だった。

 なぜ子供がこんなところに? そしてなぜナイフなんて物騒なものを持ってるんだ?

 ...まさか。

 そういえば俺が盗難に遭う直前、俺は大将の店で食事をしてた。その時やけに熱心に俺の食事風景を見てる子供が居たな。

 あの時は大して気に留めなかったけど、今となって考えてみればひょっとしてあの時の子供が、俺の下着を盗んだ犯人なんじゃないか?

 「お前ら...自分がなにをしてるのかわかってるの...?」

 その真偽を確かめるために俺はおそるおそるしながらも三人にそう問いかけた。

 「知ってるよ! 俺達がなにをしてるのか、その意味も。けどねー」

 それに一番前に居る子供は一瞬ばつが悪そうにしたけど、すぐ頭を振り勇気を振り絞って真っすぐ俺のことを見上げた。

 「生き延びるのに必要なことなんだよ」

 一生懸命己の中にある罪悪感を振り払うような必死な顔。

 今こいつがやってることは大将と同じように見えるけど、その実全く違う。大将は己の醜さを隠すために必死になってるけど、こいつはきちんと自分の醜さを認識した上でこんなことをしてる。必死に心と戦ってる。

 その表情こそが、こいつが嘘をついていないなによりの証明になるだろう。

 「だから、だから持ってるものを全部渡せ!」

 子供が犯罪を犯す、か。

 最初にこの世界に来た時、俺は抑えられないほどの興奮を覚えた。そして期待を膨らませて、俺は希望を持ってこの国へとやってきた。

 けどそれらはすぐ落胆に変わって、失望はやがて絶望に変わる。

 だから俺は理想を諦めて、目の前のなにもかもから逃げ出そうとした。

 それはこいつらも同じはず。なのにー

 誰の助けもなく、なんの力も持ってないのにその顔には一切の諦めもなく、拙いながらも俺と違い今を生きるのに必死だ。

 ...情けない。あまりのかっこ悪さに自分でも惨めに感じた。

 子供が頑張ってるのに、大人である俺が諦観してどうする...!

 確かに俺はなにも特別な力がない。何も成し遂げることができないかもしれない。それでもー

 なにやる前から諦めているんだ。

 例えかっこ悪くても、泥だらけになっても、情けなくても、最後までやり遂げられなくてもー口先でも、それでもやらないと何も始まらないじゃないか!

 かっこよく事件を解決して、みんなに尊敬される英雄になる。そんな幻想とそれになりたいという無駄なプライドを捨てろ!

 そして認めろ! 俺一人でやれることに限界がある。それに俺はこの世界に関する知識が圧倒的に不足していることを。

 そのことで変な目で見られるかもしれない。けど構うな! この世界に不満があるのなら、変えたいと思っているのなら、もっとがむしゃらで、必死になれ!

 それが素直な、余裕がなくなった今の俺の本心だ。

 ようやく踏ん切りがついた。元の世界では嫌なことがいっぱいあった。だから別の世界でそれらすべて忘れられるように同じことしないと、違うことをして別の人生をはじめようとした。

 けど結局はどちらの世界に居てもなにも変わらないー俺はどこまで行っても俺のままで、現実もあいかわらず残酷だ。

 だから決めた。前と同じ道を歩むことをー俺は、例え命を代えても、最後までこの世界と戦うことをここで誓う。

 そのために俺は言葉を紡ぐ。こいつらを倒して仲間にさせるために。

 「いいだろう」

 敵であるはずの者を仲間にするためにはまずは敵意がないことを示さなければならない。

 俺は三人の脅しに対して従順な言葉で返した。

 それは彼らが望んだことなのに、自分にとって都合のいいことのはずなのに、なのに言葉とは裏腹にそれは三人の『心』に刺さった。

 それもそのはず。なぜなら俺の口から出たのはただの言葉ではない。俺の言葉は空中で漂いながら最終的に俺の手元に集まって、ナイフという形をとって具現化した。

 そのナイフを素直にいうことに従う従順な態度という、中身の言葉とはまるで正反対な力を与えて、それを三人に向かって振り下ろした。

 「へ?」

 この厳しい環境下でなんの抵抗もなく、隙を伺う素振りもない上に嫌な顔一つもなく命の綱である物資差し出すことは彼らにとってはありえないことだ。

 だから俺の行動は不気味に見えて、その心を乱すことができる。

 そこで更に言葉の本体をぶつけると三人は明らかに動揺して、反発が激しい人を相手にするよりも俺のことを警戒をした。

 「今俺にあるものを全部くれてやる。けどその代わりにー」

 なぜこんな都合のいい現実を信じることが出来ず、ともすればそれを否定しようとしたのか。それは自分自身に自信がないからではないー

 理由がないから、素直に受け入れることができないんだ。

 「俺を仲間に入れろ」

 その隙をついて俺は本題をー本命の一撃をぶつけることにした。

 「なにを企んでいる」

 これで俺の狙いが明かされることになる。

 それにより俺の言葉の破壊力が一気に下がり、子供達も俺の分かりやすい攻撃を凌ぐためにその箇所だけを集中して守ることにする。

 「生きる術がない俺が、生計が確立されたお前らにすがりつく。そんなにおかしいか」

 「入るとしてももっと力があって、頼りになれそうなところを選ぶだろ」

 「そうだよ! 俺らのような子供グループに入りたいのはおかしいよ」

 「それはどうかな」

 俺の攻撃をことごとく防いだことで三人もひょっとして俺という人間は大したことないじゃないかと、途端気が大きくなって調子に乗った。

 「どっちにしろ俺達がその気になればそっちを殺すこともできるんだぞ、なんでそっちの条件を飲まなければならない」

 凶器を持っていることもあって、これで子供達は優位に立てるつもりだろう。けどー

 少なくともこれで今の俺には敵意がないことを示すことができる。

 なら次はそれが本当であることを示すために『覚悟』を見せなければならない。

 俺は新たな言葉の武器ー短剣を生成した。

 「ただそう提案をしてるだけだ。どうするかを決めるのはお前らだ」

 同時に俺は俺が最初にが言ってた、彼らに従順であることに嘘がないと証明するために、それを実行することにする。

 そう。俺は手にあるサバイバルアイテムの他に身に着けている服ー言葉通りすべてをこいつらに渡した。

 子供の中には女も居るのに、にもかかわらず俺はなんの恥ずかしげもなくむしろ堂々と全裸になっていた。

 まるで変態のようだ。

 もちろんそんなつもりは全くないよ? ただこれは覚悟を見せるために必要なことなだけだからな!

 ともかくその行動はやがて俺の短剣に力を与えることになり、その煌々とした短剣を手に俺はもう一度子供達を攻撃した。

 「...」

 そんな俺を子供達は理解が追いつけないような、ちょっと怯えながらもただ呆然と俺の行為を眺めるしかなかった。

 結果、俺の繰り出した攻撃に反応することができなくて、まともに喰らった。

 それは致命傷にもなりえるほどのダメージだった。

 「確かにお前らは圧倒的に有利な状態にいる。にもかかわらずお前らは今動揺し、焦っている」

 俺は今一度彼らが自身の状況を確認するよう指摘して、更に軽い斬りで相手を脅しながら降参して仲間になるよう促した。

 「なぜこんなことになるのか、その原因を知りたくないのか。知って、それを使ってこの理不尽な世界をぶち壊そうと思わないか」

 「こいつの口車に乗るな! 確かにお前が今まで遭ったどいつとも違って変だから少しは動揺したことは認める、けど世界を変える? いや、世界どころかお前は今の状況すら覆すことができない。俺達が優位に立つことも、お前が死ぬことも。それは今を証明してやる」

 傍からでも分かる決着が付けたはずなのに、それでもこいつらは絶対に負けを認めない。

 なぜなら負けたら、諦めたらそれは死を意味するからだ。

 「やっちゃまえ!」

 「うおおおお!」

 そう分かってるから、俺は仲間に入れられるために最後に『勇気』を示すことにした。

 「な、に...」

 現実にある本物のナイフを手にまっすぐこちらに向かってくる子供の攻撃も。俺は抵抗することなく、避けもせずむしろ自然体でそれを受け入れた。

 およそ人の本能すら逆さった俺の行動に、攻撃しにくる子供はいち早くその異変に気づき、不気味に思うあまりちょっとだけ怯んだ。

 結果、攻撃こそ当たったものの、作った傷が浅く、致命傷にならなかった。

 「どうした。俺を殺すんじゃなかったか」

 「お前、命を惜しくないのか!」

 挑発する俺の言葉に激昂する子供。しかしそれは自分自身に対するものじゃない。俺の行動に対するものだ。

 「もちろん、大切さ。けどすべてを差し出すと言われたからな」

 そのあまりにも支離滅裂でおかしい行動に、子供も含め三人は途端はっとなり、なぜこんなことが起きたのか、そしてどうすればいいのかわからず戸惑っていた。

 その様子に俺は満足げに笑った。

 これで下準備が終わった。そう、今まで俺がやってきた行動はすべてこれから紡ぐ俺の言葉に力を与える糧となる。

 それを使って最後の一押しをすれば、半信半疑ではあるかもしれないがひとまず俺の提案通りひとまず俺と共にし、俺の勝利になるだろう。

 「中々面白い男だな」

 そんな時、突然上から声が響いた。

 上? いや背後や曲がり角から声がするなら分かるけど上? 

 混乱のあまり慌てて声がする方へ向くとそこには大剣を片手で持ってる、ほぼ下着しか着てないような露出度の高い衣装を纏ったのにあまりの筋肉質な体をしてるのでなんの色気も感じない、褐色の女がこちらからおよそ10メートルからの上空から落ちてくる姿が見えた。

 人間って飛べるんだ...というか俺が反応するまでの間を考えるとおそらく彼女が元居た位置はもっと高くいるはずだ。そんなところから地面に飛び降りて、しかも平気な顔で着地するなんて、何者なんだこいつ?

 「ラゼ!」

 俺の世界の常識が通用しないと既に分かったはずなのに、今となっても理解が追い付かず呆然とする俺を他所に、女の登場にフリーズした三人は再び動かしだして、ラゼという名の女の元へ駆けつけた。

 「気を付けて! こいつなんか変だよ」

 軽くその腰を抱きしめると三人はすぐ険しい顔になって、ラゼの後ろに隠れながらももう一度俺と対峙することにした。

 その間俺は未だに混乱してるけど、余計なことを考えずに目の前のことだけを集中するよう心かけることで、なんとか現状を認めることができた。

 なるほどどうやらこの女がこいつらのリーダーのようだな。

 「確かにな。窃盗にしろカツアゲにしろ時間が命だ。犯行時間を長引かせば長引くほど他人にバレる可能性があるからな」

 まあ流石に子供だけでは生き残るのは厳しいからな。ちょっと考えれば分かることのはずなのに、他の大人が子供であるこいつらに加勢してることに俺は軽くショックを受けた。

 それでもやはりこのグループに入る考えは変わらなかった。そのためにはあの三人じゃなく、この女と話した方が手っ取り早いだろう。

 一瞬言葉の刃を抜き出してラゼを倒そうとしたけど、こいつから敵意を感じない。

 彼女が『敵』なのか『味方』なのかわからない以上気安く手を出せない。それに彼女が話した内容にいくつかの疑点が残る。なのでまずはそれを確認することにした。

 「なぜ他人にバレると困るんだ。まさか兵士が助けに来るわけじゃないだろう」

 「助けるさ。まあこんな貧民街での出来事に、兵士なら当然無視するけどな」

 女の答えは俺に更なる衝撃を与えた。ここって貧民街なの!? 一番熱気があるし、こぎれいだからてっきりメインストリートだと思った。

 「しかし兵士とは別に、ここには苦しい生活を凌ぐために築き上げた住民達の絆がある。常に助け合いをする彼らはもし見知った顔がピンチに居るところを見たらきっと助けに来るだろう」

 確かに、例えば農作物というのは収穫する時は食べ切れないほどの量が取れるけど、育つ時はなにも手に入れることができない。こういう時期の差があるから、別々の種類の農作物を育つ人達は集めて、持つものが持たざる者に食料を分けてもらうことでバランスを保ち、生き延びることになる。

 そういう付き合いがあるから、他に困ったことがある時も同じ手を貸すことにするだろう。

 「だから素早く終わらせる必要がある。場合によっては相手を殺すこともや無得ない。そのことを最初から徹底的に叩きこんだはずなのに、にも関わらず貴様は長い間あっしらの前に居る上にこうして生きている。そのこと自体が不思議で仕方ない」

 そういってまるで俺という存在を見極めるためにラゼは心の底さえ見透かされるんじゃないかと勘違いされるほどの鋭い目で、まっすぐ俺の目とぶつかった。

 「それと同時に貴様が言ってた不思議な力もただでたらめではなく、ある程度の信憑性が生まれる」

 それにまっすぐな目で見つめ返す。

 どれくらいの時間が経ったのだろう。体感的に既に一時間が過ぎたと思わせるほど息苦しい時間が過ぎた。

 やがてラゼはちょっとだけ口角を上げて軽く鼻を鳴らして、一つ頷いてから先に視線を外した。

 「あっしらの仲間になりたいと言ってたな」

 その態度を見るに、俺には話の余地くらいはあると見た。

 「ああ」

 「なぜなんだ?」

 事は俺が思ってる方向に向かっている。それでも油断することができず、俺はまるで面接のような意図の分からないラゼな言葉にちょっと戸惑いながらも、とりあえず思ったままことを述べた。

 「俺は今の環境を変えたいと思っている。そのためには『弱者』の力が必要だ」

 今の環境を作り出した『最強』を倒しても、『最弱』にはなんの影響もない。『最弱』が『最強』を倒すことこそ、意味がある。

 それはこの世界での俺の願いじゃない。ずっとずっと俺の中に潜む未来構図だ。

 「なるほど」

 俺の答えをよく含味するようにラゼはしばらく目を閉じて考え込む。

 「いいだろう」

 そして目を開けると共に、そう決断を下した。

 「ちょっとラゼ! いいのこんな弱そうなやつを...」

 「そうだ! とてもじゃないか大して役に立たなそう...」

 それに真っ先に反応したのは子供達。いやいや失礼すぎだろこのクソガキ共か!

 「構わん。ただ役に立たないのならすぐ切り捨てる。それでいいな」

 ガキどもだけでなくグループそのものがそうだった...最初こそ怒りを覚えたけど、しかしよく考えたら納得が行く話。

 この国はあまりにも『自由』だからな。目に見えない力なぞ、見下されるのは当然な摂理。

 「ああ」

 今俺がやろうとしてることはその『自由』を敵に回すこと。ならここで怯むわけにはいかなく、どんなに酷い扱いをされてもめけずに、怯まずそれと対峙する。

 その意思表示という意味もこめて俺はラゼの提案を受け入れた。

 「よし。ならついてこい」

 俺の答えを聞き取るとラゼは一つ頷いてから俺を背に歩き出した。

 それに追いかけるとガキ共は尚納得してない顔をしながらも最終的に俺達の後に続いた。

 いや...彼らは尚ラゼの決定に不満と不信を抱いているから、俺の背後で歩いて俺のことを警戒した。

 やれやれそんなことをしなくても未だに裸である俺に逃げる手段も、逃げる場所もなかったのに。

 最初からそんなで上手くこのグループにやっていけるだろうか。なんだか前途多難な感じはするけど、それでも今日まで色んなことを経験したのにようやく、前を向いて一歩を踏み出せる。そのことに俺は小さな喜びを感じた。


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