表裏一体
組織に入ってから二週間が過ぎた。
その間、カツアゲをすると初日のような絶体絶命な状況がいくつも訪れたけど、みんなまず真っ先にラゼに頼るんじゃなく、俺がフィリを通りしてメンバー達に教えた『新たな脅迫』を使って、なんとか自力でそれらのピンチを乗り越えた。
それとは別に窃盗についても改革が起きた。
今まで組織はただ単に慎重さと足の速さのみで勝負するけど、それではあまりにもリスクが大きく、リターンが少ない。
しかし窃盗というのは元からそういうもの。
だからそれを改善しようとするならもっと根本的に考え方を変える必要がある。
色々考えて、やがて俺は一つの結論を出したー定期的に市場調査した上で、盗みではなく堂々と買い物すると。
貧民街で商売する食べ物関連の露店は大きく分けて二つある。
一つは料理するところ。そしてもう一つは収穫時期の農作物に食べ飽きて、食事のバリエーションを増やすためにだけに販売ー食材を交換する人だ。
そんな彼らの心を汲み取って、彼らがおまけをつけたくなるほど一度で大量購入する。或いはその中に腐りかけたものがあれば批判し、限界まで値下げさせた状態でそれを買い取ることで安定した利益を生む。
もちろん穏便かつリスクの少ない方法なので一回当たりの戦利品が少ない。加えてカツアゲの対策にしろ、値段の差で利益を生み出すにしろ短時間で連続で使うとその効力も薄れてしまう。
だから俺の提案に対し、組織の決定としては今までやってきたこともそのまま続けて、その上で俺が考えた案を導入する形になった。
それでも今までよりも遥かにラゼを頼る回数が減ったので、組織としては大きな進歩を遂げたんじゃないかな。
そのことに俺は小さな達成感と共に違和感を覚えた。
それはこの組織の運営方法についてだ。
そう。フィリの背後に俺がいることをみんな薄々感づいたからなのか、最初は有無を言わずに俺のことを排撃したけど、フィリを挟んだ形でちょっとつつ俺と交流するようになった。
そして気づく。みんな食いしん坊なのか、多くのメンバーは常に食材の調理方法と、どうすればより短く、そして一度で多くの食材を持ち帰れられるのかばかり考えている。
だからみんな仕事に熱心で、犯行のやり方についても常に色んな意見を出してくれた。けどそのどれも妄想の域の出ない、実用性皆無のものばかり。
なのに彼らが今使用している戦法は非常に大胆かつ慎重なもの。そのことにどうしても違和感を感じてしまう。
まあ組織に居てまだ日は浅いから謎に感じることが多いのは当然。そんなのいちいち気にしたらきりがない。
ただでさえ課題は山積みなのに。
そう。今俺が一番考えるべきものはどうすれば正式に組織に加わることができるか、だ。
とはいえそのことについて俺が入ってから組織の雰囲気が目に見えるように変え始めたのでおそらくこのまますれば大丈夫だろう。
しかし組織が俺のことを受け入れたあとのことを考えるとー仲間が居て更にラゼという強力な助っ人を仲間に引き入れられると仮定した状態で、俺がいくら頭を働かせても未だに俺が実現したい理想への道筋が見えていない。
だから、俺は組織の不審を買う行為になりかねないと知りながらも何か妙案に繋がる手がかりはないのかと、メンバー達に隠してある日課をはじめた。
といっても常に監視塔でこの国を俯瞰してるラゼにはとっくにバレてると思うけどね。なのになにも言われていないということは黙認してくれるだろう。
そう、俺は組織の人とだけじゃなく貧民街の人とも仲良くさせてもらっている。
いや、正確には少しだけ違う。
貧民街の中には一度俺を殺そうとした人がいる。そんな彼らに例え意識しないように心がけるとしても体が勝手に構えることになる。そして向こうも復讐されるのを恐れ、元々余所者嫌いということもあり俺のことを酷く警戒している。
だから本当の意味で仲良くなることはほぼ不可能と言えよう。
幸いおそらく大将達もガキ共と同じ、あるいはそれ以上に生きるのに必死で、自分だけを信じる利己的な人間だ。
だからそもそも相手とご懇意になりたくて優しく、そして親切に接してもそんな人が居るはずないと、返って不信にさせることになる。
ならばと、俺はあえて胡散臭く思わせるような行動を取ったー俺は身構える大将たちのことを無視して、『お前のお陰でいい仕事を見つけた。礼を言うぜ』と、真実だけど傍から見たら虚言としか思わない言葉を呟きながら、こちらに敵意がないことを証明するために無防備な状態で悠々と大将の店内の席に座った。
そのまま俺は大将に注文を付けて、先払いとして提示された値段のおおよそ二倍に該当する食料を渡すことで、彼らにとって俺は利のある相手だと思わせた。
最後になんの躊躇いもなく一方的にこちらが聞き出したい情報を直に引き出すことで、下心があるという分かりやすい目的を分からせる。
狙いがあると知れば相手も疑心暗鬼にならずに済むし、例え相手が俺のことを信用しなくとも、事実目の前に利益が生むのなら俺のことを無下にすることができずに、最低限俺の相手をしてくれるだろう。
まあその利害関係を維持するためには羽振りがいいと演出する必要がある。そのために街へ繰り出す前に貴重な水を使って軽く体を拭き身だしなみを整えて、『大人』に与える食料を『子供』分しか食べないことで貯めてきた食料を本来の価格の約1.3倍、つまり値札に書かれているよりぎりぎり上の金額で、毎回爽やかな顔で豪快(大嘘)に買い物をする必要がある。
そう、俺はかっこつけた。なぜなら俺は知っている。ここに例の彼女が居ることを!
まあ未だに話したことないんだが、それでも日頃の行いが良ければ周りからの評価も必然的に上がり、彼女の耳に俺の話が入ればその潜在意識に、『あ、こいついい人なんだ。素敵! 』と無意識に好印象を植え付けることができる。そうすればいずれ来る会話の日に役に立つかもしれない。
けどそうなるには邪魔となる存在がいる。
それは俺の自爆を見届けたあの三人のことだ。
もしあの時のことを言いふらしたらきっと周りの人には酷くかっこ悪く映り、更に脅迫の仕方について噂されたらどち狂った野郎という印象を持たされるかもしない。
それは何としても阻止すべきことだ。
だからそのことについて言及される度に、俺は真っ先に『俺のことを嫉妬するための恨み言』や、『おそらく同業者を排除するための言い訳だろう』など、適当なに言い繕うことでなんとか面子を保つことができた。
しかもそのこととちょくちょく貧民街を通った結果、俺は自然と市場調査と、この世界に関する様々情報をかき集めることが出来た。
色んな人から聞いた話によると、この世界には色んな種族がいる。
長い耳をしてる人が居れば螺旋の角を持ってる人も居る。暴力を極めるために生きる人も居れば知恵を求めるのに人生を費やす人も居る。
外表、生活スタイル、価値観、能力など、同じく人としてこの世界で生きているけど、当たり前のようにみんな異なる。
それなのにお互いその違った部分を許容することができず、むしろ小さな齟齬として不満を募り、やがて戦争にまで発展した。
そこには明白な理由はなく、ただなんとなく気に食わない。それだけのことで。
そして殺し合いをしたことでお互いに対する憎しみが更に昇華して、ン千年で蓄積されたその意志は、今となっても受け継がれるほど収拾がつかない事態になっていた。
そんな中、一人の戦いの天才が現れた。
種族も年齢も不明な彼女は空手で容易く岩を砕き、衝撃で周りへ飛び散った破片を地面に落ちる前にすべてを回収することができる常人、いや玄人離れな身体能力を持っている。
そんな彼女を前にして、いかなる強靭な体を持つ相手が集まっても、水の中や灼熱な火山のような過酷な環境下でも、落石や針床のような道具を使った小細工でも無意味となる。
そう。彼女がその気になれば 種族一つ滅ぼすなど造作もないこと。
まさに一騎当千。
幸い、彼女は暴力や権力に溺れるクズではなく、ただ快楽や自己満足のために無差別で無意味に人を殺める魔女でもない。
彼女は私欲じゃなく、平和のためにその力を使う優しい心の持ち主だ。
そう、戦いを通して彼女は知っていた。みんな絶対の力を持つ彼女に悪意を寄せられたけど、その本質は同じだ、と。
みんな別に戦いが好きじゃない、ただ自分の能力を試したいだけ。しかもそれはあくまでも一部の人だけ。
であれば本来殺し合うをする必要はない、きっかけさえあればみんな仲良くなれるじゃないのか? そう思った彼女は一度力を持って各種族の代表みたいな存在を無理やり集めて、腰を据わって話をさせた。
そして気づく。すべての原因と障害は『言語』にあるということを。
そう、そもそもお互いがなにを言ってるのか分からない、そんな理解不能な『怪物』だからこそ、心置きなく殺すことができる。
だから彼女は各種族の音階が似てるものや特徴的なものを持って、新たな言語を作り出した。
と言っても簡単なことしか伝えることができないみたいだけどな。
それでも、そのお陰で元から好奇心の高いもの好きからはじめ、みんな少しずつ交流をするようになり、お互いを受け入れられはじめた。
そんな平和な時代を築き上げたことと、この世界の新たな可能性の光を差し込むことに、後に人々は彼女のことを『聖女』と称賛することになった。
とはいえその平和は絶対王者である聖女が居てこそ維持できる部分が大きい。
今から30年ほど前、聖女の失踪によってその束の間の幸せは崩れた。
もちろんその間の70年間、お互いに対するしこりが大分和らいだので、昔と違い全員が戦争を望むわけじゃない。
中には休戦協定を約束したものも居ればそのまま共和国になっている所もある。
けど何をしても解消することができず、特定の種族に対して異常なほどまでの憎悪と執念を持つ種族も居る。
人間と獣人がそうなのだ。
この国を統べる軍団のトップである将軍は聖女がいなくなった途端に牙を剥き、今まで平和で何もしてなかった分を取り返す勢いで討伐を繰り返した。
生産が追い付かなくても、弱者の生活に影響が出てもお構いなしに。
更に新たな兵器ートラップまで開発した。
もちろん中には反対する人もいるだろう、けどその全員は俺の時みたいに力を持って黙らせるか、或いは―
「皆の者、大義であった」
それはなんの前触れもなくやってきた。
そのことに喜びと安心を感じる人もいれば、恐怖と不安を感じる人もいる。反応は様々だけど、確かなのはこの国に何かしらの変化をもたらすことだろう。
そう。遠征に出かけた軍隊が帰還した。
彼らはこの国に帰ってくるなり住民のみんなを軍団の本拠地の近くにいる広場に集めるよう通達した。
そして仕事を手放して慌てて広場に集まったみんなは今、ある一点に注目してる。
「みんなも知っての通り聖女がいなくなってからこの世界は再び混乱に墜ちいた。そのことに乗じてもう一度戦争を引き起こそうとしている種族がいる。彼らは無差別で人を攻撃し、その愚かで横暴な行為によって我々は多くの同胞を失った。それは必要な犠牲ではなくただ一方的な虐殺。そんな理不尽を許容できるのか! 否! 我々はなくなった同胞たちの仇を取るために、そして平和のために今一度武器を握り、戦場へと舞い戻ることを決意した。そして小さな一歩ではあるが、我々は勝利した!」
壇上で演説してるのは将軍様。彼は平気な顔で高らかに聖女という名義を借りて、獣人を虐殺することを正当化する。
それは酷く眉唾の話だけど、強大な力を持つ軍団に異を唱えるものなどいるはずない。なによりー
「見よ! これが愚行を走った敗者の姿だ」
壇上には獣人を討伐する時に手に入れた食材や物資のような勝利品の他に、手足の骨が折り、全身にあざや切り傷が出きている瀕死状態な獣人が、兵士達の手によって民衆にはっきりとその悲惨な姿が見えるように挙げられた。
そんな獣人を、将軍は更に批判な罵声を浴びさせて、その度に軽い切りを入れて気絶しない程度の痛みを与える、公開処刑する。
そのあまりの狂気じみた光景に、元から獣人を恨んでいるものは更にその憎悪を高め、そこまで強い思想を持てない人もその強い刺激を耐えるためにやはり他の人と同じ、力いっぱいに彼らを睨んで、罵声を出すことで意識を分散する。
将軍のやってることは実に人間らしくて陰湿だが、効果は絶大だ。
狂った世界で普通に居ることはとてもつらい。自分にその環境を変えるほどの力がないのなら、他の人と同じように狂った方が或いは自分にとっての一つの幸せと、そう思ってるからみんな自ら狂うことを選んだ。
けど一度平和を経験したことのある人なら心の奥底では分かってるはずだ。何か正しくてなにか間違いなのかを。
それこそが現状を打開できる突破口になるんじゃないのかと俺は思う。
とはいえ今の俺になにかできるわけない。
住民達のみんなは今将軍の演説に気を取られてこれ以上情報収集することができないし、そんな無防備な彼らのことをメンバーであるガキ共は四つん這いになって群衆の中潜って、もしその中に使えそうな物資や食料が持っている人がいるのならさりげなくそれを奪い取り、バレないように移動する。
みんな頑張ってるところで心苦しいが、残念なことにその仕事はでかい胴体を持つ大人である俺がやるとすぐバレてしまう。故に作戦から外されて、群衆から少し離れたところでガキ共のことを見守りながらこうして考えを整理する以外やることがなかった。
「全く、こんなこと一体いつまで続くの」
こうしてぼっと目の前のいかれた集会を眺めると突然、静かだけど怒りを含んだ声が聞こえた
「獣人を殺しても、最終的に困るのは自ら人間なのに...」
そちらに向くと綺麗な女性が居た。
彼女は今も壇上で虚言を放っている将軍に眉を寄せてながら軽く下唇を嚙み、実に悔しそうにそんなことをつぶやいた。
どうやらこの歪な世界の中に居てもなお、正気を保った上に俺やラゼのようにその理不尽を不満に思う人がいるみたい。
「全くその通りだ」
だからなのか、彼女がこの世界を変えるためになにかやっている、或いは同じ思うを抱く俺達に協力してくれるかは分からないけど、俺はつい彼女に声をかけた。
いや、それだけじゃない。
「...あなたも軍団のやり方と現状に不満を抱いてるの?」
独り言のはずなのに、まさか近くに自分以外の人にいるなんて夢にも思わなかったんだろう、女は一瞬びっくりしたけど、相づちを打つ俺の態度と言葉の内容に敵意がないと分かっていて、それでも念のため、彼女は恐る恐るとこちらの意思を確認する。
「あぁ。暴力と権力に溺れているこの国のことがおかしいと思っている。そしてー」
真っすぐ彼女の目を見つめながら答えると、俺はそのまま前に身を乗り出してー
「ようやく見つけた」
渾身の力を込めて、彼女の顔面目掛けに拳を振り上げた。
「っ!」
そう、この女の存在に俺は酷く違和感を覚えた。
俺は組織から今回の任務から外された。そこには明確な理由があり、だから俺も仕事の邪魔をしないようにできるだけ人から離れた静かな場所を選んで、彼らのことを見守ることにした。
にもかかわらず、将軍が演説してる時にこんなところに俺の他に人がやってくる。しかも都合よくこの国にとっての禁句にもなるようなことを呟いた
偶然と言えばそれまでだが、しかしそれはあまりにも場が整いすぎでいる。
そしてもう一つー彼女はあまりにも綺麗だ。
それは顔や体のことを指してるじゃない。文字通りその身なりに汚れがなに一つなく、立ち振る舞いもどことなく気品というものを感じる。
貴族。まず真っ先に思い浮かんだのはその言葉だ。
もしそれが彼女の代名詞なら、そう考えるとこのシチュエーションだけじゃなく、今まで組織内に感じる疑問の数々も一気に解消されることになる。
貴族である彼女は今の国に不満を抱いている。しかし貴族にはこの国に小さな変化をもたらす力があれと、国全体の風向きを変えることはできない。
加えてこいつは女。だからもし事を起そうとするなら仲間が必要だ。
けど『自由』のお陰で今の地位と権力を得られた貴族たちは当然それに協力することなく、むしろ敵だ。
普通の住民達も、確かに今の生活に不満を抱いている。けど強者に逆らうことこそが更なる不幸になると、そう恐れてるから仲間に引きずるのは難しい。
一番仲間になりやすいのは軍団のせいで生活に余裕がない、或いは極限までに軍団に不満を抱いてる人ーラゼの組織のことだ。
そしてあの単純で純真な子供達の寄せ集めから、あれほど精密かつ大胆な計画を生み出せるはずないことを考えると、おそらく彼女は既に組織のことを仲間に引きずり込んでいる。
なのに純真な子供達から目の前のこいつについて一言も言及されていない。それはつまり彼女はまだ完全に俺達の仲間になったわけじゃないということだ。
当然だ。こいつは無力な女でありながらある程度強者を動かせる権力と、食べきれないほどの食料を持つ資産力も持ち合わせている『光』。対してガキ共は文字通りなにも持っていない、ただ陰に隠れながら必死に生きるしかない『影』。
まるで正反対である二つのものを混ぜ合うと、拒絶反応が起きるのは当然。
だから、そのためには橋渡し役が必要だ。それはつまりー
言葉とは裏腹にあまりにも予想外で理解不能な俺の行動に脳が追い付けるはずなく、彼女は目を見開きながらただじっと俺を見つめることしかなかった。
けど、拳は彼女に届かなかった。
「貴様...なにをしやがる」
俺の手は瞬間移動をしたじゃないかと思わせるほど、突然俺の前に現れたラゼによって防がれた。
「ようやく出てきたのか」
「質問に答えろ。何やっている」
「なに。ずっと裏でこそこそするから摘まみだしただけだ」
そう。こいつはずっとラゼの後ろに隠れて、組織のことを操っていた。
まあおおよそ事情は察してるし、そうしざるおえない状況なのも分かっている。それでもー
「あとちょっとだけ腹が立ってるのもある」
気に食わない。
仲間になるつもりなら騙し討ちをする真似はやめてほしい。そんなことをしたらこちらも疑心暗鬼になり、結局は騙し騙されることになる。
そんなの果たして命を預ける仲間だと言えるだろうか。
それを認めたくなくて俺は拳を持ってその計画を破りーまずはそのことを明るみにした。
「貴様...気でも狂ったの」
長い間計画したことが水の泡になって当然ラゼは怒り心頭に達する。
しかしそれはただの思い違い。
「この世界は狂っている、けど世界から見たら俺達の方が狂っている。そう思わないか」
「思わないね」
「なら尚更隠れる必要はない。実現したい理想があるのなら胸を張って堂々とやればいい」
けどいくら説明しても元から頭がいい方じゃないラゼには到底理解できる話じゃない。むしろ俺の話は虚言にしか聞こえず、我慢ぎりぎりで今にも俺を襲い掛かろうとした。
「ふふ、なるほど確かに話を聞いた通り、特別ななにかを持てる人のようね」
けどその後ろにいる女は違うみたい。
女はラゼを宥めるために彼女の肩に手を置きながら一歩前へ出て、実にご満悦な笑みを浮かべた。
「確かに正体を隠してあれやこれやと、あなたのことを試す真似をしたわ。当人にとっては相当不快なことよね。気分を害したことを詫びるわ」
そう言って実に貴族らしい洗練された優雅な仕草で俺に頭を下げて、謝りの言葉を口にした。
あまりにも綺麗なその一連の動きに思わず見惚れると、彼女はすぐ真顔になって真っすぐ俺を見据えた。
「けどそれにはちゃんとした理由がある」
知っている。けどー
「どういうことだ?」
俺は白を切って彼女に問い返した。
「それを説明するには今の私たちの状況、そしてこれからの方針についても教える必要があるわ。どうでしょう、今からお茶会をするのは」
それに彼女は実に人間らしい裏のありそうだけど、気品も兼ね備えているまぶしい笑顔で、俺にそう提案した。
「茶会ねぇ...」
随分とノーブルな言葉を使うな。そんなの俺達のような貧民には分不相応だ。
今の俺にはこの国を変えられるほどの力を持っていない。それどころか生きているだけで精一杯な状態だ。
暗闇(弱者)はいくら暗闇(弱者)と群れても光(強者)に勝てない。それと同様に光(正気を保つもの)はいくら光(同志)を集めても、闇(間違った世界)を呑み込むこと(正す)ができない。だからー
「そんな高級なものはいらない。どうせまずくなる話だからな」
彼女のことを知る必要がある。それは表面のことだけでも、裏をかくことだけじゃない。なにを考えこれからどうしようとするのか、その全貌を知る必要がある。
同時に俺のことを教えるべきだ。
だから茶菓子なんて見栄えのいいだけの『飾りもの』なんざ必要ないと、彼女に告げた。
「確かにね」
それに俺の意図を汲み取ったのか、女はずっと気張って作った顔を崩し、ただおかしそうにそう笑ってから俺を連れて今も漂う狂気に影響されない静かな場所へと離れた。




