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口先の勇者  作者: 漆黒のマーブル
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序章への道のり2

 ついに...ついにこの時がやってきた!

 目の前には付近何千キロメートルの土を守るように建てられた囲壁がある。それはてっぺんを見上げるには仰け反らなければならないほど立派で、視線を下げると聳え立つ壁のせで小さく見えるけど、トラック五台くらいは余裕に通れそうな、それなりにデカい穴ー城門がある。

 過保護に中身を守る囲壁をあざ笑うかのようにそれは無防備に開け放たれていて、この国内外の唯一の抜け道となる。

 とはいえ簡単に出入りすることができない。門の両横には鎧を身に着けていて、槍を手にきちんと武装してる兵士が一名ずつ配置されたからだ。

 「ここが人間の国か...」

 そう、人間だ。それも俺に敵意を持たない、いきなり攻撃を仕掛けてこない同胞であり味方のただの人間だ。

 その姿を目にした瞬間、俺は思わず涙を流しそうになるほど感極まった。

 だってここまで来るのに一体どれだけ時間がかかったと思った? 少なくとも一週間なんてもんじゃない、下手したら一か月もしたんだぞ!

 しかもここにたどり着く途中本当に色んなことがあって、時には命を落とす危険すらあるくらい大変で酸苦を舐める思いをした。

 人狼だろ。あまりの退屈さに素手で木を殴って自爆したんだろ。寝てる間知らずに変な虫を食べたことや、あとはここへ来る途中、常に補給出来る森を抜けたせいで普通に食べ物が切れたこともある。

 とにかく何か悪いことをしたのではないかと、勝手に反省するくらいの痛い目にあって、辛い思いをした。

 けどそれも今日で終わり。

 そう! ここは人間だけが居る国。いくら人間を敵視する種族がいたとしてもここでは無意味! それにもし他になにか問題があるとしてもきっと人間同士で助け合うことが出来るはずだ。つまり生死についての心配はないに等しい! 

 なにより俺は異世界に召喚されたんだぜ? きっと凄い力を秘めて、国の人に重用されこの上ないほどいい待遇をされるに違いない! であればこれまでの泥まみれな暮らしとはおさらばして、ゴージャスな生活、しかも冒険という刺激的なことも楽しめる最高で第二の人生を歩むことが出来る!

 など、気持ちが先走ってこれからのことについて妄想を膨らませると知らずに俺は気持ち悪い笑みを垂らした。

 色んなものを犠牲にサバイバルアイテムに変更した結果、上は普通だけど下はパンツ一丁という変な格好をしてることも相まって、きっと今の俺の姿は酷く怪しく映るだろう。

 「ちょっとそこのキミ」

 そんな俺の存在に看過できるわけもなく、ずっと両側に鎮守している衛兵の二人に早速声をかけられた。

 俺を警戒するその厳しい視線と声に俺もはっとなり、一瞬にして現実へと引き戻された。

 次に己の姿が目に入り、途端恥ずかしくなった俺は枕代わりに常に持ち歩いている、ぐるぐると圧縮されたでっかい葉っぱを解凍し、それを腰に巻きついた。

 「なんだ?」

 その間、俺は変質者だと認定されないようにつとめて平静に、そして友好な微笑みで彼らにそう返した。

 「見ない格好だな。この国の人じゃないよね?」

 「ああ、この国は初めてだ」

 必死に己の失態を取り繕うと努力をした俺の返事に、しかしなぜか衛兵の男はなおも不審そうに眉根を顰めた。

 「そうか。ここまでの道のり大変だったろ、ご苦労だった」

 とはいえ流石プロ。明らかに俺を警戒してるはずなのに、あくまで相手に不快を与えない程度にごくごく普通に、そして事務的に接してくれた。

 「どうも」

 「けどもう大丈夫! 外は今、再び世界戦争になろうとしてるけど、ここではその影響を全く受けない! ようこそ人間の国へ」

 「お、おう」

 と思ったら無口で無愛想そうなおっさんは急にこちらへ一歩詰め寄り、大袈裟で大声量で俺にそう告げた。なんか思ったより元気なおっさんだな...ちょっとキモイ...

 まあこいつの性格なんてどうでもよくて、それより聞き捨てならない単語が耳に入った気がする。

 「世界戦争って?」

 「それはー」

 そのあまりの情熱さは『常識』はずれの発言に対しても怪しむことなく、ポロっと色んな情報をくれそうだけど、俺が色々聞き出す前にもう一人の衛兵がこちらの話に割り込んできた。

 「ちょっと、そういうのいいから先に仕事を済ませようよ」

 「おっとそうだったな」

 指摘されるとおっさんの熱を下げて、あははと罰の悪そうなに苦笑いした。

 「こほん。そこの者よ、悪いか新しく入国する者にはまず軽く検査を受けるよう義務つけられてるんだ」

 そして一つ咳払いをするとまたさっきの仕事モードもとい冷たい顔に戻った。どうやら話を聞くのは後回しにするしかないみたいだ。

 「検査?」

 「あぁ、怪しいものがどうかを見定めるためのな」

 「怪しい者ってなんだよ」

 「そりゃこの国を脅かす存在のことさ」

 「まさか武器を持ち込んではいけないとか言わないよね?」

 もっともらしいことを言ってるけど、こんなゲームの中のような世界に銃刀法違反など適用されるはずないだろう。

 「そういうわけじゃないんだ。そもそも今外の世界は物騒だからな。『人間』というだけで命が狙われる可能性があるから、むしろ武器を常備することを推奨するよ」

 それは俺が既に体験したことなのでよく知っている。むしろその異種族の存在以外に脅威となる存在なんて居なくないか? となるとわざわざ確認する必要はなく顔パスでいいだろ。VIP待遇だVIP待遇。

 「じゃあ危険人物ってなんだよ...そもそもどうやって見分けを付けるの?」

 「それはー」

 「規則なので。いいから両手を上げろ」

 当然とも言える俺の疑問に、しかしもう一人の衛兵によって無理やり掻き消された。それにおっさんは困りつつも黙るしかなかった。

 「なにそれ。まあいいけど」

 その行動に不審を思いつつも、向こうがこれ以上話に応じる気がないのなら反論するだけ時間の無駄な気がする。

 そして向こうが主導権を握っているのなら大人しく従った方が更なる面倒事になれずにすむだろう。俺は渋々としながらも最終的に兵士達のいう通りに従った。

 素直に両手を挙げる俺に兵士達は至近距離までこちらに近づき、俺に手を伸ばしさっそく検査とやらを始める。

 しかし不思議なことに彼らが最初にチェックするのは俺の腰あたりにぶら下がっているインナーの袋でもなければ他の便利アイテムでもない。彼らがまず手を出したのはー

 「きゃあ!」

 俺の尻だ。

 これかセクハラをされた気持ちなのか...めっちゃ不快! いやいや気持ち悪すぎるだろこの感触! 

 というかこれなんの検査なの!? あれか、よくAVで見かける検査しちゃうぞ★! 的なやつなのか!?

 急に尻を触られることで奇声をあげて、一歩大きく後退する俺。

 「なに騒いでるんだ。すぐ終わるからじっとしていろ」 

 「そっちこそなにするのよ! ホモか? ホモなのかお前ら!」

 「は? そんな趣味ないって!」

 「そうだよ! 俺はもっとこう、尻のでがいお姉さんのほうがーって、なに言わせるんだ!」

 いやそっちこそなに自爆してるの...

 「こ、こほん。とにかくこれはだたの検査だ、じっとしていろ」

 しかし反論するわりに行為をやめないのはどういうことだ!?

 「きゃあああ! この変態!」

 口ではそういったものの、なんだか雲行きが怪しくなり、気づけば俺はもはや叫ぶくらいの声量でホモ達に全力で抵抗した。

 「ああくそ、なぜ反抗する。なんだかますます怪しくなってきたぞ」

 「そうだな…俺が力尽くで取り押さえるからそちらが念入りに色々とチェックしろ」

 怪しいのはそっちなのでは! と反論したくなるけど、しかし相手は二人。俺がいくら反抗してもむなしいことにすぐ兵士達に抑えられた。

 そして再び始まる検査という名のセクハラ。

 こうなったらもはや冷や汗を垂れ流しながらひたすらぶるると震えることしか俺に成す術はない。叫ばないのはこいつらの変態欲求を満たしたくないという、俺にできる最後のささやかな抵抗だ。

 早くこの悪夢みたいな時間が終わらないかなと、心の中で強く願いながら俺はただこうしてじっと時間が過ぎるのを耐えるしかなかった。

 そう覚悟を決めた俺だけど、更に四、五回ほどホモ達に尻を触られた所、案外あっさり解放された。

 「異常なし」

 「よし、これでチェックが終わりだ。すまんな手荒な真似をして」

 なんだかよくわからんが、これでやっと自由になれた。しかし今ので完全に人間不信になった俺は二人を警戒しながらさっと距離を取ることにした。

 「いえ...大丈夫です...」

 それでも、あんな屈辱なことをされて半泣きになった俺だけど、男なので一応強がりの返事を返す。

 そんな俺のざまに二人は一度顔を寄せて、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 「すまんな、実は近頃物騒ってさ」

 「新しくこの国を来訪するもの、あるいは怪しいものには念入りに検査するよう、通達が来たんだ」

 「へえ、物騒とな」

 俺も身だしなみを整いながらこいつらに合わせてその言い訳に集中する。一刻も早くさっきの悪夢を忘れられるように! 

 「あぁ、キミも知ってると思うがこの世界にはサキュバスという種族がいるだろう」

 サキュバス! 夢があるな! あ、夢精じゃないよ? ただ実在するのなら今すぐこのおっさんに汚された俺の体を浄化してほしい!

 「彼女らってこれといった特徴がないだろ?」

 「ん?」

 首をかしげて問い返すと、衛兵の男はどうやって説明するやらと少し考える素振りを見せた。

 「そうだな。例えばエルフなら長い耳。獣人なら強い筋肉と全身を覆うほどの毛。魔族なら螺旋の角。ゴブリンなら体の半分くらいあるじゃないかと錯覚するほどの、欲望の化身である下半身。それぞれ明確な違いと特性がある。それに対しサキュバスは千変万化な姿をして、実態が掴めない」 

 なんだか彼らが話してるサキュバスって俺の認識してるサキュバスとずれがあり、いまいちピンと来ないな。そんな俺の気持ちを察してか、おっさんは更に補足した。

 「角が持ていて、鋭い爪を持つサキュバスが居れば長い耳と深い毛をしてるサキュバスも居る。と思いきや今度は爪を持ていない、俺ら人間みたいな手をしていて、けれど外表がどこか獣人に見えがちなサキュバスも居る」

 なるほどそれはつまり固定な姿形、イメージを持たない、例えば龍ードラゴンや神みたいなもの。

 龍は蛇のような体を持っていて、長い髭をしている。しかし翼を持ち、巨大で丸いぽい体をしてるものも龍と言える。

 神もおっさんの姿をしてる神も居れば動物の姿を借りてる神も居る。

 それらは全くの別物で共通するものが少ない。けど不思議と同じカテゴリーにされている。

 そしてそれはこの世界のサキュバスも同じことだろう。

 ただおそらくその概念は龍と神ほどかけ離れていないはずだ。なにせサキュバスとは生物の三大欲求の一つである性欲を糧とする特殊な生き物。それゆえにエロくなければならない。

 そう、彼女らは色んな種族のオスを誘惑しやすい姿でなければならない。ただ他人の性癖すら理解できない部分が多いのに他種族の性癖まで分かるはずもない。だからそれを満たすために最適化されるサキュバスの姿も、俺達には分からないだろう。

 「言われてみれば確かに、分別は難しいな...」

 「だろ? しかし彼女らは生まれからしてそういう姿をしてるわけじゃない」

 「そうなのか?」

 「あぁ、彼女らは自由自在に姿を変えられる『変身術』を使えるからな。他種族の『特徴』となるものの偽物を作り、体に映し出すことが出来る。だから人間にも獣人にも紛れ込むことが出来るというわけさ」

 人のように白い皮膚と髪をしてる人が居れば、黒い肌と黒髪をしてる人も居るのと同じように、特定の種族の性癖に特化される姿のサキュバスが存在すると思ったけど、なんだ、そのすべてかは彼女らが自分でオーダーメイドした偽物の幻なのか...ってことはまさかおっぱいも!? 

 「しかし変貌を得意とする彼女らにも唯一、どうしても変えられないものがある」

 「おっぱいか!」

 「違う違う、尻尾だ」

 「なんだよ…」

 思わず反射的にそう叫んだけど、そんな俺の僅かな願望もむなしく、すぐ衛兵の男によって壊された。ちくしょう...やはりおっぱいの大きい人は胸バットを使用してるのか…

 「サキュバスはオスの生物から『精』を吸い上げ、生命を維持する生きもの。そしてその『精』を吸収する器官が彼女らの尻尾の先っぽにあるハートの形をしてる、えっと花みたいな? あれだ。それは彼女らにとってなによりも重要で外したくても出来ない唯一の特徴だ」

 「とはいえ普段は見えないように隠れることが出来る。だから実際に尻辺りを触って、あるいは裸にさせて確認しない限り、例え見た目がどれだけ人間に見えても確定は出来ないってことさ」

 「なるほど」

 そういう設定なのね。覚えた。これからは常に注意を張っておくね!

 「この前、人となんも変わらない姿をしてる一人のサキュバスの入国を許したことがある。もちろんサキュバスは別に好戦的な種族じゃないので死傷人は出なかったけど、ただ...」

 「魅了された人の家庭が崩壊したのはもちろん、彼女を巡っての争いが始まり、軽い内乱状態にまで発展した。だから二度とそんなことが起きないようこうして新しく入国する者や怪しい者には詳しく、そして厳しく検査するようになったってわけ」

 つまりさっきのセクハラにはきちんとした理由があり、私利私欲のためのものではないと。

 それならそうと早く言ってほしかった。そうすれば嫌悪感が少なからず減り、『痛い目』に合わずに済んだのに...

 「そういうことなら...まあ...」

 二人の弁解を聞いてまだ若干の不満は残るものの、一応納得することができた。そんな俺の態度に、二人もほっと胸を撫でおろす。

 さてこれでお互いがお互いに対する変な緊張が解けたな。その反動なのか俺達の間に弛緩した雰囲気が漂って、さっさと城内に入ればよかったものの、ついこの場に留まって軽く世間話をしはじめた。

 「そういえばさっき検査で武器など見つからなかったけど、キミは一体何処からやってきたの? 変な服装をしてるし」

 「あっちだけど」

 特に急いでいるわけでもないのでごくごく普通なその質問に、俺は答える代わりに素直に今までやってきた道のり、その方向を指した。

 「あっちって、森の方じゃないか!」

 「なにか問題でも?」

 しかし俺の答えに二人は酷く驚いたような、困惑してる顔でお互いを見つめ合った。

 「ご冗談を。森は獣人が生息する主なる場所だぞ」

 「えそうなの?」

 しかもそれはこちらにも伝わり、今度は俺がきょとんとした顔になる。

 「なにを当たり前のことを...」

 だって森で一か月も生活したのにあの人狼以外の獣人族は一度も見かけたことがないもん...

 しかhしお互いの中にある考えなど分かるはずなく、アホ面をしてる俺達三人。

 このままでは埒が明かない、平行線になると分かりきっている。それを察した衛兵ひとまず己が不思議に思ってるでことについて、確認の意味を含めて遂一説明することにした。 

 「獣人って常に強さを求める戦闘民族だ。最強の生物を目指すために彼らはよく森に居る」

 「なんで森なの?」

 俺も、疑問に思うことを口にする。

 「森っていつ何起きるか分からないからな。土や石に足を滑らせて、バランスが崩れてこけるとか。天候の影響が受けやすいから例えば暴風で木が倒れることや、川の水が洪水になることとか。そういうトラブルは修行する材料に最適らしい」

 「臨機応変というか、逆境を前にどう対処し乗り越えるのか、それを鍛えるのが最強に近づく道だと彼らはそう信じてる。だから森に引きこもって、己の爪を磨き上げ、力を付けようとする獣人は多い」

 「ほぼ住んでるなら何処でなにか起きやすいか自然と覚えるし、慣れたら成長なんでできなくないか?」

 というかそれって結局ただ本能に従っただけの行動だよね? 折角知性を手に入れたのになぜそれをみすみすと手放すのかな...

 「獣人の考えることなんて知らないよ。ただこれ以上強くなっても困るからそのままの方が助かるけどね」

 「全くだ。森に引きこもってりゃよかったものの、強さのために無意味に他人を襲い、戦闘を持ち込むのはやめてほしい」

 ため息と共にこぼしたその愚痴の言葉に、どこか怒りを含まれている気がする。

 しかし感情を露わにするのは一瞬。マイナスな話をしても仕方ないと思うからなのかすぐさっきの緩い雰囲気に戻した。

 「そういうわけだから森は獣人の縄張りになっている。もちろんすべてが最強に興味があるというわけではない。普通で平穏な生活を過ごしたい獣人も一定数居る。しかし逆に言えば森に居る獣人達は強さを求める強者達ばっかりで通常の何倍も強いということになる」

 「更に今世界中の各種族が緊張状態にいて、その中でもっとも対立が激しいのは人間と獣人だ。戦争という大規模な戦いになると互いの実力が互角とは言え単純な力では人間が下であることを認めざるおえない」

 「あんな場所にあれほどの精鋭を相手に、普通の人ではあまりにも無力ですぐ『狩られる』だろう」

 あそこってそんなにやばいのか...幸い獣人は単純でバカだからきっと本当に俺の話を信じて過度な警戒を取るはずだ。

 例えば他の仲間にあの地域に近づかないよう呼びかけ、助っ人を集めて対策を練る、とかな。だからその間の一ヵ月ほど、無防備にもあそこでサバイバルゲームを楽しむ俺は事なきを得た。

 それにしてもどういう起因によるものかは分からないけど、衛兵たちの話を聞く限りどうやら今この世界は相当物騒らしい。

 獣人と人間がお互いを警戒し合ってるとは言ったけど、いつその緊張の糸が切れて、本格的な争いになるか分からない。

 現に公ではない場所ではおそらく俺の時のような小さな殺し合いが繰り返されている。いくらその事実を闇に葬ったとはいえそれに気づかないほど、お互い馬鹿じゃない。

 「それか武器すら持てないキミみたいなやつか、生き延びるのはまず不可能だろう」

 など、衛兵の説明を聞いて色々考え込む俺に、二人は急に目を細め、不審そうに俺を見つめた。

 まずいな...今の話からするに獣人は完全な敵であり、話しが通じるわけがない、脅迫をしてもそれに引っかかる玉ではないと、きっと人間達はそう思い込むだろう。

 だから俺が森から来たという話を疑うのも頷ける。

 もちろん本当のことを話してもいいけど、それで素直に信じてもらえるとは思えない。なによりあれは一時を凌ぐためのもの。この世界では『言葉』よりも俺は武器を振り回したい! だから何とか言い訳をかまして、この場を凌げないと!

 「ちょっと、こうさん」

 「あぁ?」

 さてどう誤魔化するのかなと、大急ぎで頭を捻ると突然おっさんははっとなって、慌ててもう一人の衛兵の肩を叩いた。

 「あまり追い詰めるな。ほらこいつが一人ってことはさ、あれってことだろ」

 「あー、なるほど...」

 そのまま男の耳に近づき、俺を気を付けながら小声でなにかを話したけど、はっきり言ってその配慮は無駄だ。

 「すまない、悪いことを言ったな」

 「キミの仲間はキミのために道を切り開き、逝っちまったな。そしてキミは迷いの末苦痛の決断をし、彼らのいう通りのここまで逃げ延びたな」

 いやなに勝手にストーリーを作り上げ、勝手に悲むの? むかつくからやめてくれない? と思ったけど、こちらとしてはそう思い込んだ方が好都合なので彼らの話を矯正しなかった。

 「あ、あぁ...実はそうなのだ...」

 変に話を盛り付けることなくむしろその妄想に付き合って、俺は悲しそうな顔を作って俯いた。

 「そうか...大変だったな」

 それに門衛達も色々察して、慰めとばかりにそっと俺の肩に手を置いた。

 「この先に戦争や逃亡で死んだ人達のための慰霊碑がある。あそこで彼らを眠らせるといい」

 何気ないその行為に俺も心強くなるフリをすべくゆっくりと顔をあげた。

 「ありがとう」

 気持ちを切り替えると共に、あまりにも聞きなれない単語があるのでついて聞き返した。

 「けど慰霊碑って?」

 「ああ、100年前、ずっと殺し合いを繰り返した種族間にある世界戦争が『聖女』によって終止符を打たれた。その平和を記念するために、そして今まで国を守り、戦争で命を無くなった人々という悲劇を忘れさせないために慰霊碑が建てられた」

 「そういうことか」

 「だからキミも立派に戦って、散った仲間達の魂ためにちゃんとした場所にそれを納め、安らぎに眠れるようにした方がいいだろう」

 他の人と一緒に埋葬されるのは果たしてちゃんとした場所と言えるのか疑問だけど。それより衛兵の追加情報によるとこの世界が混沌に落ちたのは今始まったことじゃないらしい。

 それでも一度は平和になったことがある。

 一体どうすれば混沌な世界をまとめあげて、光をもたらすことができるだろう。俺には想像することもできないことなので俄然と『聖女』という存在を気に始める。

 「お、おう。ありがとう」

 聖女に色々聞きたいことはあるけど、それほどの偉業を成し遂げたものならきっと後世に語り継がれるに違いない。

 人々にとっての常識である可能性が高い以上、気安く尋ねることができない。

 俺はただ俺にそう提案するおっさんの好意を素直に受け取って、軽く礼を述べるた。

 それにおっさん達もそれ以上そのことについてなにも言及しなかった。代わりになるべく明るい調子で、精一杯声を張り上げて俺を激励した。

 「ほら、そんなことよりこれからのことだろ! ここには輝かしい未来がキミを待っている! この先どうするかはさておき、折角だからまずはゆっくりとこの街の風景とかを楽しんでくれよ」

 相変わらずその謎なハイテンションに戸惑いつつ、変に話が引きずらないように何とかそれに反応する。

 「そうだな、そうさせてもらうよ」

 短くそう返すと俺はまるで逃げるようにすぐさま城内へと向かおうとした。立ち込めて、また変なことを言って怪しまれたら、次にどんなホモプレイをされるかわかったものじゃないしね!

 それに彼のいう通り様々な場所を巡りながら色んな人から話を聞いて、知り合いたいという気持ちもある。

 だから俺はこれ以上ここに留まることなく、性癖の怪しい衛兵の二人に軽く別れの挨拶を交わした。

 「じゃあ俺はこれで」

 「おう、行ってこい」

 それに二人はようやく道を譲ってくれて、軽く手を振りながら俺を国内へと送り出した。

 手を上げてそれに応えると俺は衛兵達とすれ違って、ようやく待ちに待った人間の国へと入国することにした。


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