闇の中の闇4
意識の覚醒を感じる。
体の調子は最悪だけど、気分は思ったより悪くない。だから目覚めることへの抵抗はなく、俺は促されたままに起きあがることにした。
「あ、やっと目が覚めた」
ゆっくりと目を開けるとすぐ隣から声がした。
その声はボロボロで寝起きの体に良く響くけど、声の主はそれさえも上書きするほどの安心感を俺に与えた。
フィリだ。
「ここは...?」
まだ頭がすっきりしてないけど、それでも『まだ』結婚をしてない俺の目覚めを迎える人がいるはずない。だから見知った顔がいることに違和感を感じた俺は現状を確認する意味も込めてフィリに問いかける。
「わたしたちの拠点だよ」
「あれ、でも俺は確か...」
しかし返された返事があまりにも簡潔だから余計俺に混乱をもたらす。
「そうだよ、まったくびっくりしたからな」
そんな俺を見かねたのか、近くで俺達の話を聞いたきーくん達三人が話に加えて、相変わらず当たりの強い口調のまま事情を説明してくれた。
「あの後、残りの勝利品を回収しに戻ったら相手はもういないし、残されたお前は街中に倒れたからさ」
「あいつらに殺されたのかと思ったぜ」
「そうか、あの時俺は...」
きーくん達の説明を聞きながら俺もなにかあったのかをゆっくり思い出す。
そうだ。あの時俺は急に街中で意識を失った。
しかしそれはあの三人に刺されたからじゃないー三人と対峙するために俺は自分のことを刺したからだ。
状況の打破に集中するあまり倒れるまで気づかなかったけど、元々重傷だった箇所をもう一度刺すとそれは致命傷になり、しかも血を求めるあまりわざと傷口を広げるのでその過度の出血により貧血になったと思う。
元々神経を張りつめないと立つことさえ難しいほど相当無理をしているんだ。危機である三人が去った時、ほっと気が緩めると無意識のうちに我慢してたものが一気に押し寄せて、気づけば俺は倒れていた。
その後どうなったのか俺の記憶にないけど、これまでのフィリ達の話をやっと冴えた頭で整理すれば想像するのはそう難しくない。
「ここまで運んでくれたの?」
確認すると四人はなぜか目を逸らした。
「流石に見捨てられないからな」
「ありがとう」
その反応に首を傾げつつも、ひとまず俺を保護してくれた事実に礼を述べる。
「あ、いやまあ一応身を挺して守ってくれた恩があるし...」
「あんだが居なくてもラゼが助けに来てくれるけどね!」
すると四人は分かりやすいほど顔を赤くして、早口で言い訳を並べながら今度は顔ごと逸らした。
ははーん、さてはツンデレだなこいつら?
これまでこいつらはずっと気を引き締めたまま一生懸命仕事に取り込むから忘れそうになったけど、こうした子供のようなかわいらしい一面もあるじゃないか。
不意打ちに見せるこいつらのギャップになんだかからかいたい衝動が俺を襲ってくるけど、よく考えたらまだ良好な関係を築き上げていない今、それをやってもただツンツンさせるたけなのでやめた。
「にしてもさ、お前って怖いもの知らずというかなんというか」
そして俺の読み通りきーくんはすぐテレを振り払うために軽く頭を振って、話題を変えた。
「あ? どういうことだ?」
俺も早く組織に溶け込めるように余計なことをせず、それに付き合う。
とはいえ彼が開いたのは俺に関する話題だけど、言われたことについて身に覚えがないので思わず問い返した。
「だってさ、貴族に手を出そうとするなんて正気の沙汰じゃないよ」
「あんなのただの脅しに決まってるだろ」
自称脅迫のプロであるこいつらがなにを言ってるのやらと、呆れると四人は一度顔を寄せてから頭を激しく左右に振った。
「いやいや...」
「お前フリじゃなくて本気で瓶を投げようとしたよな」
そこで俺はおおよその事情を察した。なるほどどうやら俺の剣と貴族という単語の力は敵だけじゃなく味方にすら影響を及ばすみたいんだな。
これからも俺はそれらを使って戦うつもりだ。ならせめて仲間が巻き添えにならず済むように、ここははっきりとその原理について解説してやった方がよさそうだな。そしてあわよくばー
「それくらいしないと相手もこっちの話を信じてくれないだろ。それに止めに来ると知ってるからな」
「もし止めに来なかったらどうするのよ」
当然の疑念だ。
しかし俺は知っている。人を殺められるほどの神経を持ってるのに、兵士(強者)の理不尽な要求に対して大将や男たちは反抗する素振りすら見せずに、ただ台車いっぱい積まれたほどの食料を必死に増やすほど従順に従うだけ。
それはつまり人を刺す罪悪感と、返り討ちにされるかもしれない生命の危機さえ勝るほどの恐怖を、兵士に植え付けられたことになるじゃないのか。
なら彼らはなにかなんても強者との揉めごとを避けたいはずだ。
だからこそ、俺の脅迫がちゃんと機能している。
しかし恐怖を刻まれたのはきーくんたちも同じ。ならいくら俺が言葉を並べても彼らの感情は納得してくれないだろう。
「絶対にありえない」
だから俺はただじっと、真っすぐ彼の目を見つめることでその疑念に答えることにした。
それにきーくんも更なる質問と反論をする代わりに俺を見つめ返す。
「...ったくなんなのよこいつ」
どれくらいの時間がそうしてるだろう。力を弱まることなくずっと同じ視線を送るるとやがてきーくんも確信したこちらの絶対自信を感じ取り、一つため息をついた。
どうやら一応納得してくれたみたい。しかし彼にとって過激とも言える俺のそのやり方にまだ不満は残る顔をしている。
「悪かったな。けどあの時彼らを止める方法はこれしか思いつかなかった」
そんなきーくんに、しかし俺は申し訳なさそうに苦笑いするしかなかった。
「とにかくただの狂った野郎じゃないみたいでよかった」
それにきーくんも肩をすくめながらもう一度ため息をつき、最終的に俺のやったことへの不満を呑み込んでくれた。
「けどさ、脅しが効いたのならなぜ貨物の半分しか要求しないのさ」
「全部貰えばいいのに、全く爪が甘いだから」
否。そもそもこいつらが不満を感じるのは過程ではなく結果に対してだ。だから勘違いした上で勝手に進む俺の言葉を適当に流して、すぐさま本命について俺に問い詰めた。
「あくまで推測だが、相手はかなり追い詰められた状態にいると思う」
急に迫ってくるフィリ達の姿勢とその内容に一瞬面食らったけど、しかし俺は大人なのですぐ取り繕ってその疑問を答えることにした。
「そんなことないだろう、だって食料いっぱい持ってるし」
「つまりそれだけの家を回って、商談を持ち掛けるつもりになるじゃないか」
剣を選ぶときの推測を教えるとフィリ達も俺の話についてしばし考え込む。
「...なるほど、今回ですべてを賭けるってことか」
するとやっぱりというべきか、俺と同じ結論を導き出した。
「あれが全文注文だとしたら流石に同業者に消されるもんね」
けどそこにある裏付けは俺のと全く違い、あまりにも生々しくて怖いものである。それに聞こえないフリをしながらも、とにかく納得してくれてよかったと胸を撫でおろす。
それを前提に俺は更に説明を進める。
「だからもし全部奪ったらどのみち行き詰まることになるから、捨て身覚悟で抵抗するかもしれない。或いは台車ごと奪ったらもし俺が妄想した状態になった時、特に用もないのに台車を引いてあんなところでうろうろしたらなにかを企んでいると怪しまれやすい。要は脅迫は効き辛いということだ」
簡潔に、そして分かりやすく説明を終えたはずなのに、俺の話にフィリ達はいまいちその要領を得ない様子で首を傾げた。
「そもそもこっちにはラゼがー」
その原因は『強者』という圧倒的な存在。
どうやらフィリ達の中では、ラゼは無自覚に依存できる『前提』となっているほどの存在になっているみたい。
けど忘れてはいけない。それは本来こいつら自身のものでもなければ我が物にすることのできない代物だ。
だからこのまま続けばフィリ達も段々と自分が何もできない弱者であることを受け入れて、いずれラゼがいないと何も出来なくなる。
そうなればこの組織の意味も、機能も失うことになるだろう。
だからいい機会だ。それら最悪の未来になることを防ぐためにも今、こいつらが如何に危うい状態にいることを叩きつけた方がいい。
「全部ラゼに任せるつもりか。脅迫も、運搬も、全部」
しかし既に『常識』となっているものを、実は異常だということを教えるのは難しい。
だから言葉を重なることでちょっとつつ回復してるフィリ達の好感度(妄想)が逆戻りになるかもしれない覚悟を背負いながらも、俺はちょっと強引な方法で打って出ることにした。
「それは...」
幸いこいつらもラゼを頼り過ぎる自覚があるみたい。ちょっときつめの口調でフィリ達を責めたてるとまるで痛いところを突かれたように四人とも罰の悪そうに口をこもった。
見たところ上手くいったようだな。けど依存症の厄介ところは悪いと分かっていながらも中々やめられないことだ。だからー
「もちろん、俺達(弱者)だけではどうしようもないことなら強者に助けを求むのはいいだろう。しかしその前にやれることは全部やるべきだ。さっきの俺がやったようにな」
俺はこいつらに自信を持たせるようにもし不利な状況や強者を相手にする時、こいつらに見下ろされた俺でもできる、ラゼとは別の選択肢もあることを教えた。
「誠に言われるとなんか癪」
未だに俺のことを許容することができず、不満な的である俺にそう言われると弱音を吐くより、諦観になるよりも先に俺への対抗心を燃やすことになるだろう。
「いやなんでだよ...」
そう分かってるから本来ならその嫌味の言葉を適当に流すところだが、俺は更にその感情を引き立てるようにわざとらしいため息をついた。
「けどそうだね。さっきのように誠を頼らなければならなくなるとおしまいだもんな」
「それにラゼには休憩させたいよね!」
すると彼らはわざと俺のことを置き去りにしたまま、けど俺の狙い通り俺の話を元に新たな目標を立てた。
「その心遣いは立派だけど、ラゼだけじゃなく今の俺達にも休憩が必要だけどな」
なんだか張り切ってるようだけど、あまりにもむきになって、無理をすると流石に危うのでひとまず忠告を入れる。
もちろん今の状態で素直に聞き入れてくれるはずない。
「これくらい平気ーっ痛い! なにすんのよ!」
だから俺の言葉を無視できないようにリーダーであるきーくんの体にある切り傷を軽く触ることで説明した。
するときーくんは面白いほどびくっと体を跳ね上げて、悲鳴とともに俺を怒鳴った。
「ほら体が悲鳴をあげてるじゃないか、無理すんな」
「これくらいで音を上げるほどやわじゃない」
けど残念なことにそれでも彼は強がる。だから仕方なく俺は別の方法でブレーキをかけられないかを試すことにした。
「食べられる時は食べないと、だろ。それにちゃんと戦利品を手に入れたし、ちょっとくらい休んでもいいじゃないか」
「お前がさぼりたいだけだろ」
「ご飯なら潜伏中で済ませばいい」
なんだか白い目で観られたし、思ったのと全然別の、更に俺への当たりが強くなるよう話が進んでるみたいだけどー
「けどまあ、さっきはそれなりに頑張ってくれたからな」
「飯くらい付き合ってやるよ」
幸い、さっき命を張ったことが功を奏したからなのか、最終的に俺の目的は達成し、その上話は俺にとっていい方向へとまとまった。
「...ありがとう」
だからわざわざ話を修正せず、むしろその嬉しい誤算に短く礼述べて、俺は思わぬ形で開かれた食事会に参加することにした。
食欲、性欲、睡眠欲。
人は定期的にその三大欲求を満たさないと人としての生命活動を維持できなくなる。しかしそれらを処理する過程で人は最も無防備な状態にいる。
睡眠中に人は周りに起きていることを感知することができないし、性処理をする時に脳の判断が鈍くなる。食事に至って手と口など人にとって一番攻撃性のある部分を駆使する必要があるから、もしなにか起きた時一瞬身動きが取れなくてすぐ対応することができなくなる。
だからそれらを処理するにはもっとも安全な場所で行わなければならない。そしてそれを共にできるのはその人にとってある程度信頼できる人でなければならない。
なら今、俺達がこうして一緒に食事できるということは少なくともフィリ達にとって俺が害をもたらす存在ではなく、俺のことを信頼しはじめる証拠になるじゃないのか?
そんな勝手な願望を胸に、俺は危機を乗り越えて全員が無事ここにいられることへの祝福も込めて、精一杯食事を楽しむことにした。




