以心伝親友
政治家としての出雲は語らない。
政治の場での進展は無いに等しいからである。
夢幻病という世界規模の問題に直面する今、
議論すべき問題は分かりきっている。
早急な対策と解決、そして国民への補償である。
当然様々な問題に直面する。
前例が無く、国のルールも変える必要がある。
一年という時間では足りない。
だが何らかの進展はあって然るべきなのだ。
一年という時間があったのならば。
だが何の進展も見せていない。
この国の議員の九割は無能を晒している。その場で地団駄を踏む者、向かいにいる議員にヤジを飛ばす者、遠くの国にいる人に媚び諂う者。
「次は歩民党の集会。その次は〇〇新聞さんの取材でえ、最後はテレビ出演となりますう」
「到着までの間、仮眠をとる」
「到着しましたら起こしますねえ」
残り一割の愛国者は苦労人。
他の負債を抱えながら奮闘するも、
数の暴力で彼らの意見は封殺される。
出雲も愛国者の一人である。
とはいえ彼にできる事は限られていた。
他国とのパイプが無い以上、内側でやれることをしていかなければならない。
「(『今回も』議題は夢幻病と政治。寝ている子供達の映像とその横で涙している家族。皮肉の効いていない司会者と片面からでしか物を言わない評論家。)……ああ駄目だ駄目だ、全然眠れない」
「アイマスク要りますう?」
言葉は悪いが『飽きた』
出雲も初めの頃は高校生の息子と重ねて感傷に浸った。だがそれを何度も繰り返される上に、周りからは何をしているんだのお叱りを受ける。
「これ……未開封じゃないか。私物じゃないのか?」
「違いますう。ここ最近の出雲先生の激務具合を心配して、色々備えているだけですう。他には耳栓に冷却シート、ストレス解消用にガムとかニギニギして気持ちいいボールとか」
ダッシュボードに敷き詰められたあれこれ。
常備している品揃えが豊富になっていた。
信号待ちの間、出雲はミント味のガムを噛む。
「……そんなに激務だったか」
「寝る間も惜しんでを体現していらっしゃいましたよ。ご友人に会われてからはマシになりましたけれども、それでも他の議員より三倍は働いていますう」
三寸木との再開から一ヶ月が経過している。
現在は足場固めと日取り極めの最中。
どちらも出雲の行動で左右される案件である。
「……」
携帯に通知が入る。
相手は同じ愛国者である。
少人数で派閥や党はバラバラ。
けれども互いに協力して対処に当たっている点から、目下で得られる協力者は彼らだと出雲は判断した。
『今回の夢幻病の議論時間も30分となかった。このままではこの国で暴動が起きかねない』
『この一年で事務所に届いた殺害予告の数は十倍にまで膨れ上がった。送り主はバラバラだ』
『Twintterのトレンドは政治不審一色。支持率一位だった歩民党は20%にまで下落。今ではどこも支持しないが一番の票を得ています』
「……『何らかに策を講じる必要があるのは全員が理解しています。ですがトップの決定力に欠ける以上、下の人間が勝手な行動をすることが出来ない』」
『やはり何らかの。夢幻病に対抗し得る糸口が見つかれば、我々にとって追い風となるのですが』
三寸木の件に関してはまだ共有していない。
するにはリスクが多すぎるからである。
情報漏洩の危険性、似非愛国者の有無。何より彼らと直接に面談していない不安が出雲にはある。
「(何とか彼らと直に会って彼らの意見を聞かなければならない。グループで聞いても周りに意見を合わせて本音が聞けないかもしれないから)っ」
携帯に着信が入る。
見たこともない電話番号だった。
だが電話帳には相手の名前が書いてある。
「(雪解……ボタン!?) ゴッホッゲホ!!」」
噛んでいたガムが喉に張り付く。
「大丈夫ですかあ?」
「だ、大丈夫だ! ……」
イタズラ電話ではない。
同姓同名の赤の他人では決してない。
であるならば電話に出るのしかない。
イヤホンを起動して応答を押す。
「……ハイ出雲です」
『出雲黒兎、突然のご連絡に出て頂きありがとうございます。今回はマスター三寸木に代わり緊急のご連絡をさせて頂いた次第です』
女性の声を編集した機械音声。
抑揚のない淡々とした説明口調。
バーチャルAI雪解ボタンであった。
「緊急の連絡? 三寸木に何かあったのか!?」
『マスターはご健在です。ただ我慢の限界は迎えました』
「我慢? 何の我慢だ」
『マスターは貴方を待たずに夢幻病を打って出る事を決定しました』
「……何?」
サラッと重要な事を発する。
思わず聞き返してしまう。
『再度申し上げま』
「行き先変更だ。前に行った場所へ行ってくれ」
「前え? ……ご友人に誘われて行ったあの場所ですかあ? ですがこの後のご予定は」
「行く途中で詫びの電話を入れる! だから急いでくれ!!」
二人が友達ではなく親友である証明。
それは相手の性格を鑑みれる事である。
相手の性格や趣味嗜好を理解できる。
ある種恋人関係にも似ている。
政治家として二度の聞き返しは御法度。
思わず聞き返したが、内容は全て飲み込めていた。
内容を飲み込み、親友である三寸木の性格を鑑みて取った行動は現地直行である。
「(やると決めたら何が何でもやり遂げる。出来ないとわかるか飽きるまで、三寸木は止まらない!)」
私用の携帯で三寸木にかける。
だが応答はしない。
「ボタン、足止めは可能か?」
『理由のご提示を』
「……俺がそこに行くからだ」