言い訳大人
何度も繰り返すが、発病者の症状は睡眠状態。
起床の見込みがなく、エネルギー供給も無く生きていける以外、身体に異常は見受けられない。
この一年間大人達に目立った進展は無くとも、
ただ無能を晒し続けていたわけでは無い。
今まさに立ち向かっている医者。
妨害を掻い潜り整備を進める政治家。
未知を解明しようと手を取り合う科学者。
その界隈でよく話題に上がるのが、
夢幻病を病気とみるか否かである。
「病気側の意見には確証が無い。だが発病時から世間では病気だ病気だと取り沙汰されていた影響もあり、世論も夢幻病は病気だと言う考えが根強い」
「病気ではない組の意見は子供の状態一辺倒。科学的に見た症状が一貫して睡眠状態であるならば、何らかの方法で脳を覚醒させれば起きるのではないかという空論」
「だがどちらも決定打がない。そしてどちらかに振り切ったからといってどうにかなるかと言われれば……それよりこれの説明をしてくれますか三寸木。私は今、何を付けられているです?」
製品名【夢の鍵】 開発者:三寸木 夢
詳細な使用方法は省略。使用者は夢の鍵を起動後、器械と繋がっているヘルメットを着用。そしてそのまま就寝する。
夢の鍵も利用目的は二つ。
就寝中に見た夢の録画。
就寝中に見る夢の操作。
将来的には医療の現場で活躍が期待されている。
精神病患者や犯罪者のメンタルケアや、認知症患者の予防や記憶媒体の修復にも繋がる可能性を秘めている。
「お前には睡眠薬を飲んで寝てもらう。そして見る夢をこちらで操作して、納得してもらう。さあ寝ろ、ごくっと飲んで寝ろ」
「……待て待て待て、待てバカ」
差し出された睡眠薬と水入りのコップ。
それを乱れた口調で丁寧に突き返す。
ついでに被ったヘルメットを台にの上に置く。
「何で俺なんだ。貴方が寝ればあぁ……」
「夢を録画するだけなら手順は簡単だ。家電製品レベルの説明で済む。だけどな、今回は夢を見せる作業も加わって非常にややこしい。説明書なしにプラモデル組み立てるくらいには悪戦苦闘する」
「しかしコレでも私は政治家だ。何かあれば面倒ごとになる。リスクを背負い込むのはゴメンだ」
「安全性に関しては強くは言えないのが本音だ。だが『二回の臨床実験』はどっちも成功している。録画もされているし、操作もされていた。何なら見てみるか? D級映画くらいのポップさはあるぞ。ただし五時間あるがな」
「結構だ、そんな時間はない。二重の意味でな。観る時間も寝る時間も私にはない。何度もいうぞ。私は国会議員だからな」
出雲の身なりはしっかりしている。
キッチリと決めたシワ一つないスーツ。
何十万もする高級腕時計は磨き上げられている。
対する三寸木の姿はダラシない。
ダボダボで汚れたワイシャツ。
踵を踏みすぎた靴。ワゴンセールの着こなし。
三寸木ヘルメットを手に取る。
そして出雲に再度それを被らせようとする。
「国会議員が何だ! 今は世界の危機なんだぞ。あんな形だけの場所に熱心に通う事が重要だと思うか!? 昔のお前なら一も二もなくOKの返事をしてくれた。仮病を使ってでもな!」
出雲は拒絶する。
腕を掴んで頭に触れさせもしない。
「何十年も前に過ぎ去った学生時代と今を比べる。非常に無価値な事をしているぞ三寸木。我々は大人だ。子供じゃない。リスクを顧みず、楽しい事だけをする時間は終わった。規律に則り、守るべきものの為に斜ニ無ニに働く。それが今の我々の段階なんだ」
「その守るものが侵害された人間が、今の世界で何億人いると思ってる!? 無価値な事をしているのはお前だぞ自称国会議員。お前達の仕事の本懐は国を良くする事だ。だがいつまで経ってもダラダラダラダラと無駄な会議と我関せずの不祥事ばっかり起こしやがって! 出雲、いい加減お前も目を覚まして英雄になれ! この病気を治した英雄にな!!」
「興味……無いッ!」
大の大人の取っ組み合いを制したのは出雲。
少し動いただけで互いに息を切らす。
「……頼むよ。俺にはお前しか頼れる……信頼できる友達が居ないんだよ」
「……分かってくれ。今の安定した地位を失うリスクは、今の私……俺には負えない。家族がいるんだ」
「出雲……」
「それにいつか、不意に目覚めるかもしれない。未知の病気っていうのはそういう可能性も秘めているからな。それに賭けるよ私は。……そろそろ帰らせて貰う。次の会議に遅れるからな」
夢幻病から世界を救ったという英雄。
日本の政治家という安定平和の高収入の職務の喪失。
それらを冷静に天秤にかけて後者に比重が乗った。
コレは無慈悲ではない。現実的判断だった。
『出雲黒兎の情報を修正中。マスター三寸木から打ち込まれた情報とは明らかな乖離』
機械で編集された女性の声。
出雲と三寸木しか部屋の中に居ない。
隠れる場所が一切ないこの場所で聞こえた第三者の声に、出雲は足を止めて周りを探す。
「だ、誰だ!」
『本日の目標である【出雲黒兎の協力】の達成は極めて困難。目標重要度は最重要設定。目標達成の為、実力行使 実力行使 実力行使』
「実力行使だと? どこに居るんだ!?」
「マズイ! 出雲! 早く通路に逃げっ……!」
実力行使は速やかに行われた。
出雲の体に走る電流。
足元から蛇の如く近寄ってきていたコード。先端はバチバチとスタンガンの様に電気を発生させている。
『目標気絶。推定起床時間は一時間〜二時間。揺さ振る等の行為で即時起床可能』
「……大人しくしてると思ったら。何をしてくれてるんだお前は」
『マスター三寸木が不満を吐露。原因を究明中……原因、本プログラムを予定帳としていた弊害。予定通りに遂行するのが是とされていると認識』
「色々言いたい事はある。けどそれ以上にやらなければいけないのは……出雲を早く起こさないと。おい、起き」
出雲へと伸びた手が止まる。
不意に過ぎったのは娘の顔。
妻との間でようやく実を結んだ大切な一人娘。
『出雲黒兎の起床を要望されますか』
「……いや、目標の遂行を最優先にする。準備を急げ【雪解ボタン】」
『了解です』
夢の鍵の横に設置されたモニター。
そこに映し出されているのは二次元の美少女。
白い長髪で赤い目をした神秘的なキャラクター。
彼女が口を動かすとそれに合わせて機械声がする。