イベント3
閑散だけど不思議と寂しさを感じない、異常なほどまでに小綺麗で独特な空気を醸し出した高級住宅街に俺達はやってきた。
そのエリアに踏み入れると俺達はすぐ大通りを避けて、細心の注意を払いながら屋敷と屋敷の間にある比較的に細い道へ入った。
キモイ動きのままで。
最初こそ周りを警戒するために取った慎重な動きのようだけど、途中で足取りが軽くなって、今では手を挙げながら片足でステップを踏んでるただのバカな動きとなっている。なんか楽しんでないかこいつら? 幸いこんな所に人が滅多に来ないからいいけどさ...
「ここら辺でいいだろう」
やがて表通りと違い、清掃が行き届いていないような狭い所まで来ると四人ともようやくその動きを止めた。
そして上下左右と、それぞれ忙しなく頭を動かすと四人は一度顔を寄せてから一つ頷き合った。
どうやらここを姿をくらます場所に決めたらしい。プロである四人が納得するのなら素人である俺が口出しすべきじゃないけど、どうしても一つだけ疑念がある。
「遮蔽物があまりないけど...大丈夫?」
不安そうに四人に問い掛けると、『何言ってんだこいつ?』と、呆れ顔を返された。
「そこそこ拓けて見える場所の方が人通りもいいだろう」
「それにここは監視塔と貴族の家からも見えにくい死角となっているよ」
そうか。こいつらの目的はカツアゲだもんね。であればある程度身を隠せることが出来て、相手が通れそうな場所じゃないと意味ない、か。
突き返された答えはちょっと考えれば出てくるような簡単なものですぐ納得できた。同時に自分の犯罪者としての浅はかさを痛感する。
「そういうことか...すまん迂闊なことを聞いて」
そのことを恥じることなく、むしろちゃんとその事実受け入れるために俺は四人に謝りの言葉を口にした。
「いや、わかればそれでいい」
「もう質問はないのか」
「ああ」
真剣で真摯に仕事を取り込む俺の態度を見て、四人も今までのように俺に強く当たるんじゃなく、むしろ先輩として俺のことを気を遣うような優しい言葉を掛けた。
こ、これか仕事モードの先輩達の姿なのか...かっこいい!
「いいか。今回はあくまで仕事の手順とコツを勉強するのが目的だからな。よっぽどのことがない限りここから出てくるなよ」
いや。俺に指定の位置で待機させて、余計なことをして迷惑を掛けないように釘を刺すその態度を見るにーさっきのは俺に対する優しさではなく、早く仕事に取りかがりたいかために適当に俺をあしらうためのものようだ。
「わかった」
妄想が砕かれて、相変わらずの扱いの酷さと信用のなさに思わずため息をつく。とはいえ下っ端である俺には文句を言わずにただ黙って頷くしかないだろう。
「ここは安全とはいえ万が一のこともあるから気を引き締めろ」
それでも、俺の返事にそれぞれの定位置に向かう途中で四人は既に不安そうに時折こちらを振り返った。
けどいつまでも俺に構って居られるはずもなく、しばらく監視して問題が起きてないと確認できるとやがて四人も俺のことを他所に自分の仕事に意識を戻ることにした。
俺も嫌な気持ちを切り替えて目の前のことに集中する。と言っても特にこれといってすることなく、ただカモが現れるのを根気よく待つだけだけどな。
にしても暇だな...元から人通りが少ないな上にわざわざ大通りを外したこの場所に、ご覧の通り既に2時間ほどたったのに人影は0である。
本当に人が通るのだろうか。
まあいくら俺が心配をしてもそれに答えてくれる人なんていない。あいつらは連携が取りやすいように近い位置に居るので軽く話をすることもできるだろうけど、邪魔者扱いされた俺は彼らよりちょっと離れた場所にいる。
すっかり手持ち無沙汰になった俺は最初こそ彼らの言う通り息をひそめながら待機してるけど、時間が経つにつれて俺の警戒心も薄れ、気づけば道端に落ちている石を集めて、上に投げる度に持ってる石を一つ増える遊びやら、近くに転んでいる謎の瓶を単眼鏡変わりに『船長、敵はまだ来ておりません』のようなごっこ遊びに興じた。
っていかんいかん。急に環境がガラッと変わることと短時間内で子供とばかりに接したからなのか俺の心もいつの間にか童心に戻ったようだ。
けど子供だからっていつまでも遊んでいいわけない。いくら暇を持て余してるとはいえこれは流石に遊び過ぎた。
俺は俺の天才的な頭脳によって生み出したもう一人(架空)の俺と別れを告げ、慌てて張り巡らせた罠の中に獲物が来ていないかを確認する。
そこには相変わらず何も変わらない風景が広がっていたのでひとまずほっと胸を撫でおろす。それでも油断することができず、俺は新たな遊びを開発しながらも時折狙った場所に振り返るよう意識した。
やがて段々と明るくなるはずの空が、いつの間にかその輝きを失い始め、けど夕焼けになるのはまだちょっと早い時間帯になるとー
ついにその時がやってきた。
そこら辺に落ちている木の枝を拾い上げ、それを筆代わりに地面にフィリ達四人の似顔絵に『誠の兄貴最高!』という吹き出しを足す素晴らしい絵を書いてると、ゴロゴロと静粛なこの場所に似つかわしくない、聞きなれない音が俺の耳に届いた。
その音が段々と大きく、そして近づいている気がする。
何かの予感を胸に、俺はいつの間にか速くなる心臓の音と荒い息を必死に抑え込みながら、いざという時のためについてに顔も半分を隠した状態で何が起きたのかを確認する。
「あれは...」
音の方に顔を向けと、そこには食材と料理を乗せたでかい木箱6個分を積んだ台車を押してる一人の男性が居る。
見た感じ彼には剣や槍のような武器を携えていない。それに額に汗を垂らしながらも一生懸命台車を押している彼は周りを気にする余裕がないように見える。
まさに絶好のカモ。
ようやく出現したターゲットに内心歓喜の音を上げながらも、慎重にことを運ぶよう心掛ける。
俺達はすぐなにか行動を起すことなく、これから使用する武器と心の準備をしながら事前に打ち合わせ通り、彼がある通過点を通り過ぎるまでじっと待つ。
やがて一歩、また一歩とポイントに近づき、男と台車は完全に俺達が張り巡らせた網の中に入ってきた。
「動くな」
瞬間、リーダーであるきーくんは先頭を切るべく暗闇から飛び出て、鋭いナイフを相手にちらつかせながらそう声をかけた。
続いて三人も男性の右、左、後ろにと、まるで男性を囲うように姿を現す。
「なんだ? なんでこんなところにガキか?」
突然の登場に当然男は混乱する。
それに乗じて貨物を強奪することもできなくはないが、俺の時のように狙うものの場所が厄介なところにいるや、今のように一瞬では全部奪い切れないほど大量の獲物がある場合はそうもいかない。
そう、フィリ達は貪欲なんだ。全部といわずともその大半を奪わないと気がすまない。そのためにはー
「動くなと言ったはずだ。死にたいか!」
「っ!」
きーくんは男に今一度ナイフの存在と、自分の立場を理解させるために大きな声で脅迫文句をぶつけた。
その声は男の意識をこちらに集中させて、声の内容はさっきまで彼の脳内にある様々な疑問に対する一つの答えとなる。
それでも自分の目で確かめないと受け入れないのが人の常。はっとなった男性は軽く周りを逡巡し、自分の意識をもって今一度現状を確認する。
「この辺でカツアゲをする人がいると聞いたことあるけど、まかさガキとは」
やがて真偽の照合が終わると、男もようやく自分の置かれた状況を呑み込むことができた。
そして理解する。彼に残された選択は二つのみ、と。
一つ、言われた通り大人しく貨物を差し出すこと。
一つ、全力を持って抵抗し、逃げる隙を作り出すこと。
しかし前者は男のこれからの生活に致命的な影響を与え、後者は直接身の危機になる。
だからなにか第三の選択肢はないのかと、男は無駄話で時間を稼ぎ、それを模索した。
けどそれに付き合うほど俺達は暇じゃない。カツアゲに置いて時間は大切なのだとラゼに教え込まれたからな。
「子供だからって舐めるなよ」
「持ってるものをすべてこちらに渡せ」
フィリ達は時間を経つに連れてどんどん膨らみ上げた可能性の芽を摘むために一歩、また一歩と男に近づけて決断を促した。
それに男は額に汗を浮かびながら苦い顔になって、必死に心の中で葛藤した末、やがて手を台車から離れたー
「もちろんお前らのことを軽んじるつもりはない。だからー」
いや、違う。彼は諦めたから貨物を手放したからではないー
「おいお前ら! ちょっとこっちこい!」
「...なに」
おそらく男は最初から第三の選択が見えていた。けど子供を相手に、こちらと同じ方法で返り討ちをしてもいいのかとずっと迷っていた。
結局は相手よりもまずは自分のことを優先することにした。
男は俺達にとって最悪の状況ー助っ人を呼ぶために、一度後ろの方へと振り返る。
その声に合わせてさっきのフィリ達と全く同じ登場の仕方で、後方にある建物の間にある隙間からがたいのいい二人の青年が現れた。
槍を手に厳つい顔でそちらを凝視する二人に、今度はフィリ達が動揺する。
「っ!」
無理もない。さっき男が近づいてる時、フィリ達は細心の注意を払って見える範囲に他の人が居ないのかを確認したはずだ。もし誰かが人影を見つけたら四人のうちの誰かを遣わして、そいつらの足止めをさせる予定だ。
こういう裏の確認があることと、俺達の警戒をかいくぐることができる能力と慎重さに、こいつらが只者ではないことを語っている。
「悪いが今日は大きな注文が入っていてね。念のために護衛を付けさせてもらった」
形勢逆転。
大人2対子供4。数こそ勝ったものの、しかし体格と武器と技術の差は歴然。そう分かってるからさっきの焦りはどこへやら、男は調子に乗って余裕綽々といった顔で俺達にそう説明した。
さてこの圧倒的に不利な状況の中に、果たしてフィリ達はどうするだろう。
そんなの決まっている。
例え勝敗が見えるほど絶望の状況でも、過酷な環境の中で成長した彼らの中に逃げるという選択肢は存在しない。
フィリと俺の前の先輩としてのプライド。台車に積んだ貨物の量。それに負けたら終わりという価値観。それらが絡み合って、彼らの足をこの場に引き留める。
「ガキだと」
覚悟を決めて臨戦態勢に入ったフィリ達。しかしそれと対峙する青年たちはフィリ達姿を確認するなりちょっと困惑した表情を見せた。
「どうします? 適当に懲らしめるか、それともー殺ります?」
しかしすぐ気を引き締めて、リーダーである男に指示を仰いだ。
既にこちらのことを全く脅威だと思っていないのか、男はゆっくりとフィリ達の顔を一人一人見回して、しばらく考える素振りを見せる。
「そうだね...貴族様の家を汚すのは良くないからね。半殺しで許してやろう」
やがて渋い顔になりながらも男は重苦しくそう結論づけた。
それに小さく頷くと青年たちは命令を実行するためにすぐ攻撃態勢を取る。
「というわけさ」
「悪く思うなよ」
それに怯むことなく、きーくん達は自分にかつを入れるためにむしろ一層力を込めてナイフを握り、腰を落とすことで彼らを迎え撃つ準備をした。
相手の出方を伺うようにお互い睨み合って、合間を測るように半歩、更に半歩とちょっとずつ前に出る。やがてー
「はああ!」
先に仕掛けたのは相手の方だった。青年Aは掛け声と共にフィリ達に向かって突進し、そのままリーダーであるきーくんの肩口に向かって槍を突き出した。
けどそんな単純な動きでは、数多な修羅場をかいぐくったきーくんに予測できないはずない。
槍先が自分の体に当たるギリギリまでの所で、きーくんは地面を蹴り、体を右の方へ飛ばせることでその攻撃をかわした。
全身の体重を乗せたその一撃は、受け止める相手を失うことで予定の地点に到着しても止められない。そしてその余分の力は青年Aを引っ張って、きーくんとすれ違ってもなお前へと進んだ。
対して相手がへまをする隙を狙って、きーくんは横を通り過ぎる青年Aの背中を狙ってナイフを振り下ろした。
けど、できなかった。
「え?」
それは青年Aの移動が想像以上に早いからでも、きーくんが狙いを外したからでもないーきーくんを追い越した瞬間、青年Aは地面を踏ん張って急ブレーキした。
それと共に槍の端の部分をきーくんの腹を狙い定めるように角度を調整する。
ナイフを振り下ろそうと、腰に込めた力はすべて棒の末端に向けることになり、それにぶつけた反動はすべてお腹の一箇所に集中する。
思いもしなかったその反撃に、きーくんは受け身になる準備ができなくてもろにそれを貰い、一瞬で動きが止まった。
そう、外したと思った槍の攻撃は実は青年Aの狙いであり、今の攻撃への布石だった。
「ガハっ!」
攻撃を受け隙だらけになったきーくんの体に、青年Aは更に追撃すべくもう一度棒の先端を思いっきりその腹に叩く。
吹き飛ばされてないものの、同じ箇所に二度も強烈な一撃を受けた体は痛みを耐えることができるはずもなく、きーくんはその場で崩れ落ちた。
「きーくん!」
仲間がやられる姿にメンバー達は悲鳴を上げ、二手にわけて慌てて彼の元へ駆け出した。
片方はきーくんを心配するため。そしてもう片方は仲間の仇を取るためだ。
「おっと俺様のことを忘れては困るぜ」
しかしきーくんの元へ向かうフィリの足は、矢のように飛んできた槍に突き刺さって、地面とくっついた。
そう、みんなが青年Aにばかり気を取られた瞬間、青年Bはその隙を狙って遠くから攻撃をしかけた。
「きゃああ!」
コンマ数秒遅れてやっと自分の身に何か起きたのか理解したフィリは、後からやって来た激痛と共に叫び出す。
その声に気にも留めずに青年Bは目にもとまらぬ速さでフィリの方へ駆け出して、槍を回収すると共ににフィリの腹に一発喰らわせた。
同時刻、青年Aに向かった残りの二人に、青年Aは軽く槍を横に振り、攻撃を避けるために慌てて後ろに退いた二人を分断させるためにそこで更に縦一振りした。
左右に散開する二人のうち、青年Aはすぐさま左側に逃げた子供を追って、もう一人はそちらに合流した青年Bによってその足を止められた。
あとのことはいうまでもないだろう。
あっさりと制圧された二人に合わせて、倒されたはずの二人も再び立ち上がり、青年達と立ち向かう。
だから青年たちもフィリ達が大人しくなるまで何度も拳と蹴りを入れて、これ以上行動できないように肩と足を刺した。
その見るに堪えない光景に俺は焦りと苛立ちと恐怖を覚えた。
男は最初にこう宣言した。フィリ達を半殺しにするって。
それはつまり相手に抵抗する気力と素振りがないなら見逃してくれることを意味する。
であれば倒れたまま意識を失うフリをすれば、向こうもそれ以上なにかをすることなくこの絶望的状況から脱出できる可能性が高い。
なのになぜだ...なぜフィリ達はこんなにボロボロになってもなお、立ち上がるんだー
そうか、そういうことか。
ようやく分かった。彼らが命を張るまで抵抗する理由を。
フィリ達は知っている。今もどこかで自分たちのことを見てるラゼのことを。そして自分たちがピンチになると必ず駆けつけてくれると、そう信じている。
だから必死に引き留めているんだ。自分たちだけでは仕留めきれないほどに大きなこの獲物を。
けどー
俺は知っている。ラゼの本懐。そして俺に期待するものはなんなのかを。
ラゼは『自由』、つまり弱肉強食なこの国のやり方が気に食わない。それを否定するために組織を作り上げた。
しかし弱者がこの厳しい環境を生き抜く手段が確立されつつあるとはいえ、この組織は未だに規格外の力を持つラゼによって支えられている部分が大きい。
そう、ラゼの存在自身こそが彼女の理念に反するものとなり、この国のやり方となんも変わらない。
だから子離れしようと、彼女の存在を補うことができる人材をずっと探した。
それが俺という可能性。
しかし可能性というのは何も行動を起さないといつまでたっても可能性のまま。
それが本物なのかどうかを見極めるために、おそらく今回ラゼはなにかあっても決して助けにくることはないだろう。
現にそれなりの時間がたったのに上の方でなにか動いている気配を感じない。けどそんなことを知らずにフィリ達は今もなお、時間稼ぎに死ぬ気で頑張っている。
このままではフィリたちは本当に死ぬことになるかもしれない。しかしー
果たして俺にこの絶望的な状況を変えられる力はあるだろうか。
わからない。頭の中ではいくつかの案が浮かんだけど、しっくり来るものは何一つなかった。しかもそのどれも高いリスクを伴うことになる。それでもー
「背に腹は代えられない、か」
目の前で殴られ続けるフィリ達の姿を見て、このまま何もしないという選択肢は、ない。
時間は刻一刻と進んでいる。それと共にフィリ達の命の灯もゆっくりとその輝きを失い始めた。
だから俺は身を裂くような思いをしながらも一刻も早く脳内で『作戦』をまとめ、それを現実にするための準備をはじめた。
「やめろ!」
やがてすべての準備が済ませた時、俺はすぐさま暗闇から飛び出して、一際大きな声を出すと共に両勢力の間に割り込んだ。
突然現れる第三勢力に全員の注意がこちらに移り、一瞬動きが止まる。
「あ?」
「なんだこいつ。何処から出てきた」
青年たちは俺の存在に驚き、フィリ達を押さえつけるまま体をちょっとこちらにずらして、気を配った。
対してフィリ達はラゼが来たのかと勘違いしたようで、ずっと張りつめた気を緩んで、ようやくその場で倒れる。
「誠...」
けど俺の姿を確認した瞬間、希望に満ちた顔はすぐ絶望に変わる。
「やめろ、お前が敵う相手じゃない」
それでも、いくら俺が気に食わないだからって、せめて被害を最小限に抑え込むために俺にそう諭した。
もちろんそれを聞き入れるつもりは毛頭ない。
「それは、やってみないとわからないよ」
俺は理解されないと分かっていながらもなるべくフィリ達を安心させるために一度笑いかけてから、青年たちの意識をこちらに引き寄せるために一歩前に出る。
「こいつらの仲間ってわけか」
その行動と今の会話の内容で、おそらく青年たちはおおよそのことを察したのだろう。
しかしこちらが敵意があると確認できたのにも関わらず、二人はあろうことかさっきまでの警戒を解いて、舐め切った笑みを俺に向けた。
「けどお前一人増えたくらいで何ができる」
「しかも、がはは! 重傷人じゃねぇか!」
それは赤手空拳と、今でも血が滲み出た包帯を巻いている俺の姿を見て、どう足掻いても相手にすらならないと思う故の態度だ。
「もう一度言う。やめろ」
しかしその挑発に乗ることなく、俺はつとめて冷静なまま彼らに向けて強気な言葉を放った。
「あ? 寝ぼけたこといってんじゃねぇ」
「調子乗るな。お前も半殺しにしてやる!」
『自由』が当たり前なこの国において、自分より遥かに弱い者を思い通りにできないことは二人にとっては耐えかたいことだろう。だから俺に怒鳴ることで更に圧力をかけようとした。
「そうか...だったらー」
けどそれで怯む俺ではない。今にも俺を襲い掛かろうとする二人を前に俺は動じずにゆっくりと一つ深呼吸をしてー
「これをあの屋敷に投げます」
ちょっと大袈裟にそう言い放つと、俺は『実物』を三人にも見えるように取り出した。
もちろんそれはただの言葉じゃない。
俺の口から出た言葉は魂魄のように空中で漂いながらも最終的に俺の手元に集まり、剣の形となって具現化した。
そして言葉の裏付けとして取り出した瓶は、ゆらゆらと炎のように盛り上げる『オーラ』に変換し、三人の視界を燃え尽くして、瓶にだけ集中させることができる。
その状態で俺は剣を握りしめて、二人に向けて振り下ろした。
「...は?」
「なにをいってー」
しかし、確かに俺の攻撃は二人の心を捉えた。なのに剣は心に触れることができずに、まるで幻のようにすり抜いた。
そう、二人はいまいち俺の言葉を理解できないように俺に白い目を向いて、呆れた。
それでも、ダメージこそなかったものの、斬撃を繰り出す時に発生した風は、熱くなった二人の頭を冷やして、その動きを止めることができた。
なら後は俺の言葉がきちんと相手に殺傷能力を持つようにー理解できるように説明してやるだけだ。
「すると当然、それなりにでかい音が響くことになる。それだけじゃない、見ての通りこの瓶の中身は俺の血が注いである。もし瓶と壁がぶつかればその衝撃で瓶は破裂し、中身の血が溢れ出て屋敷の壁に張り付くことになるだろう」
さっき、この場に飛び出す前に俺は止血したはずの傷口を枝で再びこじ開けて、流れた血を瓶の中に流れるように枝で誘導した。
けどそれだけではこいつらを脅迫することのできる量に達していない。だから俺はできる限り唾液を吐き出して、それを服に垂らして乾いた血の跡を溶かすことにした。
そのお陰もあり、にやりといやらしい笑みを顔に貼り付けたまま解説してやると二人の顔色はみるみるに変わった。
「貴様...」
それと伴い、さっきまでは何もなかったけど、俺の剣に切られた場所は時間差で徐々に切り傷が現れる。
「音で気づいた貴族がその惨劇を見たらどうすると思う」
やがてすべての説明が終わると相手もはっきりと俺がこれからしようとすることを『想像』することができて、それによる『恐怖』というダメージを受けた。
「そんなことをしたらお前らもただでは済まないぞ!」
「そ、そうだ! いくら時間差と距離があるとはいえ簡単に逃げ切れられると思うなよ!」
最初は舐め切った態度を取るだけあって、俺の攻撃をもろに受けた青年たちはそのあまりの威力に動揺し、うろたえた。
けど流石プロといったところか、まだ気持ちが落ち着いていないのに形だけでも構えて、反撃するよう試みた。
「確かに力のある貴族なら全員じゃなくとも、簡単に誰かを捕まることができるだろう」
この世界の貴族は優れた身体能力を持っていて、トラブルやピンチになった時でもある程度対応できるだろう。けどー
「けど仮に俺達が捕まれたとして、だからなに」
想定内のその攻撃に俺は避けもせずにこの身で受け止めた。
けど傷は何一つなかった。
それところか俺に与えるはずのダメージは新たに生成した剣の力になり、それを手に俺は素早く二人を切りつけた。
「は? 何を言ってるんだお前」
「殴られて、辱められて、身も心もボコボコにされ、その上殺されてもいいのか」
しかしさっきと同じあまりにも早すぎる俺の斬撃は、その一連の動きが終わっても傷口が広がりはじめていない。
どうやら彼らの脳に負傷したこと認識させるにはもう少し時間が掛かりそうだ。なら俺もちゃんとダメージになれるように説明することで時間を稼ぐとしよう。
「それってさ、今の俺達の状況と大して変わらないじゃない」
指摘するとまだ傷が顕現する途中だけど、既に負傷してる箇所に更なる刺激を与えると二人ともすぐ痛い所を突かれた苦い顔になり、ばつの悪そうに顔を逸らした。
「...そんなわけないだろう。少なくとも命は助かる」
「人ってのは生命力の強い生き物でね、例えどうやっても助かられない状態でも、しばらくは普通に動くことができる。だからさ、お前がこの場で俺達の息の根を止めないからって、俺達が生きて逃げられる保証はない」
「それは...」
更に時間が経つと傷口もようやく認識できるレベルまで達していて、真実がバレた時、『追い詰められた』精神的なダメージが二人にのしかかった。
「しかももし、貴族達を誘き出した場合、既にボロボロな状態にある俺達が瓶を敷地内に投げる気力なんてない、だから俺達が犯人である可能性は低いと、見逃してくれる可能性がある」
やがてすべての説明が終わると、二人は傷を認識できるとろこか意識がすべて傷の痛みに持っていかれて、ひたすらそれに耐えるしかなかった。
「...正体なんざ関係ない、気分晴らしのためだけに貴様に暴力を振るう可能性もあるんだぞ!」
必死に痛みを堪えながらも青年Aは踏ん張って、最後の悪あがきになんとか反論の言葉を振り絞った。
「ありえないな」
けど残念なことにそんな弱々しい攻撃など俺に効くわけなく、新たな剣も持ってきっぱりとそれを切り捨てた。
「なぜそう言い切れる!」
構わずもう一度こちらに突っかかる青年Aに、仕方なく俺は新たな剣を取り出して、彼らにとどめを刺すことにした。
「簡単な話さ。こんなところで負傷してるのなら俺達も被害者だと勘違いする可能性がある。であれば犯人を目撃する手がかりを握るかもしれない俺達を、果たして彼らは気安く手を出すことができるだろうか。この状態で」
仮に本当に感情のまま俺達に手を挙げるとしても、『真犯人』がいると主張すればそちらに意識を移し、目の前のこいつらの特徴をすべて重要な情報として提供すれば見逃してくれる可能性が高い。
「更に言うのなら貴族を相手に配送を遅らせるわけにはいかないだろう。けどこんなタイミングで貨物を運送するのは、容疑として一番深いじゃないのか」
注文した貴族の機嫌か、勘違いした兵士か。どちらの危機しか回避できない以上、こいつらはただでは済まないだろう。
「くそ!」
たったの一撃で致命傷にもなりえるほど俺の斬撃を、それを何回も受けた三人は『恐怖』というダメージで既にボロボロ。対して俺は最初と同じ状態で平然と立っている。
まさに手も足も出ない状態。二人は苛立ちを覚えて、悪態をつく。
「こうなったら先に貴様を殺すまでだ!」
余裕がなくなって、理性を置き去りにした二人はもはやなりふり構わっていられず、逆上して俺に飛び掛かった。
全くしぶといやつだな。そう思いながらも俺は彼らを迎え撃つために一度瓶を後頭部の方へ持っていき、今まで俺が言ったことを実行するために瓶を投げる力を貯める予備動作をする『フリ』をして、これから俺の作り出す剣に力を与えようとした。けどー
「よせ!」
俺が剣を生成するより先に、ずっと離れた場所で俺達のやり取りを見守ってた男が先に言葉の矢を生成し、俺が剣に注ごうとした力を奪ってそれを青年たちに向けて放った。
攻撃そのものが外れたけど、それでも攻撃したという痕跡ははっきりと二人の目に焼き付いた。
まさか仲間に打たれるなど夢にも思っていないだろう、二人はぴったりと動きを止めて、まるで信じられないものを見る目で男の方へ振り返った。
そこにはあまりにも真剣な顔で二人を見つめる男の姿があった。
「こいつは本気だ...」
男の言葉に二人もはっとなり、なぜ自分が攻撃されたのか、そして男の意図を察す。
だから、リーダーである男が負けを認めたのならこれ以上命を掛ける理由はない。二人は大人しく言う通りにして抵抗をやめた。
その態度を見て俺もこれ以上無意味に言葉の剣を振るうことなく、目的のためにただ普通の言葉を持ってこちらの要求を伝えることにした。
「もう一度言う。動くな。そして持っている貨物の半分を寄越せ」
「半分...?」
「さっきよりはいい条件だろう」
一方通行すら許されるこの圧倒的有利な状況の中、最初に開示されるよりも不利な条件を出す俺のことを三人、いや後ろにいるフィリ達も含めて動揺を隠せなかった。
それでも、いくら条件が緩和されたとはいえ充分こいつらの生活に大きな支障をきたす額になる。
「それは...けど注文された数がだな」
うそだな。
どんなに小さなやり取りでもわざわざこちらから出向かわなければならないということは貴族達は誰かしら使用人を雇っている可能性が低い。仮にあるとしても少人数ということになるだろう。
見た感じ素材を除くこいつらが運んでいる料理の量は少なくとも40人前ある。それは貴族の間でよっぽどの人気がない限り捌き切れない量だ。
まあ仮に本当に人気があるとしても、多数の貴族の相手をするのはしんどいだけなのである程度は絞ると思うけどな。
ではなぜ、必要以上に用意したのか。おそらく配達が終わったあと、他の家に商談を持ちかけるためのサンプルだろう。
いうなれば俺が提示した数字のものを差し出してもギリギリ困らないはず。
しかしこちらが充分過ぎるほど譲歩したのに、むしろそれを付け入れられる隙と捉えて、男は更に被害を抑え込むために『泣き落とし』をもって交渉することを選んだ。
「あ、そう。じゃあー」
しかし貪欲な人がどういう結末を迎えるのか、いうまでもないだろう。
俺は無言で剣を生成し、剣先を男に突きつけた。
「ちょ、待って!」
それで彼らも一瞬で理解する。同情が通じるほど、俺は生易しくないと。
「分かった、分かったから瓶を離せ」
元からあまり期待していないこともあり、男はすぐ手を引いて、瓶を投げようとする俺を制止する。
けど、このような状態の中でも一度行動を起したその事実は俺にはっとさせて、改めて気を引き締めることにした。
「断る」
そもそも勝者が、敗者の言うことに従う理由なんてないだろ?
「はあ? こっちは言う通りにしたのに貴様ー」
なのに俺の返事に男は取り乱すあまり激昂した。
「こちらが油断してる隙をついて俺を制圧するかもしれないからな」
そのあまりの往生際の悪さに呆れつつ、俺は本当の意味で相手の息の根を止めるために『立場の差』という力を宿した言葉の剣を生成して、それを男の心を突き刺した。
「...」
それに男もこれ以上何か言い返すことができなくて、行動を起す気力も失せた。
「ガキ共」
『敵』が完全に動かなくなるのを確認できると、俺は口と目を開き、ずっと不安そうにしながらもただただ俺達のやり取りを見守ってくれた先輩達のことを呼びかける。
「へ?」
しかし声を掛けられるとは思わなかったのか、間抜けな声を返された。
「荷物を運び出せ」
いまいち状況を掴めていないようだけど、あまり時間を掛かりたくない。
俺は素早くフィリ達にこの場にドロップした『素材』を集めるよう指示した。それに先輩達も我に返って、傷だらけの体を引きずりながらも恐る恐ると現場に近づき、手慣れた動きで素材をかき集めた。
その様子を、戦意を失った三人はただその一連の動きを見ることしかできなかった。
やがて貨物をこちらが予め準備した袋を限界まで詰め込み、これ以上は持てないと判断したフィリ達は一度それらを拠点に持ち帰るために撤退する。
「もういっていい」
台車の方を見るとちょうど半分ほどのものが減ったし、機敏な動きで既に影すら見えなくなったフィリ達の姿も確認できると、俺はようやく『言葉の剣』を鞘に収めた。
「...え?」
次の瞬間、目の前が真っ暗になった。
それに伴いまるで燃えるような灼熱が俺の体を襲い掛かる。
なんだなんだ? 心臓が異常なほどに早鐘を打ち、それと対照的に呼吸が段々と遅く、そして重くなっていく。
あまりにも唐突で突拍子のない出来事に、一体何か起きたのかを確認しようとしたけど、体がいうことを聞いてくれない。代わりにすべての苦しみの起源が腹部によるものだけがなんとなく分かった。
そのことから俺はある推測を立てた。
ひょっとするとさっき、警戒を解いて俺が油断したところで三人に刺されたじゃないかと。
けど、果たして彼らはそんなことをするだろうか。
失ったものは今更取り戻すことなんてできない。それに既に必要なものを手に入れた今の俺にとって、残された貨物は不要なものとなる。
であればもし相手が復讐のために俺を刺すのなら、こちらも逆恨みで残りの貨物に唾や血、無理やり吐き出す吐瀉物で汚して、『商品』を壊すかもしれない。
自分の利害得失ばかり考えてるあの小心者の男が、果たしてそんなリスキーなことをするだろうか。
どうにも腑に落ちないな...しかしそれ以外にこの状況を説明できるものはあるだろうか。
いや...そうか、そういうことか。
なんとなくなにか起きたのか分かった気がする。しかし俺の意識は既に朦朧としていて、まともに考えることすらできない状態にいる。
まあいいや。幸い俺の最初の目的は達成できたし、フィリ達を助ける役目も終わった。なら仮にこのまま俺が倒れてもなんの問題もないはずだ。
そう考えるとなんだか体に纏わる苦しみが段々と気持ちよくなる気がする。
だからこの感覚に逆らうことなく、俺は素直に意識を体に明け渡して、深い闇へと落ちた。




