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口先の勇者  作者: 漆黒のマーブル
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イベント2

 下着泥棒を探すために俺は街中を走り回った。

 現場近くの路地裏を覗いてみたり、大通りから外れた比較的に人気の少ない場所を当ててみたりと、相手が居そうな場所をくまなく探し当てた。

 俺の下着はあまりにも特徴的なので視野に入れば一発で分かるはずなのに、しかしいくら探してもそれらしき人は何処にも見当たらない。

 まあ盗られた現場じゃなく、あとから気づいた時点で犯人は既に遠くまで逃げる可能性が大きい。その上相手は意図的に姿をくらますなら、土地勘がない俺がそれを見つけるのは至難な技だろう。けどー

 男が『下着』に対する執念がそれしきのことで止められるわけない。いや、むしろ今の状況は好都合と言えよう。

 頭を振り絞って、あの手この手を使っても『下着』を手に入れることができないのなら、男なら、余計な小細工をせずにただ『欲望』に、本能に任せて動くべきだ。

 俺は特定な箇所を集中して探すのをやめ、ただ己の思うがままに足を動かし、当たって砕けることにした。

 辺りが暗くなるまで。足が疲れ始めるまで。血眼になってただひたすらに。

 そして気づけば随分と辺鄙なところまで俺はやってきた。

 「なんだここ...」

 辺りに人の気配を感じない。ぐるっと周りを逡巡すると建物のほとんどが半壊し、或いは崩壊したままの状態にある。その影響もあってか、地面には小石やら木材の破片が飛び散って、足場が酷く悪い。

 その上腐った食べ物やアンモニア臭を混ぜた強烈な臭いが辺りに満ちて、この空間に居るだけで重苦しく感じる。

 廃墟。そう呼ぶのが相応しいだろう。

 そういう場所こそ、犯罪者が身を隠すのに最も適した場所だ。本来ならすぐにでもここに入り、捜査をはじめたいところだけどー

 なぜだろう、前へ進もうとする足が、俺の言うことを聞いてくれない。

 「震えている...?」

 不思議に思い、自分の体を見下ろすと俺の腕はいつの間に鳥肌が立っていて、足はぶるると震え出した。

 この俺が、怯えている...? 確かにここの雰囲気は異質だが、今までも俺は路地裏や、汚物やゴミ捨て場のような劣悪なところに足を運んだことがある。今更こんな夜の廃墟くらいでー

 「なんだ...?」

 いや...ここには今まで行ったどの場所とも違う何かを感じる。とても不快で、不気味で、恐ろしい何かを。

 体は今までよりも更に激しい警報を鳴っている。この先に進めまいと必死に俺を引き留めている。

 けど俺にも俺なりの矜持がある。それにここまで来たのに今更引けるわけないだろう。

 俺は体からの警告を無視することを選んだ。五感を研ぎ澄ませながら細心の注意を払って、俺は『恐怖』の正体を暴くために勇気を振り絞った。

 そして気づく。ずっと無人だと思っていたその空間に、しかしよく目を凝らしたら俺のすぐ近くに崩れた建物を背に座り込んでいる痩せた男がいることを。

 更にもう一度周りを見回すと彼と同じ建物の近くで陣取っている人が他にもちらほらいる。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。しかしそれも無理のない話だ。なぜならー

 ここに居る人達はどいつも生気のない顔をしている。それはそのボロボロな上に骨すら見えるほどの姿に関係してるのか。それとも体のどこかが欠けていることに関係してあるのか。どちらにせよそのあまりにも酷くて悲惨な姿は果たして人、と呼んでもいいだろうか。

 わからない...彼らが何者なのか、その身になにがあったのか、俺には分からない。そしてわかりたくもない。それほどまでに目の前の光景があまりにも強烈すぎで、目を逸らさずにはいられなかった。

 だってこれじゃあまるでー

 「...」

 ここが犯人がいる最も可能性が高い場所だと知りながら、それでもこれ以上深入りすることができず俺は踵を返した。

 とはいえこれで諦めたわけじゃない。それだけ『下着』が盗まれたということが俺の精神衛生上に影響を与えている。

 「しっかしどうするかな...」

 俺の本能がここを拒んだ以上、今後こういった場所に出くわしても今と同じ深入りすることができない可能性が大きい。ならこれ以上捜索を続けても意味があるだろうか。

 「いや...」

 ふと大将の言葉が頭によぎる。

 もしなにか困ったことがあれば彼に相談してくれって、大将は言ってた。

 そうだ! 確かにこうなった以上、もはや俺一人でできることはない。けどなぜ俺は一人前提で動くのだろう。

 大将のような一般市民はそれぞれの生活があり、中々その場から離れることができないことは理解している。仮にできるとしても犯人を探すために長い時間を使って付き合えることはまずないだろう。

 だから俺は無意識のうちにその選択肢を消した。けどー

 この国には軍団という組織があるじゃないか。

 いやまあ大将に散々釘を刺されたけど、だからって俺の持論が完全なる間違いだとは考えにくい。

 それに下着のことと違って、正直今俺は路頭に迷っている。それはおそらく常に国の外で行動し、外のものと接触がある軍人達にしか、今俺がもっとも知りたがる答えを持てないだろう。

 なら軍人と接触することで今後の俺の進むべき道先を示してくれるかもしれない。

 もちろん大将のいうように軍人に頼るのはそれなりのリスクはあるし、最悪相手されないかもしれない。しかしそれはなにも知らない状態でのことだ。

 先に相手がどんな人物でどんな態度を取るのかを知れば、ある程度対応することができる。つまり俺が気を引き締めば、すぐなくともなにも収穫はないということがない。

 なら当たってみる価値は充分あるんじゃないかな。

 「よし」

 そうと決まれば俺はさっそく頼み事のシミュレーションをしながら軍団の本拠地へ向かうことにした。

 「って何処にあるんだ、その軍団の本部ってやつは...」

 そういえば軍団についての『噂』は色々聞かされたけど、その内容が衝撃過ぎな上に、想定外なことも起きたので肝心な場所だけは聞きそびれたな...

 もちろん直接本部を訪ねなくとも、適当にそこら辺にいる兵士を捕まえば済む話だ。しかし俺が犯人捜しに東奔西走してる間、確かにちらほら兵士の姿を見かけたけどその数が圧倒的に少ない。となると下手したら本部を探すよりも手間が掛かるかもしれない。

 すでに窃盗に遭ってから大分時間が経ったとはいえ、夜のお楽しみということでまだ俺の下着に手を出すのは早い時間なはずだ。そしてそれは中身の事にも言えることだ。

 けど今は無事かもしれなくとも、時間が経つに連れてそれが使用される可能性は跳ね上がる。

 おそらく今日を逃がせば取り返しのつかないことになるだろう。なので俺としては出来れば一刻も早く決着を付けておきたいところだけど、さてどうしたものかな...

 唸ってみたけど、中々いいアイディアが浮かばない。それどころか考える度に焦燥が募り、思考を邪魔する。

 まさに行き詰まっている。そんな中、突然俺の視界に光の点が現れた。

 「うわっ!」

 最初は一つだけだったそれは二つ、三つと次第に増えていき、気づけば視野いっぱいに埋めつくした。

 「なんだなんだ! なんか増えたけどなんだこれ!?」

 あまりにも急なことに一瞬幽霊の類、或いは幻覚でも見たじゃないかとパニックになりかけたけど、よく見たらすべての光の輝きは非常に安定していて、一定の間隔を開けていることに気づく。

 そこで俺はすぐピンときた。

 この国を維持するためには内と外、つまり国内の秩序と治安に外からの襲撃などのトラブルをいついかなる時でも対応できるようにしなければならない。

 そのためには24時間体制で国の内外を見張るのが一番確実だ。

 けど朝と昼ならともかく、夜になると人の目はどうしても視野が狭くなり、もしなにかトラブルが発生する場合は通常より察知するに時間がかかる。なのにそういう夜こそ、不穏分子が活発に動くから質が悪い。

 だからこうして光を灯すことにした。

 そうすることで相手のことを威嚇する効果もあるし、少しだけだけど一度に見える範囲を広げることができる。

 そう、この光はまがいものなどではない。治安を維持するための人為的なものだ。そうと分かれば俺の中の恐怖が一気に消えてなくなって、むしろ安心感さえ覚えてくる。

 だから冷静に物事を考えることができた。ってことはこの光はこの国を守る軍団の関係者と関係してるってこと? ならこの光はまさに俺を導く光じゃないか!

 俺はさっそく近くの、おそらく監視塔に居るであろう誰かに声をかけることにした。しかし光の位置は今の俺と結構距離があるので声が届くか心配だ。

 もちろん大声を出して呼びかけることもできるけど、しかしそれだと騒ぎになる可能性がある。

 それに見たところ散らばっているはずの光が、ある一箇所だけその光が周りよりも密集してるところがある。

 それは厳重に警備する必要な場所なのか。それとも俺が探し求める場所だからなのかは分からない。けど光が人を比例するはずなので、少なくともあそこに軍隊が居ることだろう。

 その場所はここからそんなに離れていない。なら変に誰かを捕まえるより、真っすぐそこへ向かう方が早いだろう。

 そうと決まればあとは光に従って足を動かすだけの簡単な仕事だ。それを体に任せて、俺は目的となる建物に付くまでの間に今一度情報を整理することにした。

 まず、俺がこうして軍人を訪ねるにあたって、大きく分けて二つの目的がある。

 一つ目は俺の下着および食材を盗んだ泥棒を捕まえるための助力要請。そしてもう一つは俺自身の能力確認だ。

 これから俺が相手にする軍人はもし俺が最初に期待してた通りならば、多少難航することこそあれ、時間をかければきっと滞りなく物事を進めることができるだろう。

 しかしそうなる可能性は非常に低い。それはこの国に住んでいる大将からの証言でも、そして俺自身が目にしたことからでも察せることだ。

 おそらくよっぽどのことじゃない限りまともに相手をしてくれないだろう。そしてそんな大事が起きたのなら監視の目を逃れられるはずもない。だから結局門前払いを喰らうのがオチだ。

 いや...大将の話によると確かに軍団と住民達の間には大きな亀裂があるけど、それでもギリギリ関係が成り立っている。であればおそらく話すら聞かずに追い出すようなことはなく、少なくとも話を聞いた上で拒絶されることになる。

 しかしそれだけ。結局取り付く島もないという事実は変わらない。

 「...」

 本当にそうだろうか?

 俺の言葉が彼らの耳に届くことができる。それ自体は大した効果はないかもしれない、が、それが普通の言葉ではなく『言葉の刃』なら?

 ってまって落ち着け! 明確な『敵』ならまだしも、少なくとも同じ人間相手にいきなり刃を向けるのはいくらなんでも物騒過ぎないか? けど...

 ゲームの中において、人はなぜモンスターと戦うのだろう? それは己の成そうとすることの障害になるからそれを排除しようとするから? 相手を仲間に引きずり込むためのもの? 確かにそれらも理由の一つだろう、けどおそらく多くの場合はー

 ドロップ素材が欲しい。そのためだけに人はモンスターを攻撃する。

 しかし本来、それにはモンスターを『殺す』までする必要はない。

 だってそうだろう? ドラゴンの鱗や獣人の爪や毛など、普通に考えればなにもせずともターゲットの周りのそこらへんに抜け落ちそうじゃない。

 もちろん中にはグロテスクなものもある。けど今俺が求めているのはそんな特殊なものじゃない。

 とはいえ悠長に情報が漏らすのを待つ時間が今の俺にない上に、そもそも確定ドロップかどうかすら分からない。なら相手を勘違いさせるのではなく、武器よりも遥かに殺傷能力の少ない、例えば閃光弾や大量な煙幕ような小道具を使って相手を揺さぶってみるのはありじゃないかな。

 そしてもし、こちらが仕掛けてもなにも落ちてこなかった時ー

 鋭い刃を持って、第二の目的を果たすことも、視野に入れた方がいいだろう。

 「そうはなって欲しくないけどな」

 それでも常に最悪の状況を想定して動くのが真の言葉使いというものだ。その方がいざという時に使える戦術(言葉)も広がるし、取り乱すことなく、思う通りに言葉を操ることで対応することができる。

 なんにせよ鬼が出るか蛇が出るか、その答えはもう目の前までやってきた。ならあとはなるようになるしかないだろう。

 光を放ち続ける松明の近くまで来ると、十数人の兵士達が酒を飲みながら腕相撲や歌のような遊びを楽しんでいる、だらしない姿を照らされた。

 それに眉をひそめる思いをしながらもすぐ頭を振って、俺はその光を踏み入れる前に一つ深呼吸をした。

 やがて意を決して俺は光の向こうへー踏み出すことなく、光に出る一歩手前の状態で俺は一番近くに居る兵士に声をかけることにした。

 この国の兵士がどんな人なのかを見極めるためには彼らの本職である、助けを求める人に対してどのような対応するのかを確認するのが一番手っ取り早い。

 しかし元から感情の起伏が少ない俺は異例になる可能性が高く、判断材料になれるのが怪しい所だ。だからできるだけ本当に困っている人を演じるべく俺は片方の手を曲がった膝に付けて、もう一つの手で光に向けて伸ばしたまま、息切れ寸前な上に酷く慌てた、声にならない声で一番近くに居る兵士に声をかけることにした。

 「た、助けてください!」

 もちろん俺は役者でも詐欺師でもないので、鋭い人なら一発でこれはただの演技だと分かってしまう。なのでこうして影に隠れて誤魔化すしかなかった。

 「なんだ貴様」

 俺の声を聞きつけて、兵士はめんどくさそうにため息をついて、露骨に不機嫌な面を作りながらもこちらにやってきた。

 そんな彼に俺はきちんと今の自分の存在を認識させるためにもう一度兵士に言葉を投げた。

 「兵士さん! お願いします、助けてください!」

 「助ける、ねぇ...」

 俺が相手の出方を伺い、彼を推し量ろうとしたように、兵士もまだこちらを観察する。

 とはいえ半分闇に隠れている俺に、その行為は大した意味を持たない。兵士もそのことを察したからなのか、下から上までまだ三分の一ほどしか視線を動かしていないのに、兵士は既に俺から目を外した。

 いや...彼が無駄だと思ってるからやめたんじゃない。既に必要十分な情報を手に入れたから撤収していたんだ。

 「我々は忙しいんだ。貴様のような貧民に構ってる暇はない。さっさと失せろ」

 そう、最初から彼にとって『困っている人』なんざどうでもいいんだ。肝心なのは己のことを敬っているのか、そして『金』を持っているかどうかだ。

 だからさっき彼がしたのはただの観察ではなく、俺を値踏みするためのものだった。その結果、彼の眼鏡にかなわないと判断された俺に対して、彼は途端敵意剥き出しにして、俺にそんな攻撃的な言葉を投げかけた。

 「そ、そういわずに、本当に困っています!」

 「しつこい。貴様のような貧民がどうなろうか俺らには関係ねぇんだよ」

 それでもなんとか話を聞いてもらえるよう取り繕ってみたけど、全く効果がなかった。ならおそらくこれ以上俺が何をしたところで彼の態度が変わらないだろう。

 まさに取り付く島もない。こうなるのは想定したけど、予想より遥かに酷い状況だなこりゃ。

 仕方ない。あまり気が進まないけど、俺はリスクを承知した上で低姿勢をやめて、強気になって言葉の刃を使って打って出ることにした。

 「召喚者」

 余計な飾りなど一切していない、キーワードだけで構成された言葉を口にする。

 もちろんそれはただの言葉じゃない。俺が言い放った言葉は魂魄のようにふわふわと空中に浮かんで、まるで意識を持ってるかのように最終的には俺の手元に集める。

 元となる『素材』ー言葉の内容が非常にシンプルな故に剣ほど大きいなものは作れない。また生成されたその小道具は普通の武器よりも遥かに強い力を秘めている『爆弾』が、徐々に輪郭を取って実体化する

 しかし強力ゆえに扱いも難しい。

 まずこの言葉の爆弾は特定の条件下でしかその力を発揮することができないー俺の言葉への見方だ。

 それに今回の目的は相手の動揺を誘うためのもの。条件を満たして起爆する時相手にいらぬダメージを負わせるとこちらが敵意があると勘違いされるかもしれない。最悪そのまま戦闘に突入したら事をややこしくさせる。

 そうならないように俺は爆弾の威力が最小限に抑えるように調整すべく『態度』で力が加えられないようにただ淡々と、けど冷たい印象を与えない無表情のまま爆弾を投げた。

 「という言葉に聞き覚えはありませんか」

 死角から放り投げたその爆弾が変な軌道をとってあらぬ方向へと転ばないために俺は別の、武器でもなければ小道具のように力が凝縮されていない、微弱な力しか持てない言葉でその動きを抑えることにした。

 「は? なに言ってんだお前」

 爆弾は無事兵士の足元あたりに止まったけど、条件を満たしていないからなのがなにも起きなかった。

 「或いは転移者や魔法使いでも」

 試しに別の、最初のと似た爆弾を新に二つほど生成し、同じように死角から兵士の方に投げた。

 「貴様、ふざけてるのか」

 「いえ決してそんなことは! それらは今自分が抱えている問題に関係するものです」

 けど結果は同じ。

 もちろん言葉ではいくらでも誤魔化せられる。けどもし俺の投げた爆弾がきちんと起爆したのなら兵士に衝撃を与えるはずだ。なのに兵士の顔色に何一つ変化はないということは、俺が探し求める『情報』はここにいないということになる。いや...

 「おい」

 どうやら俺は勘違いしたみたい。俺が投げた爆弾は不発することなく確かに起爆した。

 ただ起爆するための火種ー俺の言葉への見方は俺が想定しているものではない。

 結果、俺が施した制御は全く効かなかったー言葉に余計な力に与えないよう、極力感情が表されないようにする俺の態度が、敬されるのが当たり前な兵士にとってそれは逆に『不敬』だと受け取り、俺の言葉に力を与えてしまった。

 「なに勝手に話を進んでんの、あぁ?」

 「...」

 不敬故に勝手に話を進めると勘違いした兵士のプライドが傷つき、予想以上のダメージを負った。

 絶対的強者である兵士が、弱者である俺に傷を負わせた。その事実は兵士の逆鱗に触れたみたいで、短気である彼が目には目をと、俺のことを睨みながらこちらに詰め寄った。

 「貴様の依頼なんざ受理しないと言ったはずだ。調子に乗るな」

 俺の目の前まで来ると兵士はそのまま俺の胸倉を掴めて、俺にそう脅迫した。

 ...最悪の状態になったな。もちろんこうなることも一応予想はしてたけど、まさか相手にしっかりと『敵』だと認識した上に先手を取られる状態で戦闘が始まるとは...

 とはいえ厳しい状況にいてもやることは変わっていない。非常にシンプルなものだ。なら愚痴をこぼす、なんて言葉の無駄使いをするより、それを相手を倒す剣にした方が有益だろう。 

 俺は兵士に捕まれたまま言葉の剣を生成し、兵士が『勘違いした』不敬と不満な言動をさらに増したような態度を取って、剣に力を与える。

 その剣を手に俺は兵士に狙いを定めて、振り下ろした。

 「兵士の仕事はこの国と、そこに住む住民達の生活を守ること。であれば困っている人間が居れば、ましてやこの国の秩序を乱す事柄が絡んでいるのなら助けるのがキミ達の仕事じゃないか」

 オーラは兵士の視界歪んで、その熱は兵士の心を柔らかなものにする。そこで剣の本体を突き刺すと兵士にプライドと、責任による負い目というダメージを与えることができる、はずだったけどー

 「お前、なにか勘違いしてないか」

 俺の言葉は確かに『兵士』の心、その弱点を突いた。けど手応えがない。そして俺が違和感を感じる通り兵士は無傷だ。 

 「勘違いだと」

 その予想外の出来事に、攻撃する側であるはずの俺が狼狽えそうになる。けど言葉の武器は使用者の心持ちによって大きく左右されるもの。次の攻撃を備えるために俺は必死に心を落ち着かせて、まずは何が起きたのかを確認することにした。

 幸いダメージこそなかったものの、今の一撃で兵士は俺を掴んだ手を放した。

 俺は再度捕まれないように距離を取り、何か起きたのかを見極めるべく今一度兵士との『合間』を測り、対策を練るために彼の一挙手一投足を注意深く観察した。

 こちらのやってることにすぐさま気づいてるようだけど、兵士は特に気にすることなく実に堂々としている。

 「確かに貴様の言う通り我々の仕事はこの国を守り、人類を勝利へと導くことだ。けどー」

 挙句の果てに余裕たっぷりの笑みを浮かべて、先ほどの暴力からこちらの土台ー言葉により攻撃へと切り替わった。

 「貴様のような貧民が苦しんでいようか、居なくなったとしてもこの国になんの影響も与えない」

 全く舐められたものだ...前にも言った通り兵士というのは短気で、頭があまりよくない人が多い。さっき衝動的に俺の胸倉を掴めるところを見るとおそらく目の前の兵士もその一人だろう。

 いうなればこいつは『言葉の素人』。それはこいつ自身も分かるはずなのに、こんなにも自信満々に居られるのはさっきの暴力でこちらに恐怖を植え付けられて、それにより自分の言葉に絶大な力を宿ると信じているからだ。

 おそらく普通の人ならこいつの思う通りな状況になるだろう。けどー

 俺は戦うぜ。例えどんなに不利な状況に居ても、恐怖に打ち震えられでも、それでも勇気を振り絞って、理想を掴むために言葉を紡ぐ。それこそが真の言葉使いだ。

 「私が相談を持ちかけたのは窃盗に遭われたからです。さきほども話した通りこれは俺個人だけの問題ではない。もしこのままこのことを野放しにするとすれば俺に窃盗した犯人はこれからも、そしてより大胆に、派手に他の人々から窃盗を繰り返すことでしょう。そうなったらー」

 俺は通用しないと分かっていながらもさきほどと同じ力を剣に与えて、攻撃が無効化された謎を解明するためにもう一度兵士に向けてその剣を振り下ろした。けどー

 「収拾がつかなくなるってか?」

 まだ作成途中である剣を、兵士は素手で無防備なまま、自ら剣の切っ先を掴んだ。

 「...ああ」

 言おうとしたことが先回りにされてびっくりさせた俺だけど、不完全な剣(言葉)でも強大な力を発揮することができると俺は知っている。だから繰り出した斬撃の威力が落とさないように俺は努めて冷静になって、最後まで剣を完成させるべく兵士の言葉を肯定した。

 「笑わせるな。そうはならない。なるわけない」

 そんな俺に兵士非常にシンプルな否定の言葉を紡ぎ、それを自らの拳に集めさせてナックルダスターという形の武器を生成した。

 それにやや大袈裟な口調と自信に満ち溢れた表情で力を与え、俺に反論ーカウンターを仕掛けた。

 なるほど。彼は最初からこの状況を想定していた。だからこちらの攻撃を自ら受けにくるなんていう狂気じみた行動にも平気で実行できるというわけか。

 「なぜそう言い切れる」

 まさに言葉の暴力。

 けどこんな単純で説得力のない言葉で生成されたナックルダスターの力など、おそらく兵士が想像するより遥かに小さい。ならばと、俺は咄嗟に剣を握る方向を変えて、それを押し返そうとした。けどー

 「そもそも気づかれないように盗られる品の量なんざたかが知れている。そんなのいちいち気にするのは貴様のような貧民だけだろ。普通のやつなら取り返せられるかもわからない盗品よりも、次にそんなことにならないように対策を練る」

 そうか。ここには宝石のような貴重なものがないのか。

 常に戦争の渦中に居るこの世界の住人達の多くは、それゆえに生活に追われている。なら装飾などに興味があるはずなく、仮に黄金があるとしてもすぐ武器を作る消耗品に変わるだろう。

 もちろん素材の質や貴重性によって価値が離れることもある。しかし享受を除いたものの価値なんざ劇的に離れることはなく、盗難に遭う被害の大きさは基本数によって決まる。

 であれば莫大な物資を持つ『お金持ち』にとって、大規模な窃盗でも起きない限り彼らにとっては気にも留めない些細なことになるだろう。

 「だから今貴様が指摘した問題はそれができない貴様のような底辺同士でしか起こらねぇよ。そしてこんなことで慌てて俺達に助けを求めるくらい切羽詰まった生活を送っているお前らのことだ、いつその生活を維持できなくてもおかしくない。そうなった時、貴様もきっと生きるために別の仕事を考える。それこそ今貴様が言ってた窃盗をな」

 「それは...」

 なにも、言い返せなかった...確かに彼の言う通りいくら俺が窃盗に遭ったと訴えたところで実際にそれが起きたのかを確かめる手段がない以上、俺が虎の威を借る狐じゃないとは限らない。

 仮にそれが真実だとしても何処のどいつで、取り返せるかすら分からない、さほど価値のないものに、膨大な時間を掛けるのはバカげている。それは俺ですら思う。

 そう、一見素人に見える兵士の拳だけど、いざ対面してみるとそれは恐ろしいほどに鋭くて力強いパンチへと様変わりする。

 信じられないことにその打撃の威力は今の俺が持ちうるすべての力すら凌駕し、俺の剣を押し返すところが剣そのものを砕けた。

 その上直接俺の心にまでぶつけて、俺に『悲観』というダメージを負わせる余力すらある。

 それはなにも俺が力不足による結果ではないー

 この世界と俺が生きている世界、そこにある常識のズレがあるから、お互いの力を見誤った。

 「結局貴様のような貧民にとっては日常茶飯事ってことだ。そんな醜い争いに、なんで俺達がわざわざ割り込まなければならないんだ?」

 いや、それだけじゃない。前にも言った通り兵士というのは短気で、頭があまりよくない人が多い。なのに多少強引とはいえしっかりと筋合いが成り立った理屈を講じることができるのはどうも違和感が湧く。

 なぜバカであるはずの兵士がこうもベラベラと理を並べられるのか。そしてなぜ齟齬があるとはいえ共通点も多いはずのこの世界の常識から生み出した俺の斬撃が全く効かなかったのか。その現象に繋がるなにかを探るべく俺はいつ追撃しにくるもしれない相手の動きを警戒すると同時に、今まで相手の動きー放った言葉を思い返してみた。

 「つかそれを言うなら今貴様と話しているこの無駄な時間こそ貴様の言ってる国を守るのと正反対になるじゃないか? もしこの間に他種族がこの国を攻め込んでいるのなら、或いは別のところで俺達が動かなければならないほど大きな事件が起きたのなら、貴様を相手することで対応が遅れるかもしれない。こうなったらそれこそ国にとっての損失になるじゃないか」

 そして気づく。あの尋常じゃない強さの秘密を。

 『俺達』だ。

 そう、こいつは『俺』ではなく、ずっと『俺達』や『我々』という一人称を使っている。となれば当然彼が使用している言葉も彼自身のものではなく、『軍団』の理念、やり方、風習を受けついた『兵士』の一人としての言葉ということになる。

 通りで彼の言葉のパンチが強いわけだ。

 彼の言葉には軍団の持つ組織としての力とこの国に置いての立ち場、住民達が軍団に対する印象ー『軍団』が持つ力が宿している。

 そして俺の攻撃が通らないわけだ。

 今俺が相手にしてるのは目の前の彼ではなく一人の兵士だ。なら攻撃の対象である『心』はこいつ自身の思いではなく、軍団の集団意識の方が大きい。

 彼自身を攻撃できない上に、組織の力を揺るがすものがここに存在しない以上、その盾に亀裂が入ることは絶対にありえない。

 まさに最強の盾と最強の矛を手に入れた状態だ。

 「まあでも? 貴様の言い分たことはもっともだ、だからー」

 いや...或いは俺はもっと恐ろしい相手と戦っているのかもしれない。

 そもそもこの戦いは最初からアンフェアだ。

 そう、忘れるところだけど伝説級の武器と武具の他に彼には『暴力』という凶悪な能力も持ち合わせている。いやむしろそっちの方が彼の本領だろう。

 つまり今まで彼は全力を出していなかった。これほどまでに圧倒的に力の差があるのに、それでも『戦い』として成立できるのは兵士がわざわざこちらの土俵に立っているからだ。

 なぜハンデをくれたのか、それはなにも俺に慈悲を与えたからじゃないー

 「俺は国のために貴様を裁く」

 暴力を振舞う大義名分と、俺を心身ともに絶望の淵へと叩き落とすためのものだ。

 「なにを言って...がは!」

 兵士はにやりと、嫌らしい笑みを顔に張り付けたまま俺の方に一歩近づき、一度引っ込めた腕を再びこちらに向けて伸ばす。

 目でその動きを追いかけると急にその腕が視界から姿を消した。

 否、消えたんじゃない。兵士の腕がこちらに近づく途中で目にも止まらぬ速さで急加速した。その進路軌道に俺がいるとしりながらもブレイクする気配がなく、むしろ更に速さを増してこちらに突進する。

 当然、その手が俺の腹にぶつかり、その勢いがあまりにも強すぎで無防備な俺の体ではそれを受け止めきることができず、結果俺の体が軽く宙に浮かべて、後ろへと飛ばされた。

 なんて重いパンチなんだ...意識が一瞬にして殴られた箇所の痛みによって奪われて、それを耐えるために俺はまともに息すらできなかった。

 流石兵士という職につくほどの実力があるというべきか、今の一撃で俺は既に肉弾戦では絶対にこいつに勝てるわけないと理解した。

 脅迫だけに留まらず実力行使をしに来た以上、もはや俺に取れる手立てが全く思いつかない。

 俺がこうしてもがき苦しんでいる姿を楽しそうに見てる彼の表情からでも分かる通り、彼は自分の持ち得る力を使用するのは快楽のためだ。

 他人より優れている優越感、何をしてもいいという開放感、大義名分という嘘から生まれる承認欲求、それを享受するためには俺という弱い存在が必要だ。

 なら仮にこの場で俺が逃げることを選ぶとしてもきっと見逃してくれるはずなく、防御して彼の攻撃を凌ごうとしても酷い結果になる。ならー

 「お前...こんなことをして許されると思うが」

 やるしかないだろう! 死力を振り絞って俺は彼を責める態度をオーラに変換し、それを剣に加えて俺は最後の意地として精一杯抵抗した。

 「許す? 一体誰に」

 俺の斬撃は確かに兵士に当たったけど、絶対王者の前に『立場』と『責任感』というダメージを与えることができなかった。

 「ここに住む人々と、お前の上司だ。人間同士の争いなんて許容できるわけない」

 そう分かってるから兵士は避けることすらなく、堂々と俺の斬撃をその身で受け止めた。

 「がはは、何を言うと思えば」

 俺の攻撃を真正面から受けたにも関わらず平然な顔をして、それところか豪快に笑いだした。

 「人類が存続できるのは俺達兵士のお陰だ。もし俺達が居なければ貴様らはとっくにー」

 自分の首辺りを親指で指差して、そのままゆっくりと横切るジェスチャーをする兵士。

 「そんな俺達に抵抗する人なんて居ると思う? 仮に居るとしても俺達に勝てるわけない」

 その言動により、後に言い放った言葉の重みが一気に増して、それに作り上げたナックルダスターを装備した拳から繰り出した一撃は易々と俺に『恐怖』というダメージを与えることが出来た。

 そう、もし俺のような自分の身を守ることすらままならない弱小者が、身の上の安全を守ってくれる軍団の人の機嫌を損ねたまねをしたら、彼らなら平気と俺を見捨てることだろう。

 常に危険と隣り合わせこの世界のことだ、もしそうなったらそれこそ終わりだろう。

 「ここでは俺達こそがルールだよ、だからなにをされても文句は言わせないぞ!」

 「お前...俺達をなんだと思ってるの...!」

 「別に俺達は強要してないぜ? 文句があるならこの国から去ればいい」

 兵士を攻撃したはずなのに、気づけば俺はカウンターを喰らわせた。

 その攻撃は凶悪なほどに強くて完璧で、突き入れる隙間がない。

 「ただ人類が他種族に勝つには俺達軍団の力が必要不可欠だ。なら貴様も人類の一員なら、他種族を倒すために協力すべきだ」

 俺のことを仲間だと微塵も思っていないのによく言うぜ。しかもその言い方だとまるで他種族を倒すことこそが人間に課せられた使命であり、その責務は軍団に託さなければならない以上、他の人は人類を代表する軍団をサポートすることが義務だと、そう言ってるようだ。

 そしておそらくこれまでも口癖のようにそのことを主張し、軍団の圧倒的な力による圧力と併せて人々を洗脳することで己の行いを正当化する。

 結果、大将のようになにもかも他種族のせいにして、常に相手を殺したくなるほど殺戮とした異常状態になる。

 そう、軍団には『人類』という意味も含まれているんだ。

 「まあ貴様のような貧民にできることなど精々頑張って俺達の機嫌を取るくらいだけどな、がはは!」

 こうまで歯が立たないとなると流石に素直に負けを認めるしかない。或いはもっとはやく『敵』の正体に気づいたら突破口を見つかるかもしれないが、今更後の祭りだ。

 俺が後悔する間もないまま兵士は愉快そうな笑みを浮かべて拳を俺の腹に食い込み、前に倒れそうになる俺の背後を取って、そのまま肘で俺の背中振り落とした。

 あまりの速さに反応することができず、痛みの連続で抵抗するところが暴れることすら叶わぬままだ。

 「がはぁ!」

 地面に叩き落とされた俺に、兵士は心配するはずもなく、むしろ更に追い打ちをかけるべく俺に蹴りを入れて、仰向けにさせた。

 必死に痛みに耐えて、呼吸を整えると兵士はなにかおかしいのかそんな俺を指差して笑う。

 「なんてざまだ! おもしれぇなお前」

 その間に痛みから体の主導権を奪い返すことが出来たけど、しかし本能のままなりふり構わず抵抗しても効果などあるはずなく、むしろがむしゃらな俺の姿はただただ滑稽に見えるだろう。

 だから、そんな面白いものなら酒の席を盛り上げる一つのネタになれると思ってるだろう、兵士は俺の髪を掴み上げて、他の兵士のいるところへと俺を引きずりまわした。

 大の男達の間まで放り出されると、兵士は他の仲間を呼びかけ、こちらに視線を集める。

 「これは傑作だ!」

 次の瞬間、ゲスの笑い声が響き渡った。

 ...実に屈辱的で惨めだ。同時にこんなことを平気でやってのける人への怒りも湧いてくる。

 しかしガッとなりはじめる俺の頭は一瞬にして冷やされた。それは場を盛り上げるために一人の兵士が俺の頭に酒を頭に垂れ流したからだ。

 本来ならその行為は更に俺の怒りを昇華させるものとなるが、俺が熱を上がる度に兵士達は痛みでそれを掻き消す。

 あとはその繰り返しだ。

 やがてどれくらい時間が過ぎたのだろう。俺の心がとっくの昔で奈落のそこにいるように冷たく、意識も朦朧としていた。

 なにをやっても無駄だと俺は分かっているからだ。

 今更兵士を説得することなどできるはずないし、抵抗する力もなく、逃げるにも囲まれて逃げられない。

 この世は理不尽だ。

 強者はなにをしても許されるし、弱者はなにをやっても弱者のまま。そしてー

 強者はいつも弱者に理不尽を強要する。

 そんな世界を看過できなくて、耐えられなくて、だから俺は世界を変えたいと、そう思った。

 そのための力がある。気持ちがある。けどそんな大口を叩きながら結局のところどの世界を前にしたら俺は無力だ。

 そう、俺はただ人より一倍勇気があり、口が達者なだけのー口先の勇者なのだ。


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