検討を重ねる
夢を観たという確信がある。
だが夢の内容を思い出せない。
脳が不要と処理したのか。あるいは夢と思っていたそれはただ夢見が浅く、妄想を夢と勘違いしただけなのか。いずれにせよ夢はとても脆く儚い。だから困るというわけではないが、何故だか必死に思い出したくなる。
逆に覚えている夢もある。
高い所から落下する夢は、体験した人の大半が覚えているのではないのだろうか。
そういった夢は何年も記憶の中に居座り続ける。覚えていてどうとなるわけでもない。話した所で価値のない話題だが、記憶に焼き付けられている。
「ただそういった夢も一から十までしっかり記憶しているわけじゃない。せいぜいが七か八のワンカットだけ。だけど出雲、お前はちゃんと夢を覚えている」
暑いミルクを寝起きに飲む。
普通は寝る寸前にではという質問はしない。
出雲は喉が渇いていた。
「……六回だ。お前に起こされるまでに、俺は六回場面転換した。一回目は酒場、二回目は街道で賊に襲われ、三回目は宇宙船の中」
『四回目警察官としてパトカーに乗車。五回目悪戦苦闘しながらの百人組手。六回目砂漠横断』
「ご親切にどうも雪解さん。でだ、何でこんなに時間がかかったんだ。俺はまだかまだかと待っていたのに、一波乱起きる度に場面は転換して止まらなかった。しかも現実に悪影響もある!」
喉の渇きは最後に見た夢。
灼熱の太陽に照らされながら、広大な砂漠をただ歩く夢。その時感じた喉の渇き、肌の焼ける痛み。更に一つ前の夢での格闘戦のダメージ。それが肉体に残留している。
「まず現実で起きる影響について。それはミラータッチ共感覚という奴だ。前回、前々回の実験でも起きている現象だ」
左の手のひらを開いてみる。
そこにナイフを突き刺す。
刃物は下の木の板まで貫通している。
痛くて思わず拳を握ると肉が寄る。
寄った肉で傷口は広がり、痛みも増す。
「実際に刺さっていないのに、左の掌に違和感を感じる。それがミラータッチ共感覚だ。映画の負傷シーンとかでもよく起こるな」
『濁夢は非常に再現度の高い夢。煙草の煙や酒の味は過去の記憶から再現。胸の痛みや肉体が感じる寒暖差はミラータッチ共感覚で補完』
「落下の夢で感じるタマヒュンとかが共感覚の補完でわかりやすいな。以上で非常にリアルな夢の出来上がりだ」
「つまりあくまで夢だと?」
「あくまで夢、されど悪夢。個人的な憶測で言わせてもらうけど、心臓が弱い人が落下の夢を観たら最悪死ぬんじゃないかな。まあ今回の件では関係ない、操作して穏やかな夢にすればいい話だからな」
全て夢の中の出来事。
実際出雲はそう雪解に説明を受け、六度の場面転換の最中、何度も夢だと自分に言い聞かせていた。
だが夢の中では確かに感じた。
五感の全てが機能していた気がする。
けれど起床後の自分の身体に異常はない。
時間が経過した今となっては、その違和感すら身体は忘れかけている。ただ気がするだけだった。
「起こすのが遅くなったのは、やはり濁夢のせい。本来夢は早送りで見ている長編ドラマみたいなもの。それをたまに止めて名シーンを見ている」
「?」
『濁流の夢は就寝者にとっては長時間の夢に感じます。ですが現実では全く時間が経過していません。貴方は何度も場面転換したと仰っていますが、コチラでは7分42秒小数点切り捨て時間しか経っていません』
腕時計を確認する。
寝る前の時間を正確には覚えていないが、雪解の時間経過と同じくらいに針が進んでいる。
「時間が……マズい!!」
台の上に置かれていた黒革鞄と携帯を手に取る。
携帯を開くと仕事関係のメールが既に二桁も届いている。
『止めますか?』
「必要ない。……何で今は事前に確認を取る?」
『目的は達成された。そう私は判断します』
三寸木は出雲の夢を観ていない。
録画された夢を実際に観れるように編集するには時間がかかる。雪解からの報告で諸々の説明は受けたが、その内容はどんな夢だったかと説明の内容まで。保健室の詳細な会話内容等は知らない。
三寸木には手応えがない。
だがこれ以上無理を言うのも友として忍びない。
「……バックアップの件は前向きに検討する」
「政府関係者が言う検討は信用ならないんだが?」
「……何とかしてみる」
それだけを言い残すと出雲は部屋を出ていった。
「何とか、か」
『マスター三寸木。何とかするはあまり期待できない言葉だと思われます』
「……修正入れとけ。親友同士でしか伝わらない意味もあるってな」




